34.主との関係
文化祭が無事終わり、12月だけど、まだ秋の木の葉の匂いがし始める。雲が近いという表現がふさわしい晴れの中、私は平穏に登校の道を歩いていた。
そろそろ期末テストがあるけど、それさえ乗り切れば冬休みだ。去年は永遠さんと年越しをして、こたつの中で二人とも寝てしまって揃って風邪をひいたけど、今年の年越しは初めて永遠さん以外と過ごすことになりそうだ。隣にいてくれる人がいる幸せが当たり前になりつつあることが嬉しく思いつつ、私は、昨日タンギンから言われたことを思い出していた。
今週の土日は、来客がある。それも、かなり遠方からだ。葉が落ち始めた銀杏並木の黄色が視界の端に映り込む中、銀杏を踏まないよう下を向いていた時、ひょっこりとタンギンが顔を覗き込んできた。実体化していない彼は、銀杏の黄色を髪の先に透かせつつ、いつものムッとした顔で口を開く。
「おい、下向いてねえで前見ろや。陰気な空気がさらに暗く見えるだろうが」
「銀杏って、踏むと臭いんだよ。ずっと靴に臭いがついちゃうの嫌だもん」
「はっ、てめえは地面に銀杏だろうが何が落ちてようが下向いてるだろうがよ」
「そ、そんなことないよ。それよりタンギン、今週末のこと、何か考えは浮かんだ?」
彼は珍しくうーんと唸り、顎に手を置く。イケメンしか許されないだろうポーズを取りながら空を浮かんで移動する彼は、電柱をそのまま体に貫通させながら、私と同じく赤信号の前で立ち止まった。
貧乏ゆすりをしていた長い足を止め、私をちらっと見下ろすと、すっと実体化して、私の襟元に手を伸ばしてきた。急に立体的に見える顔に視線が引き寄せられる。彼の、微細に震えた長いまつ毛が近くで見えた。
「襟、曲がってんぞ。最近寒くなってきたみてえだし、風邪引くなよ」
「あ、ありがとう・・・・・・」
体温が急に上昇し、顔が熱くなる。後ろからきゃあ、と女子の黄色い歓声が聞こえて、チッとタンギンが舌打ちをすると、ふっとまた姿を消した。私は急いで首元を抑えて、急いで横断歩道を渡りきる。今は、ドキドキしている場合ではない。文化祭以降、彼に対して鼓動が速くなる理由は、できるだけ考えないようにしている。思考を隅に追いやって、小走りになりつつ、私は週末来る人たちのことを考えた。
「ミモザちゃん、雨宿町に来るの!?わざわざ試雲県から!?」
レイちゃんが私の机に身を乗り出して、目を輝かせてくる。最近薄くメイクをし始めた彼女は、先生に気付かれないように、行動を大人しくする、と宣言していたけど、これだけ大きな声だったら注目を浴びてもおかしくないと思う。今は授業の休憩時間だから問題ないけど。
いつもはハートの髪飾りで前髪を留めているけど、今日は中央に何も飾りのない、正方形の枠だけのヘアピンだ。ショウゼツさんも似たようなイヤーカフを付けているので、誰を思って今の恰好をしているのかがすぐ分かる。私は自分のこめかみをつんとつついた。
「レイちゃん、今日はダイヤのピンなんだね。可愛い、シンプルで」
「あ、さっすが夕陽ちゃん、気づいた?これ、ショウゼツとおそろっぽくて、買っちゃったんだよねー!百均なんだけど、これしかない!って思ってさー」
「ふふ、なんかレイちゃん、最近さらに可愛くなったね・・・・・・あ、話、そらしちゃってごめんね」
「ううん!ありがと、夕陽ちゃん!で、あの小さくて肌が綺麗でお人形さんみたいなミモザちゃんが、なんでうちに!?しかも、うちの神社に用があるの?」
レイちゃんが首を傾げて、机の縁に両腕を置く。上目遣いになるので、女の私でも可愛いなと思う。
「そうみたい。この前、タンギンから文化祭の時にあった会議について聞いたんだけど・・・・・・直接説明してくれる?」
後ろに呼びかけると、「やだね」と短く返ってきたので、諦めて口を開く。レイちゃんが苦笑いをして、うっすら姿を現したショウゼツさんは大爆笑していた。
「なんかね、ミモザちゃんとその式神のヒョウジョウさんが、除怨ができなくなっちゃったんだって。しかも、ヒョウジョウさんと双子のソウジョウさんも、主が半年間見つからないらしくて・・・・・・詳しいことは分からないけど、式神が主につく期間も決められてるみたい」
レイちゃんがふむふむと頷いて聞いてくれている時、ガラッと教室の前の扉が開いた。朝練から帰った塩味君と森林君が、急いで来たのか息を切らしながら汗を拭っている。
彼の顔を見た瞬間、胸がきゅっと痛くなった。彼の好意を、私は断ってしまった。しかも今、視線がばっちりと合ってしまった。彼もちょっと目を見開き、ちょっとの瞬間なのに永遠にも感じられる時間が流れる。
「おはよ、しおみん、森林君!」
レイちゃんがぱっと立ち上がり、明るく二人に手を振る。塩味君も仲介者の存在にほっとしたようで、普段のようににかっと笑った。森林君は本当に普段と同じように無表情で、汗をかいているのにマスクをしている。
「おはよ、碁色、椿さん!」
「お、はよう」
うまく言えただろうか。笑えないのはいつもの通りだけど、声はいつものように発せられただろうか。どうするか迷っているうちに、台心先生が入ってきて、クラスの子たちは席に戻っていった。
塩味君の後姿が見える。普段と変わらない彼は、私から見たら元気がないように見える。彼は、普通に会話してくれるのだろうか。振った私がこんなこと思っちゃだめなんだろうけど、また普通に話してくれたら嬉しい。諦めない、と言われたし、大丈夫かな、とは思う。
「レイちゃん、さっきはありがとね。塩味君と気まずくならなくて済んだよ」
「いいえ。これからも二人が話せるように、サポートするからね」
そう小声で言って、レイちゃんは綺麗にウインクした。彼女の気遣いに感謝しつつ、これからどうしようかと前を向いて台心先生を見ていると、トントン、と肩を叩かれた。
朝礼中に何だろうと後ろを振り返ると、そこには見慣れない、そして忘れることのできないピンクの目が、かっぴらいてこちらを見ていた。
「やっほー!あんた、まだ生きてたんだね!廃絶の結界に2回取り込まれたって聞いたけど、てっきりもう死んだか、配下についたかと思ってた!さすが、断金を従えてるだけあるね!」
彼を見た瞬間、碁色神社での光景がフラッシュバックする。縛り上げられた一人の式神に、みんなが言葉を発するのすらためらっていたあの空間で、一人容赦なく私に心無い言葉をかけてきた、あの水色の髪をリボン結びにした青年。
「ソウジョウさん、なんでここにいるんですか?」
「あ、俺のこと覚えてんの?意外と記憶力はあるんだね?てっきり自分の周りのことしか頭にない、今時の能天気な女子高生かと思ってたよー!あはっ」
アニメのキャラクターのように空笑いをし、ソウジョウさんは言いたいことだけ言うと、満足したようにふっと姿を消してしまった。見慣れた教室には違和感のあるビビットカラーが目に焼き付く。
完全に後ろを向いてしまったからか、「おい、椿」と台心先生の声が飛んできて、急いで前を向いた。みんなの顔がどうした?と言う風にこちらを見ている。顔がどんどん熱くなっていくけど、きっと他人には分からないだろうから、こういう時だけは表情が出なくてよかった、と思う。
