31.ペア行動
偽物の永遠さんに会った学園祭の翌日、つまり学園祭最終日、私はなぜか実体化したタンギンと廊下を歩いていた。人込みの中、美青年である彼を憧憬の目で追っている人たちにも気づかず、彼は私の前をずんずんと闊歩している。メイド服だった昨日に比べて私の今の恰好は制服なので、大分精神は落ち着いているけど、なにせ無言で先を行く彼の思考が読み解けなくて、ただ後を追いかけるだけで精いっぱいだった。
「た、タンギン。待ってよ」
「あ?なんでだよ。さっさとしねえと底なし元気馬鹿野郎の番が来ちまうだろうが」
「な、なんかあだ名が刺々しいよ」
振り返った彼は、秋晴れの日の光を浴びて不敵ににっと笑うと、私の手を掴んで人の合間をくぐり抜けていった。周りの歓声をよそに、彼の冷たくて大きい手に、なぜか安心してしまう。私の呟きは、学園祭最終日に浮かれる喧噪にかき消されていった。
「・・・・・・瀬名高君の番って、なにそれ」
なんでこういう状況になったかと言うと、今日の朝、クラスで行われたやり取りが原因だった。どのクラスもそうだけど、今日が学園祭の最終日なので、今日中には教室を元通りにしなくてはならない。完全にお化け屋敷となっていたうちのクラスも、徐々に黒い布を取っているので、ほぼすけすけの迷路にメイドさんが立っているだけの悲惨な状況になっていた。
「ちょっと女子!もう片付けモードに入らないでくれよ。今日もお客さんが来るんだから」
「でもさ、うちの出し物の評判昨日めっちゃ良かったし、今日はそんな力入れなくても大丈夫っしょ!」
「そうだね。それより、今日は念願の・・・・・・」
「あれでしょ。私、これのためにこの学校入ったっていっても過言じゃない」
クラスのみんなが、特に女子がざわつき、私は横目ですっかり元気になった、メイド服のレイちゃんを見た。噂好きの彼女なら何か知っているかと思ったら、その視線に気づいたのか、ぐりんとこちらに目を輝かせて見てきた。病み上がりだというのに元気だ。その恰好も寒くないのか心配になってしまう。
「夕陽ちゃん、今、噂が一体何か気になったでしょ」
「う、うん。よく分かったね」
「私に見通せないものなんてないんだから。それはね」
レイちゃんが顔を私の耳元に近づけてくる。普段より露出の多い彼女に、男子の視線が集まっているのは彼女は気付いてるのだろうか。ショウゼツさんが端っこで困り顔で下を向いているのが見える。
「今日の後夜祭で上がる打ち上げ花火に、一個だけハートマークが混ざってるの。その色が、なんとも絶妙な色でね、それを好きな人と言い合って同じだったら、絶対両想いになれるんだって!これ、うちの地域じゃ結構有名でね、これ狙って今日はみんなそわそわしてるってわけ」
「ぜ、絶妙?って、どんな色かな」
「それが分からないから二人で見て話し合うんだってー!!先輩とかに聞いても話さないのがルールだって頑なに教えてくれないし、ほんとに謎だよねー」
「なるほど。だからみんなクラスの出し物そっちのけって感じなんだね」
「そうなのよー。せっかくメイド服着たってのに、今日はお客さん少ないかもー。はーああ。ちゃんと寝とくんだったな」
レイちゃんが大きく伸びをして、胸の辺りの布が大きく皺になっているのが目に入ってしまい、思わず顔を背ける。クラスの中では、今日も出し物に全力を尽くしてランキング一位を狙う男子たちと、夜のハートの花火に夢中でさっさと出し物を片付け始めている女子に分かれていた。私は昨日の疲れが取れていなくて,、今日も何がなんだか分からないままとりあえず登校したけど、みんないつも通りに動いている。不気味に水色に晴れた空に、血まみれの永遠さんがこちらに向かって笑っている光景を思い出すと、今見ているこの光景は当たり前じゃないんだと思う。またタンギンたちみたいな傍にいてくれる人たちに感謝したい気持ちが沸き上がってきた。
「レイさん、無理しちゃ駄目っすよ。もし体調が悪くなったら、俺に行ってほしいっす!担いで家まで運ぶんで!」
「えー、今日はさすがに学園祭の思い出作りたい!でも心配してくれてありがとね。ショウゼツたちも実体化して楽しんじゃえばいいのに」
ショウゼツさんは呆然として固まると、ポン、と手を打ち付けた。彼は力が強いので、実際はパチン!と小気味良い音が響く。
「なるほどっす!俺も文化祭レイさんと回りたかったんすよねー!じゃ、よっこらせっと」
「ちょ、ちょっと待ってショウゼツ!」
レイちゃんの静止も虚しく、大きい肉体をあらわにして、彼は地面に足を付けた。日光で明るかったクラスが急に大きい影で暗くなる。そうだ、今は教室のみんながいる中だ。私は咄嗟に傍にあった布をショウゼツさんに被せ、小さくしようとぎゅっと彼を下へと引っ張った。
「じゃあさ、レイはメイド服着てるから・・・・・・って、あれ?どうかした?」
「いや、なんもないよ!で、私がなんだって?」
レイちゃんがだらだらと冷や汗をかきながらみんなの輪に向かっていく。私はほっと息を吐くと、しゃがんで小さくなったままぴくりとも動かないショウゼツさんに話しかけた。瀬名高君は先ほどのやり取りを見ていたのか、顔だけをこちらにむけてポカンとしている。その顔を見ていたタンギンは、私の横で爆笑していた。
