7.日進月歩
「・・・・・・さん、・・・・・・はよっす」
聞きなれない声がぼんやり聞こえてきて、私は滲む視界に目をやった。すると、何やら肌色のものが目いっぱい映り込んできている。目をこすって、よく確認する。
「夕陽さん、おはようございます!朝っすよ、起きるっす!」
「うわ!!」
目の前のものがショウゼツさんだったことに驚き、私は跳ね起きた。いつもだったらタンギンはカンカンとフライパンをお玉で叩いて起こしてくるので、起き抜けに誰かがこんな近くにいたことなんてない。しかも昨日会ったばかりの美青年に起こされるなんて、文字通り心臓に悪い。しかし彼は持ち前の反射神経で華麗に避け、ケラケラと笑っている。
「ははっ、夕陽さんは反応が面白いっすね!なんか猫ちゃんっぽいっす!」
「お、おはよう、起こしてくれてありがとう、ショウゼツさん。朝から元気だね?」
「ふふん、実は俺、前の主が朝ランニングしてラジオ体操するタイプの人だったんで!俺、第二まで踊れるっすよ」
「す、すごい健康的・・・・・・」
「まあ、優しいおばあちゃんだったっすからね。ほら、起きた起きた!」
私は彼に急かされるまま階段を降り、顔を洗い、リビングに向かった。キッチンでお弁当箱にハンバーグを詰めているタンギンが見えて、少しほっとする。
「おはよう、タンギン。今日もありがとね」
「あ?はよ。顔は洗ったか?つうか、制服に着替えてねえじゃねえか。まあいいけどな、零されても洗濯めんどいし」
「私、流石にそんな赤ちゃんみたいなことしないよ・・・・・・いただきます」
テーブルに並んだ目玉焼きとハム、カリカリに焼けたフランスパンから目線が離せず、私は席に着くなりそれらを口に運んだ。塩がいい感じに効いていてすごく美味しい。パンも、どうしてこんなにいい焼き加減ができるのか聞きたくなるほどのサクサクさだ。朝から幸せを噛みしめる。
「ははは、マジでお母さんじゃないっすか!お、これ美味しそうっすね!食べてもいいっすか?」
「別にいいけどよ、俺らは食事はいらねえだろ。味も完璧だろうし」
興味津々な様子で私のご飯を見ているショウゼツさんをじろりと睨んで、タンギンはお弁当の巾着をきゅっと結んだ。もう仕草がお母さんにしか見えない。学生服を着ているお母さんだなんて変な話かもしれないけど、私にとってはこれが安心できる光景だ。
「まあ、俺たちはその分、自分の主の味覚が分かるんすけどね!だから式神って、レストランとか開けると思うんすよ。味見しなくても、最高の料理を提供できるんすから!」
「それ、自分の主の味の好みしか分かんねえだろ。一人限定なんだよ」
ショウゼツさんの口が軽いのか、タンギンが聞かれないと答えない主義なのか、彼がいると式神の色々な生体を聞ける。昨日の夜も、式神も寝ている時に夢を見ること、暑さと寒さは分からないことをぺらぺらと喋っていた。私はばっちり見えるし、特にタンギンは感情的だから人間とそんなに大差ないと錯覚することがあるけど、やっぱり彼らは式神なのだ、と思う。
二人を追い出し、制服に着替え、歯磨きをして、お気に入りの香水を付ける。ホワイトムスクの香りが好きだとマクモさんにバレて以来付けたくなかったけど、やっぱりこの香りは安心する。
「よし。忘れもんねえな」
「今日はどんなことがあるっすかね!俺学校行くの初めてっす!」
「そうなんだ。じゃあ、楽しめるといいね」
私たちは玄関を開け放ち、いざ登校と足を踏み出した。今日はあいにくの曇りで、片頭痛のせいか少し頭がじんじんとする。でも、横に太陽みたいなテンションの人がいるからきっと大丈夫だ。
「へー、これが噂のセーラー服っすか!可愛いもんっすね!ここ、ウエスト丸出しでおしゃれっす!」
「ま、丸出しじゃないけど。でもうちの制服って、セーラーなのかブレザーなのかよく分からないよね。男子は学ランなんだけど。そういえば、二人は学ランだね。白の制服なんて珍しいけど」
横を付き人のように歩く二人に目を向ける。タンギンはじろりと不服そうに見てきただけだったけど、ショウゼツさんは見せびらかすようにひらりと回転した。彼の肩に掛かっているジャケットは、タンギンのとお揃いなのだろうか。だとしたら、ショウゼツさんは短ランだし、かなり改造していることになる。
「そうなんすよ。式神は全員、白い装束を着てるっす!制服ってほど決まりはないんすけど、逆に黒い服だと、『廃絶』の仲間なんじゃないかって疑われちゃうんで、みんな着てないっすねー。ね、断金さん!」
「あ?そーだな。ったく、てめえがいるとこいつと話せねえじゃねえか」
「えっ、随分大胆なこと言うっすね!?もしかして、いつもは登校中にお互いの好きなとことか話してるっすか!?」
「誤解のないように言っておくと、私たちはいつもしりとりしながら歩いてるよ。だから大丈夫」
