27.集合
「うわ・・・・・・」
レイちゃんの感嘆の声に、私も目の前に広がっている光景に圧倒されてしまう。
外観よりも予想以上に広い本殿の中は、ひとつの和室のように整っていた。壁には墨で書かれた竹が連なる巻き物が下がっており、棚には見るからに古そうな木箱がしまわれている。花瓶に生けられた白とピンクの菊は、なぜか水面に咲いているように生き生きとその花を咲きほこらせていた。
出入り口とは反対側には檀があって、ここの信仰する神だろうか、何かが祀られていた。そこから真っすぐ伸びたえんじ色の絨毯を、中央を避けるように両端に沿って、今は人がずらりと座っている。一番奥で賽銭箱のようなものに腰かけているのは、シンセンさんであることは分かった。
並んでいる人たちは、みんな綺麗な顔立ちだ。綺麗すぎて、この世のものではないことを一瞬で悟る。何人もの瞳が一斉にこちらを向き、私は思わず一歩後ろに下がった。
左手前に座っていたうちの一人が、私を見て目を見開いて笑った。笑うと普通は目が細まるはずなのに、逆の構造にちょっと不気味さを感じる。
「あー、この女の子が断金の主なんだねー。あはっ、なんか一発で折れそう!」
「兄さん、初対面で失礼ですよ」
「あははっ、ごめんごめん、平調!!」
ヒョウジョウ、と呼ばれたその人は、黄色の長い髪に青い目をして、静かに『兄さん』を窘めていた。一方『兄さん』と呼ばれた人は気にも留めていないようで、四つん這いになりながら私の元へと歩み寄ってくる。顔の横に垂れ下がった水色の髪が、なんとリボン結びになっていてとても可愛らしい。でも、見開かれたままのピンクの瞳と、発せられる言葉の強さが、全ての印象を押し流していく。
「ねえねえ、あんたさ、廃絶と繋がってるかもしんないんでしょ!?どういう神経で主になろうと思ったの?もしかして、スパイとか?俺らの内情を垂れ込もうとしてたってわけ!?」
「兄さん!初めから人を疑うのは良くありませんよ。それに、彼女だって事情があるのかもしれません。まずは話し合いからですよ」
ヒョウジョウさんが立ち上がり、私に迫ってくる彼を引き離してくれる。彼女も、足元まである長い黄色の髪の先をリボン結びにしていた。どうやら二人は兄弟らしい。シモムさんとカミムさんといい、式神には兄弟が多そうだった。ヒョウジョウさんの陰には、ずっと怯えた様子で正座している小さな女の子が、震えながらリボン結びの彼を見つめていた。
「こ、怖いい・・・・・・なんて物言いなの・・・・・・」
「そんなに怯えなくていいのよお、ヒョウジョウの主ちゃん。この子たちはすごくいい子よ、私が保証するわあ。ま、片方のショートカットの子はちょーっと生意気だけどねえ」
知っている声が飛んできて顔を向けると、美麗さんがプルンプルンの唇を尖らせながら、反対側に座ってひらひらと手を振ってくれていた。レイちゃんが「一体誰の事でしょうね」と零しているけど、彼女も知っている人がいて安心したらしく、ふっ、と小さく息を漏らし、すすす、と美麗さんの方に向かっていった。シモムさんとカミムさんも、遊んでほしい小学生のようにレイちゃんにわらわらと寄っていく。
「レイ、久しぶりなの。元気だったの?」
「美麗が心配してたの。レイが無事に除怨できてるかって」
「ちょっとお、そんなこと一言も言ってないわよお!」
「ふーーん?まあ、おかげさまで?ちょっとは成長できたかもだけど?ショウゼツと二人で」
「なんですってえ!?私のいない所でいちゃいちゃしてたんじゃないでしょうねえ?」
いつものやり取りにほっとしていると、美麗さんたちの隣でじっと白い紙が二枚、こちらに向けられているのに気が付いた。紙には習字のようにそれぞれ一文字ずつ書かれているけど、片方は難しくて読めない。紙の下には体が伸びていて、人であると分かった瞬間に寒気がした。純粋に、黒子のように紙で顔を隠して、ずっとこちらを見ているだけだった。二人も双子なのだろうか。
すると、私が驚いているのに気づいたのか、『黄』と書かれた人が慌てたように手をぶんぶんと振った。隠れているけど、目は見えているのだろうか。
「あ、もしかして怖がらせてるかな?ごめん、顔に紙張り付けてるの、ちょっと怖いよね」
すると、もう片方の人も慌てて口元を抑えている。口が見えないのでよく分からないけど。二人とも、女性の声だ。
「え、うちらやっぱり怖いかな?しかも私に至っては、謎の文字だし。自己紹介を・・・・・・って、それは後でするか。でしゃばると、怒られそうだしね」
すると、彼女たちの向かいに座っていた、ゴーグル付きの帽子を被った青年がふん、と鼻を鳴らした。服装を見るに、軍隊っぽい人だ。でも、彼も人間にはありえないほど綺麗な顔をしている。
「はっ、自己紹介なんていらないだろ。早く用件に入ろうぜ。こっちだって暇じゃないんだ」
「・・・・・・同意だな。こんな場所にずっといても、得られるものなどないだろう」
「ちょっと、こんな場所って何よ」
青年の声に同意したのは、紙を付けた二人組のお姉さんたちの奥に座っていた、真面目そうな少年だった。左側の髪をかきあげ、眼鏡をかけていて、不機嫌そうに顔をしかめている。美麗さんたちと言い合っていたレイちゃんがむっとした顔で、彼に言い返していた。自分の家を悪く言われたのだから、嫌な気持ちになるのも当然だろう。しかも、勝手に本殿に入っているのだ。大体、本殿は立ち入っていいのだろうか。
「ああ、あなたは碁色神社の神主の娘か。そんなあなたが、どうしてショウゼツなんかと組んでいるんだ?もっと強い式神と組めばよかったのに」
「ちょっと、何よその言い方!ショウゼツだって強いもん!」
レイちゃんがばっと立ち上がり、少年の前に立ちはだかる。彼は驚きもせず、反省もせず、ただ冷静にレイちゃんを見上げていた。くいっと眼鏡を押し上げ、興味を失ったように顔を逸らしている。この場には、当人はいないようだった。近くでシンセンさんの傍に控えていた甘楽君が、レイちゃんの袖を引っ張ってなだめている。
「碁色さん、落ち着いてください。今、主同士で喧嘩しても、意味ないですよ」
「甘楽君・・・・・って、こいつも主なの?こんな嫌な奴が?」
「・・・・・・ご挨拶も終わったことだし、そろそろ本題に移ろうかい」
今まで黙っていたシンセンさんが口を開く。途端に空気が一変し、みんな一斉に絨毯の両端に座り直し、背筋を正した。私とレイちゃんが戸惑って立ち尽くしていると、シンセンさんはふっと息を零した。普段から微笑しているから、笑っているのか怒っているのか判別がつかない。彼は檀のすぐ傍の、床に置かれた木箱に腰かけ、足を組みなおした。みんながかしづく中、絨毯の中央に君臨する彼に、彼が一番強いのだと改めて実感した。
「久しぶりだね、椿さん、碁色さん。最近は元気かい?まあ、鬱岐で会ってから日もそんなに経っていないから、元気であると思うけれどね」