「ショウゼツさん、今日はなんだか活動的ですね。まあ、結構いつもですけど・・・・・・なにかあったんですか?」
私の問いかけに、布を外した彼は、ちょっとしょんぼりしながら元気なさげな顔を見せた。吊り上がった赤い目が垂れていて、新鮮に見える。
「・・・・・・だって、レイさんと一緒に回りたかったんすもん、文化祭。人間はいつでも傍にいられるけど、俺らも遠くから見てるだけじゃ、寂しいんすよ」
その言葉に、ハッと鼻で笑う声が聞こえる。タンギンが腕を組んで私たちを見下ろしながら、冷たく言い放った。
「何言ってんだお前。式神と人間は全くの別物なんだ。一緒に過ごすことすら可笑しいってのに、祭りを一緒に回りたいだなんて、お門違いにもほどがあるぜ」
「タンギン、そんな言い方・・・・・・」
「第一、俺らは主の力を借りて除怨する。主は式神の力を借りる代わりに、守護してもらう。この契約関係が成り立ってる以上、仲良しこよしなんてできねえんだよ」
タンギンは下に目線を向けて声がくぐもったせいか、どんどんと言葉がしりすぼみになっていくように聞こえる。まるで、彼自身に言い聞かせているようにも見えて、思わず立ち上がろうとした時、ショウゼツさんが涙目で彼を指さした。
「そんなこと言って、断金さんだって昨日夕陽さんと文化祭回るのうっきうきで楽しみにしてたじゃないっすか!!結界から出る時だって、一緒に回れなかった、って愚痴零してたくせに!!」
「はあ!!?んなこと言ってねえよ!!それはあれだ、お前の聞き間違いだ!!」
「嘘つけ!絶対言ってたっす!!盤渉さんに確かめてもらいましょ!!ねえねえ盤渉さん!!」
大きく口を開いて子供のように泣きわめくショウゼツさんと、頬を赤くして子供のように指を指して怒鳴るタンギンに、私はこっそりと距離を取った。面倒くさいからではなく、彼らの言葉が石のように心に残っていた。
式神と人間は違う。契約関係が成り立っている以上、仲良しこよしはできない。
今までタンギンとは言い合いがあったものの、私はうまく付き合えていると思っていた。日々の家事はもちろん、時には優しく慰めてくれたり、守ってくれたり、男性とあまりかかわったことがない自分にとっては、正直とてもかっこよかった。彼の笑顔に心臓の鼓動がうるさくなるのも、無視できないくらいには強くなっていった。
でも、私とタンギンは生きている世界が違う。本来なら見えない彼を見て、本来触れなくてもいい悪意に触れて、彼に守ってもらっている。この関係をただの契約と呼べるほど、私は彼に対して無関心でいられるのだろうか。
ドン、と誰かにぶつかり、視界がブレザーの紺一色になる。慌てて顔を上げると、そこには瀬名高君がいつもの優しい笑顔を浮かべながら立っていた。彼の顔に、ほっと安心感が押し寄せる。彼は満員電車で男の人が痴漢していないアピールをするように手を上げて、私を受け止めてくれていた。
「やあ、椿君!随分熱烈な挨拶だね。もしかして当店自慢のりんごデニッシュパンが食べたくなっちゃったのかな!?はっはっは!」
「相変わらず声でけえな、瀬名高」
隣にいた阿部君が呆れ顔で瀬名高君を見ていると、さらに隣にいた男子が声をかけてきた。
「あれ、瀬名高、いつもより顔赤くねえ?もしかして椿さんが近くに来て、抱きしめたくなっちゃったとか?」
「へえ、瀬名高、椿さんのこと好きなのか?意外だな」
「普段から結構話しかけにいってるし、何、お前ら付き合ってんの?」
彼らの冷やかしに、ちょっともやっとして、一歩下がる。顔が自然と熱くなってくるけど、彼らにはきっと分からないだろう。こういう男子のノリは得意ではない。私の無表情をどう捉えたのか、彼らは一通り笑った後、言い過ぎたかも、と笑顔を固くして口を閉ざしてしまった。瀬名高君も瀬名高君で、何も喋らない。彼の顔を見ようと恐る恐る目を上げると、彼は珍しくムッと眉を眉間に寄せて、怒った顔をしていた。彼のこんな顔を見るのは初めてだ。
「君たち、よしたまえ。僕の前ではいいが、椿君はこうして冷やかされるのが嫌かもしれない。彼女とは家が近いから、よく話が合うだけだよ。僕たちの仲は、僕たちで決める。それを面白おかしく言われるのは、僕も嫌だな」
ハッキリと彼はそう言い切って、私を見た。見上げる彼の顔はいつもより大人っぽく、そして冷たかった。
「すまんね、椿君。嫌な思いはしてないかい?」
「う、うん。ぶつかっちゃってごめんね」
「いいんだ。それより、僕に何か用事かな?」
「ううん、ごめんね」
私は最後は彼の顔を見れなくて、彼の隣を通り過ぎた。足早に去り、廊下の曲がり角を曲がって、ふう、と目を閉じる。
彼のあんな顔、初めて見た。私を守ってくれたのだろうけど、タンギンの言葉にしろ、瀬名高君の言葉にしろ、自分が仲が良いと思っていた人の一定の距離がある発言に、ちょっと寂しく思ってしまうのはワガママだろうか。あの時の瀬名高君の顔は、からかってきた彼らに怒っていたのか、私と付き合っていると言われたこと自体を嫌がっていたのか、どっちなのだろうか。