「・・・・・・最近の男女って、こんなに面白おかしいもんなんすか?しりとりってどんなチョイスっすか」
いつもの道を歩きつつ、私たちは会話を交わす。思えば、こうしてタンギン以外と登校するなんて初めてで、独りぼっちじゃないんだなと嬉しくなる。横断歩道の前まで来ると、瀬名高君のパン屋さんと、レイちゃんの神社が見える。家がすごい友達を持ったな、と実感しつつ、私は青に光がある縞々の道を渡っていった。またマクモさんがちょっかいをかけて来ないよう、足早に渡りきる。近くの小学校ではマーチングを練習しているのか、トランペットの音が響いていた。
「いつもこんな感じで、タンギンと登校してるよ。花が綺麗だねとか、今日は体育があるから体操服が必須だねとか」
「平和でいいっすね。なんか老夫婦みたいで微笑ましい限りっす」
「勝手に年寄り扱いしてんじゃねえぞ、勝絶。つうか、てめえの発想がガキすぎんだよ」
「えー、だって高校生っすよね!?俺、主と一緒にテレビ見てたから、最近のトレンドとか詳しいっすよ!?やっぱJKといえば、恋バナに女子会に悪口にタピオカっすよ!」
あっという間に校門に着き、二人の会話を聞きながらのんびり下駄箱へと向かう。日直でもないのに早く着きすぎたけど、またグラウンドでも見て時間を潰そうと、私は上靴を地面に落とす。
「なんだそれ?JK?何かの隠語か?」
「違うっすよ!女子高生の略っす!断金さん、おっくれてるー!」
「うっせえなあ、んなもん知るわけねえだろ!!」
「・・・・・・タピオカかあ」
確か流行ったのは数年前だから、ショウゼツさんもあまり流行に乗っかっているとは言えないと思う、という言葉は飲み込む。私も最近流行っているものはよく知らない。タピオカは一度、永遠さんと飲みに行ったことがあるけど、もちもちしていて美味しかった。喉に詰まらせて咳き込む永遠さんに、爆笑してしまったのを覚えている。
「ぷっ、どうしたんだよ、椿さん」
後ろから笑い声がして、振り返る。そこには、これから朝練に向かうであろう姿の塩味君が立っていた。うちのジャージは全身青でダサいと有名らしいけど、着慣れてくたくたになった体操服でも、彼はスタイリッシュに着こなしている。
「おはよう、塩味君。早いね、これから部活?」
「そ。椿さんこそ早いね。っていうかさ、タピオカって何?声かけようとしたら急にタピオカって独り言言うんだもん、面白すぎでしょ」
「!え、えっとね。美味しかったな、って記憶が蘇ってきて、つい口に出ちゃったんだ。また食べたいなーって」
表情には出てないだろうけど、恥ずかしくて顔が熱くなる。まだ笑いを堪えている彼に、私は必死で説明した。必死になると訳の分からない言い訳をするのが私の悪い癖だ。でも、彼はこんな私にもこうして声をかけてくれるくらいいい人だから、関係を悪くしたくない、と思う。
「椿さんってやっぱ本物の天然だよね。いいよ、そのままでいて。面白いから」
「わ、分かった」
「あ、そういえばさ、椿さんは球技大会何出るの?」
「え、球技大会?」
私の疑問に、そうそう、と楽しそうに顔を上げた塩味君は、偶然私の後ろにあった時計が目に入ったのか、やば、という顔をした。ここにいる人は本当にみんな表情豊かで面白い。
「ごめん、朝練遅刻する!!じゃあ、また!」
ディフェンスで鍛え上げられた俊敏性を遺憾なく発揮して、彼は超特急で体育館へと走った。速いなあと呆然としていると、横からショウゼツさんがにやにやとしながら顔を覗き込んでくる。
「へー、椿さんは彼と仲がいいんすねえ。もしかして、好きとかそういう関係だったりします?」
「んなわけねえだろ!あいつが節操がなさすぎんだよ、あの長身野郎が!」
「断金さん、その言い分はもう娘の結婚を許さない頑固親父っすよ」
教室で二人のやり取りをのんびり聞いていると、気が付いたら周りに教室に向かう人たちがたくさん流れてくるのに気づいた。時計を見ると、もうホームルームが始まりそうだった。すると、近くで手を挙げていた瀬名高君が丁度私の所に向かっているのが目に入る。彼に負けないくらいのいい笑顔でショウゼツさんが振りかえしている。
「やあ、椿君!今日は少しぼんやりしているね。やっぱり、二人傍にいるのは体力を消費するのかな」
式神が、という単語を巧みに隠し、彼が心配そうな顔をして、私の手を取ってパンをくれる。また顔が熱くなったけど、瀬名高君は人の手を握るということに抵抗はないのだろうか。これを食べて元気を出せ、ということらしいけど、置かれたのは見たことない種類のものだった。見た目はあんぱんっぽいけど、柑橘系の香りがする。
「これ、新作?オレンジでも入ってるのかな」
教室に向かいながら私がそう尋ねると、彼は満面の笑みで正解!と親指を立ててきた。教室に着いて、私の席まで自然と向かってくれるので、私もついていく。