「どうした、椿。後ろになんかあったか?」
「先生!どうやら椿さんは見慣れた景色に飽きてしまったようだ!彼女がここに転校してきてから早8か月、我々は席替えを一度もしていないだろう?そろそろ気分転換の意味も込めて、席をシャッフルするというのはどうだろうか!!」
瀬名高君がガタッと音を立てて立ち上がり、久しぶりに手を振り回してスピーチをする。そう言えば、転校初日に挨拶を失敗してしまった時も、こうして彼がカバーしてくれた。瀬名高君のこういう所は、気遣いと、みんなの意識を引き付ける才能だと思う。
「確かに、一回も席替えしてないよな」
「D組は一か月に一回席替えしてるらしいよ」
「台心がめんどくさがってんじゃねーの?」
みんなが思ったことをわーわー言っていると、先生がはあ、と大きくため息をついた。パンパン、と手を叩いて、頭を抱えて声を絞り出した。
「・・・・・・じゃあ、するか」
「わー!!」
阿部君が準備よくくじ引きをロッカーから出して、みんなが群がっていく。私はぼうっと、さっき言われたことを思い出していた。
「・・・・・・あんな言い方、しなくても」
「おい、お前も行ってこいや。またすけこまし先公に目付けられるぞ」
タンギンが隣で囁いてくるので、ハッとして席を立つ。タンギンのことだから、ソウジョウさんが急に来たら止めそうなものだけど、彼は彼の襲来を許した。今回のことは何か色々絡んでそうだな、と最後に残されたくじを引いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
言うなれば、私の行動が原因で席替えが起こったのだから何も言えないけど、これはあんまりじゃないだろうか。
前で背中を強張らせている塩味君のシャツに、私は自分のスカートを見つめる。こんなことあるだろうか。しかも、塩味君が廊下側の一番前で私が二番目、つまり私の後ろを、恐る恐る振り返る。
「・・・・・・」
また重い沈黙が返ってくる。マスクの下からでも分かる不機嫌な感情に、もう身動きが取れなかった。
幸い、私の横は頬月さんで、にこっと笑って手を振り返してくれる。机の横にかかった鞄には、楽譜やら楽器のケースやらが入っていて、大きく膨れ上がっていた。
「椿さん、偶然だね。これで吹奏楽部、勧誘し放題だね」
「頬月さんが隣で安心だよ。よろしくね」
レイちゃんは教卓の一番真ん前で、台心先生に文句を言っている。瀬名高君はと言うと、窓側で萌ちゃんと熊田さんと美依ちゃん、ほのかちゃんという女子に囲まれた席になっているようで、からかわれて笑っていた。
あそこはいいなと思っていると、またトントン、と肩を叩かれる。まさかとゆっくりと顔を向けると、森林君がこちらをジト目で見ながら頬杖をついていた。
「・・・・・・塩味と、何があったの?」
「・・・・・・い、いや?何もないよ」
「椿さんって、無表情だけど目が泳ぐよね。自分ではバレてないと思ってんのかもしれないけど、動揺しすぎ」
ぎょっとして、森林君と顔を合わせる。彼はハイライトのない真っ黒な瞳で、全ての物に飽きたような顔でこちらを見ていた。彼を見ていると、感情が見えないと相手が何を考えているのか図れなくて、ちょっとやりづらいと実感する。私が中学の時にみんなから避けられていたのも、分かるかもしれない。
それより、瀬名高君とタンギン、永遠さん以外に私の感情について言及してきた人はいなかったので、彼ももしかしたら感情が表に出せない人なのかもしれない。勝手に仲間意識が湧いてくる。ただ彼の場合は、普通に人間観察が趣味っぽいけど。
「え、えっと。もうちょっとしてから話すから、一旦今は見逃してくれると助かるな」
「塩味が最近レシーブでミスばっかしてて、レギュラーから外れそうなんだけど。そしたら、あんたのせいだよ。俺が代わりにメンバー入りになる」
『あんたのせい』という言葉に、罪悪感がぐっと押し寄せてくる。さらにしんどいのが、森林君自身も、別にレギュラーに慣れて喜んでいるのではなく、単に塩味君を心配しているようだった。
私は何も言えず、ただ彼の逞しい腕を見続けるしかなかった。つんつん、と肩を叩かれて振りかえると、塩味君がこちらに笑いかけていた。
「椿さん、台心がめっちゃ睨んでるよ。前向いた方がいい」
「あ、ありがと」
彼の変わらない、人の良さそうな笑顔に、私はこんないい人を振ってしまったのだと苦しさにも似た何かが疼く。ホームルームが終わるまで、私は前を向けないまま、ひたすら冬物になったスカートの生地を見つめていた。
「やったー、お昼だー!夕陽ちゃん、今日は購買で食べない?甘いものたくさん食べたい気分!」
「うん。いいよ」
チャイムが鳴ると同時にレイちゃんがすっ飛んできて、私を教室から連れ出す。まだ授業が終わってそんなに経ってないのにもう込み始めてきた1階の階段を下りていると、くるっとレイちゃんが苦笑いをしながら振り返った。
「なんか、運命ってあるよね。あの席、すごいね」
「・・・・・・ほんとにね。もう、心が苦しいよ」
「だよねー。振った相手が目の前にいて、あの眼光鋭い森林君が後ろにいるなんて、地獄よ。私も、先生の目の前なんてやだ!アイライン授業中に治せないじゃん」
「あはは、レイちゃんよく治してたよね。二人とも、前の方になっちゃったから、タンギンたちとも話しにくいね」
「確かに!ま、クラスが別れたわけでもないし。って、そうだ。夕陽ちゃん、文理選択、どっちにした?それによって2年のクラス分け決まるから、夕陽ちゃんと同じにしようと思って」
「ええ、そんな理由でいいの?」
「そんな理由じゃないよ!私にとっては友達と同じクラスなのは絶対条件なの。で、どっち?」
「私は、文系かな。数学は苦手だし、理系だと音楽とか美術とかの授業もなくなっちゃうでしょ?歌ったり絵かいたり、結構好きなんだ」
話しているうちに、購買スペースに辿り着き、足早に前に並んでいた人の後ろにつく。一瞬の間にもう私たちの背中には数十人の列が出来ていて、やっぱり人気なんだなと思う。運動部の先輩が主なので、なんだか壁みたいだ。
「そうしたら、私も文系にしよ!瀬名高はどうするんだろうね」
私たちが列の一番先頭にくる。雰囲気的にのんびり選んでいるとどかされそうなので、二人無言で選び始めた。たくさんのパンが並んでいる中、今日はおにぎり屋さんが来ているかなと見ていると、なぜかいつもいるのに今日はいなかった。タンギンと食べたあのおにぎりはとてもおいしかったから、レイちゃんにも紹介したかった。
すると、ふと並ぶパンの中からアップルパイが目に映り、手に取る。ここに来て出会いがしらにアップルパイを渡してきた彼は、文理どちらを選ぶのだろうか。
基本私たちの会話は式神に関することが6割を占めているので、私生活や学校の成績は話さない。席も遠くなっちゃったし、これから話す機会も減るかな、とぼんやり考える。
お金を払い、人込みから抜け出すと、レイちゃんが先に待ってくれていた。彼女の手には山盛りのパンが乗っかっている。
「たくさん買ったね、レイちゃん」
「逆に、夕陽ちゃんアップルパイだけ!?絶対足りないよ。私の分けてあげる!調子乗って買いすぎちゃった」