言葉にしがたいもやもやとした思いを巡らせていると、トントン、と肩を叩かれ、目を開けた瞬間、飛び上がってしまう。そこには長いまつ毛を伏せてはあ、とため息を吐く、台心先生が立っていた。彼も今日中にさっさと片づけをしてしまおうと思っているのか、スーツではなく青ジャージだ。細見に加えて童顔だから、学生だと言われても納得してしまいそうだ。
「何してんの」
「なんでもないです」
「なんでもないわけないだろ。ロケットみたいに突っ込んできて、何か嫌なことでもあったか?」
「・・・・・・先生は変に鋭いですよね。でもこうして一緒にいると、また何か言われちゃいますよ」
先生を置いて急いでまだ騒がしい教室に出戻ると、教室の端でしゃがみこむ瀬名高君と、さっきまで冷やかしていた男子たちが彼の背中を擦っていた。どういう状況かと近くに寄ってみる。
「まじでごめん、瀬名高。お前の気持ちも考えず、軽率な発言を」
「い、いいんだ。彼女から嫌われてなければ、それで」
「大丈夫だって!椿さんはクールだけど、嫌ってなんかないって、な!」
思ったより暖かいやり取りに呆然としていると、阿部君が私に気付いて「あ」と声を漏らした。途端にそこにいた男子全員が振り返り、私を見て固まる。
半泣きの瀬名高君に、私はどくどくと波打つ心臓を抑えつつも、何とか声を絞り出した。
「・・・・・・き、嫌ってないよ」
その場でわっと拍手が起こり、何事かと振り返った先生が取れかけていた布を踏みずっこけて、1-Cは一旦てんやわんやになった。
「じゃ、まとめると。今日も廃絶が襲ってくるかもしれないから、まとまって行動した方がいいってこと?」
私たちは一旦校外に出て、校門付近の人込みが落ち着いた場所に集まった。レイちゃんがいつの間にか買っていた手にりんご飴を持ちつつ、瀬名高君を振り返る。ひらりとミニスカートがめくれて、咄嗟に彼は顔を伏せる。彼はそのまま大きく頷くと、横にいたバンシキさんの方を見た。よく目を伏せながらバンシキさんの居場所が分かるなと思う。まだ先ほどのダメージが残っているのか、発言する元気はないようだ。
「・・・・・・廃絶の気配は、まだ消えていない。昨日、断金と椿は人込みで手が離れた瞬間、結界の中に取り込まれていった。それなら、固まって行動した方がいい。もしくは、式神が片時も離れず傍にいるか」
「ほお、盤渉にしてはいい考えじゃねえか」
「と、昨日光が言っていた」
「お前の考えじゃねえのかよ」
すると、レイちゃんがぱっと手を広げ、両手で校舎を指さした。昨日風邪をひいていたとは思えない元気さだ。おしゃれは我慢だと言っていたから、きっとこのスカートの短さにもなんとも思わないのだろう。
「せっかくだからさ、ペアで回ろうよ、文化祭!うちらはもちろん、まとまって6人で動くのははぐれる可能性が高いから、二人一組でさ!ランダムに指名していけばいいんじゃない?それか、時間制で交代する、とか!」
レイちゃんの発言に、瀬名高君がばっと顔を上げて頷いた。あまりの勢いに、周りにいた人が何事かとこちらを振り返る。
「そ、それがいいな!流石碁色君、アイディアを任せたらピカイチだね!!」
「ふふーん、でしょ?じゃ、あみだくじを作って、と」
「あみだくじだあ?んなもん、どうやって作んだよ」
「はいはい、今はスマホでパッと作れますー。おじいちゃんは黙っててね」
「んだとてめえ!!!」
「た、断金さん、落ち着いてっす」
「はいできた!」
レイちゃんが満面の笑みでスマホの画面を見せてくれるので、全員で覗き込む。一瞬慣れない画面に見方が分からなかったけど、どうやら私の相手はタンギンのようだ。レイちゃんはバンシキさんと、瀬名高君はショウゼツさんとペアを組んでいて、普段のペアと崩れなかったのは私たちだけらしい。私は横目でちらっと相手を見ると、彼は不服そうにむすっと眉間に皺を寄せていた。彼とは主と式神の関係だからか、ある程度の感情はリンクされるけど、私とペアで嫌だからこの顔になっているわけではなさそうだった。
「タンギン、それはどういう表情?」
「・・・・・・別に。このタイミングかよって思っただけだ」
「タイミング?今私たちが一緒になるのは良くないってこと?」
「あー、もういいわ。こうなったら思いっきり楽しんでやる。ほら、もういいよな。じゃあスタートで」
タンギンが頭をかきつつ実体化し、私を連れて歩き出そうとした時、レイちゃんがタンギンのジャケットを思いっきり引っ張った。普段触れないものに触れられて感動しているのか、レイちゃんはおお、と声を漏らしている。タンギンは綺麗なまでに前のめりにずっこけていた。
「なにすんだよハート女!自分で引っ張っといてなんだその顔は!」
「や、なんかあんたのコートって触れないもんだと思ってたから、ほんとに実体化してるんだなって。なんか、違和感。変」
「てめえ口を開けば悪口ばっか言いやがって!!」
「はいはいごめん。ってそれより、これは時間制で交代だからね。2時間ごとにラインでペアのあみだくじ送るから、自分たちで合流してそれぞれ文化祭楽しんでね!万が一おんなじペアになっちゃったら、自由に組み替えてもらってOK!夕方の6時になったら花火が始まるから、校庭のキャンプファイヤー前で集合ね!」