「は、はい。元気ですけど・・・・・今日は、一体なにが起こっているんですか?」
「椿さん、あなた顔色が悪いように見えるんですけど、本当に元気ですか?倒れられてもこっちが困るんですから、体調管理くらいしっかりしてくださいね」
甘楽君が私の顔を見上げて怪訝そうな顔をする。私は表情に加えて顔色もそんなに変わらないはずだけど、甘楽君には何か感づくものがあるのだろう。レイちゃんが私の顔を見て不思議そうな顔をしているから、誰にでもわかる、というわけではないらしい。
「ゆ、夕陽ちゃん顔色悪いの気付かなかった・・・・・・大丈夫?そうだよね、あんなことがあって、元気じゃあないよね」
「何かあったんですか?あなたたちはいつも何かしら引き起こしているイメージがあるんですけど」
「甘楽君、相変わらずね。というか、何があるのはそっちでしょ。なんなのよ、うちにこんな人数で押しかけてきて。お父さんが見たらブチ切れると思うんだけど」
「それは、私から説明させてもらおうか」
シンセンさんが微笑んだまま足を組みなおすと、甘楽君は自分の横をポンポン、と叩いて、私たちに座れと言ってきた。私たちも大人しく、固い床に正座する。賽銭箱の横は絨毯が敷かれておらず、板の感触が直接足に伝わってくる。
端から見ると、本当にこの光景は圧巻だった。それぞれ個性の強い美しい式神と、傍にいる人間たち。決して何回も拝めることはないであろう彼らの集合に、私はここに来れて良かったとすら思えた。
「今日集まってもらったのは、他でもない、私たちの力に関して、少し議論を行いたいと思ってね。珍しく、みんな揃ったね。元気そうで何よりだよ」
シンセンさんの言葉に、軍服を着た式神がチッと舌打ちをした。彼の態度はタンギンと似てるけど、こちらの方がいささか堂々と意見を言うタイプみたいだ。タンギンなら聞こえると面倒くさいからと小声で漏らすはずだ。
「わざわざ全員呼び寄せてまでの用件なんだろうな。しかも、主を連れて。俺ら式神は飛べるからいいだろうけど、人間は物体的に移動しなくちゃならないんだから、負担だろ」
彼の意見に、控えめに何人か頷いている。式神は主が住む場所にすみつくらしいけど、ある程度の範囲なら主から離れても平気らしい。でも、人間はそうもいかないから、修学旅行みたいに実際に他県まで足を運ばなくてはならない。よく考えたら、見慣れない式神と主は、この雨宿県に住んでいない、つまり他県からわざわざ来てくれたということだろう。シンセンさんは特に申し訳なさそうにするわけでもなく、こくりと頷いてひらりと手を振った。相変わらず何を考えているのか分からない人だ。
「式神とその主には、いつも集合場所の協力、感謝している。今日はそんな彼らに、私らの会議を観察してもらおうと思ってね。いつもどのように行われて、何を話し合っているのか分からない状態のままだと、信頼関係も結びにくいだろう。互いを知っておくに越したことはないからね」
「えええー?じゃあ、主がいない僕たちはどうすればいいのさー?この前、鳧鐘と黄鐘の主も死んじゃったんでしょー?まあ、僕の主も死んじゃったんだけどさ!」
髪を両側リボン結びにしたソウジョウ式神の声に、フショウとオウシキと呼ばれた、顔に紙を貼りつけている二人組の式神がぴくりと反応した。何も、そんな言い方はないじゃないか。しかも彼は、彼自身の主も亡くしているのだ。非人道的な彼に何も言えずにいると、また軍服の式神が口を挟んできた。綺麗な顔をぐっと歪め、ずっと不機嫌そうにしている。
「チッ、雙調、言い方には気を付けろよ。三人もの人間の命が失われてんだぜ?鳧鐘と黄鐘だって、失くしたくて失くしてるわけじゃねえんだ。お前、本当にそろそろ誰かに殺されるぞ?」
ソウジョウ、というのが、リボン結びの彼の名前らしい。彼は気にも留めず、つまらなさそうに空笑いを繰り返している。タンギンは、彼よりも多くの主の命を救えなかったのだろうか。
「それにしても、断金と勝絶、盤渉の姿が見当たらないようですが。彼らも一応、来てはいるのでしょう?」
「ああ、もうすぐ来るはずだ。それに、盤渉の主もね」
黄色い髪のリボン結びの式神に、シンセンさんが反応する。私は瀬名高君が心の中に浮かんでくるだけで、ぎゅっと心臓が締め付けられる思いがした。手を小さく握り、視線を太ももに落とす。彼は今、何をしているのだろうか。
すると、丁度その時、コンコン、と閉ざされた障子の扉からノックが聞こえた。控えめかつノックをするところからみても、瀬名高君だろう。美麗さんが開けに行くと、少しほっとした顔の彼がそこに立っていた。彼もまた、美麗さん越しに広がる景色に面食らっているようで、目を白黒させている。
「光君、お久しぶりねえ。お元気だったあ?」
「は、はい。それにしてもこれは、一体どういう・・・・・・あ」
「そうよお。奥の方にあなたのお友達がいるわあ、話しかけに行ってあげたらどーお?」
彼は私たちの方を見て目を開くと、すすすっとこちらに寄ってきた。私の隣に座ってくれたのを見て、避けられているわけじゃないのかと安堵感が襲ってくる。でも、やっぱりいつもの通りには目は合わない。
「瀬名高、遅いわよ。何してたのよ」
「す、すまない。母親を説得するのに時間がかかってね・・・・・・それにしても、これは一体どういうことだい?何か会議でも行われるのだろうか?そして、バンシキたちはどこにいったんだい?」
「それは、私たちにも分からないの。なんかシンセンさんが話を進めようとしてるんだけど、他の式神が茶々入れてきて全く進んでいないというか、なんというか」
すると、はあ、と大きなため息が部屋の中に響いた。見ると、先ほどから不機嫌そうに座っている青年が、眼鏡をくいっと持ち上げていた。いかにもインテリそうな感じだ。
「話が全く進んでいない。もういっそのこと、自己紹介から始めたらどうだ?それぞれがほぼ初対面だろうし、これなら名前が分かるから注意もしやすいし」
「なにそれ、僕のこと言ってんの?君、人間のくせに言うねー」
「僕はただ事実を述べただけだが」
「もう、始めちゃいましょ」
キリがないと判断したのか、そう言って、美麗さんはすっと立ち上がってみんなを見回した。同時に大きな胸が揺れて、スーツの第二ボタンがはち切れそうになっている。もはや第一ボタンは締まってすらいない。瀬名高君が思いっきり顔を逸らす。
「私は房総美麗よお。最近は三川県にいるけどお、もうすぐ異動しそうなのよねえ。シモムとカミムの主をやってるわあ。何年くらいかしらねえ、3年かしらあ?」
「そうなの」
「それくらいなの」
美麗さんに呼応するように、双子が彼女の足元に控える。はたから見たら親子みたいだ。すると、美麗さんがキッとこちらを見てにっこりと笑う。私はびしっと背を伸ばした。
「夕陽ちゃん、今何か言ったかしらあ?私、そんなに年じゃないわよお?まだ29なんですけどお?」
「す、すみません」
「な、なんでわかったのよ」
「結構な年じゃねえかよ」