二人笑って、中庭の隅にあるベンチに座る。文化祭でショウゼツさんとここに座ったのが、不思議と結構前のように思える。上を向くと、立体感のある雲が深い影を映して漂っていて、他無県では見ないくらい綺麗な冬空だと思う。漂う木の葉の匂いも相まって、もう冬が来るんだなあと実感する。レイちゃんが横でふふっと笑って、持っていたパンの袋を開けた。
「夕陽ちゃん、瀬名高の文理選択、気になる?」
「え!?きゅ、急にどうしたの?別に」
「だって、夕陽ちゃん文化祭が終わってからすごいぼんやりしてるから。後夜祭の花火の時、二人で抜け出してたでしょ?絶対、なんかあったでしょ」
「う」
そう言ってレイちゃんがお見通し、と言う風に、手で銃のポーズをしてこちらに撃ってくる。図星だという気持ちと、もっともやもやした、自分の式神に対しての気持ちとで、私は胸を抑えた。この気持ちは何だろう。今まで経験したことがないから、分からない。
「あはは、夕陽ちゃんこういうのに乗ってくれるんだ。流石。クールに見えてノリがいいよね!そういう所がしおみんも好きになった原因かもね」
「れ、レイちゃん。話がとっ散らかっちゃってるよ」
「ふふ。週末はミモザちゃんも来るし、夕陽ちゃんの恋愛事情も荒れてるし、いやー楽しいねえ。で、まずは瀬名高よ。ねえねえ、何があったの?」
「ぼ、僕かい?」
降ってきた声にレイちゃんと顔を見合わせて振り返ると、驚いた様子の瀬名高君が丁度私たちの後ろにいた。声をかけようとしていたのか、手が中途半端に上がったままだ。隣には無表情のバンシキさんもいたので、週末のことを話しに来たのかもしれない。
「何よ、瀬名高。いつからそこいたの?」
「丁度今さ。君たちが風のように教室から去ってしまうから、今度の土日にヒョウジョウたちが来ることについて、作戦会議したいと思ってね。まあ、去ってしまった理由は何となく察するがね。すまない、椿君」
瀬名高君の席を空けようとレイちゃんとの間に空間を作ろうとしたら、レイちゃんがぐいっと私を引っ張ったので、彼が私の隣に座る。二人に挟まれて、人気者になったようで、ちょっと嬉しい。瀬名高君の申し訳なさそうな顔に、私は手を振って否定した。むしろ、助けてもらって嬉しかった。そのことを伝えると、彼はホッとしたようで、手に持っていたお弁当箱を持ち上げた。
「僕も一緒に食べていいかい?」
「別にいいけど。丁度いいから、ミモザちゃんのことについて話そ・・・・・・夕陽ちゃん、また今度ね」
レイちゃんの耳打ちに、私はまた詰められるんだろうなと顔を覆って頷く。すると、すっとショウゼツさんが出てきて、私たちの前に姿を現した。続けて、ずっと私の背中にいたタンギンも、鬼のような形相で私から出ていく。背中がからっぽになった感覚だ。
「断金さん、なんでそんな顔してんすか。怖い通り越して、避けたいっすよ」
「あ?寝起きなんだよ。話しかけんじゃねえ」
「ひえー!ちょっと盤渉さん、どう思うっすかこの態度!自分たちの仲間がピンチなのに、非協力的すぎないっすか!?」
ショウゼツさんが涙目でバンシキさんに話を振る。横でレイちゃんが私に、なんであんなに機嫌が悪いのかと目で聞いてくるけど、私も分からない。首を振ったら、彼女ははあ、とため息を吐いて口を開いた。
「タンギンが非協力的なんて、元からでしょ。それより、なんでミモザちゃんははるばるここに来るの?」
ずっと黙っていたバンシキさんが口を開く。ただ、彼のこのスピードだと昼休みが終わってしまうので、3分の1くらいの所で瀬名高君が説明を代わってくれた。
「まず、問題が2つある。1つ目は、ヒョウジョウと丹野君が除怨ができなくなったこと。2つ目が、ソウジョウの主が半年間見つからないことだ。1つ目に関しては、彼女たちの力が弱まってしまったことが考えられるので、神聖な碁色神社で、力を蓄えよう、と言うことだ」
「式神が除怨できなくなるなんてことあるの?式神って、除怨のためにいるんでしょ?」
レイちゃんの発言に、式神たちの顔がちょっと曇る。
タンギンははあ、とどでかくため息を吐いて、座ってポカンとしているレイちゃんの前に立って、実体化した。彼女のおでこに指を立て、至近距離で睨んでいる。
「あのなあ。俺らは人間のために存在してんじゃねえんだよ。おめえら人間が勝手に出した悪意を祓えるってだけで、除怨のために存在してるわけじゃねえ。別にほっといたっていいんだぜ?てめえらが勝手に自滅してくだけだけどな」
「ちょっと断金さん、言い過ぎっすよ。そりゃあ人間からしたら、俺らはそう見えておかしくないっす。除怨する役割だって、俺らの使命なんすから」
「だからってこんな言い方されたら腹立つだろ。なんで俺らが守ってやってる対象に、守ることが普通なんて言われ方されねえといけねえんだよ」
「ま、まあまあ。碁色君も、純粋な疑問を口にしてしまっただけだろう。式神の存在は、まだ謎が多い。僕たちだって、守ってもらって当然とは思ってないさ。な、椿君」
レイちゃんに突っかかるタンギンを、ショウゼツさんと瀬名高君が収める。向けられた視線に、私はタンギンの目を見た。彼は眉を吊り上げていたけど、私を見た瞬間、もっと眉間に皺を寄せた。伝わってくる気持ちは、怒りと、どうしようもない不安感だ。きっと、タンギンも自分たちの存在についてはっきりしたことは言えないのだろう。
「・・・・・・私も、守ってもらって当然なんて、思ってないよ。こうしていつも傍にいてくれて、すごく感謝してる。私のことを分かろうとしてくれる人がいるだけで、私は幸せ。だから、そんなに怒らないで」
私の言葉に、ショウゼツさんとバンシキさんがくすっと笑う。タンギンはショウゼツさんの腕を振りほどき、今度は私に掴み掛かってきた。アップルパイを落とさないように、両手で守る。
「あのなあ!別にてめえを分かろうとしてるわけじゃねえよ!こっぱずかしい言い方すんな!大体、お前は・・・・・・」
「はいはい、そこまでっす。ね、レイさんも、ちょっと疑問が出ちゃっただけっすよね。ここはお互いごめんなさいして、仲直りしましょ」
ショウゼツさんはさっきから黙ったままのレイちゃんとタンギンを向かい合わせる。彼女は怒るでも泣くでもなく、真顔だった。
「んだよ、その顔」
「・・・・・・いや。悪かったわよ、変な言い方して」
「はあ!?素直に謝ってんじゃねえよ、気持ち悪ぃ!」
「こらこら、断金さん!」
「・・・・・・あのね。うちにもしかしたら、あるかも。式神に関する本」
レイちゃんの言葉に、その場にいた全員が動きを止める。
バンシキさんも目を見開いていた。レイちゃんは真剣な顔で、指を立てる。
「週末、みんな私の家に来るんでしょ。そしたら、私と夕陽ちゃんとショウゼツがうちの書斎で式神関連の本を探すから、ミモザちゃんたちのことはあんたらに任せるのはどう?瀬名高も来るでしょ」
「ああ。困っている仲間をほっておくことはできないからね!」
「おい、なんで俺を書斎から外したんだよ」
「人数は多い方がいいでしょ」
「おいこっち見ろハート女!って、ハートじゃねえじゃねえか、四角女」
「んもう、ピンで人のあだ名つけんのやめてよね!!」