レイちゃんが実体化したバンシキさんと腕を組んで歩き出そうとすると、今度は瀬名高君がストップをかけた。
「ふむ、とてもいい仕組みなのだが、今回の集団行動は主と式神が分かれるとまた誘拐されるかもしれないから、という理由なのだよね。だったら、ペアで人間同士が当たった場合はどうするんだい?」
レイちゃんがあ、と口に手を当てるけど、すぐパッと指を立てて提案する。バンシキさんがレイちゃんの行動でぐらぐらと振り回されていて、お人形みたいだ。
「じゃあさ、そうなったら式神がそのペアに着くってのはどうかな?人間二人と式神一人、もう一方が人間一人と式神二人、とか。そうしないと、夕陽ちゃんと私が文化祭で回れないんだもん!瀬名高とはどっちでもいいけどさ」
「はっはっは!それはいい提案だね!じゃあ今回はショウゼツと一緒に回るとするか!よろしく頼むよ、ショウゼツ!」
「光さんはほんとにぶれない明るさを持ってるっすねー。なんか憧れるっす。よーし、男二人、一緒に楽しみましょ!!」
互いにガッツポーズをしてにかっと笑うと、瀬名高君とショウゼツさんは公社へと乗り込んでいった。見ると、レイちゃんとバンシキさんはもういなかった。みんなお祭りではしゃいでるなと思いつつ、私は念願の、タンギンと文化祭を回るということが叶ったので、彼の手を引いて校舎に向かった。当人は豆鉄砲を食らったような顔をしていたけど、すぐににやっと笑った。いつもの、いつも通りの彼の笑顔に影がついていて、なんだか嬉しい。
「行こ、タンギン」
「ああ、人間がどれだけ俺を楽しませてくれんのか、試してやろうじゃねえか」
こうして私たちは、人で溢れかえる建物へと足を踏み出した。
「・・・・・・人間って数減ってるらしいけどよ、そうでもねえんじゃねえかってくらい込んでんな」
「そうだね・・・・・これじゃまたはぐれちゃいそう」
下駄箱を抜けると、最終日ならではの賑わいなのか、他校の生徒やらで溢れかえっていた。中には人気の出し物を開催している教室は、順番待ちの列ができている。これでは文化祭を回るどころか、横に二人で並んで歩けもしない。
「仕方ねえ、縦になって突き進むか。ほれ、手」
「う、うん・・・・・・ちなみに、どこに行きたいとか決まってるの?」
「いや、なんも。てきとーに歩いてたら見つかんだろ」
タンギンは私の手を握ると、ずんずんと強気に人を押しのけて人込みをくぐり抜けていった。普段人を貫通して生活しているからか、人の合間を縫うのが上手い。ひんやりした感触に、本当に式神と一緒にいるんだと実感が湧きつつも、私は周囲の目が気になって仕方なかった。というのも、タンギンに押しのけられた人がこちらを見た時に、彼の顔を見て頬を染めたりぎょっとしたりして、みんなこちらに顔を向けているからだ。自分から目立ちに行っているようなものだけど、本人は全く気にせず、クラスの中身を覗いては通り過ぎるという、ただの横断を続けていた。
その時、不意に引っ張られていた手が自由になる。見ると、着物を着た女の子がタンギンに声をかけたようだった。彼女の頬を見るに、意図は何となく分かる。
「ねえ、そこのイケメンさん。うちでお茶していかない?サービスするよ」
「あ?茶なんか興味ねえよ。それより、空いてるとことかねえのか?」
「うちは比較的空いてるよ。今丁度お茶菓子を仕込んでるところだから、休憩中なの。ほら、入って入って」
女の子がタンギンの背中を押して強引にクラスの中に押し込む。ついでについてきた私を見て、一瞬目を見開いた。顔は笑顔に戻ったけど、目の奥から嫌な色を察してしまう。
「あら、彼女連れだったの。まあいいわ、あなたもどうぞ」
「・・・・・・ありがとうございます」
「なあ、ここでいいか?今更断んのもめんどくせえしよ」
「うん」
このクラスは、2―D組の和風喫茶のようだった。内装はうちのクラスと違ってまだレトロな雰囲気を保っていて、セピア色の写真が入った額縁がいくつも飾ってある。椅子も机もどこから仕入れたのか立派なえんじ色をした高そうな物だし、妙に凝っているな、と感心してしまった。クラスの先輩たちは、カラマツ柄やストライプの着物にエプロン、女子は大きいリボンの髪飾りを付けて、ファッションも思いっきり楽しんでいるようだ。おまけにちょっとノイズの入った優雅なクラシックも流れていて、全体的に雰囲気がまとまっているので居心地良い。私はふう、と喧騒から離れて安心していると、足を組んで机に張り付いてメニューを凝視しているタンギンを見た。
こう見ると、タンギンの学生服や学生帽も相まって、彼はどことなく昭和感があるな、と思う。服装もしかり、言葉も、カタカナを知らなかったり、スマホをいじれなかったり、他の式神よりも昔を生きているようだった。年齢だって、いつも教えてくれない。空間の雰囲気が昭和で溢れかえっている中、彼だけがその場にいたかのようにしっくりと見えて、ちょっと寂しく見えてしまう。
「おい、何じろじろ見てんだよ。早く食うもん決めろや。俺は食わねえからな」
