1945年 ― 三戦線の業火 「赤き潮と蒼き盾」の年
全体構図
陣営 主な構成国 戦線
連合国陣営(自由主義・反共) 英国、アメリカ、日本、南イタリア(ムッソリーニ王
国)、中華民国、フランス亡命政府 西部戦線・イタリア戦線・朝鮮戦線
赤化陣営(共産主義・独ソブロック) ソ連、ドイツ人民共和国、北イタリア人民共和
国、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国 東部・アジア・地中海での拡張戦争
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【1】西部戦線 ― 「赤い大西洋戦争」
概況
• 1945年初頭、ドイツ人民共和国(共産ドイツ)は、フランス北部・ベネルクスを掌握。
• イギリス本土はなお健在だが、Uボート改良型による大西洋封鎖が再開。
• 連合国(英米)は「第二のダンケルク」を防ぐべく、ノルマンディ再上陸を計画。
主な戦い
• 1945年3月:カレー湾上陸作戦(Operation Seaward)
• 英米軍が12個師団で上陸。
• 共産ドイツ軍はソ連提供のT-34/85で応戦。
• フランス亡命軍(ド・ゴール派)が支援。
• 双方とも30万超の損害、戦線は膠着。
• 1945年5月:パリ大空襲
• 共産ドイツが英空軍基地を狙い報復。
• パリ市街が焦土化、文化財の半分が焼失。
• 「ヨーロッパの魂が燃えた日」と呼ばれる。
結果
• 西部戦線は完全な泥沼化。
• 大西洋は事実上封鎖され、英米補給線が逼迫。
• 英国本土では食糧配給が再開され、第二次大戦を超える緊張状態。
チャーチル:「鉄のカーテンが海に迫っている。
だが我々は、嵐の中でも火を絶やさぬ。」
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【2】イタリア戦線 ― 「アルプスの鉄のカーテン」
概況
• 北部は共産政権「イタリア人民共和国」がソ連の傀儡国家として存続。
• 南部(ムッソリーニ王国)は英米の支援で独立を維持。
• 両者の境界線は、ポー川~アペニン山脈~カッシーノ山系で固定化。
主な戦い
• 1945年4月:ボローニャ攻防戦
• ソ連軍第4機甲軍が再び攻勢。
• 南イタリア軍(アルピーニ+英米義勇軍)が防衛。
• 山岳戦の泥沼化で双方5万超の損害。
• 市街が完全に廃墟化。
• 1945年7月:ローマ第二次空襲
• ソ連長距離航空軍がローマ爆撃。
• サン・ピエトロ大聖堂一部損壊。
• 世界中のカトリック信徒が反共感情を強める。
結果
• 戦線は動かず、イタリア半島が南北に分断されたまま終戦へ
。
• ムッソリーニは「ローマ防衛の英雄」として生存。
• ヴァチカンが英米との結束を強化し、反共ブロックの精神的支柱となる。
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【3】朝鮮戦線 ― 「極東のスターリングラード」
概況
• 1944年に満州・北朝鮮がソ連・中共連合軍に制圧され、
日本・中華民国連合軍は釜山〜対馬ラインまで後退。
• 日本は「朝鮮防衛=本土防衛」として最大兵力を投入。
• 米軍が仁川上陸作戦を実施し、戦局は再び流動化。
主な戦い
• 1945年5月:仁川上陸作戦(Operation Rising Tide)
• 米第1海兵師団+日本第5師団が上陸成功。
• ソ連極東方面軍第15軍が迎撃するも潰走。
• ソウル奪還、釜山との連携確立。
• 1945年8月:平壌攻防戦
• ソ連軍と中共義勇兵が再集結。
• 日本陸軍の新型戦車「チリ改」や米M26が投入される史上最大の地上戦。
• 市街地は完全に焼失、両陣営で死者40万超。
結果
• 冬季に入るまで戦線は停滞。
• 南北分断線は38度線よりやや北、平壌南方で固定化。
• 戦後、停戦協定は結ばれず、朝鮮は「永続的軍事境界地帯」と化す。
米軍司令官マッカーサー:「朝鮮は自由と圧政の境界であり、
ここで倒れる者は未来のために倒れる。」
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世界全体の影響(1945年末時点)
分野 状況
軍事 三戦線すべてで膠着。核兵器はまだ使用されず。
外交 英米日が「太平洋・大西洋防共連合(Atlantic-Pacific Pact)」を提唱。
経済 世界貿易の崩壊。中立国スイス・スウェーデンが国際金融の避難港に。
技術 米ソ(独ソ)双方で原爆・ジェット・ロケット研究が最終段階へ
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思想 「自由対赤化」の構図が確定。世界冷戦体制の始まり。