「はああ!?誰よお、年だっつったのはあ!?」
「美麗、落ち着くの」
「美麗は可愛くてまだ若いの。絶対勝絶と結婚できるの」
シモムさんとカミムさんが美麗さんをなだめていると、ふふっと笑い声が聞こえた。見ると、三人の横で、フショウさんとオウシキさんが紙に手を当てて笑っていた。二人とも、先ほどソウジョウさんから言われた一言が刺さっているはずなのに、楽しそうに揃って笑いを堪えている。オウシキさんは紙の下で涙を拭っているようだった。
「はー、いいね、美麗と下無上無コンビ。見てて元気が出るわ」
「ね。そうだよねー、人生くよくよしてても仕方ない。起こっちゃったことはもう取り返しがつかないんだし、今できることをやらなくちゃ」
二人はそう言うと、すっと同時に立ち上がって、みんなを見回した。二人とも女性にしては背が高く、他の式神に比べて近未来な恰好をしている。タートルネックのワンピースは真ん中にスリットが入っていて、太ももまである長いブーツをはいていた。服の右の胸元に、縦にラインが入っているのがフショウさん、左に入っているのはオウシキさんらしい。恰好はそれぞれ似ているけど、何より顔にかかった紙にでかでかと「鳧」「黄」と書かれているので、間違えることはないだろう。
「紹介が遅れたね。私は鳧鐘。主は最近亡くなっちゃった。でも、仲良くやってたよ」
「私は黄鐘。こっちの主も亡くなっちゃった。前は二人揃って、津賀咲にいたんだ」
「津賀咲県って、あのハウステンボスが有名なとこ!?一回行ってみたかったんだよねー」
レイちゃんが思わずと言った様子で発言し、ばっと口を塞いでいる。すると二人は紙越しにも笑ったのが分かるくらい温和な雰囲気でこちらを向いた。まだちょっと紙を貼りつけた人は見慣れないけど、この二人は優しそうだ。
「そうそう。いいとこだよ、みんな優しくてちょっとおせっかいなの」
「ふん、どうでもいい話は終わったか?」
隣で、苛ついたのを隠そうともしない声が飛んでくる。フショウさんたちの隣に座っていた少年だ。彼は立ち上がると、軍服の少年もすっと腰を上げた。なんだか彼はタンギンに雰囲気が似ているので、意外と礼儀正しい行動に面食らってしまう。タンギンなら私が立っても絶対にあぐらをかき続けるだろう。
「そんな言い方するなよ、少年。私と君は会ったことあるけど、彼女らとは初対面なんだから」
「今は自己紹介の時間だ、それぞれが親睦を深めるなら後にしてくれ。僕は日ノ坂将悟だ。主の歴は5年。ずっと、ランケイと一緒にやって来た。所在地は他無県。以上だ」
私は驚いた。私も出身は他無なので、もしかしたら私と彼はどこかですれ違っていたかもしれない。でも他無は何せ人が多いので、多分私も彼も気づいてはいなかっただろう。
「む」
「あれ?夕陽ちゃんって、出身他無県だったよね?あの人と一緒?」
瀬名高君とレイちゃんが同時に私の方を見る。二人が私の情報を覚えていてくれたのが嬉しくて、私は必死に頷いた。何より、瀬名高君も反応してくれたのが、私の血行をどんどんと良くしていく。
「そ、そうだったな。夕陽君も他無だったな」
「え、瀬名高、夕陽ちゃんのこと名前で呼んでたっけ?何よ、夕陽君って」
「あ、いや、違うんだ。今のは、碁色君につられてしまってね。いや、失敬」
レイちゃんのにやついた視線に、瀬名高君が露骨に焦って、視線を泳がせている。真っ白だった彼の頬がほんのり赤く染まっていて、私はもう、安心と嬉しさとで、一気に気が抜けそうだった。すると、チッ、と舌打ちが響く。ランケイさんがこちらを鬼のような形相で睨みつけていた。
「あんたら、いちいち喋らないと気が済まないのかよ。今俺たちの自己紹介してるんだよ、ちょっとは口チャックくらいできないの?」
「す、すみません」
つい、声が掠れてしまう。私の声をどう捉えたのか、彼は怪訝そうな顔をしてふう、とため息を吐いた。それにしても、綺麗な人だ。頭には空軍が被るゴーグルキャップを、上半身は軍隊のような、肩章から斜めに鎖がついたジャケットを着ている。下はプリーツの入った半ズボンで意外な恰好だったけど、彼が着こなすと驚くほど似合っていた。
「俺は鸞鏡。将悟とは5年の付き合いだ。普段は他無にいるけど、俺が遠出して除怨することもある。まあ、たまにだけどな。神仙の真似事はできねえよ」
そう言うと、シンセンさんは微笑んだまま首を傾けた。キラリと、彼の歯車型の金のピアスが光る。人形っぽい彼の動作に、ランケイさんはチッとまた舌打ちをした。彼はどうやら舌打ちをするのが癖らしい。
「あんたみたいな天才には分からないさ。まあ、とりあえず話すことは話したな。よろしく」
「ねえねえ鸞鏡ー、5年も同じ主といて飽きないのー?そりゃあ、主が同じってことは、その人間を守り続けて生き続けてるってことだから、いいことなんだろうけどさー!」
「兄さん、さっきから発言が行き過ぎてますよ。少しはオブラートにつつんでください」
ソウジョウさんの茶々に、ランケイさんは面倒くさそうに眉を歪ませると、ひらひらと手を振った。目線はヒョウジョウさんに向いているので、彼女にバトンパスする気だろう。
「飽きるとかそういう話じゃねえだろ。人間の命を預かってるんだ、俺らが守ってやって当然だろうが。ほら、次はお前の番だ、雙調。頼むぞ、平調」
「はい、承知しました」
そう言うと、ヒョウジョウさんは立ち上がり、ついでにさっきからずっと黙っていた女の子も、彼女に隠れつつ立った。ソウジョウさんは変わらずニコニコあぐらをかいたままだ。
「この中には初めましての方もいらっしゃいますね。私は平調と申します。雙調の妹で、こちらのミモザさんとは約8か月ともに除怨活動を行っています。拠点は主にミモザさんがお住まいの試雲です。どうぞよろしくお願いいたします」
ヒョウジョウさんは礼儀正しく腰からお辞儀をした。くるぶし辺りでリボン結びにされた髪と、持っている赤のストールがつられて動く。この中で一番まともに自己紹介をしたであろう彼女は、無表情のまま隣の女の子に小さく声をかけた。身長が小さく、三つ編みをして大人しそうな彼女は、ヒョウジョウさんに隠れつつ、こちらをちらりと覗き見た。私たちを怖がっているようでもあったし、横で目をかっぴらいてガン見しているソウジョウさんを避けているようでもあった。
「わ、私は、丹野、ミモザと言います。ヒョウジョウの主で・・・・・・えっと、はい、以上です・・・・・・」
ぺこりと慌ただしく頭を下げ、ミモザさんはまたヒョウジョウさんの陰に隠れてしまった。すごく引っ込み思案な子なのだろう。胸元に大きなリボンが付いた、前開きのジャケットにプリーツのスカートという、いかにもお嬢様学校にありそうな服を着ている。小動物っぽい挙動の彼女は、一体何歳なのだろうか。
「ミモザはまたビビってるの?いい加減人前で話すくらい慣れなよー!これからどんどんそういう機会が増えていくんだからさー!」