「あ、う、うん。えっと、どれにしようかな。うわー、このメロンソーダ可愛い。アイスとサクランボが載ってるよ」
「ふん。俺だってこんなもん、5秒で作れるわ。なんなら上にいろんな色の粒だって乗せてやる」
「もしかして、チョコスプレーのこと?タンギン、ほんとにカタカナ知らないね」
「はあ?カタカナくらい知ってるわ!てめえもあのハート女も俺のこと舐めやがって!!」
「ご注文、よろしいでしょうか」
そんなことを言いあっていると、席に袴を着た、背の高いオールバックの男性が注文票を手にやって来た。見たことのない人だと思いつつも、先輩だから当然かと一人納得する。彼と目が合うと、切れ長の目を細めてにこりと笑みを返してくれた。どきっとして顔をメニューに戻す。前で、タンギンがチッと舌打ちしたのが聞こえて、あまりの態度にまた顔を上げる。首が行ったり来たりして痛い。
「ご注文は、お決まりでしょうか」
「あ?んなもん決まってねえよ」
「え、えっと。このメロンソーダを一つ、いや、二つください」
「かしこまりました。その他は?」
「大丈夫です」
「はは、了解です。あと、これを」
彼は声を出して笑うと、紙を二枚私たちの机に滑らせた。一枚は私の方に、もう一枚はタンギンに寄越している。彼の方は白紙で、何事かと上を見上げた。
「それに、良ければ電話番号を。うちの給仕たちが、あなたと連絡を取り合いたいようで。不快でなければ、ぜひ」
そう言って、彼は私に向かってウインクすると、一礼して去っていった。よく見ると、端っこにある仕切られた調理スペースから、タンギンをあこがれの目で見ている女子たちが、彼の帰宅にきゃあきゃあ言い合っているのが見えた。きっと、タンギンの連絡先を聞いてきてほしい、と頼まれたのだろう。じゃあ私のこの紙はなんだと開いて見ると、そこには逆に、電話番号が書いてあった。一体誰のものだろうか。タンギンに向けてかと思うけど、結局彼はスマホどころか携帯電話も持ってないので、渡しても仕方ない。
「おい、それなんて書いてあったんだよ」
「え?えっと。何も」
思わずさっとポケットにしまってしまう。誰か分からない番号があった、とか、嘘だけど白紙だった、と伝えても、彼の文句は止まらないだろう。タンギンはいつも以上に眉間に皺を刻みつつも、はあ、とため息を吐いて、腕を机に乗せて突っ伏した。喫茶店ではあまりしない行動だけど、彼がすると絵になるから不思議だ。
「タンギン、お店の人に舌打ちなんてしちゃ駄目だよ。しかもここ、先輩のクラスなんだから。生意気な後輩だと思われたら、気まずいし悲しいよ」
「ふん。んなもん、下心丸出しで近づいてくる奴らなんだから、嫌われようが別にどうだっていいだろ。やっぱ人間、見た目なんだな。ちょっと顔が小綺麗なら、ちやほやもてはやされちまってよ。くだらねえ」
タンギンの毒に、私は驚いた。まさか彼らの意図をタンギンが理解していたとは。恋バナにはすぐ顔を赤くするくせに、こういう恋愛の駆け引きは感じ取ることができるのか。それに、自分の顔が整っていることを自覚していたことも朗報だった。それなら、簡単に実体化しないでほしい。
「・・・・・・タンギンは、人を好きになったことってあるの?」
「なんだよ、藪から棒に。人じゃねえ俺に人を好きになったことがあるかなんて・・・・・・」
タンギンは私の質問に明らかに嫌そうな顔をした後、ふと真顔になってこちらを見つめた。彼の頬から離れた手が支えを失くして彼の顔に影を作る。猫のように細い瞳孔が銀色の瞳できゅっと細待ったのが見えるくらい、彼は急にぼうっと私の方を見つめていた。
「・・・・・・タンギン?」
「・・・・・・あ?んだよ」
「・・・・・・な、なんでもない」
何を考えていたの、と聞こうとした時、丁度先ほどの注文を取ってくれた男子生徒がこちらにやって来た。綺麗な緑のメロンソーダが二つ、ご丁寧に赤いサクランボを乗せてお盆の上に立っている。見ていると、緑髪で赤い目のショウゼツさんや、赤髪に緑の目のシンセンさんを思い出した。
「お客様、お待たせいたしました。当店自慢のメロンソーダです。どうぞ」
「ありがとうございます」
「それで、お客様。先ほどの紙は見てくださいましたか?」
彼は人の良さそうな笑みを浮かべると、お盆をお腹に当てて軽く屈んだ。タンギンがチッと舌打ちをして、ガン、と乱暴に机に手を置く。周りの人が不審そうな顔でこちらを見るけど、タンギンの顔の良さに気を取られたのか、ぽっと顔を赤くした。彼に賛同するわけではないけど、顔がいいとこんなに対応が違うのかと驚かされる。
「・・・・・・お客様、いかがいたしましたか?」
「気持ち悪いことしてんじゃねえよ。そいつに何渡したか知らねえが、そいつはこの俺がいるんだ。こそこそ根回ししてんじゃねえよ」
タンギンにしては珍しいドスの効いた声で、男子生徒を睨みつけた。その途端彼はえ、という顔をすると、慌てたようにぶんぶんと手を振った。私もタンギンも拍子抜けして、ぽかんと彼を見る。
「あ、いや、誤解させてごめん。俺が連絡を取りたいのは、君じゃないんだ」
「はあ?」
タンギンが教室に響き渡るほどの声を発したのと、グラスの中の氷がカランと崩れたのとが同時だった。