「お、流石椿君だね!オレンジマーマレードと甘さ控えめのカスタードを使った試作さ!母が椿君に食べてもらいたいらしくてね、もちろん僕も。良かったら感想を聞かせてくれないか」
「私でいいの?すごく嬉しい、ありがとう。お昼に食べるね」
「ああ!これを食べて元気を出してくれたまえ!はっはっは!」
「・・・・・・相変わらずうるせえなあ」
「元気があっていいっすねえ。彼が椿さんの彼氏っすか?」
「はあ!?なんでそうなるんだよ!!」
後ろが騒がしい。また言い合ってるなあ、と私は瀬名高君をちらりと見た。またいつもの通り笑って流すんだろうな、と容易に想像がつく。
「・・・・・・」
しかし、彼は一瞬ピタッと固まると、真っ赤になってぐっと口をつぐんだ。予想外の反応に、私まで顔が熱くなって、全身から汗が噴き出てくる。どうしてだろう、瀬名高君は今まではどんなことにも動じて来なかったのに、どうして今こんな反応をするのだろうか。
「はああ!!??てめえなんだその反応は!?いつもみてえに流せよ!!何いっちょ前に恥ずかしがってんだ!!」
「い、いや、僕は恥ずかしがってなんかいないさ!椿君のか、彼氏に見られるなんて光栄、ありがたすぎて言葉が出てこなかったのさ!」
実体化しようとしたのか、タンギンの体がうっすらと光を帯び始め、バンシキさんが彼の肩を掴む。無表情だけど、やれやれという感情がにじみ出ている顔だ。私はなんだかすごく申し訳ないような、恥ずかしいような複雑な気持ちになる。
「・・・・・・断金。そこまでにしておけ」
「え、えっと、そうだよね。いきなり言われても、というか、私なんかと噂になったら、困るもんね」
瀬名高君が何か言おうとしたのか、口を開いた時、横から声が飛んできた。私の席の隣で、頬杖を突いて見ていたレイちゃんだ。目が明らかに訝しんでいる。
「ねえ、さっきから誰と喋ってんの?」
「え?えっと、瀬名高君とだよ。ね」
「ああ。もちろん。僕と椿君の仲睦まじい会話、聞いていたのかい、碁色君?」
「聞いてたというか、聞こえたというか。あと3人くらいいるみたいに何もない空間に喋りかけてたけど、大丈夫?」
私はまた汗が浮かんでくるのを感じた。彼女の大丈夫、は心配ではなく、おかしい、という意味だ。せっかくできた友達と距離を置きたくないと私が弁明しようとすると、丁度台心先生が教室に入ってきた。
「よし、ホームルームするぞー」
瀬名高君は軽く私に手を振って席に戻っていき、そのまま私たちは授業に入っていった。もう、隣のレイちゃんの視線が気まずくて仕方ない。じっと私を見つめ、まだ私が一人で喋らないか監視しているようだ。幸い今日の授業は移動教室がなかったので、授業間の休み時間はなんとか話さずに乗り切れたけど、問題はお昼だ。いつもレイちゃんと食べているけど、今日もいつも通り接してくれるだろうか。冷や汗が自分の手を冷たくしていく。一度友達とご飯を食べる楽しさを知ってしまったから、それが崩れる恐怖心がずっと胸の中でもやもや渦巻いていた。
そんなこんなで、4時間目終了のチャイムが鳴る。私はできるだけゆっくりと教科書を片付け、隣の出方を伺った。これでレイちゃんが私を置いて萌ちゃんとご飯を食べに行ってしまったら、だいぶ精神的なダメージがでかい。ぎゅっと胃が軋む。レイちゃんはまだ仏頂面だったけど、こちらをまっすぐ見てお弁当の巾着を持ち上げた。
「ねえ、夕陽ちゃん。ちょっと今日は、教室の隅でご飯食べない?」
「え?」
「ちょっと話したいことがあってさ。多分これからは萌はいないと思うんだ。陸上部の子と最近うまくいってるらしくって、そこで食べるって言ってた」
レイちゃんはそう言うと、ムッとしているのか照れ隠しなのか分からない表情でお弁当を持ち、席には座らず、教室の隅にある黒板クリーナーの近くに腰を下ろした。私もついていき、少し間を開けて座る。嫌われていないだろうか、と心の中で勝手に焦りが浮かんでくる。
しかし、レイちゃんはそんな私にぐいっと近づき、口元を近づけてきた。急な接近にドキッしたけど、彼女はお構いなしに、思いつめた顔で私の目を覗き込んだ。
「ねえ、夕陽ちゃん。うちの家、どう思った?」
「え、家?神社のこと?」
「そう」
予想外の質問に、私は狼狽えて言葉に詰まってしまう。どう思った、とはどういうことだろうか。純粋な感想を言えばいいのだろうか。こういう時、求められている回答がすぐ察知出来たら、人間関係苦労しないんだろうなあ、ともどかしくなる。私は心を決めて、思った通りのことを言うことにした。
「お家が神社なんて、かっこいいな、と思ったよ。あんなに過ごしやすい場所、中々ないな、と思う。涼しいし、緑が綺麗だし、静かだし。あと、なんとなく、ここにいたいなって思える、かな・・・・・・これが、私がレイちゃんのおうちに対して思ったことだよ」
