第一章:異世界願望者、現る! 〜 死にたい、じゃない。異世界に行きたいだけなんだ。〜
その男子高校生は、午後2時54分、都内のとある駅ホームで身を投げようとしていた。
制服のポケットには折りたたまれたA4のプリントが入っており、そこには黒いボールペンで、こう記されていた。
《お願い。俺を異世界に転生させてください。魔法が使える世界で、できれば最強系の能力希望です。
ハーレムとか、ステータス画面とか、できればお願いします。
現実に希望はありません。》
……もう、何人目だよ。
霊魂管理庁・東京第三支部。監視室No.3。
俺──
五十嵐悠翔 (いがらし・ゆうと)は、カップラーメンをすすっていた箸を止め、深く溜息をついた。
「観測チーム、詳細確認。生死ラインは……?」
「ボーダーライン上です。放置すれば十中八九、転落死です。魂、分離準備中」
「転生願望レベルは?」
「Cランク。逃避型・妄想依存系ですね」
「……よし。阻止する」
ラーメンの残りに未練を残しつつ、俺はデスクに置かれた黒いケースを手に取る。
ケースの蓋を開けると、中には細身の金属製デバイス──《転生阻止印》が収まっていた。
こいつは魂に直接干渉する専用装備。転生寸前の魂を“現世”へ強制的に引き戻すことができる。
「転生申請、非承認。生還処理、開始」
俺は立ち上がり、胸ポケットに阻止印を差し込みながら、イヤホンを耳にねじ込む。
「行くぞ、“願望者”くん。お前の現実、まだ終わってねぇんだよ」
次の瞬間、俺の意識は空間を跳ねた。
目的地は──
駅ホームの“死と異世界”の境界線。
そこに、願望者がいる。
……そして、それを阻止するのが俺の仕事だ。