③
《異界ゲート》は、通常“こっち”から開く。
つまり、現実世界で死にかけている人間の魂が、あっち側へと流れ出すときに発生するものだ。
だが、今回のパターンは違った。
向こうから“来る”──つまり、“異界の何者か”がこちらに干渉しているということ。
それは、極めてレアで、極めて厄介で──そして、たいてい、最悪の事態を呼ぶ。
「座標、どこだ?」
『新宿・百貨店跡地の地下構造に異界波形を確認! Bランク以上の存在です、確実に“あいつら”です!』
「了解。五分で行く。阻止準備、頼んだぞ」
インカムの通信を切ると、俺は即座に《転移印》を展開した。
視界が一瞬歪む。次の瞬間、そこは崩れかけたコンクリートの残骸に囲まれた地下施設だった。
そして、その中心。
光と闇が交錯するような空間の裂け目から、“それ”は姿を現した。
──背丈二メートル弱。
白銀のローブに身を包み、顔は仮面で覆われている。
背中からは三対の黒い翼。手には法具のような光る書を携え、空中にふわりと浮いていた。
《アザーロード》──名乗ることすらしない、異世界側の“チート付与者”。
「ふむ。これは、予定外だな」
低く響く声が空間に広がる。仮面の奥から放たれる気配は、明らかに人間のそれではない。
「転生者の呼び声を辿って来たのだが──貴様か。“リジェクター”」
「正解。だが、賞品は無しだ。こっちは“お断り”してる」
俺は《阻止印》を抜き、即座に展開。
光のリングが空間に浮かび、アザーロードの周囲を囲むように旋回を始める。
「強制帰還プロトコル、発動準備……!」
「無駄だ」
言葉と同時に、アザーロードが手をかざす。
バチッ、と空気が弾け、俺の《阻止印》が激しく点滅した。
「干渉レベル、Aランク相当!? こいつ……!」
「我らは、逃げ場を求める魂にチャンスを与えているだけだ。
貴様こそ、何の権利があってそれを拒む? 選ばれし者に、なぜ生を強いる?」
「生まれて、生きて、もがいて、悩んで、恥かいて、それでも“生きる”。それが人間だ。
誰かに“選ばれたから”強くなるような人生なんて──ただの逃避だろうが!」
言い終わるや否や、俺は足を蹴り、空間に跳ぶ。
右手に《阻止印》、左手にはもう一つの“武器”──《魂打》と呼ばれるエネルギー刃。
「行くぞ、《アザーロード》!」
「愚かなる“現世の犬”よ。ならば、我が力で貴様ごと、この地をチートの苗床にしてくれよう」
──交戦、開始。
“願望”と“現実”、
“異世界”と“現世”、
“チート”と“生きる力”。
そのすべてが交差する、魂の攻防戦が、ここに始まった──。