口に出せば出すほど浅い感想になってしまったと焦りつつ、私はレイちゃんを見た。レイちゃんはハッと目を見開き、ぐっと唇を噛み、少し目を潤ませて下を向いた。どっと冷汗が出る。泣かせたかもしれない、と私は彼女の顔を覗き込んだ。
「れ、レイちゃん・・・・・・?」
「・・・・・・うれしい」
「え?」
「・・・・・・古いとか可愛くないとか、馬鹿にしないでくれて、嬉しい。ありがとう、夕陽ちゃん」
彼女の言葉に、私は思考をフル回転させる。レイちゃんは自分の家のことを馬鹿にされるのを怖がっていたのだろうか。神社のお家を馬鹿にする要素が分からないけど、きっと今までにそういった経験があったのだろう。私はレイちゃんの近くに座り直し、彼女の上履きを見た。《碁色》なんて変わった苗字、確かに何か家柄があるものだと推測できる。
「私は、レイちゃんのお家を馬鹿にしたりなんてしないよ。むしろ、勝手に入っちゃってごめんね。すごくいやすかったよ、きっとレイちゃんがあの箒で綺麗に掃除してくれてるからかな」
「ふふ、何それ、褒めすぎ。あれ、長くて扱いづらいんだよね」
そう言って、彼女は顔を上げた。勇気を出した後の吹っ切れた、すがすがしい顔だ。大きくてまっすぐな目が、私の視界を埋め尽くしてくる。
「夕陽ちゃん、私、夕陽ちゃんともっと仲良くなりたい。これからいろんな相談とか愚痴とか言うかもだけど、聞いてくれる?」
「もちろん、私でよければ・・・・・・・私こそ、嬉しいよ。こんな表情の変わらない人、不気味だって思うかもしれないけど・・・・・・一緒にいてくれたら嬉しいな」
ちょっと卑屈だったかも、と自分の発言に後悔の念が沸き上がってくるとほぼ同時に、レイちゃんはぱっと顔を明るくした。内巻きに巻いた彼女の髪がくるん、と揺れる。
「あったり前でしょ!!そこも夕陽ちゃんのいいとこだもん!気にしないよ!!」
レイちゃんが抱き着いてきて、心まで温かくなる。人が傍にいてくれる嬉しさをここ最近ですごく実感している。今までの苦しみが報われたような気持ちになって、私は視界がにじむのを感じた。
「ふふ、ご飯たべよ!いただきます!」
「うん、いただきます」
それから、私たちは話題を絶やすことなく、休み時間いっぱいまでたくさん話をした。やっぱりレイちゃんは、自分の家が神社であることをあまりよく思っていないらしい。けど、お父さんが厳しくて、よく家の掃除や手伝いをさせられているのだそうだ。
「だって、ほぼ毎日掃除させられるんだよ?めっちゃ苔の生えたとことか触りたくないじゃん。それにうちの近くに生えてる木って、全部落葉樹だから、何度掃いても葉っぱが落ちてくるの。もー、私も早くバイトして、可愛い服買いたい!」
「なるほど・・・・・・だからレイちゃん、学校が終わったら走って帰っちゃうんだね。何か部活してるのかと思ってた」
「だって、お父さんに怒られるんだもん。夕陽ちゃんは部活とか入らないの?中学校の時とかさ」
「うーん、そうだなあ・・・・・・中学の時は帰宅部で、よく近所の人と遊んでたな。その人と散歩に行ったり、買い物に行ったり」
「へー!!仲いいんだね!今でも会ったりするの?」
二人ともお弁当を食べ終わり、ぐーっと上に伸びをしていたレイちゃんが、がばっと腕を下げて興味津々そうに聞いてくる。なんとなくショウゼツさんと姿が重なり、私は少し笑ってしまった。
「ここに来てからはまだ会ってないな。今度顔を見せに行こうかな」
「そうしなよ!絶対喜んでくれるって!!えー、どんな人なんだろー!!イケメン?」
ド直球の質問に答える前に、台心先生が扉を開けて入ってくる。隅っこにいる私たちに笑って、トントン、と腕時計を指した。もうそんな時間か、と私たちは席に戻る。ほかの生徒たちも次々と教室に入ってきた。
「あんなキザな行動が許されるの、台心だけだよね」
こっそりとレイちゃんの呟きに、私も頷く。なんだかこの数時間でレイちゃんとの仲が深められたようで、私は嬉しくて顔を抑えた。笑ってないように見えるだろうけど、にやけが止まらない。
「よーし、この時間は、再来週の球技大会の参加競技を決めるぞー。残った時間は自習にするから、なるべく早く決めてくれー」
「それ、台心が楽したいだけでしょー」
「違う違う。じゃああとは、体育委員、よろしくー」
そういえば、塩味君が朝そんなようなことを言ってた気がする。私は盛り上がるみんなをぼんやり後ろで見ていた。黒板に書きだされる競技名に、段々気持ちが重くなっていく。私は体育が苦手だ。その中でも、特に球技が無理だ。足を引っ張る自信しかない。
「お、色んな種目があるっすねー。俺はなんでも得意なんで、困ったら呼んでくださいっす!」
