独ソのイタリア侵攻(1944年) ―「赤いアルプス作戦(Operation Alpenrot)」―
背景:南欧における共産化の最終段階(1943年)
1943年末、欧州大陸の情勢は急速に赤化へ傾いていた。
• フランス:共産蜂起を辛うじて抑制。だが国内は分裂状態。
• スペイン:フランコが敗北し、イベリア半島は完全に共産陣営入り。
• 東欧:ポーランド・ハンガリー・チェコが「赤化防衛同盟」に組み込まれる。
残る自由主義的・反共的国家は、
イギリス、そして南欧のムッソリーニ政権下のイタリア王国のみ。
ベルリンとモスクワは、この「反共ファシズムの牙城」を放置できないと判断。
スターリンとドイツ共産党書記長ウルブリヒトは、共同で「南欧の赤化」を決断する。
目的:
• 地中海への出口を確保
• ヴァチカンを無力化し、カトリック圏を共産化
• 英米の南欧進出を封じる
この作戦が、史上初の独ソ完全共同作戦「赤いアルプス作戦(Operation Alpenrot)」
である。
---
侵攻軍の構成
軍種 指揮官 主な部隊 目的
ドイツ人民軍(Volksheer) ヴァルター・ウルブリヒト 第1装甲軍、第8歩兵軍 オースト
リア経由で北イタリア侵攻、ミラノ確保
ソ連南部方面軍 ロディオン・マリノフスキー元帥 第4機甲軍、第27猟兵軍 バルカン経由
で東北イタリアに進出、アドリア海を掌握
共同政治監督団 アンドレイ・ジダーノフ 各地域で“人民委員会”を設立し、現地共産蜂起
を支援
合計兵力:約150万(ドイツ80万・ソ連70万)
航空支援:独ソ混成航空団約2500機(イェーガー戦闘機+IL-2攻撃機)
---
開戦:1944年3月15日
• 早春のアルプス山脈を越えて侵攻開始。
• 史実の「ブレンナー峠」が主攻路となる。
• ドイツ人民軍は電撃的にボルツァーノ・トレントを突破。
• 同時に、ソ連南部方面軍がスロベニア・クロアチア経由でトリエステに進出。
イタリア北部は急速に分断され、ミラノ・ヴェネツィア方面の通信網は壊滅。
ムッソリーニ政権は緊急戒厳令を発動し、アルプス防衛線「リーノ・ロッソ線(Linea
Rossa)」を構築。
ムッソリーニ:「アルプスは我々の盾であり、ローマは神の砦だ。
山岳を守り抜け、赤の潮を止めろ!」
---
第一次アルプス戦線(1944年4〜6月)
• イタリア軍は山岳戦の地の利を活かし善戦。
• アルピーニ師団がブレンナー峠とオルティセイ渓谷で激戦。
• しかしソ連軍がアドリア沿岸を突破、トリエステを陥落させる。
→ 独ソ軍が東西両面から包囲。
→ ムッソリーニは北部放棄を決断、主要産業施設を爆破して後退。
1944年6月、ミラノ陥落。
ジダーノフの指導下で「イタリア人民共和国(北部)」が樹立される。
共産ドイツの支援で、即座に“人民民兵”が組織される。
---
第二次アルプス戦線(1944年7〜10月)
―ローマ防衛戦への移行
• ソ連軍がポー川を渡河し、ヴェローナ〜ボローニャを占領。
• ドイツ軍はジェノヴァ方面から進撃。
• ローマまでわずか200kmの地点で防衛戦が展開される。
ムッソリーニは退避を拒否。
→ 王国政府・教皇庁・国民義勇軍を統合して「ローマ防衛軍」を編成。
→ 司令部をカッシーノ山に設置。
英国・アメリカは「防共防衛支援協定(ローマ協約)」を締結し、
ナポリ〜ローマ間への空輸支援を開始。
1944年9月、ヴァチカン放送が「ローマを守る者に神の祝福を」と世界に発信。
カトリック信徒の義勇兵がスペイン・フランス・南米から続々と参加。
---
ローマ攻防戦(1944年11月〜1945年2月)
• 独ソ連合軍は総兵力50万で攻勢をかけるが、補給線が延びきる。
• イタリア軍と英米義勇部隊がカッシーノ山地で頑強に抵抗。
• 独ソ間で指揮系統の不統一が露呈。
→ ドイツ側は「政治的な侵略ではなく防衛戦」と主張し対立。
• ソ連軍は強行突撃を繰り返し10万人以上の損害。
ムッソリーニは前線で負傷兵を慰問し、
「我々の流す血こそ、ヨーロッパの自由を守る代償だ」と演説。
1945年2月、独ソ軍は撤退を開始。
南イタリアは連合軍(英米)・日本派遣艦隊の援護で死守される。
---
結果(1945年3月)
地域 状況
北イタリア 共産政権「イタリア人民共和国」成立(ソ連・ドイツの衛星国)
南イタリア 王国存続(ムッソリーニ実権維持)。英米支援で再建開始
ローマ 戦災で半壊するもヴァチカン無事。ムッソリーニ英雄視
独ソ関係 軍事的成功にもかかわらず指揮対立が露呈。以後冷却化の兆候
---
歴史的影響
1. ヨーロッパの分断決定的に
• 北イタリア=赤化圏、南イタリア=自由圏。
• 「アルプスの鉄のカーテン」が形成される。
2. ムッソリーニの地位逆転
• 史実の独裁者像とは異なり、“ローマの守護者”として再評価。
• 英米が彼を実利的同盟者として受け入れる。
3. 独ソ関係のひび割れ
• イタリア戦での補給・指揮をめぐる摩擦から、
→ 「赤い同盟」の分裂が始まる。
→ これが後の「独ソ冷戦」の萌芽となる。
---
この「独ソのイタリア侵攻」は、
赤化勢力の最盛期でありながら同時にその限界を露呈させた作戦でした。
イタリアは焦土と化したが、結果的に「西欧世界を守った防波堤」として冷戦期の象徴
となります。




