②
視界が瞬間的に暗転し、次に開いた時、俺はすでに駅のホームに立っていた。
群衆の目には映らない“霊魂管理官”としての存在で、現場に直接リンク転移する。
時刻は午後2時53分。少年が飛び降りるとされていた予測時刻、10秒前。
俺の視線の先、ホームの端に立つ男子高校生。
ジャージの上から制服を羽織った適当な格好。俯いていて顔はよく見えないが、肩は小刻みに震えている。
魂が、半分抜けかかっていた。
あと数秒で“異界ゲート”が開く。
そこに落ちた魂は、通常の死亡処理とは異なり、異世界へと流れてしまう。
「おい。まだ早いぞ」
声をかけると、少年の肩がビクリと跳ねた。
「だ、誰……!? なんで見えるの……!?」
少年は俺を見て驚愕する。
当然だ。俺は本来、死者の魂にしか視認できない“中間存在”だ。
彼の魂が、それだけ“あっち側”に傾いている証拠でもある。
「お前、死にたいわけじゃないよな?」
「え……?」
「違う。お前は“異世界に行きたい”んだ。死は、そのための手段にすぎない」
少年はぐっと唇を噛みしめる。
「だって……! 俺の人生、何もないんだよ! 友達もいないし、親には怒鳴られてばっかりで、学校じゃ空気だし……。
小説サイトとか読んでると、死んだら“やり直せる”って……!」
「なるほど」
俺は静かに頷き、そして言い放った。
「──その妄想、申請却下だ」
次の瞬間、俺は《転生阻止印》を展開。
空間に魔方陣のような光円が現れ、少年の頭上に浮かんだ“魂の核”へと照準を合わせる。
「えっ、なにこれ、やめ──」
「ソウルリジェクト、発動」
光が弾けた。
少年の魂は“現世”へと強制的に引き戻され、異界へのゲートは閉じた。
同時に、ホームへ駆け込んでくる駅員と保護員の姿が見える。現実の時間が、正常に戻り始めた証拠だ。
俺は少年の頭を軽く叩き、低く囁いた。
「お前の人生は、誰にも投げ捨てられない。異世界より、現実の方が“修羅場”なんだよ。だが、そのぶん──“生きた実感”もある」
少年の意識は、霧が晴れるように徐々に戻っていく。
「……っ」
彼は、膝から崩れ落ちた。
だが、それは絶望ではない。現実に“戻った”反動だ。
異世界転生の阻止、完了。
これで、本日二件目だ。
最近、本当に多すぎる……。
俺はひとつ息を吐き、ポケットからスマホ型のデバイスを取り出し、上司へ報告メッセージを送信した。
【報告】14:53/東京都内駅ホーム/転生希望者(Cランク男子高校生)/阻止完了/現世帰還確認済み
──と、その時だった。
耳元のインカムに、通信が入る。
『ユウト! 急いで戻れ! 異界ゲートがもう一つ開いた! しかも、今回は向こうから誰かが“来る”!!』
「……マジかよ」
異世界から“来る”──それはつまり、“あいつら”だ。
転生希望者にチートを与え、現実から魂を引き抜こうとする存在。
俺たちが呼ぶところの──《異界神 (アザーロード)》。
やれやれ。ラーメン、完全にのびたな。
俺は舌打ちしながら、再び《阻止印》を構えた。