「お前、運動できんのか?怪我だけはすんなよ」
式神たちも興味が出たのか、右と左ににゅっと顔を出してくる。急に聞こえてきた声にびっくりしたけど、そんなことそっちのけで、右にいたタンギンを押しのけて、レイちゃんが楽しそうに話しかけてきた。
「ねえ夕陽ちゃん、同じ競技にしよ!!汗かきたくないから、楽なやつでさ!」
「いってえ!こいつ、何すんだよ!!」
「・・・・・・触れてる?」
私の言葉に、二人もハッとする。レイちゃんは人間だから、実体化していない式神には触れないはずだ。でも今、彼女はタンギンを押しのけた。どうなっているのだろう、彼女も式神なのだろうか。
「・・・・・・」
「え、この子、すげーっすね!人間が式神に触れるだなんて、よっぽど強い力を持っているくらいしか考えつかないっす!この子、俺の主になってくんないかなー」
タンギンが顔をしかめ、何か考え込んでいる。ショウゼツさんは完全にはしゃぎ、レイちゃんに触ろうと手を振り回していた。今はすり抜けるだけで、なんともない。ぱっと、レイちゃんが顔を覗き込んできて、はっとする。
「夕陽ちゃん?ぼーっとしてどうしたの?」
「え?あ、ごめん。ちょっと眠くなっちゃって」
「全くもー、夕陽ちゃんはのんびり屋さんなんだから!ほら行こ、前にネームプレート貼って決めるみたい!」
彼女が式神に触れた件は一回置いておいて、私は意識をクラスに戻す。みんな行事を相当楽しみにしていたのか、輪になって作戦会議が行われていた。瀬名高君もニコニコしながら、声を上げている人の隣にいる。
「ここで重要なのが、部活をやってる奴は、所属している部活の競技には参加できないことだ!つまり、うちの塩味はバスケには出られない!ここで、大会のメイン競技となるバスケとバレーに、うちのクラスの精鋭たちを送り込むのはどうだろうか!!」
「いいぞー!」
「それがいい!!」
「絶対勝つよー!」
こんなにも一致団結するだなんて、このクラスの人が熱意に溢れているのか、この学校が全力で行事を楽しむ風潮なのか、私は唖然とした。少なくとも他無県ではもっとドライだった。
「うち、すごい熱気でしょ。割とみんな、球技大会はガチでやるっぽいんだよね。夕陽ちゃんも私と同じく、あんまり運動得意じゃないでしょ?」
「うん、残念ながら」
ひっそりと端っこで見守っていたレイちゃんが耳打ちしてくる。体育は一緒に受けていたので、二人で息を切らしながら必死に長距離走を走り切ったのはいい思い出だ。そういえば最近までずっと体力測定でみんなの様子を見ていたため、誰が運動が得意なのかは大体わかるようになってきた。エースの萌ちゃんもさることながら、このクラスは運動神経がいい人が多い。
「だからさ、たいして得点にならなくて目立たない、テニスとかにしない?これなら屋外だし、みんな応援に来たりしないでしょ。やっぱメインは屋内の競技だからね」
「うん、そうしよう。でも私、テニスやったことないよ」
「大丈夫、私も」
ふふっと笑いあって、黒板に磁石でできたネームプレートを張り付ける。男子と女子の欄があって、隣に貼ってあった名前に、あ、と隣を見る。
「やあ、椿君!君もテニスなんだね?偶然じゃないか、これは運命かもしれないね!はっはっは!」
「・・・・・・」
カラカラと笑う瀬名高君と、閻魔のような雰囲気を醸し出している森林君が話しかけてくる。瀬名高君は全生徒から認知されていて、しかも好かれているのでいいのだけど、森林君はレイちゃんが苦手なのだ。しかもこれを知っているのは、彼が『廃絶』に暴走させられた時に近くにいた私だけだ。すごく気まずくて、私は自然と瀬名高君に体が寄ってしまう。
「あ、男子テニスは瀬名高と森林君なんだね!よろしくー」
「碁色君も、よろしく頼む!君たちはすっかり仲良しだね、いいことだ!我々も仲良くしようではないか、森林君!!」
「・・・・・・まあ」
苦渋の決断をしたような渋い顔をしているのがマスク越しでも分かる彼が、瀬名高君を見下ろしているのをぼんやり見ていると、誰かがこちらを見ているのに気が付いた。見ると、塩味君がこっちに視線を向けている。頭一つ大きい彼と目が合うと、彼が口を開いたのが見えた。なんだか嫌な予感がする。
「なあ、瀬名高がテニスって、もったいなくない?お前足早いんだから、バスケとかに出ればいいのに」
その発言に、さっきまで騒いでいたクラスにみんなが目を光らせて瀬名高君を一斉に見た。狩人のような視線の集中に、テニス希望者全員が震え上がる。
「そうだぞ、瀬名高。瀬名高のことだから、目立つバスケかバレーか、サッカーにすると思ってたのに」
「瀬名高君って確か、100メートル走めっちゃ早かったよね?もっと点の高い競技に出なよ!」
「うちのクラスの優勝はお前にかかってるぞ、瀬名高!」