「ひいい・・・・・・ご、ごめんなさい」
そうして、顔の横にリボンを二つぶら下げた彼は、よっこいしょと立ち上がると、片手を頬に添えて、可愛くウインクした。顔だけ切り取ると女の子みたいだけど、性格は一番の悪魔だろう。
「僕は雙調!今までは箒葉に住んでたんだけど、主が死んじゃってからは鬱岐で療養して、今は平調のいる試雲にいたんだー。好きなものは面白いこと!嫌いなものはつまらないこと!よろしくね!」
その問いかけに誰も答えることはなく、しんとした時間が流れる。この数十分だけでも、彼は相当式神の中で要注意人物であることは伝わってきた。私はちらりとシンセンさんを見ると、彼とばちっと目が合い、ふと笑っていた。何か面白いことでもあっただろうか。
「それでは、もう少しで君たちの式神も着くだろう。先に、主だけ自己紹介してもらおうか」
シンセンさんの声に、私たちは顔を見合わせる。いつもなら瀬名高君が先んじて手を挙げるだろうけど、彼がずっと黙って困り笑いをしているのを見て、レイちゃんがすっと立ち上がった。
「私は碁色レイ。戻る、って書いてレイって読むわ。この碁色神社の娘で、高校1年生。式神はショウゼツで、主になってから大体3か月くらいかな。よろしく」
レイちゃんがお辞儀すると、まばらな拍手が返ってくる。神聖な場であるここの神主の娘が気になっているのか、みんなレイちゃんをじっと見つめていた。それに気付いたのか、レイちゃんが照れたようにさっとしゃがみ込む。
「え、なになに?私変なこと言った?みんなすごい見てくるんだけど」
「レイちゃん力強いみたいだし、みんな気になってるんじゃないかな・・・・・・で、瀬名高君、どっちから行く?」
私の問いかけに、彼は私を一瞬見て「僕が行こう」と小さく呟いた。心臓がぎゅっと痛み、とても辛い。相変わらずの反応に、レイちゃんがはあ、とため息を吐いている。
「僕の名前は瀬名高光。県立光影高校1―C、身長178センチ、体重62キロだ。バンシキの主で、彼とは、そうだな、結構長く一緒にいる気がする、かな」
いつもの調子の彼を知っている人は、あれ、と驚いた顔で彼を見ている。困り笑いを浮かべた彼は、私に手でどうぞ、と譲ってきた。つられて立ち上がると、この場の視線が放射線のように私に一心に集まってくるのを感じる。クラスで自己紹介した時よりも緊張して、手汗をスカートで拭いた。
「え、えっと・・・・・・椿、夕陽です。私も二人と同じ高校1年生です。タンギンの主で、ここに越してきた時からだから、歴は5か月くらいかな」
「はいはーい、質問!ここに越してきた、ってことは、前は違う場所に住んでたってこと?」
ソウジョウさんが元気よく挙手をしていて、シンセンさんがこくりと頷いて回答の機会を作ってくれる。私は彼の様子を伺いつつ、桃色の目をかっぴらいたままの、しかし真っすぐ私を見てくれる彼の方を向いた。こんなに自分のことを見ていると認識させられる人に会ったのは初めてかもしれない。
「えっと、はい。私は、もともと他無県に住んでいて・・・・・・丁度今年、この雨宿県に越してきたんです。だから、ランケイさんと日ノ坂さんと一緒のとこです」
「・・・・・・ふん」
返ってきたのは、日ノ坂さんの興味なさげな息だけだった。私はソウジョウさんからの追従がないのを確認して、ちらりと鼻を鳴らした本人を見た。彼は眼鏡の奥から私を睨みつけると、ふいっと向こうを向いてしまった。何か嫌われることをしてしまっただろうか。
「俺はもう自己紹介したぞ。ほら、次。そこのビビり」
「えっ、私、さっきも自己紹介したのに、もう一度・・・・・・?」
「そんな言い方ないでしょ。ねえ、いばってるけどさ、あんた何歳なの?」
レイちゃんが日ノ坂さんの態度に、苦言どころかつってかかると、彼は不機嫌そうに狭められた目をさらに細めた。よく見ると、彼の目の下には結構な隈がある。
「17だけど。何か文句でも?」
「一個しか変わらないのに、そんなに偉そうにしなくてもいいんじゃない?友達減るわよ」
「はあ?お前、初対面から失礼すぎるだろ。年上に対する態度がなってないぞ!」
「人のことをビビり呼ばわりする奴に言われたくないわよ!」
「あ、あの、自分は大丈夫ですから・・・・・・喧嘩しないで・・・・・・」
ミモザ、と呼ばれていた女の子が、レイちゃんの袖を掴んで小さく抵抗する。彼女たちの様子を見かねたのか、ヒョウジョウさんがミモザさんの背中を押した。前に出ろということだろう。
彼女は小さく立ち上がると、ふわっとすみれ色の制服のスカートが揺れる。服の形としてはフショウさんたちと同じ、前に大きくプリーツが入ったワンピースだけど、少女漫画に出も出てきそうなほど可愛い制服だ。案の定、レイちゃんが目をキラキラさせて彼女を見上げている。
「さ、さっきも自己紹介しだんだけど・・・・・・わ、私は、丹野、ミモザです。と、年は18です・・・・・・」
「「「「え!?」」」」
何人かの驚きの声に、彼女はびっくりしたようにしゃがみ込んで、ヒョウジョウさんの陰に隠れてしまった。人を見た目で判断してはいけないけど、確かに年上には見えない。
丁度そこで、扉がコンコン、とノックされた。明後日の方向を向いていたシンセンさんが、ニヤッと整った口を横に広げる。私はハッと扉を向いた。向こうに、タンギンの気配がしたのだ。
「どうぞ。入ってくれ。今日の主役のお出ましだね」
彼の声が終わったと同時に、引き戸が開かれる。四角い光が段々と広がる中現れたのは、ジャケットのシルエット的にタンギンだ。彼はしめ縄を持っていて、その先は大胆に斜めにカットされた髪の毛の人の体に繋がっている。
「バンシキ・・・・・・?」
瀬名高君の戸惑いの声が横から聞こえる。真ん中に開かれた絨毯を、縄を持ったタンギン、その縄に繋がれたバンシキさん、険しい顔のショウゼツさんが入ってきた。主役の登場に、ソウジョウさんが笑いながら拍手をしていたけど、ヒョウジョウさんが手で窘めている。
そんなことがどうでもいい。どうして私の式神が、友達の式神を縛り上げているのだろうか。状況が呑み込めずに、ただシンセンさんの元へと続く真っすぐ伸びた赤い絨毯を歩き、目の前に来た彼らを凝視していると、横でレイちゃんがショウゼツさんの手を引いているのが目に入った。彼女も困惑した表情を浮かべてている。
「ね、ねえ・・・・・・ショウゼツ、なにやってるの?何があったの?」
「レイさん・・・・・・すみませんっす。事情は後で説明するっす」
ショウゼツさんが申し訳なさそうに零す。私も自分の式神がこちらを見てくれるのを期待して彼を見続けたけど、彼はこちらを振り向くこともなく、ただ賽銭箱に座り続けるシンセンさんを見下ろしていた。
「連れてきたぞ。なんかわいわいやってたみてえじゃねえか。こっちの気も知らずに」
「おや、そんなつもりはなかったんだかね。ご苦労だったね、断金。勝絶も」