レイちゃんとタンギンがぎゃーぎゃー言い合っているのをよそに、バンシキさんが口を開いた。二人を除いて、また真剣な空気に戻る。
「・・・・・・式神は、半年以内に主を作り、除怨をしなければならない。それを越すと、存在ができなくなる」
「そ、そうなのか?」
「・・・・・かもしれない」
瀬名高君がずっこける。雛壇芸人のような百点満点のリアクションにショウゼツさんが苦笑いをした。
「ほんとに、俺らって明確な決まりが分からないんすよ。これやったらアウトとか、これはいける、とか。主ができたら五感は共有されるとか、寒暖差を感じないとか、力の強さによって主から離れて活動できる範囲が決まってるとか、そういうのは分かるんすけど。それも、実験して分かったことで、正直、レイさんの言う通りかもしれないっす。半年以上主を作らないとダメってのも、どこまでほんとか分からないんすけどね。でもそれがもしほんとだったら、雙調さんは消えちゃうっす・・・・・・」
言いながら、彼の顔がどんどん曇っていく。
式神が消えてしまうなんて、考えたこともなかった。私は怖くなって、隣のタンギンを見る。実体化を解いた彼に手を伸ばしても、ただ空を掻くだけだった。
「なんだよおめえ、急に。俺が実体化してて疲れんのはお前だからな」
「ええ、今のいじらしい挙動を察せないって、断金さん、馬鹿っすか?」
「誰が馬鹿だてめえ!!」
もう収集がつかないので、レイちゃんと瀬名高君、ショウゼツさんが式神に関する資料探し、私とタンギン、バンシキさんがミモザちゃんたちと話すという提案をした。満場一致でOKだったので、みんなで一旦ゆっくりご飯を食べることにする。式神たちも空中で楽しそう(?)に話しているし、なんとか場が収まってよかった。
「・・・・・・もし、私がショウゼツからの主の誘いを断って、ずっと主が見つからなかったら、ショウゼツは消えちゃってたのかな」
レイちゃんの呟きに、彼女を振り返る。持っていたサンドイッチを降ろし、彼女は空に浮かぶ彼らを見あげた。彼女の横顔はとても綺麗で、だけどどこか冷静な光を宿していた。
「式神のこと、私は小さい頃から見てたから、信じざるを得なかったけど。普通の子たちって、ショウゼツたちのことを受け入れられるのかな」
そんなこんなで、あっという間に週末が来た。秋物の長袖に袖を通して、鏡に映った自分を見て髪を整える。久しぶりにミモザちゃんに会うので、なんだか浮足立っていた。横からタンギンがにゅっと顔を出して、私の後頭部を見る。
「お前、後ろ跳ねてんぞ」
「嘘。寝癖かな」
「跳ねてねーよばーか」
小学生でもやらないような捨て台詞を残して消えた彼に、私は一人笑ってしまう。いや、一人じゃないのだ。ちょっと軽くなった心に、私は明るい気持ちで玄関を開けた。そうだ、私が緊張していたら、ミモザちゃんもやりにくいだろう。いつも通り接すればいいのだ。
「つ、椿さんだ・・・・・・あの、廃絶の結界に2回取り込まれても死ななかった・・・・・・やっぱり、美人は生き残るようにこの世界は作られているんですね・・・・・・理不尽です・・・・・・」
碁色神社に集合時間より早めに着いてしまったと横断歩道を渡っていると、鳥居の前ではもう既に、ミモザちゃんが大きなキャリーケースを片手に待っていた。彼女は開口一番、ヒョウジョウさんの陰に隠れて私を見上げた。
前回会った時18歳だと聞いたけど、本当なのかと言うくらい、見た目も所作もあどけない。お嬢様学校なのが一発で分かる上品な紫のフリルだらけの制服に身を包んだ彼女は、大きな目を潤ませてこちらを見ていた。ふうと困ったように息を吐いたのは、ヒョウジョウさんだ。曇りの空には映えすぎている黄色の長い髪の先をリボン結びにして、印象的な赤いストールを腕にかけた彼女は、青い目を伏せて頬に手を当てている。女性にしてはガタイがいい彼女だけど、所作が綺麗で、女性らしさを感じる。
「ミモザさん、会って2回目の人にかける言葉としては、陰湿ですよ。長旅の疲れもあるでしょうが、ちゃんと椿さんに向き合ってください」
「お、お久しぶりです、ミモザちゃん、ヒョウジョウさん。お元気そうで何よりです」
「み、ミモザちゃん?私たち、そんなに仲良かったでしたっけ?それに私、一応年上なのに・・・・・・椿さんこそ、以前お会いした時より、顔色が優れているようで、良かったです・・・・・・」
前会った時は『廃絶の人』呼ばわりされていたので、ちゃんと名前を覚えてもらえてよかった。それに、私の顔色に気付くなんて、人のことをよく見ているのだろう。レイちゃんにつられて先輩のことをちゃん付けしちゃっていたけど、可愛いのは本当なので、そのままの呼び方にすることにする。
「じゃあ、レイちゃんを迎えに行きましょうか。というか、レイちゃんのお家なんですけど」
「お、お家が神社なんて・・・・・・きっと、さぞ除怨も強いんでしょうね。彼女からは、とてつもない強さを感じます。と言っても、私は除怨すらできないゴミなんですけど」
「ミモザさん、ほら、さっさと行きますよ」
自虐してどんどん沈んでいく主を、ヒョウジョウさんが引っ張る。実体化した彼女はミモザちゃんのキャリーケースをひょいと持ってすたこら階段を上がっていくので、私たちも続く。道中、姿を現したタンギンに聞いてみた。
「ヒョウジョウさんって、てきぱきしていてかっこいいね。ソウジョウさんと、ほんとに兄弟なのかな」
「あ?んなことどうだって・・・・・・あっぶね」
振り返ったタンギンが目を見開き、私の方に覆いかぶさってくる。
何かと聞く前に、彼は私の背中をぐっと抱え込んだ。足を止めて後ろを振り返ると、険しい顔のタンギンと、今まさにこちらに手を伸ばしかけていたソウジョウさんが、ぼうっと浮かんでいた。
まさか、私のことを後ろに引っ張ろうとしていたのだろうか。こんな高い階段から落ちたら、怪我どころでは済まない。遠くに見える鳥居を見てぞっとしていると、タンギンが舌打ちをして、私の肩に手を回した。両腕がぎゅっと固定されるけど、今は転がり落ちる心配が消えて、安心する。
「てめえ。こいつのこと、ここから突き落とそうとしたか?ご挨拶にしてはやることが廃絶すぎるぞ、雙調」
「あっはは?そんなことしてないよー!ほら、現に君の主には触ってないしさ!言いがかりは止めてよねー!ただー、廃絶に関係してる人間なんて、死ぬかどうかわからないじゃん?物は試しだよ!あ、昨日振り、タンギンの主!」
ソウジョウさんはそう言って、にこっと笑った。顔の横に垂れたリボン結びの髪が頬にかかっても気にせず、彼はルンルンと空を飛び回っている。血の気が引いていくのが分かって、私は思わずふらついた。
すると、タンギンは腕ではなく私の腰を掴んで、階段を上っていく。くすぐったさと歩きづらさで抵抗しようとするけど、彼はぐいぐい進んでいった。逆にこの体勢でよくふらつかずに進めるものだ。
「タンギン、くすぐったいよ。せめて、手繋ぐとかにして」
「うるせえ。てめえはそうやっていつもコロコロどっかに転がってくんだから、今くらい大人しくしとけや」
「・・・・・・ありがとう」