「え、ええっと。そうだな・・・・・・」
推薦というよりは非難の嵐に、珍しく瀬名高君が狼狽えている。あれよあれよという間に、彼のネームプレートは剥がされ、どこに入れれば勝ち上がれるかの議論へと突入していった。レアな彼を見れてラッキーな気持ちになりつつ、私は彼と一緒に球技大会を過ごせないことが少し残念だった。
「なんでがっかりしてんだよ。同じ校内にいるんだし、あいつも『廃絶』が騒ぎを起こせば駆けつけるだろうし、いいじゃねえか」
「分かってないっすねー、断金さん。夕陽さんは光さんと同じ競技に出て、一緒にいる時間を長くしたいんすよ!そうすれば、一緒に応援したり、何かイベントに出くわしたりできるじゃないっすか!」
「ち、違うよ。そんなんじゃないよ」
横からの発言に、つい振り返って否定してしまう。じろじろにやにやしている二人と目が合うけど、ハッとしてみんなを振り返った。幸い競技の決定にもめているのか、私の独り言に気付いている様子の人はいなかった。ふう、と肩をなでおろす。
「誰と話してるの、椿さん」
「え!」
上からの声に顔を上げると、森林君が射貫くような目でこちらを見ていた。すごく気まずいし、何より少し怖い。彼が悪い人じゃないのは知っているけど、何せ彼は不愛想だし、マスクで顔の半分が隠れているから、私と別の意味で何を考えているか分からなく見える。はたから見れば一緒なんだろうけど。
「えっと・・・・・・む、虫がいて。いやだなーって気持ちが、声に出ちゃった」
「へえ。身振りもつけて、会話してるみたいだったけど」
「そ、そんなことないよ。そ、それより、森林君はテニスで良かったの?塩味君と同じじゃなくていいの?」
彼は私から視線を外すと、マスクの位置を直した。視線の先には、クラスのみんなに囲まれている塩味君がいる。
「あいつは俺と違って、運動神経もいいし、人気者だから。こういう時は、一緒じゃない方が逆にありがたい」
「そ、そうなんだ。でも森林君も、足速いよね」
「うちの部の中じゃ、全然遅いよ。まだベンチだし」
会話が途切れる。後から知ったことだけど、彼は話しかけられても無視することも多いらしくて、みんなの輪から外れがちらしい。こうして話してくれること自体レアなんだな、と思いつつも、間が持たないのでレイちゃんを振り返る。けど女子バスケの人選に声を上げているようで全く気付いてくれない。私は冷や汗をかきつつ、斜め下を向いたままの彼を見上げた。
「私にとっては、森林君はすごいけどな・・・・・・体育の時も、すごいってみんな言ってたし」
「騒がれるのは好きじゃない」
「そ、そうなんだ・・・・・・私も、走ってる君を見て、すごいと思ったよ。あの時だって」
「あの時?」
彼と視線が合う。瀬名高君が通る声で何か言って、クラスのみんなが笑っているのが聞こえる。こうして森林君と喋れているのも、タンギンたちと協力して、瀬名高君が悪意を祓ってくれたからなんだな、と思うと、自然と言葉がでてくる。
「試合を観戦した時だって、丁寧にモップで床を拭いてたでしょ。相手のチームは滑ってる人もいたし、あの仕事って大事なんだなって私でも分かったよ。それを進んでできる森林君は、すごいよ」
一瞬、彼が驚いたように目を見開く。顔を背けて、マスクを鼻まで上げた。照れているのかもしれないと、何となく分かる。彼は私とは違って、表情が顔に出ないわけじゃないのだ。
「それ、俺がスタメンから外れてるから、任されてるってだけだよ。一年だし、雑用はするもんなの」
「そ、それでも、手を抜かずにできるのはすごいよ。私は掃除はあまり得意じゃない、というか苦手だから、いつもほかの人に頼りっぱなしなの。だから・・・・・・・なんて言うんだろう、そんなに自分を卑下しないでいいと思うよ」
彼の黒い瞳が見える。前髪で隠れがちで分かりにくかったけど、彼も十分顔が整っているなと思った。じっと彼の顔を見つめていると、不意に彼の目がふ、と細まった。笑っているのだろうか。
「そんなにガン見されても、何言えばいいか分かんないよ。椿さんって、不器用なんだね」
「え、は、初めて言われたよ。そうかな」
「言いたいことが上手く言葉にできてないって感じ。でも、伝わりはしたよ。いつも無表情だから俺と似てると思ったけど、全然違うね」
そう言って、彼は前を指さした。見ると、レイちゃんが私の方に視線を向けていた。何か伝えたいことがありそうな顔だけど、少しにやついている当たり、何を考えているのか予想がつく。
「夕陽ちゃん、森林君とすごい話してたね。彼、人と喋らないで有名なのに、すごいじゃん」
隣で舌打ちが聞こえる。冷汗が背中を伝うのを感じつつ、私はレイちゃんに引っ張られるまま教卓の前まで行った。
「お、女子テニスか。うーん、二人の能力を考えると、ここにするか、バレーに入れるか迷うな」