「・・・・・・自分は何もしてないっすよ。ここにいるのが恥ずかしいくらいっす」
「あはは、だって勝絶弱いもんね!前に俺と勝負した時、ぼろっぼろに負けてたもんね!」
「兄さん!今は茶々を入れる時間じゃありませんよ」
ショウゼツさんはここからでも分かるくらいぐっと拳を握りしめると、ゆっくりと声の方を振り返った。私たちがいる方向とは反対に顔が向いたので表情は分からなかったけど、ランケイさんやヒョウジョウさんがびくっとしていたので、かなり怖い顔だったのだろうと察する。ミモザさんに至っては、完全にヒョウジョウさんの背中に張り付いていた。
「・・・・・・関係ない奴は黙っててほしいっす」
「お、おい。人間はともかく、俺たちが喧嘩してたって仕方ないだろ。神仙、俺も今起こってることが分からねえ。悪いが、説明してくれないか」
ランケイさんがシンセンさんに問いかけると、面白そうに肩を揺らしながら、シンセンさんは立ち上がった。空気が一瞬でピンと意図を張りつめたように緊張するのが分かる。
「それでは、全員揃ったことだし、臨時の『会議』を執り行うとするかい。今日集まってもらったのは、他でもない、盤渉の行いについてだ。盤渉、前へ」
シンセンさんがすっと手を掲げ、その手にバンシキが持っていた縄を雑に渡す。バンシキさんは何を言うでもなく、いつもの無表情で、両手を縛られたままシンセンさんの横に座った。ショウゼツさんもまだ怒りが収まっていないようだったけど、大人しく私たちの横に来る。私は横に座ったタンギンのジャケットの裾を掴むと、彼は珍しく勇気づけるように笑ってくれた。今までの戸惑いと心細さが、どっと切れて、私は気が抜けそうになる。
「悪ぃな、急に席外して」
「ほ、ほんとだよ・・・・・・どこに行っちゃったかと思った」
その時、ぎゅっと手を握られる感触がする。見ると、タンギンと反対に座っていた瀬名高君が、私の手の甲に自分の手を重ねてきていた。びっくりするのと、急な接触に、顔が火照る。でも、彼の顔を見て、そんな浮かれた気もすぐどこかに行った。彼は、いつも元気に吊り上がっている眉毛を下げ、頬は真っ白だった。険しい顔の彼は何度か見たことがあるけど、こんなにしおらしい彼は見たことがない。私は、今さっきタンギンがしてくれたように、彼に笑いかけた。
「・・・・・・傍にいるよ。私も、タンギンも。レイちゃんも、ショウゼツさんも」
「・・・・・・すまない。こんな情けない姿、見せるつもりじゃなかったんだが。今起きてることが、良くないことだって言うのは、うすうす感じていてね。怖いんだ」
彼の口からはっきりと「怖い」と告げられたのと同時に、シンセンさんが口を開く。この時も、バンシキさんは決してこちらを見なかった。宝石かと思うほどの灰色の瞳は、どこを見るでもなく、ぼうっと動かない。
「式神の能力は、まだ分かっていないことも多いが、今のところ次のことが証明されている。1,人間から発せられた悪意を祓う力がある。2.人間には本来見えないが、力を借りる代償として、特定の人間の前に姿を現し、それを支え、守る。その存在を『主』と呼ぶ。ここまでは、全員の共通認識としていいかい?」
こうして式神の存在について改めて説明を受けることがなかったので、簡潔にまとめられた自分の横に存在に、私はもしかしたらとても不思議な経験をしているのかもしれない、と思い返した。瀬名高君とレイちゃんが傍にいたから忘れかけていたけど、普通の人からは彼らは見えないのだ。何もない空間に喋っている人なんて、それこそいじめられそうだ。私の環境は、ここにいる主の子たちよりも恵まれている。
「そして、3.人間に本来干渉しない点で、私たちを認識してしまい、日常生活に影響が出そうな恐れのある人間に関しては、記憶の削除ができる。これは、本来なら使うべきではない力だ。なぜなら、我らが主である者もまた、人間なのだから。違うかい?」
シンセンさんの問いかけに、場がしん、と静まり返る。そんな中、ソウジョウさんがはーい、と元気よく手を挙げた。複数人のまたお前か、という視線を気にもせず、シンセンさんの許可なく彼は口を開いた。可愛く横に垂れ下がったリボンを揺らしながら。
「ねえねえ、それってさ、なんで使っちゃいけないの?僕にはそれがいまいち分かんないんだけど」
「それは、主と我々は信頼関係が最も重要だからだ。主は我々に力を貸す時、不必要かつ膨大な悪意にさらされる。厄介なことに、悪意というものは人間から生きる活力を奪う傾向にある。そもそも、人間から発せられるものなのに」
「確かに、自分たちが悪意を生み出すのに、それを処理しきれないで他の人間に移すなんて、最悪だねー。でもなんで、記憶を消す力が信頼関係に影響があるのさ?」
「それは、他人から他人の意のままに記憶が切り取られると、自分に不利益がある記憶も削除される恐れがある、という疑念が出てくるからだ」
「えー?別にいいじゃん。僕らには力があるんだから、それを行使したってさー」
シンセンさんの答えに納得いかなさそうなソウジョウさんに、話を進めようとしたのか、ランケイさんが彼に向き直った。彼はバンシキさんがつるし上げられていることの方が気になるのだろう。でも、ここまで来たら彼がしたことはもう分かっているようなものだ。
「いいか?例えば俺が式神でお前が主だとする。俺がお前のそのリボン髪を切ったとしよう。お前、嫌だろ?」
「うん!僕に触らないでほしい!」
「・・・・・・くそ。で、俺がお前の髪を切った記憶を消したら、お前はなんで大切な髪がなくなってんのか知らねえわけだ。そこで、記憶を消せる俺が傍にいたら、こいつが消したんじゃないかって疑いたくもなるだろ?」
「うん!!そんなことされたら、僕、鸞鏡のこと殺しちゃうかも!」
「・・・・・・まあ、そういうことだ。疑惑が出ると、そこに信頼関係は築けなくなる。で、それを盤渉が、この人間にやった、ってことか?」
ランケイさんの問いかけに、シンセンさんは笑って頷いた。楽しい場面ではないのだから、笑わないでほしいというのは贅沢だろうか。隣で、瀬名高君の手がどんどん冷たくなっているのが伝わってくる。彼の傷ついた顔を見たくなくて、私は顔を上に上げられなかった。
「では、本人に聞こう。盤渉、お前の主に、記憶の削除を行ったのは、事実かい?」
「・・・・・・」
バンシキさんは悲しむでも苦しむでもなく、ただひたすらに無表情だった。一向に開かれない口に、全員の視線が注がれる。私はおそるおそる横目で瀬名高君を見ると、彼もまた自分の式神に視線を向けていた。表情から、いいえと言ってくれという焦りと懇願の気持ちがありありと伝わってきて、感情が顔に出る彼に心が痛む。
「・・・・・・答えないか。では、主に問おう。瀬名高光」
シンセンさんが彼を呼ぶと、弾かれたように彼は立ち上がった。それだけ、シンセンさんの声は従わなくてはならない何かを持っている。離れた手の感触が寂しくて、私は今さっき彼の手が重なっていた所に自分の手を重ねた。