ようやく頂上に着くと、もう登り切っていた二人から異質なものを見るような目を向けられる。二人三脚状態で、式神が主を引っ張り上げているのだ、そう言う顔にもなるだろう。ミモザちゃんは顔を赤くしつつヒョウジョウさんに隠れたけど、後ろから現れたソウジョウさんに、ヒョウジョウさんはああ、と言う風に納得したようだ。
「あ、あのタンギンを従えて、しかも腕で使っているなんて・・・・・・椿さん、恐ろしい子」
「兄さん。どうせ、椿さんを階段から突き落とそうとしたんでしょう。今はただでさえ主が少ないんですから、除怨できる人口を減らしてどうするんです。止めてください」
「あははっ、はーい!にしてもさ、ここってよく会議で使うとこだよね!?ここに来て何するの?なんか空気が美味しい感じがするー!」
曇り空の中、水色の髪をした青年が空を飛び回るという突飛な光景を目にしていると、閉じたままだった大きな一軒家の引き戸がガラガラと開いた。中からはレイちゃんと瀬名高君が出てくる。彼はもう先に着いていたのか。ツートンのカラーシャツにズボンというシンプルな服に、いつもは見られない新鮮な彼の姿に、つい目が行ってしまう。
「やあ、椿君!君たちを鳥居前で待っていたら、碁色君のお父様が入っていいと言ってくださってね、先にお邪魔していたんだ!今日の君は緑のスカートが似合うね!さながらどこかのお嬢様みたいだよ!」
「せ、瀬名高君。あ、ありがとう・・・・・・」
いつもながらの演技がかった彼の賛辞に、なぜか段々と頬が熱くなっていく。お嬢様だなんて初めて言われた。それが彼のお世辞だとしても、とても嬉しい。変だったらどうしよう、レイちゃんもミモザちゃんも可愛いから、せめて服でもとっておきのものにしようと選んだけど、褒めてくれて良かった。
顔を上げると、なぜか瀬名高君まで顔を紅潮させていて、二人なんだか気まずい空気になる。後ろでは、「早く結婚しろー」「あの二人は、付き合っているんですね!?」と女子二人の声が聞こえて、さらに顔が火照る。
「というか!ミモザちゃん、ようこそうちへ!!遠方からありがとう、会いたかったよー!このもちもちすべすべのお肌に、お人形のような大きいおめめ!女子の理想のフリルが付いた制服!あーかわいーー!!」
「ぐえ、なんですか!?私はあなたたちより先輩ですよ!?抱き着かないでください!」
「すみませんっす、うちの主が」
「いえいえ。ミモザさんは学校でお友達がいないので、微笑ましい限りです」
ショウゼツさんが保護者顔で平謝りしている一方、ヒョウジョウさんは微笑ましいと言っているのに全くの無表情で自分の主を見ている。彼女も大分クールだ。除怨ができないと言っているけど、焦っているようにも悲しんでいるようにも見えない。レイちゃんの頬ずりがひととおり終わった頃、はい、と手を叩いて彼女は手を上げた。
「じゃあ、書庫で式神の資料を探す組と、ミモザちゃんの話を聞く組に分かれる前に、一旦みんなでお茶しよ!長旅で疲れたでしょ?ほらほら、上がって!」
「わ、私は疲れてないです。いいから、その2組とやらに分かれてください」
「美味しいお饅頭あるよ?」
「お、お饅頭!?そ、それはいただかないともったいないですね」
レイちゃんのお家に上がっていったのは、ミモザちゃん、ショウゼツさんだけだった。あとは玄関前で呆然と立ち尽くしている。早く問題を片付けたい人と、人の家に簡単に上がるのに抵抗がある人で、顔を見合わせる。ふう、とヒョウジョウさんがため息を吐き、すっと手を上げた。
「この度はお騒がせしてすみません。私とミモザさんの除怨ができなくなった件ですが、何とか自分たちで解決するので、皆さんを巻き込むつもりはないので、ご安心を」
「んなこと言ったっててめえ、これからどうすんだよ。悪意にあのおさげが呑み込まれて死ぬだけだぞ」
タンギンがぶっきらぼうに返す。おさげというのはミモザちゃんのことだろう。確かに、悪意が祓えないのに悪意に出くわしたら、最終的に苦しいのは主だ。どう返すんだろうとヒョウジョウさんを見ると、彼女は顔色一つ変えず、横目でタンギンを見た。青色の目が、何も浮かべないまま動く。
「その時はその時です。除怨できるよう努力はしますが、出来なかった場合、もうそこまででしょう」
「そ、それは、丹野君が死んでしまってもいい、ということか?」
「そうは言っていないですが・・・・・・どうしようもないものは、どうしようもないですから」
淡々と言う彼女の発言に、私は愕然とした。
申し訳ないけど、ソウジョウさんと血がつながっているというのは嘘ではないようだ。人の命をなんだと思っているのだろう。ミモザちゃんを助けたいとか、悪意に苦しんでいる人を救いたいとかではなく、どうしようもない、で済ましてしまう彼女に、私は恐怖を通り越して、嫌悪を覚えた。どうしてこんなひどいことが言えるのだろう。
「てめえは相変わらずだな。常識人ぶっといて、一番残酷なことを言いやがる。だからてめえらは嫌いなんだよ」
「はあ・・・・・・でも、今回碁色神社に行きたいと言ったのは、ミモザさんですから。ここなら確かに、神聖な空気で過ごせば、私の力を取り戻せるかと思いますが・・・・・・友達に会いたかったというのが、一番の理由ではないでしょうか?彼女、友達いないですし」
赤いストールを揺らし、彼女は頬に手を置く。別に、ミモザちゃんを殺そうと思っているわけではない。ただ、どうしようもないだけ。だったら、どうして。
「なぜ、主をそう言った扱いをしておきながら、学校には付いていっているのかね?」
瀬名高君が珍しく怒ったように眉根を寄せて、ヒョウジョウさんに向き合う。後ろでは、無表情の、でも慈悲のあるバンシキさんが、自分の主を見守っていた。
「?それは、主だからでしょう?式神と主は一体関係にあるんです。主から離れたら、力を使えなくなりますし」
「でも、丹野君が死んでもいい存在だったら、わざわざ傍にいないはずだ。力が使える範囲にいればいいし、人間関係だって気にも留めないだろう。除怨できないのだって、自分一人でここに来ればよかった話だ。どうして、丹野君の近くにいようとするんだい?」
「だから、それは力が使えないから」
「力は、何のために使うんだい?」
瀬名高君の追撃に、ヒョウジョウさんは開いていた口を閉じた。
確かにそうだ。式神は除怨する以外に、何に力を使うのだろう。実体化だって、ずっとし続けていれば主はもちろん、自分たちだって疲れてしまう。よくタンギンは私が疲れてしまうというけど、長く実体化していた時は、私が元気でもタンギンはずっと眠っていたことだってあった。それに、なんのために実体化するのかもわからない。
「君は、本当は主が大切なんじゃないのかい?どうして、丹野君を切り捨てるような発言をするんだい?言葉の重みなんて、式神が一番分かっているだろうに」
ヒョウジョウさんから目を逸らさない瀬名高君の姿に、私はすごく尊敬した。未知の存在に立ち向かう彼から、ヒョウジョウさんは目を逸らす。
すると、今まで空を飛び回っていたソウジョウさんが、ぐいんとこちらに向かってくるのが見えた。まずいと一歩踏み出そうとした時、バッと横で何かが動いた。
「バンシキ、タンギン!」
「・・・・・・光には、触れさせない」
「てめえがやることなんてわかり切ってんだよ。馬鹿の一つ覚えみてえにとびかかってくんじゃねえ」