「いや、最低なことしてごめんね。俺は千木良亮。君たち、結構前に体育館でうちと他校との試合、見に来てたよね」
2―Cの調理スペースの端っこで、千木良先輩は袴を着たまま私たちの分の椅子を用意してくれた。布一枚めくると、中身は出来上がったホットケーキをホイップクリームで職人の早業で飾り付けていたり、紅茶をペットボトルから注いでバケツリレーのように渡していたり、お昼時になったからか結構忙しそうだった。先輩に邪魔にならないか聞くと、今は自分も休憩中だし、ここなら大丈夫、と言ってくれた。タンギンはというと、苦虫どころか棘でも口に入っているような顔で彼を睨み、ずーーーー、と音を立てながらメロンソーダを啜っていた。長い足を組んでぶんぶん貧乏ゆすりしているので、先輩が用意してくれた端っこの椅子に彼を追いやって、私は彼の真正面に座る。
こうして彼を見ると、どこかで見たことがある気がした。切れ長の目にオールバックの髪、背が高くてすらっとしている。この口ぶりからするに彼はバスケ部なのだろうけど、塩味君や森林君ばかり見ていたのであまり印象には残っていない。それよりも、もっと頻繁に見る機会があったはずだ。その時、記憶にぴん、と光が走り、思わずポンと手を打った。
「もしかして、生徒会の会計の方ですか?」
「お、よく知ってるね。僕は全校集会で登壇している生徒会の中でも発言することが少ないから、あんま目立たないと思ってたんだけど」
そうだ、呼鳥先輩たちに、親しそうに声をかけていた中に、そう言えば彼もいた気がする。春頃にレイちゃんとバスケ部の試合を見に行って、その時に森林君の悪意を除怨したのだ。あんなに応援に来ていた生徒がいた中、私たちを覚えているなんて、相当記憶力が良い方だろう。千木良先輩は気を取り直したように自分の膝に手を乗せると、軽く咳払いをして頭を下げた。
「さっきは、ナンパみたいになっちゃっててごめんね。決して君を口説こうと思っていたわけじゃなくて。そちらの美少年君には、うちのクラスの女子たちが渡してくれって言ってたから渡したんだけど。ごめん、逆らえなくてさ」
千木良先輩の謝罪も無視して、タンギンは飲み干されたグラスに沈んだバニラアイスをスプーンですくってむしゃむしゃ食べている。さくらんぼも沈んでいるから、彼は一個しかないものは最後に取って置くタイプなのかな、と想像してしまう。
「まあ、不快だな」
「ちょっと、タンギン。言い方がきついよ」
「はは、まあいいんだよ。それで、君に渡したその紙なんだけど・・・・・・って、ちゃんと名前聞いてなかったね。君は、確か椿さんだったかな」
「はい、椿夕陽です。こっちは、えっと・・・・・・椿、タンギンです」
「はあ???」
タンギンがまたどでかい声を発する。周りの女子がこちらを振り返るけど、例のごとく目をハートにして何事もなかったかのように作業に戻った。彼の顔は麻酔作用でもあるのだろうか。私は彼の袖を引っ張ると、耳に口を寄せて囁いた。一瞬タンギンは戸惑ったようだけど、大人しく屈んでくれる。
「だって、タンギンって苗字がないでしょ。普通の人だと思われるためには、何か名前の前に付けないと」
「んなもん気にしなきゃいいだけの話だろうが。まあいいけどよ」
「君たちは兄弟なのか?あんまり似てないけど」
「うるせえ!!」
「そ、そうです。で、この紙がどうかしたんですか?」
タンギンの咆哮を無視して、私はポケットの中に入れていた紙を取り出した。この番号は、おそらく彼の携帯のものだろう。よく見ると、下の方に小さい文字で何か書いてある。
《碁式戻さんに、これを渡してください》
「ははーん、お前、ハート女に惚れてんだろ」
「は、ハート女?それ、碁色さんのこと?」
「タンギンは黙ってて。これ、レイちゃんに渡せばいいんですか?」
私がそう言うと、タンギンはさっきまで紙に近づけていた顔を離して大きくふんぞり返った。顔がしてやったりといったどや顔をしていて、なんだか楽しそうだ。
「それより前に、こいつがなんでハート女を好きか聞いてやろうぜ。甘酸っぱい青春だなあ、おい。やっぱあれか、神社の娘だからか?なあなあなあ」
タンギンのだる絡みが始まると同時に、千木良先輩は照れたように頬を掻いた。オーバーリアクションな瀬名高君が傍にいるから忘れがちだけど、一般の男子生徒はこうやって照れるんだろう。
「それだけじゃなくてさ。ほら、彼女、応援の時すごい声張ってくれるじゃん。その声援が俺に向かったものじゃなくても、純粋に元気出たっていうか。あと、可愛いし」
「はーん?結局顔かよ」
「違、くもないけどさ。放課後いっつも忙しそうに帰ってるのを見かけるから、何してんのかなと思ってたら、偶然通りかかった神社で、彼女が境内を掃除してて。その姿が、すごく、綺麗だったんだ」
千木良先輩は段々と声を小さくしつつも、頬を赤らめて最後まで言い切った。彼の話に、なんだか胸が温かくなっていく。レイちゃんは不満を抱きつつも、神主であるお父さんのお手伝いをするために、放課後は急いで帰って神社の掃除をしている。愚痴っている時もあるけど、その頑張りをこうして別の人が見ていてくれていることに、レイちゃんじゃないのに、努力が報われた気がして嬉しくなった。それを伝えると、千木良先輩はパッと顔を明るくして私に近寄った。タンギンは足を組みかえて、千木良先輩と私の間に足の先を挟んできたので、ぺし、と軽く叩く。