「・・・・・・はい」
「お前に問う。お前は、盤渉に記憶を消されたことを知っていたかい?」
「・・・・・・それは・・・・・・」
瀬名高君が言葉に詰まっている。すぐにいいえと言わないのは、消されたのを知っているからなのだろうか。でも、消されたことを本人が自覚しているのは、ちょっとおかしい気がする。そんなことを思っていると、はあ、と大きなため息が聞こえた。見ると、日ノ坂さんが不機嫌そうにくいっと眼鏡を押し上げていた。シンセンさんを睨みつけるなんて、なんて勇気のある人なんだろう。
「シンセン、それはおかしい。記憶を消された記憶があるか、だなんて、矛盾しているぞ。記憶を消されたことを知っているなら、消す意味がないじゃないか。それを知っていること自体もおかしい」
「・・・・・・なら、質問を変えよう。君は、自分の記憶で欠けていることはあるかい?君は、何年前から主となったんだい?」
確信めいた目で、シンセンさんが瀬名高君を見据える。まるで、あえて矛盾した質問を先にしておくことで、日ノ坂さんの質問から真に聞きたいことを引き出したようだ。眼光で射貫けてしまいそうなほど鋭い緑の瞳に、誰も何も言えなくなる。私も何か言いたかったけど、初めて瀬名高君の家に行った時に、瀬名高君の口から『自分がいつ主になったのか覚えていない』と聞いている私は、何も言えない。言ったら、この状況を悪化させるだけだし、嘘を吐いてもすぐシンセンさんに見抜かれてしまうだろう。彼を助けるにはどうしたらいいか、思考がただぐるぐるするだけで機能してくれない。
しかし、その場の沈黙を破った声がした。
「・・・・・・私も、主の記憶を消したことくらいあるよ」
見ると、オウシキさんがぐっと太ももの上で拳を握りしめていた。肩がわなわなと震えている。紙で隠れて顔は見えないけど、涙声になっていた。傍で、そっとフショウさんが彼女の背中を擦っている。
「前の主は、ちょっといじめられてて。多分、私と普通に話してたのが、普通の人間にとっては何もない空間に話しかけてるように見えて、不気味がられたからだと思う。それで、SNSにすごい悪口書かれて・・・・・・ちょっと意地っ張りでつっけんどんなところもあったけど、すごいいい子だった。でも、誰も手を差し伸べてくれなくて・・・・・・その後不登校になって、夜ほっつき歩いてたら、交通事故で、車に当たっちゃった。最期、苦しくないように私は、私と会った記憶全部を消したよ。だから彼女は、幸せなまま、死んでいった・・・・・・私が、守り切れなかった」
淡々と告げられた驚愕の事実に、私は喉が詰まる。今、隣に主がいない式神は、こういう思いを経験してここに来ているのだ。式神に力を貸すということは、死と隣り合わせなことを改めて知り、私は凍った背筋を伸ばした。オウシキさんがすすり泣く声だけが響く。
「・・・・・・黄鐘と過ごした時間は、その主にとっては楽しい時間だったのかもしれないの」
「それももう消えちゃってるけど、その主も最期楽しい記憶のままで幸せだったのかもしれないの」
さっきからずっと黙っていたシモムさんとカミムさんが、双子の傍に行って膝をポンポン、と叩いている。オウシキさんは3人に慰められて、鼻をすすって前を向いた。ふ、と笑ったのが聞こえる。
「鳧鐘、下無、上無、ありがと。もっと力を付けて、こんなこと、二度と繰り返さないようにしないとね」
「そうだよ。人間と式神は違うけど、お互いを大切に思う心は一緒なんだからさ」
「・・・・・・で。盤渉は、結局この人間の記憶を消したわけ?なーんか黄鐘のおかげで主の記憶を消しても許される空気になってるんだから、今の内ゲロっちゃった方がいーんじゃない?」
ソウジョウさんが飽きたように伸びをしながらバンシキさんを見る。彼はふう、と息を吐くと、頷いた。立ち上がって、瀬名高君の前に対峙する。彼は動かないのか動けないのか、自分より高い式神を見上げていた。
「・・・・・・私は、光の記憶を消した」
「!」
瀬名高君が目を見開く。私はこれ以上彼が傷つく顔が見たくなくて、思わず目を逸らしてしまった。すると、横でタンギンが「大丈夫だ」と小さく漏らす。彼を見ると、タンギンは真っすぐ目の前の光景を見つめていた。凛とした表情に勇気づけられて、私も前を向く。
「・・・・・・廃絶に、言われた。光の記憶を消せ、と」
「は、廃絶に?マクモに、ってことかい?」
瀬名高君の問いかけに、バンシキさんはゆっくりと首を振った。碧く長い髪がカーテンのように美しくたなびく。彼はいつもより背を丸めて、とても儚げで、消えてしまいそうだった。
「・・・・・・廃絶の、頭だ。私たちは、会ったことがあるんだ」
「何!?」
彼の一言に、場がざわつく。ランケイさんが「うるせえ、話は最後まで聞こうぜ」と声を上げている。私も混乱していた。ということは、バンシキさんは私を廃絶に勧誘している張本人を最初から知っていたということだ。
「・・・・・・・それは、誰かは言えない。光が主になった日、頭に言われた。光の記憶を消さないと、光を殺す、と。だから私は、消した。それが、光が主になった日を覚えていない理由だ」
それを聞くと、瀬名高君はふっと膝から崩れ落ちた。咄嗟にバンシキさんが支えようとするけど、手を縛られていて手が出ず、一緒にしゃがみこんだ。瀬名高君の顔がここからだと見えない。でも、聞こえてきた声に、私は安心した。
「・・・・・・良かった」
「・・・・・・すまない、光。今までずっと、黙っていて」
「バンシキが・・・・・・僕に都合に悪いことを隠していたんじゃないかと、少しでも疑ってしまった。僕は、最低だ。君の隣にいる資格はない」
「私こそ、光にずっと嘘を吐き続けていた。光の信頼を失ったも同然だ」
「・・・・・・僕を守るために吐いてくれた嘘で、君を嫌いになるわけがないよ」
間髪入れずに、バンシキさんが瀬名高君に食って掛かる。こんな彼、初めて見た。その場にいるみんなが、彼らの一部始終を見守っていると思った時だった。タンギンが、すっと立ち上がった。私は咄嗟に、彼のジャケットを掴んでしまう。すると彼は、彼の方からぐいっと私の手を掴んで引っ張り上げた。急に立ち上がったので血が動き出して、さあっと視界が暗くなる。
「おい、大丈夫かよ」
「ご、ごめん。立ち眩みが・・・・・・」
「ちょっとタンギン、女の子は繊細なんだよ!?丁寧に扱って!!」
レイちゃんの抗議をかわしつつ、タンギンは真っすぐシンセンさんの方に向かっていった。彼は私を支える時実体化したので、床がわずかに軋む音がする。すっと、私たちとシンセンさんの間に、甘楽君が身を挺するようにして立った。自分より圧倒的に高いタンギンに怯むことなく、まっすぐと二人は視線を交わしている。
「どうしました?夕陽さん、あなたの式神はカッとなることが多いですから、ちゃんとセーブしてくださいね」
「う、うん・・・・・・」