瀬名高君を守るように、バンシキさんが前を、タンギンが後ろを取り囲む。寸前の所まで来ていたソウジョウさんはカラカラ笑うと、ふっと興味をなくしたようにくるりと一回転した。まるで機嫌がいい時のマクモさんみたいだ。
「僕は何もしてないよー?ただ、どういう顔でこの人間は喋ってるのか気になっただけ!どうしても平調が丹野ミモザを守ろうとしているように仕立て上げたいみたいだけどさ、僕らは当然のことを言ってるまでだよ?人間なんて、ほっといても勝手に死んでいくんだから、守る必要なんてあるわけ?」
その瞬間、その場からタンギンが消えた。
そう思うほど彼は素早く、ソウジョウさんの元に向かって、拳を振り上げた。寸前でソウジョウさんは交わしたけど、彼が叩きつけた花札は胸元に当たる。札は何事もなくひらりと舞い、空に消えていった。ソウジョウさんがニヤッと笑い、おかしそうにお腹を抱える。
「あははっ、まさか僕を廃絶なんかと勘違いして除怨しようとした?ふざけないでよね」
「・・・・・・悪ぃ、莫目に見えて、消そうとしたわ。お前、どうしちまったんだよ」
「・・・・・・何が?僕は別にどうもしてないよ!ただただつまんないことが多すぎて嫌なだけ!」
タンギンの顔はよく見えないけど、ソウジョウさんが彼をかわして、また空を飛び回る。私はヒョウジョウさんに目をやると、彼女は足元の砂利一点を見つめていた。何を考えているのか分からないけど、こんなのが傍にいたら、影響されてしまうかもしれない。すると、瀬名高君が私の肩をつんつん、と叩いた。
「椿君。このままでは埒が明かない。僕たちで、ヒョウジョウと丹野君の除怨ができない理由を探ろう」
「え、ヒョウジョウさんを助けるの?」
「当たり前じゃないか。彼女の考えはひどいものだが、だからと言って助けない理由にはならない。何より、丹野君が可哀そうだからね!僕は常に困っている人の味方さ!」
瀬名高君の大きくてまっすぐな瞳が私を捉える。自信満々と言った風に胸を叩く彼に、私は心の底からの尊敬と、驚きがあった。
どうしてひどい人を助けたいと思うのだろうか。ミモザちゃんは私たちで守って、ヒョウジョウさんたちはほっとけばいいじゃないかと思ってしまう。こんなことを思うなんて私もひどい人だし、廃絶寄りの考えなのかな、と靴の先で砂利をいじる。
瀬名高君は立派だ。だからこそ、彼に危害を加えようとした彼女たちを救おうとは、私には思えなかった。
「うーむ、丹野君はヒョウジョウは見えているみたいだし、丹野君自身が式神を信じなくなった、ということはなさそうだ。となると、原因はヒョウジョウにあるのではないだろうか」
「十中八九そうじゃないかな。自分の主のことをあんなこと言うなんて・・・・・・人の命を、何だと思ってるのかな。式神からしたら、一人の人間の命なんて軽いものかもしれないけど。私たち人間にとっては、その人こそ失いたくないものなのに」
「椿君・・・・・・」
瀬名高君の声が掠れて聞こえた、その時だった。
ドン、と地鳴りのような低い音と共に、女性の悲鳴が境内に響いた。
「きゃあああ!!」
「なんだ!?今のはどこから・・・・・・」
瀬名高君が振りかえるより前に、ヒョウジョウさんが声のした方に勢いよく走る。真剣な顔をした彼女は、大きくストールと長い金髪を振り乱して指を指した。
「書庫の方からです!!」
そう言うなり、彼女は透明がかっていた身をさらに薄くすると、建物をふっとすり抜けて、レイちゃんの家に入っていった。理解よりも先に体が彼女を追いかける。瀬名高君を筆頭に、一斉に書庫に向かった。タンギンとバンシキさんも、訝しげな表情でついてきている。
ふと振り返ると、一人あの場から動いてない、にこりと笑ったままのソウジョウさんが、ピンクの目を開いて笑っていた。その光景に、初めてマクモさんに会ったあの不気味な光景を思い出して、鳥肌が立つ。なんなんだろう、あの人は。廃絶の仲間なのだろうか。
もうどうでもいいと思い、ただひたすら書庫に走る。どこか一瞬迷うと、タンギンが先陣を切って下へと階段を滑っていった。するとそこには、ひどく取り乱した様子のヒョウジョウさんが突っ立っていた。
「ミモザさん!」
天井まで積み上がっていた古そうな本の山が崩れ、ショウゼツさんとレイちゃんが急いでかき分けている。その下には、小さくうずくまるミモザちゃんがいた。痛そうにうめき声をくぐもらせて、起き上がろうとなんとか手を伸ばしている。さっと自分の血の気が引いたのが分かったけど、私もなんとかしゃがんで本をどかす。ただの本ではなく、大きな画集のような、じっとりと重く厚い束だったので、のしかかってきたらかなり痛いだろう。
「ミモザちゃん、大丈夫!?」
「今全部どかしたっす!起き上がれるっすか!?」
レイちゃんとショウゼツさんが彼女を起こそうと手を伸ばすのを、誰かが押しのけてミモザちゃんを抱き起こす。目を伏せたままの彼女の肩を強く叩き、今にも泣きそうに青の垂れた目を歪ませて、彼女はこちらを振りかえった。
「人間はこういう時、どうすればいいんですか!?叩いても起きません。なんでですか?ミモザさん、しっかりしてください。あなた、この後宿題があるんでしょう?調理実習だって、楽しそうにエプロン準備してたじゃないですか。ほら、起きてください!」
焦りと言うより叫びに近いヒョウジョウさんの声に、私は何も言えず、ただその場に座り込んでしまった。
さっとタンギンがヒョウジョウさんの元に行き、目を覚まさないミモザちゃんの顔を覗き込む。手や足を一通り見終わった後、冷静にレイちゃんを振り返った。
「こいつは生きてる。軽い脳震盪だ。ハート女、湿布と何か冷やすものと、枕持ってこい。勝絶も付いてけ。底なし元気馬鹿と盤渉はこのおさげ女を、動かないように地上に運び出してくれ」
レイちゃんはハッとして強く頷いて、ショウゼツさんと一緒に階段を駆け上がっていった。瀬名高君たちはミモザちゃんの頭と胴体、足を持ってゆっくりと運んでいく。私は何もせず、床に座ったままだった。呆然とした私とヒョウジョウさん、タンギンがその場に残る。
「・・・・・・あいつのこと、どうだっていいって言うんだったら、もう少しましな顔しろや」
タンギンの呟きに、びくっとヒョウジョウさんが体を震わせる。
勢いよく振り返ると、堰を切ったように、彼女の瞳から、ほろほろと涙が零れ落ちた。ガラス玉のように大きな粒を、彼女自身が理解していないように、不思議そうに手で受け止めている。
「おら、夕陽。いつまでもへばってねえで、こっち来い。おさげ女のとこ行くぞ」
タンギンが私に手を差し伸べてくれる。血の気が引いてしまった私を気遣って、私には何も仕事を振らなかったのだろう。私は言われるがまま手を上げると、ぐいっと強く引っ張られ、タンギンに突っ込むように立ち上がった。
ぐらんと立ち眩みがして咄嗟に目を瞑るけど、タンギンがしっかり支えてくれていたので、すぐに収まる。目を開けると、彼は照れたように目を逸らし、私の手首を掴んだ。
「うわ、お前手首細すぎ。最近食べる量も減ってるしな、今日はたらふく食わせてやる」
「・・・・・・タンギン。ありがとう」