「ただ、碁色さんと話したことがないのに好きだって言うのも、なんだか気味悪いかな、って踏みとどまってて」
「一目ぼれってことですか?」
「うん、あの神社での姿が忘れられなくて。それで、いつも碁色さんと一緒にいる君が偶然うちのクラスにきたもんだから、声をかけたってことなんだ。君を踏み台にしてるみたいで、ごめんね」
「いえ、別に」
「ほんと、いい迷惑だよな」
「タンギン」
「はは、はあ、そうだよな・・・・・・先輩が話したこともない後輩を好き、って、気持ち悪いよな・・・・・・でも・・・・・・好きなんだ。何度思い返してみても」
千木良先輩は困り笑いを崩し、膝に肘を置いてそう呟いた。彼の膝からまっすぐ伸びているストライプ柄の袴が、くしゃっと皺になる。私はそんな彼を見て、ちょっと胸が痛んだ。
だって、レイちゃんが好意を寄せている相手は、別の人だから。彼女が小さい頃いじめられた原因でもあり、彼女の危機を救った存在でもあり、仲を深めてきた、ずっと傍にいる存在。
私はタンギンを見る。彼は私の分のメロンソーダに口を付けつつ、肩眉を上げてなんだ?という顔をした。こう思うと、自分をピンチから守ってくれる存在を好きになるなという方が無理な話だ。私の場合、私生活まで支えてもらっているので、大げさでもなく、彼がいないと生きていけないかもしれない。片時も傍を離れてはいけない存在は、人によっては居心地悪く感じるかもしれないけど、人との繋がりに飢えていた私にとっては、救世主も同然だった。ふと、私はタンギンをどう思っているんだろうと考えが頭をよぎるけど、今は一旦蓋をして、千木良先輩を見る。彼はもう結果を分かっているのか、下を向いて悲しそうに笑った。
「君と話していて、段々実感が湧いてきたよ。知らない男から告白されるのは女子にとっては怖いよね。それに、彼女のことだから、彼氏もいそうだし」
「レイちゃんは・・・・・・彼氏は、いないです。ただ、好きな人はいます」
「・・・・・・そうだよなーー」
私の言葉に、彼は顔を抱えて背を逸らした。私は人を好きになったことがない。はずだけど、なぜか彼の心のもやもやは共感できてしまう。どう声をかけるのが正解なのか分からずにいると、緑の液体を半分飲んだ彼が口を開いた。
「さっさと告白しちまえよ。で、潔く振られればいいだろ」
私と先輩、二人の目線に動じることなく、タンギンはグラスに浮かぶアイスを掬った。銀に光るスプーンと同じ目をした彼は、興味なさそうに目を細めている。
「振られるのが分かってたって、好きになっちまったもんはどうしようもねえだろうが。だったら当たって砕けて、次に行くか、それでも好きか決めればいいんじゃねえの?ぐじぐじしてるよりは、それが一番だろ」
「・・・・・・タンギン」
人間でない彼が、人間に寄り添った回答をしている。先輩はそれに何を思ったのか、すっくと立ちあがった。意志を固めた顔で、私たちを振り返る。
「ありがとう、タンギンさん。今日、碁色さんに告白するよ。このもどかしさも、今日で終わりにする。君の言う通り、ずっと悩んでいても何も変わらないからね。よし、決めた!!」
一人で闘志に燃えている彼に、タンギンはふと顔を逸らして私に食べかけのメロンソーダを寄越してきた。かさは大分減ったけど、アイスとサクランボはまだ残っている。
「くれるの?これ」
「くれるもなんも、お前んだろ。正直、俺は味が分かんねえからな。ただ口が痛え」
「飲みなれてないと、炭酸は痛いかもね」
私はストローに口を付けてメロンソーダを飲んだ。結構炭酸が強いけど、溶けたアイスが滑らかで美味しい。タンギンはふっと笑うと、足を組んでぐっと前かがみになり、ふくらはぎに肘を置いた。じっと彼の目線を受けて、つい固まってしまう。
「な、なに?」
「いや、別に。阿保みてえな顔してんなと思ってよ」
「あ、あほ?そうかな。どんな顔してた?タンギンには分かるもんね、私の表情」
「・・・・・・君たち、本当に兄弟?なんか雰囲気がカップルっぽいけど」
ぽかんとした千木良先輩の問いかけに、私たちはハッとして姿勢を正した。忙しくなってきたのか、切羽詰まった声で「千木良、手伝って!!」と声が飛んできて、一旦私たちは撤収することにした。
「はあ、とんだ災難だったな。なんで知らねえ奴の恋事情なんて聞かされないといけねえんだよ。どうでもいいっつううの」
「あはは、まあ、いいんじゃない?タンギンとお茶もできたし」
いつの間にか時間が経っていて、レイちゃんからグループ替えのラインが届いていた。今回は、レイちゃんとタンギン、私とショウゼツさん、瀬名高君とバンシキさんという組み合わせらしい。見事に主と式神が分かれた結果だ。待ち合わせの1―Cに向かう途中、タンギンがふと足を止めた。
「俺疲れたわ。実体化解く」
「え、せっかくだから、レイちゃんと回ってきなよ。こんな機会、滅多にないし」
