②
瓦礫を抜けた先、半壊した地下広場。
その中央に、昏倒した若い女性が横たわっていた。
だが、問題はそこじゃない。
彼女の胸の上に、何かが“覆いかぶさって”いた。
「……うげ、何だあれ」
全身を黒布で覆った怪人。だが、その頭部は人間じゃない。
異界の獣を模したような、歪んだ兎の仮面。
その手からは細い鎖が伸び、女性の魂を絡め取っている。
「《魂回収屋》……斡旋屋の下っ端だ」
アイナが息を呑む。
その視線は、敵の手に捕まった女性の“魂の光”をしっかりと捉えていた。
「おい新人、突っ込むなよ。あいつは魂を鎖で切り離す。素人が近づけば即死だ」
「……だから言ってんじゃん、素人じゃないって!」
アイナは腰に吊るしていた小型の水晶装置を構える。
瞬間、結晶が蒼く輝き、円陣のような光が彼女の足元に浮かび上がった。
「《共鳴視覚》──展開!」
俺の目には何も見えない。
だがアイナの視界には、“鎖の結び目”がはっきりと浮かんでいた。
「結合点は三つ。今なら断てる!」
「マジかよ……じゃあ、俺が囮やる。タイミング合わせろ」
「了解! ……って、囮なんてやめなさいよ!」
「俺は阻止官。囮なんざ日常業務だ!」
会話を切り、俺は全力で地を蹴る。
《阻止印》を掲げ、コレクターの視線を引きつける。
その瞬間、黒布の怪人がこちらに顔を向けた。
「現世の犬ィィィ!」
仮面の口から、濁った声が響く。
同時に、鎖がうねり蛇のように襲いかかる。
避けるのではない。俺はそのまま突っ込み、敢えて鎖を絡ませる。
「今だ、アイナ!」
「わかってるっ!」
少女の叫びと同時に、水晶装置から鋭い光の矢が放たれた。
一直線に鎖の結び目を射抜き──バチン、と火花を散らして霧散する。
「……っ!」
魂を縛る力が消え、女性の体がドサリと崩れ落ちる。
同時に、怪人の仮面がひび割れた。
「新人のくせに、やるじゃねぇか」
「そっちこそ。囮、バカみたいに危なすぎ」
お互い息を切らしながら、だが目は逸らさない。
次の瞬間、コレクターが吠えた。
「この街はもうすぐ“魂市”となる! 逃げられると思うな!」
黒布の怪人は煙のように消え去った。
残されたのは気絶した女性と、冷たい地下の空気。
「……“魂市”?」
「転生希望者の魂をまとめて売る、闇オークションのコードネーム。まさか日本で動き出すなんて……」
アイナの表情は険しい。
新人とは思えない、その口ぶり。
「おいおい、なんでそんなこと知ってんだ。新人の情報網じゃねぇだろ」
「…………」
「おい、篠ノ井」
少女は視線を逸らした。
それは明らかに“何か隠している”態度だった。