黙ったままのタンギンに、ふっとシンセンさんが笑う。折れそうなほど細い足を組みかえて、膝に肘を突いて彼は私たちを見上げた。妖艶な美しい顔に、なぜかぞっとするほどの寒気が走る。
「・・・・・・盤渉を脅したろ、お前。どういう経緯でこの件を知ったのか知らねえけどよ、人が死ぬ可能性があることを実験するなんて、てめえが一番最低じゃねえか」
「私は式神、ひいては主の可能性を知りたかっただけだよ。こちら側が廃絶を呼び寄せることはできるのか、とね。もちろん、廃絶のことも。むしろ、廃絶のボスを知ることで、彼らの撲滅に一歩近づけるかもしれない。そんな期待を込めたんだが」
「だからって、関係ない人間巻き込むことねえだろうが。しかも、俺の主を使って」
彼らの会話で、何となく推測できた。今の話は、呼鳥先輩に意図的に除怨をしようとしていた話だ。シンセンさんがバンシキさんを脅した、ということは、この『シンセンさんが瀬名高君の記憶を消した』ことをばらさないという条件を引き換えに、彼に実行させたということだろう。何でシンセンさんがこのことを知っているのかも不思議だったけど、私はそれ以上に、瀬名高君が傷ついたことに、もやもやして仕方なかった。シンセンさんがバラさなければ、彼は何も知らないままで済んだのに。記憶を消さなければ自分の主を殺すなんて条件、従うしかないじゃないか。
「相手の条件を鵜呑みにし、安易に禁忌に手を伸ばしたことを私は咎めたいんだ、椿夕陽さん」
「!」
緑の瞳がこちらをじっと見ているのに気づき、私は一歩後ろに下がった。どうして私の考えていることが分かったのだろうか。私は表情に感情が出ないはずなのに。
「でも、今回の件で二人の友情は深まったし、全国の主と式神が顔を合わせるいい機会になった。さらに、式神へ主を守ることへの注意喚起と警告にもなったしね。こうでもしないと集まってくれない人たちもいるし、良かったんじゃないかい?」
「てめえ・・・・・・やることが、陰湿すぎんだよ」
「私の目的は、式神全員を守り、廃絶を根絶することだからね。手段は選んでいられないよ」
そう言って、シンセンさんはパンパン、と手を打ち鳴らした。仲直りモードだったバンシキさんを瀬名高君がこちらを見る。私は彼の顔に笑顔が戻っていることに安心しつつ、目の前で堂々と喋る式神のことが、あまり好きになれないかもしれない、と思った。
「本日はこれで解散だ。全員、むやみに記憶の削除は行わないように。除怨で主の力を借りる以上、主を守るように。以上。集まってくれて感謝するよ。では、解散」
「はーー、やっと終わった。僕、この空気苦手なんだよねー。なんか面白いこと、起きてくれないかなー。試雲もそろそろ飽きたし、ここに住もうかなー?」
「やめてください、兄さん。兄さんは私と一緒にいてもらいます。ほら、帰りますよ」
駄々をこねるソウジョウさんを、ヒョウジョウさんが立ち上がらせる。つられて席を立とうとしたミモザさんに、レイちゃんが慌てて声をかけていた。
「ねえねえ、ミモザちゃん!!」
「み、ミモザちゃん?私たち、初対面ですよね・・・・・・?そんな親しく話しかけられるなんて、あなた、私を騙そうとしてますか・・・・・・?」
「ええ、なんでそうなるの!?私、碁色レイ!ちょっとお話しようよ、お肌綺麗だね!どこの化粧水使ってるの?」
「え、ええっと・・・・・・」
そんなことを言っているうちに、日ノ坂さんとランケイさんがもう扉の引き戸を引いているのが見えた。何回も場が乱れそうになった時に、修正してくれたのは彼らだ。私は一言お礼を言おうとすると、視界の隅でしゅんっと何かが動いた。
「待ってほしいの、鸞鏡」
「また高い高いしてほしいの、鸞鏡」
「はあ?なんで俺なんだよ。もっとでかい奴いるだろうが。ほれ、そっちいってやってもらえ」
「なんでなの?」
「上無たちのお願い、聞いてくれないの?」
「う・・・・・」
ランケイさんは意外と双子たちに押されていて、やれやれといった様子で高い高いをしてあげている。優しいなと思いつつ、私は立ちながら参考書を読んでいる日ノ坂さんに話しかけようと傍に行った。途中で、私は初対面の人と話す時なんて話しかけたらいいのか知らないと思いだして、歩みが止まる。私の動きに気付いたのか、彼の目線が私に向けられた。途端に、ふいっと無視される。
今まで何回も無視されてきたけど、彼は私を拒絶しているのではなく、単に用事がないから話さない、というスタンスなのが、なんとなく伝わってくる。勉強しているみたいだし、無暗に話すのも良くないかなとタンギンの元へ戻ろうとすると、とん、と足元で何かが突っかかった。
「夕陽。元気なの?」
「夕陽。大丈夫なの?」
「おいおい、勝手に動くなって」
シモムさんとカミムさんが、ランケイさんを引きずって私の元まで来てくれた。最初は動きも姿も瓜二つすぎて怖かったけど、慣れるととても可愛らしい。子供にはあまり触れてこなかったけど、私は子供好きなのかもしれないな、としゃがんで、二人と目線を合わせた。
「こんにちは、シモムさん、カミムさん。私は、なんとか、大丈夫」
「こういう大人しい子の大丈夫は大丈夫じゃない時に出るの」
「抱え込んでる時に出る大丈夫は大丈夫じゃないって、統計が出てるの」
「どこ調べだよ」
ランケイさんは双子をよっこいしょと降ろすと、私を見た。銀の髪に黒色の、でも決して真っ黒ではない瞳に、私は目が離せなかった。どうなっているのだろう、と深くまで見入りたくなる色だ。
「お嬢さん、見すぎ。あんまり男に不用意に近づかない方がいいぞ」
「ご、ごめんなさい。目が綺麗だなって」
私は後ろに下がったつもりが、勢い余って尻もちをついてしまった。同時に、横にいたシモムさんたちもひっくり返っている。
「わーなの」
「きゃーなの」
「ご、ごめんね、シモムさん、カミムさん」
「ははっ、大丈夫かよ?」
ランケイさんが可笑しそうに笑って、双子を引っ張り上げている。同時に、私にもちゃんと実体化して手を差し出してくれた。茶色い手袋が操縦士らしく、新鮮に見えた。
「あ、ありがとうございます、ランケイさん」
「お、俺の名前すぐ出てくるんだな。結構言われるんだよ、覚えにくい、って。漢字で書ける奴はまずいないね。スマホで検索してみても出ないよ」
ランケイさんは私を立ち上がらせてくれると、シモムさんとカミムさんからの攻撃をかわしつつ言った。タンギンより背の高い彼をじっと見ていると、彼は何が可笑しいのかふっと笑った。
「はは、お嬢さん、猫みたいだな。俺のことがそんなに気になるか?」
「い、いえ。式神さんも、スマホとか知ってるんだなって。うちのタンギンは知らないから」
「あー、あいつは人間の時代の流れを理解しようとしてないからな。俺らは人間と協力してかなきゃなんないのに、よくもまあ強情に己の道を行こうとするよな、あいつは。どう、上手くやれてる?」
「ランケイ、そろそろ行くぞ。ここは交通の便が悪いから、一便逃したら時間が無駄になる」