「じゃあてめえ、ショウゼツと飯でも食ってこいや。てめえが体力ねえと、こっちも実体化すんのに疲れんだよ」
タンギンは腕を頭の後ろで組んであくびをした。確かにちょっとお腹が空いてきた。時計ももう上を指しているし、日の光もさんさんと窓から差し込んできている。
「あ、おーい!!夕陽ちゃーん!」
レイちゃんがぶんぶんと手を振ってくれているのが見えて、私も振り返す。さっきレイちゃんの話をしたからか分からないけど、こうして改めて見ると、レイちゃんはとても可愛い。小柄な身長に反してスタイルはいいし、大きな目と明るい表情は誰よりも輝いている。意外と毒舌なのも面白いし、私が男子だったら好きになっていたかもしれない。
彼女の元には、もう瀬名高君たちも集合していた。前半戦はレイちゃんとバンシキさんという未知のかけ合わせだったけど、彼女もバンシキさんもニコニコしていて、楽しそうだった。バンシキさんに関しては、微笑程度だけど。
「いやー、バンシキさんってやっぱり綺麗だよね!外に出てる華道部の色水作りやったんだけど、パンジーの紫で水がバンシキさんの髪色とどんどん似てきてさ、綺麗だったのー!しかもバンシキさん、こんな大人しそうなのにこんなでっかいピアス付けてるって、ギャップ萌えじゃない?」
レイちゃんが屈んだバンシキさんの髪を耳にかけると、確かに大きくて丸い、白い宝石が彼の耳たぶについていた。普段は髪で隠れて見えなかったけど、こうして見ると式神は全員ピアスをしている。タンギンはオレンジの雫型のピアス、ショウゼツさんは片耳にらせん状で先に金の輪がついているやつ、もう片方には耳の側面に貫通したダイヤ型のピアスを付けている。他は、シモムさん、カミムさんはお花の形、シンセンさんは歯車と短冊形の薄い金の板をつけている。ランケイさんは髪で隠れていたけど、インカムを片耳に付けているし、他の式神も何かしらあるのだろう。全員集合した時にじっくり見ればよかったなと思う。
「まあ、僕は知っていたけどね!なんたってバンシキと一番長く一緒にいたのは僕だから!な、バンシキ!」
「・・・・・・ああ。光は、一番私のことに詳しい」
「はっはっは!それに、ショウゼツもかなり面白かったよ!3―Dの腕相撲大会では負けてしまったが、ショウゼツはその場に誰よりも強かったからね!表彰は辞退していたが、良かったのかい?」
瀬名高君はショウゼツさんを振り返ると、彼はにかっと笑った。普段は触れられないけど、実体化すると彼はとんでもない馬鹿力で除怨をする。式神の除怨はみんな魔法みたいだけど、彼だけは物理で破壊するので、見ていて爽快感がある。
「いいんすよ!俺が目立っても仕方ないっすし、表彰台に上がるってなったらみなさんと行動できないっすから。注目されるのも慣れてないっすし!」
とにかく、それぞれがみんな、午前中は楽しい時間を過ごしたようだった。新たなグループに分かれ、軽く挨拶をする。瀬名高君とすれ違う時、彼は私の顔を二度見したので、私も何事かと思って彼を見た。
「ん?椿君。なんだか浮かない顔をしているね。何か心配ごとでもあるのかい?」
「え?え、えっと。そ、そうだね。まあ、そうかな」
「大丈夫かい?心配事なら僕に相談してくれたまえ!ここには頼れる仲間がたくさんいるんだからね、遠慮は無用だよ!!」
「・・・・・・てめえ、いつにも増してうるせえなあ」
「・・・・・・それが、光のいい所」
瀬名高君には嘘を吐けないなと内心嬉しく思いつつ、私はレイちゃんの傍に寄って話しかけた。彼女はきょとんとしていたけど、すぐ笑顔になってくれた。
「うん、いいよ!夕陽ちゃんからそんなこと言ってくれるなんて、嬉しい!」
「う、うん。その時、会ってほしい人がいるんだ」
「?いいよ?」
「夕陽さんー、置いてくっすよー!」
ショウゼツさんがノリノリで私のことを呼んでいるのが聞こえる。レイちゃんは不思議そうな顔をしつつも、「ま、今はとりあえず楽しも!」と手を軽く振って行ってしまった。
タンギンが私を真顔のまま横目で見つつも、去っていく。その二人の姿を見ていると、ぽん、と肩を叩かれた。実際はどん、くらいの衝撃だったけど。
「夕陽さん、何してるんすかー。お腹空いてないんすか?ご飯食べに行きましょ!」
ショウゼツさんが屈託なくにかっと笑う。この笑顔を間近で見ていたら、惚れるなと言う方が無理かもしれないと思う。私は頷き、瀬名高君たちと別れると、ルンルンで前を歩く大きな背中を見た。さっきレイちゃんに伝えたことの真意を、私は静かに思い出す。
さっき、千木良先輩と別れる前、彼に呼び止められた。
《お願いがあって。今日、僕は碁色君に告白しようと思う。だから、夕方、彼女を一瞬でも引き留めていてくれないかな?彼女が好きな人といる時間を邪魔したくないけど、もうこれで、区切りをつけるから》
彼の真剣な目を思い出して、人はこうして気持ちを表に出していくのだ、進んでいくのだと実感する。私はどうだろうか。好きな人ができたら、告白できるのだろうか。相手に好きな人がいたとしても、諦めないでいられるだろうか。
そんなことを考えつつ、私はレイちゃんが思いを寄せる式神の後を付いていった。




