⑤
地下の広間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
天井から吊るされた無数の燭台、怪しいフードを被った客たち。
そして壇上では、人間の魂がガラスの球に閉じ込められてオークションにかけられていた。
「……これが《魂市》か」
俺は眉をひそめる。
悪趣味もここまで来ると吐き気すらする。
「先輩、声……抑えて」
アイナが俺の腕を強く抱き寄せる。
自然と、まるで恋人同士のような距離感になる。
その温もりと甘い香りに、不覚にも一瞬気が逸れそうになる。
「……どうだ、怪しまれてないか?」
「たぶん大丈夫。でも……あ」
すぐ近くにいたフードの男が、こちらをじっと睨んでいた。
視線に気づいたアイナが、慌てて俺の耳元に囁く。
「見られてる……! どうしよう、怪しまれてる!」
「……なら、やるしかないだろ」
「え?」
「カップルらしく見せるための……演技だ」
俺は息を呑み、彼女の顎に手を添えた。
アイナの瞳が大きく見開かれる。
そのまま、俺はゆっくりと顔を近づけ──
「~~っ!」
アイナの睫毛が震え、瞼が閉じられる。
ほんの一瞬、唇が触れた。
短く、だが確かに“恋人の証”となる一瞬。
「……っ、な、何やって……!」
「演技だ。仕方なく、な」
「……っ!」
頬を真っ赤に染めたまま、アイナは俺の胸を小突く。
だがその腕は震えていて、力が入っていない。
むしろ彼女の指先が、離れまいと俺の服を掴んでいた。
「……ずるい。先輩ばっかり、余裕そうな顔して」
「余裕なんかあるかよ。心臓、爆発しそうだ」
「……っ!」
アイナはさらに真っ赤になり、もう何も言えなくなったようだった。
そんな彼女を抱き寄せながら、俺は低く囁く。
「安心しろ。演技でもなんでも、俺が守るのは本当だ」
「……ばか」
小さく吐き捨てる声が、かえって甘く響いた。
だが、その直後。
壇上に立つ異界商人が、不気味な宣言を放った。
「次なる出品は──《転生権》! 死者の魂を異界へ導く、唯一無二の鍵である!」
その瞬間、会場がどよめく。
俺とアイナは顔を見合わせた。
「……出たな、転生システムの黒幕」
「行こう、先輩。止めなきゃ!」
二人の手が、自然と固く繋がれた。