「うるせえよ」
視界が段々白んでいく。私を引っ張る式神のシルエットが見えなくなっていくけど、確実に私を掴んでいる彼の手に、私はひたすら安心して、足を踏み出した。
「お、お手数おかけしました・・・・・・私なんかが騒ぎを起こしてしまって、申し訳なさ過ぎて消えたいです・・・・・・」
足に湿布を貼っているので、まだ横になりながらだけど、ミモザちゃんはいつものように顔を青ざめさせて平謝りをした。
レイちゃんが自室に案内してくれたので、今はゆったりとベッドにいる。みんなも、和室とは思えないほどピンクとフリルに飾り付けられた部屋で、彼女を囲って座っていた。ソウジョウさんだけは、どこにもいなかった。
「無事でよかったっす。すみませんっす、俺が近くにいておきながら」
「それを言うなら私もよ。ごめんね、遠くから来てくれたのに、ケガさせちゃって。あそこ、前から本が不安定に積み重なってるなとは思ってたの」
ショウゼツさんとレイちゃんが反省したように顔を曇らせてミモザちゃんに謝る。彼女は上半身を起こそうとしたけど、横にいたヒョウジョウさんに止められて、また枕にぼすっと戻った。
「そんな!私がちびのくせに一番上の棚から調べるとか調子乗ったからですよ。しかも、二人がイチャイチャしてるとこを盛り上げようとして、単独行動して・・・・・・なれないことは、するもんじゃないです」
「い、イチャイチャ!?そんなの、してないよ!」
「そうっすよ!?ねえ、レイさん!」
「そうよ!・・・・・・ヒョウジョウさんも、急いで見つけてくれて、ありがとうございます!私、書庫の場所案内してなかったのに・・・・・・流石、ミモザちゃんの式神ですね!」
レイちゃんが笑顔で、黙ってミモザちゃんの手を握っているヒョウジョウさんの方を向く。彼女は一瞬身を固くして、目を逸らした。あのひどい言い分は、レイちゃんの前では言っていないから、気まずいのだろう。
「・・・・・・いえ」
「それにしても、タンギンもやるじゃん。迅速に指示出しちゃってさ。どしたの、急に」
「はああ!?んなもん、ちっとばかし鸞鏡と一緒にいたら移るわ。あいつ、前は医者の主についてたし」
「えええ!?あんなパイロットみたいな格好で医者の知識があるの!?イケメンすぎない!?」
「れ、レイさん・・・・・・格好と医者の知識でイケメン判定って、どういうことですか?」
いつの間にかレイさんと呼んでいるミモザちゃんたちが言い合いをしている中、横で瀬名高君がこちらを見ているのに気づいて、顔を向ける。彼はハッとすると、焦ったように私からちょっと距離を取った。なんだろうと思っていると、なぜかまた近づいて耳打ちしてくる。
「あの様子なら、丹野君とヒョウジョウはもう除怨できるだろう。きっと、彼女の主を思う気持ちに蓋がされていたから、主の力を借りて除怨ができなくなってしまったのではないだろうか」
「そうだね・・・・・・ヒョウジョウさんのこと、ひどいと思ってたけど、思いなおそうかな」
「ああ。問題は、ソウジョウだな。彼はどう扱ったらいいのか・・・・・・」
瀬名高君ははあとため息を吐く。横でバンシキさんが口を開きかけた時、ミモザちゃんが倒れた時に手に持っていた紙を開いた。
「わ、私、見つけたんです。主と式神の契約期間について。こ、これなんですけど」
「おい、今すぐ見せろ!!」
「へえ、見せてよ!」
「見せるっす!ついに俺らの生態についての記録が!」
みんながわっと押し寄せて、またミモザちゃんが潰れる。黙っていたヒョウジョウさんがみんなを引き剥がし、代表として朗読することになった。
「『主に憑きし音は、その身を共に過ごすべし。その時は、悠久であり、脳に染み憑く』」
レイちゃんがショウゼツさんをじろりと見て、彼が慌てる。瀬名高君もバンシキさんをじっと見ていると、かくっとバンシキさんは首を傾けた。タンギンはと言うと、私の方を一瞥もくれず、ヒョウジョウさんが持つ紙を凝視していた。
「ええ、音ってどういうこと?ショウゼツは音じゃないでしょ?」
「それが、ちょっとレイさんにはお伝えしないといけないことがあるんすけど」
「おい、続きあんだろ。早く読め」
「・・・・・・『音は、人間が奏して初めて残る。記録ではなく、脳に残る期間は、満月が6度ほど訪れた時。その期間を超えると、消える。
記録には残っても、記憶から消えた時、音は死ぬ』」
ヒョウジョウさんの言葉に、ショウゼツさんは青ざめた。バンシキさんとタンギンは真顔で、レイちゃんと瀬名高君はそもそも、彼らの由来が音であることを知らされていないので、キョトンとしている。ミモザちゃんは知っていたのか、こくりと頷いて自分の式神を見た。毛布を盾のように持ち上げつつ、しっかりと大きな目で彼女を見つめている。
「わ、私は・・・・・・忘れないですよ、多分。ヒョウジョウは、私の世話を焼いてくれますから・・・・・・」
控えめに告げられた主の言葉に、ヒョウジョウさんはぐっと顔を歪めると、ぎゅっと小さな主を抱きしめた。長い髪が質量を持ち、ずるりとシーツから落ちる。ミモザちゃんは途端に真っ赤に赤面し、戸惑いと恥ずかしさで目をぐるぐるさせていた。
「・・・・・・申し訳、ありませんでした。ミモザさん」
「ええええ、どうしたんですか、ヒョウジョウ。まさか、私が実在しているかどうか確かめているんですか?いますよ、ここに、しぶとく。まるでゴキブリ」
「ミモザちゃん、めっちゃ卑屈じゃん・・・・・・って、どういうことか、一から説明してくれる?ショウゼツ」
「は、はいっす・・・・・・光さんも、聞くっすか?」
「ああ、お願いしよう。まさか、長年主をやっていた僕が知らないことがあったとは」
みんなが集まる中、バンシキさんはふと私を振り返った。彼は隠れがちだが、両耳に大きな丸い真珠のピアスを付けている。ふとそれが見えた時、少し嬉しくなるのだ。横から、ふてくされた顔をしたタンギンも割り込んできた。
「・・・・・・椿。式神は、忘れられると消えてしまう」
「んなもん、知ってるわ。つうか、お前は絶対に俺のこと、忘れねえだろ?」
タンギンの言葉に心がぽかぽかして、勢いよく頷く。私を全く疑ってないその態度に、彼も満足したのか、やっとふっと笑った。バンシキさんは話を戻す、というのをジェスチャーで表現しようとしたのか、手で箱を横にどける仕草をする。多くを語らない彼らしい。
「・・・・・・雙調は、もうすぐ主がいなくなって半年だ。だが、彼には主が定着しない。だから、椿に主を頼みたい」
「え?」
「はあああ!?」
「ふーん?」
バンシキさんの言葉に、私とタンギンの戸惑い、そしていつの間にかいたのか、本人の声も返ってくる。思わずのけぞると、彼は面白そうに私を見た。ピンクの毒々しい色が目に付く。
「盤渉、なんてこと言いやがんだ!!こいつは俺の主だ!人間が二人も式神を従わせられるわけねえよ!ただでさえこいつは体力ねえのに!」
「わ、私も・・・・・・ソウジョウさんの主は、務められる自信ないかな」
「えー、人畜無害そうな顔しといて、傍にいる人種は選ぶんだね!大人しそうなふりして、こわーい!」