「えー、私たちが希望してんだから、そのままでいいじゃん!逆に、テニスを捨て駒にして、他のメンツを固めるのもいいと思うし」
参謀のように紙を広げて競技のメンバーについて考えているのは、確か阿部君だ。さっきも騒いでいたし、今回の大会は本気らしい。ますます肩身が狭い。
「そうだな、無理に別の種目に入れるのも悪いし、このままでいくか。で、塩味。お前、テニスでいいのか?」
「まあ、余ったし、俺もテニス好きだし、いいんじゃない?」
結局、彼はどこに行っても役に立つから決まらない、という結論になったらしく、塩味君はまだ競技が決まっていないようだった。彼もどうでもよくなったのか、ひらひらと手を振って応じている。確かに小一時間話し合っているのにまだ決まっていないようだ。でも、みんな当日かのように教室がやる気モードに満ち溢れている。
「じゃあなんかよく分かんなくなっちゃったし、相方は森林だし、塩味はテニスでいいか!よし、じゃあこれで全員決定だな!!」
阿部君が勢いよく紙を黒板に貼り出し、見たみんなが揃って拍手をする。このままなら優勝できるんじゃないかと思うくらいの一致団結っぷりだ。
「やっと終わったか、もう授業時間終わるんじゃないかと思ったよ」
「先生、これで決定で!あと、先生も教師対抗の競技、絶対勝ってくださいね!!」
「いや、俺はみんなの応援専門だから」
「やる気出してよ台心!」
そんなこんなで、女子テニスは私とレイちゃん、男子テニスは塩味君と森林君になった。瀬名高君は男子バレーに出るらしく、みんなと一緒にエンジンを作っていた。元気さから言えば彼にぴったりの競技だ。
「よろしく、二人とも」
「塩味君がここってもったいない、と思うけど、逆にねらい目かもね。優勝がんばれ!」
「いや、椿さんと碁色も頑張れよ」
「じゃあ、帰りのホームルームやるぞー」
掃除を終え、私は丁度教室に残って帰りの支度をしていた瀬名高君に声をかけた。後ろからバンシキさんも出てきて、二人も私の後ろからすっと顔を出す。やっぱり他の誰よりも、瀬名高君の顔を見ると安心した。
「椿君!丁度良かった、一緒に帰らないかい?いやー、まさかバレーになるとは思わなかったね。人気者は大変だ、と言いたい所だが、君と同じ競技になれなかったのは残念だよ」
「やっぱり瀬名高君の人気は別格だね。応援に行くから、頑張ってね」
「ああ、ありがとう!僕も天命にかけて、君の応援に行くさ!」
「大げさだなあ」
下駄箱で靴を脱ぎ、上履きを見る。ハッとして、瀬名高君に今日レイちゃんに起こったことを話した。タンギンも私の中から出てきたようで、気味悪そうに顔をしかめながらレイちゃんに触れられた右肩を擦っている。一方瀬名高君は思案するように真顔になって靴を履き替えていた。
「ふむ、碁色君が・・・・・・・そうだな、考えられるとすれば、彼女が主であるか、式神であるか、単なる偶然なのか・・・・・・タンギン、彼女と体が触れたのは本当なのかい?」
「厳密に言えば、触れたってわけじゃねえが、圧は感じたってくらいだ。実体化してない俺たちに人間が触ることなんて不可能だ。だが、主の素質がある奴は、干渉くらいはできる。夕陽、俺に触ってみろ」
「え、うん」
急に話を振られ、私は言われるままに伸ばされたタンギンの手に触れようとする。やっぱり、彼の手なんてそこにはなかったようにそのまま通り抜けてしまったけど、少し空気が違かったというか、若干空気の圧があって、弾力があった気がする。
「こんな感じだな。で、実体化すると、こんな感じだ」
そう言い放ったと同時に、タンギンは私の指に自分の指を絡ませて、これでもかというほどぎゅっと握ってきた。指がみるみるうちに変色していく。
「痛たたた、タンギン、ちょっと力が強いよ」
「断金さん、彼女の手が折れちゃうっす!」
「つまり、実体化してない時に何かある、と感じられるのは、主として見込みがあるってことだ。あいつの家は神を祀ってるし、主になってもおかしくはねえんじゃねえの」
タンギンの説明に、私はじんじんする手を引っ込めつつ考える。確かにレイちゃんは、何となくだけどタンギンたちに感づいている気がする。神社であった時も、露骨ではないけど、私と瀬名高君とは違った方向を見ていた。
「ふむ、ということは、碁色君が次の主候補として勧誘してもいいということだね?丁度ショウゼツも主を探していた所だし、話を持ち掛けてみてはどうかな?」
「うーーん、確かに彼女は力は強そうっすけどねー。申し訳ないんすけど、俺自身彼女に惹かれる感じはあんまりしないんすよねー。夕陽さんの方がよっぽど惹かれるっすよ」
「はあ?こいつは俺の主だ。一人の人間に二人も式神がつくなんて、聞いたことねえぞ」