そういう所が嫌なんです、と思わず口に出してしまいそうになることを言いながら、本人はケラケラ笑ってぐるりと宙を舞った。式神が音が由来なことを説明しているショウゼツさんたちに足が向くようにして、レイちゃんの体につま先を貫通させている。バンシキさんを見ると、彼はいつもの通り真顔でこちらを見ていた。心なしか、懇願しているようにも見える。
「なあ、盤渉。夕陽も力が強いってわけでもねえ。なんでこいつなんだ?あのおさげ女にしたら、って、そうか・・・・・・」
タンギンが言葉尻をすぼめる。がしがしと頭を掻く彼に、私は疑問を投げかけた。
「タンギン、どういうこと?」
「平調が雙調の傍にいたから、雙調の人間を軽んじる発言に乗せられちまったんだろ。式神は別に、兄弟だからって近くにいないといけねえわけでもねえし、あいつらと雙調を離すことが目的なんだろ。で、勝絶の所は、ハート女とぶつかる未来しか見えねえ。下無んたちの所はもう二人式神がいるし、鸞鏡のとこは主の方が断ってきそうだし、神仙のとこには・・・・・・あいつに頼りたくねえし。黄鐘と鳧鐘んとこは主がいねえし。で、当のお前んとこは?」
タンギンが指折り数えて、九つのとこで止まる。そう言えば、音に由来しているのであれば、式神は12人いるはずだ。でも、私が会ったのは11人。一人、まだ隠れているのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・」
重苦しい沈黙が立ち込める。一方で、レイちゃんの「ええー!?それ早く言ってよー!」と楽しそうな声が聞こえてくる。私もそっちに行けばよかった。
バンシキさんは何も言わない。きっと、バンシキさん自体がソウジョウさんのことをあまり得意ではないのだろう。それに、この式神の傍にいたら、主がどんな目に遭うか分からない。仲間に嘘を吐き続けてまで瀬名高君を守り通した彼には、主の身の安全は第一なのだろう。
タンギンははああああ、ととても重いため息を吐くと、目だけをソウジョウさんに向けた。あからさまに煙たがられているのに、彼は気にも留めず、私をじっと見下ろしてくる。
私も、正直、彼とは一緒にいたくない。私につくということは、タンギンとの平和なやり取りの中に彼が混じるということだろう。場が一気に凍りそうで、疲れそうだ。でも確かに、別の式神たちのことを考えると、彼と一緒にいて問題が起きにくそうなのは、私と瀬名高君だった。
「・・・・・・俺は、夕陽を危険な目に遭わせたくねえ」
「・・・・・・私も、光を守りたい」
「何々、もしかして僕がつくと人間を殺すんじゃないかって疑ってるのー?心外だなー、僕は主は殺さないよ!みんな、勝手に死んでくだけ!」
「だから嫌だってんだよ。お前、鸞鏡のとこ行って人間に少しでも寄り添う知識を身に付けたらどうだ?」
「やだよー、興味ないもん!僕は必死に人間に興味を持とうとしてんのにさ、人間が僕の興味を削いでくるの!全くだよねー」
このままじゃ埒が明かないと思い、タンギンに目配せをする。すると、まじかよと言う顔が返ってきたので、私はしぶしぶ頷いた。チッと舌打ちをして、私を睨んでくる。
「お前、そうやって他人にいいように使われてると、自分が後悔することになるぞ」
「でも・・・・・・タンギンが、傍にいるでしょ?」
「・・・・・・うるせえなあ!!」
「わ、うるさいのはタンギンなんだけど。話し合い、終わった?こっちは説明受けたよ。というか、何の話し合いしてたの?」
レイちゃんがひょっこり顔を出したので、一部始終を説明すると、みんなわっと驚いた。特に、ミモザちゃんとヒョウジョウさんは目をまん丸にしている。
「夕陽ちゃんに式神が二人つくって、体力大丈夫なの?ショウゼツに主がいなかった時は、二人ついてたっぽいけど」
「でも俺は、力が一番弱いっすから、既に式神がついてる人間についても、対して負担にはならないっす。ただ、雙調さんは、弱くはないっす。それに加えて断金さんまで扱うって、夕陽さん、死んじゃうっすよ」
「ふむ、それならまた僕と椿君が交代でソウジョウの主をするというのはどうだろう?それなら椿君だけに負担がかからないし、ソウジョウだって、違う環境の方が新しい主をみつけやすいんじゃないのか?」
瀬名高君の提案に、全員がソウジョウさんを見る。彼はピンクの目を見開いてきょとんとすると、うーん、と可愛く首を傾げた。すた、と地上に降りたので、実体化したのだろう。普段浮いてる分、スタートラインが同じだと意外と背が高いなと思う反面、力の吸いどころがないからか、実体化しても少し透けているように見えた。
「みんな、なんで僕の主を見つけようとしてんの?僕は別にいいのにさー」
「兄さん、主が半年間いないと、式神は消えてしまうんですよ。このままでは、兄さんが消えてしまいます」
切羽詰まったように話す自分の妹を一瞥して、彼はにっこりと笑った。血色がないからか、蝋人形のようだ。
「それがどうしたの?僕はもう、主なんていらないよ。消えたら消えたで、仕方ないじゃん?」
彼の言葉に、重苦しい沈黙が流れる。
戸惑いと気まずさで、レイちゃんとばちっと目が合った。どうしたらいい?と目で聞くけど、彼女はお手上げだとふるふる首を振る。何か喋らないと思った時、チッと舌打ちが響いた。こんないい音は、私が知っている限りでは二人しかいない。
「ごちゃごちゃうるせえなあ。てめえが消えてえんだったら勝手に消えろ。消えたくねえんだったら、俺らについてこい。ほら、今日はもう解散だ。行くぞ、夕陽」
タンギンがソウジョウさんを勢いよく振り返ると、彼を睨みつけて言い放った。さらに目を丸くするソウジョウさんを置いて、タンギンは私の手を掴むと、レイちゃんの部屋の引き戸を開けた。待ってと壁に手をかけるけど、彼の力に負けてしまう。
「ちょっと、タンギン。みんなにまだ挨拶できてないよ」
「金輪際会わねえわけでもねえんだし、いいだろ。それよりお前は早く帰って飯食って寝ろ」
「ね?ミモザちゃん。タンギンって絶対夕陽ちゃんに懐いてるでしょ」
「懐いているというより、あれは独占欲では?彼は重そうですし、お風呂にまで付いてきそうですね」
「てめえら、ぶっ飛ばす!!!」
タンギンが怒ってレイちゃんたちにとびかかる。止めに入る瀬名高君とショウゼツさんに、部屋が楽しそうな声で溢れた。それを見守るバンシキさんに、相変わらずだなと彼から視線を外すと、そこには真顔のソウジョウさんがいた。騒がしい集まりを、憧憬とも嫉妬ともとれる目で見ている彼に、私はなぜか、彼のことをもっと知りたいと思ってしまった。
それが通じたのか、ぱっとリボン髪がこちらを向く。後ずさりする暇もなく、彼は私に詰め寄ると、にこっと可愛らしく笑った。ふんわりと、お香のような、お線香のような香ばしい香りが漂う。
「廃絶から気にかけられてる人間、前から興味あったんだよね!気が向いたら、君のとこ行くけど、よろしくね!」
「は、はあ・・・・・・・」
レイちゃんのお父さんが怒りに来るまで、部屋の喧騒は止まなかった。これからどうなるんだろうと、帰り道、いまだ不機嫌なタンギンをちらりと見やる。式神の謎に一歩近づいたことと、彼が消えてしまう可能性があることに、私は胸を抑えて、帰路へと急いだ。