タンギンがショウゼツさんに掴み掛かる。喧嘩の予感がして止めようとしたけど、いち早くバンシキさんが止めに入ってくれる。私を取り合わないで、なんてロマンチックな台詞を言おうにも、確かに二人式神を付けているのは、体力的にだいぶ疲れていた。お腹がなりそうで、早くタンギンに晩御飯を作ってもらいたい。
「夕陽さんを取ろうだなんて思ってないっすけど、あの碁色さん?って人に付こうとは思えないっすねー。素質はありそうなんすけど」
「ふむ・・・・・・まあ、ショウゼツ。ひとまず今日は僕に付いてくれないか。彼女も疲れてしまうだろうし、君とも色々話したいしね。今なら僕も非常に元気だしね!いいかい、椿君?」
「う、うん。もちろん。ショウゼツさんさえよければ」
「いやー、なんか申し訳ないっすね。二人を疲れさせちゃう前に、新しい主を見つけに行かないと」
「そう焦るものでもないさ。じゃあ、今日はここまでにしよう!タンギン、椿君のこと、頼んだよ!」
「てめえに言われるまでもねえよ。ほら、帰るぞ」
「夕陽さん、学校楽しかったっすよ、ありがとうございますっす!」
瀬名高君とバンシキさん、ぶんぶんと手を振るショウゼツさんと別れて、私たちは家に帰った。手を洗ってリビングにカバンを置くと、どっと疲れが噴き出てきて、床にへたり込んでしまう。
「あれ、どうしたんだろ。疲れたな」
「式神を二人も引き連れてたんだ、疲れるに決まってんだろ。ほら、手。今日は何がいい?あり合わせでいいならすぐできるけど」
タンギンが手を差し伸べてくれる。私は本当に体力がないんだな、と思いつつも、生活を支えてくれる彼に、安心感が込み上げてくる。タンギンがいてくれてよかったな、と心底思った。
「お前、恥ずかしいこと考えてんじゃねえぞ。立てっつってんだよ」
「え、声に出てた?」
「式神は主が何考えてるか大体分かるもんなんだよ。ここで待ってろ」
あっという間に、テーブルがほかほかの美味しそうなもので埋め尽くされていく。あり合わせとは何だろうというくらい豪華だ。タンギンは元から料理はできたみたいだけど、最近さらに磨きがかかっているらしく、準備の時間もかなり速い。
「さっさと食って寝ろ」
「ありがとう。いただきます・・・・・・美味しい!!」
「はいはい、よかったな」
豚の生姜焼きのしょっぱさと旨味が全身に染み渡る。きんぴらごぼうとカイワレ大根がこんなに合うだなんて思わなかった。私はしばらく夢中でご飯を食べ進めた。最近、和食が大好きになってきた。
大分お腹も満腹になり、ふう、と一息つく。普段ならこんなに食べられないのに、空いた皿の多さに、やっぱり消耗していたんだなと実感した。瀬名高君が私を心配してくれた理由が分かって、心が温かくなる。私は空になったお茶碗を見て、ふと思いついた疑問を口にした。
「・・・・・・ねえ、タンギン。式神って、どうやって主を選ぶの?」
「は?なんだ、いきなり」
正面の椅子に腰かけていた彼が、こちらを振り返る。肘をついて機嫌悪そうにしているけど、私もなんとなく、彼が居心地悪いわけじゃないのは分かった。
「ショウゼツさんは、レイちゃんに付こうとは思わない、って言ってたよね。つこうと思う人って、ピンとくるものなの?」
「まあ、そうだな。言葉にすんのは難しいけど、なんつーか、共鳴するみたいな。式神と主は一心同体だ。式神は主を選んで、そいつとやっていく。まあ、主は式神を拒絶することもできるけどな」
そう言って、タンギンは顔を曇らせた。白い彼の顔に影ができる。彼が今まで主とどういう関係だったのか、勝手に色々想像できてしまった。
「そうなんだ・・・・・・私はタンギンを拒絶したりしないよ」
「はあ!?急になんだよ。話を逸らすんじゃねえよ」
意識してみると、タンギンの考えていることが察せるようになっていく。一瞬彼の頭をよぎったのは、今までの主のことだろうか。彼は主と上手くいっていたようではないだろうし、苦いことを思い出させたかな、と少し後悔する。
「ほら、風呂入りながら話せ!時間がもったいない」
「え、一緒に入るの!?流石に駄目だよ!?」
「はああ!?じゃあさっさと入ってこい!!そして早く寝ろ!!」
そうして、お風呂に入って、課題をやるために机に向き直った所までは覚えている。でも次の記憶は、ベッドの上で朝の光と共に小鳥のさえずりが聞こえてくる、実に平和なものだった。跳ね起きて自分の後ろを確認すると、ほんのり背中が温かく、タンギンも眠っているのが分かる。
髪も乾いているし、体操服も机に畳んであるし、パジャマにも着替えている。やっぱり私では、式神二人を連れていくのは難しいらしい。でも、一人の存在が、こんなにも支えとなってくれる。
ありがたいなと思いつつ、私は今日はゆっくり寝かせてあげようと、ひっそりとベッドから出て、朝の支度を始めた。