日ノ坂さんが音を立てて本を閉じると、こちらを振り返った。最後に彼に何か言おうと、私は口を開いた。けど、声が出ない。何でだろうと喉を擦ると、ランケイさんがポンと肩を叩いてくれた。頭にかけたゴーグルがピカリと反射する。
「お嬢さん、疲れちゃったのかもよ。今日はゆっくり寝て、明日事を片付ければいいさ。無茶したってなんもいいことなんてないからさ。じゃ」
そう言って、彼らは早々に立ち去ってしまった。唖然として開かれたままの扉を見つめてしまう。どうしてランケイさんは、私自身でも自覚できていなかった疲れを察知できたのだろうか。ボケッとしていると、ふんわりと高級そうな香水の香りが漂ってきた。見ると、美麗さんが扉を見つめたまま、はあとため息を吐いていた。
「なんで式神って、いい男ばっかりなのかしらねえ。ランケイも、女子人気高いわよねえ。彼、人間にすんごい詳しいのよ」
「けほ。そ、そうなんですか?・・・・・・美麗さん、お久しぶりです。前会った時からそんなに経ってないはずなのに、お会いすると安心感がすごいです」
美麗さんは嬉しそうにふふっと髪と胸を揺らすと、よしよし、と私の頭を撫でてくれた。彼女の包容力に、ふと気が抜けそうになる。柔らかい感触に、恥ずかしいけど心地よさを感じた。
「嬉しいこと言ってくれるわねえ。きっと、夏から色々あったのよねえ。学生なのに偉いわあ。いいのよお、大人を頼ってくれても。特に夕陽ちゃんは、廃絶と板挟みになっちゃうからねえ。あと、問題児を傍に連れてるし」
「板挟み・・・・・・美麗さんは、廃絶のボスについて、どう思いますか?私の近くにいる人なんでしょうか」
おどおどしているミモザさんにレイちゃんが美容のコツを聞き出しているのを遠目に見つつ、私はぼんやり聞いてみた。構ってくれる相手がいなくなったからか、シモムさんたちはショウゼツさんの所で高い高いをしてもらっている。美麗さんも周りをぼんやり見つつ、そうねえ、と頬に手を当てていた。
「バンシキがボスに脅されたっていうのも意外だったけど、ボスが自分の存在を隠そうとしてるっていうのも気になるのよねえ。要するに、自分のことをボスだって知られたくないってことでしょお?なんでバンシキの前に姿を現したのかも不思議だけど、私たちの前に出てくるのはマクモかホウキョウって奴だし、何者なのかは不透明なままよねえ」
「知られたくない人・・・・・・」
「夕陽ちゃんもいい迷惑よねえ。向こうが夕陽ちゃんを主だって知ってるのに、こっちは相手がボスだって分からないわけでしょお?会う人会う人に疑いをかけなきゃいけないなんて、面倒くさくてやってられないわあ」
その時、シモムさんたちがこちらに向かってきているのが見えた。ついでに、フショウさんたちとソウジョウさんたちもぞろぞろと出口に向かっていく。こうして見ると珍道中みたいだ。
「美麗、そろそろ帰るの。バス間に合わないの」
「美麗、明日も仕事なの。無理はしないでほしいの」
「ありがとうねえ、そうねえ、そろそろ帰るわあ。最後に、ショウゼツとお話してもいーい?」
「じゃ、私たちは帰るよ。みんな、またね!」
「初めて他の主と会えて嬉しかったよ!」
紙を付けた双子はそう言うと、すっと消えるように姿を消してしまった。ぼうっとしていると、視界の端にピンク色の目が映って、思わずのけぞってしまう。きゅっと胃が引き締まる。彼に何か言われる度、胸にぐさっと刺さってくるのだ。
「あ、やっと気づいたー。君、ぼけっとしすぎだよ。そんなんだからよく廃絶に狙われんじゃないのー?」
「そ、ソウジョウさん・・・・・・初めまして」
「あっはは、怯えながら挨拶してくるって、君はいい子ちゃんだね!初めまして!僕は雙調!あはは、漢字分かる?」
「わ、分からないです・・・・・・皆さん、お名前がなんだか不思議な響きですね」
「そうだねー!現代人の発音と僕たちの名前の発音、ぜーんぜん違うもんね!なんか君たちの発音、カタコトに聞こえるよー!」
頬の横のリボン結びになった髪をゆらゆらと揺らしながら、ソウジョウさんは私をじっと品定めするように頭から足まで見続けていた。何か言われるんじゃないかとびくびくしていたけど、彼は飽きたようにふと視線を外して、私の横に立った。顔は可愛いのに、意外と背が高い。たれ目に長いまつ毛が生えているのがよく分かる。
「なんかさー、僕最近の世の中ってつまんないと思うんだよねー」
「え?」
「前は、人間は心の中の思いを紙にしたためてただけだった。なのに、今は簡単に他人に感情をさらけ出そうとするじゃんかー。良い感情も、悪い感情も。そこで争いが起こるのもそれはそれで面白いんだけど、最近は品がないんだよね、争い方に」
「ひ、品、ですか。例えば、どんな争いですか?」
私の問いかけに、ソウジョウさんは大きなピンクの瞳をかっと見開いた。猫のように瞳孔がきゅっと引き絞られたのが見えて、やっぱり彼の行動はちょっと怖い。
「あっはは、君は意外と僕の話をまともに聞いてくれるんだねー!例えば、SNSとか?文字だけしかない媒体かもしれないけど、すぐ広がっちゃうし、燃やせないし、取り消せない。ただの呟きでも、悪意がある言葉でも、それを大勢の人が見た時、どうなるかなんて、考えもしてないじゃん!その浅はかさが、僕は汚いと思うんだ!」
私はつとめて明るく言う彼に、意外と常識があるのかもしれない、と思った。私はネットに弱いので全くSNSは見ないけど、今の日本では自分の考えを発信できるツールなんていくらでもある。確かに、ネットでのいじめもあるし、言葉の重みが軽くなっているのはあるだろう。
私はソウジョウさんにそう伝えると、彼は一瞬ポカンとした後、にこっと優しく笑った。いつもこの顔でいれば、怖がられることもないような可愛い笑顔だった。
「君は、廃絶のボスに気に入られてるのに、随分人間に寄り添った感情を持ってるんだね!てっきり廃絶に加担してSNSに悪口ばっか書き込んでる最悪な奴かと思ってたけど、僕の誤解だったみたい!」
「・・・・・・」
何も言い返せないでいると、彼の後ろからヒョウジョウさんがすっと出てきた。たれ目に黄色の長い髪を一つにリボン結びしている彼女は、確かにソウジョウさんと兄弟に見える。彼女は無表情で私を見ると、ぺこり、と頭を下げた。つられて、私もお辞儀する。
「兄さんが無神経なことを言ってすみません。兄さん、もういいでしょう、帰りますよ。ミモザさんも明日学校なんです、のんびりしている暇はないですよ」
「えー?学校なんてサボっちゃえばいいじゃん!行ったってなにになるっているのさー!ミモザだって特に誰かと話してるわけでもないし、ずっと一人だし、つまんなそうだし、行く意味ないってー!今のミモザの方が何倍も楽しそうじゃん!」
当の本人は、不安そうにしていた顔をちょっとほころばせている。レイちゃんは彼女の制服とお肌の艶が相当気に入ったらしく、手には連絡先を交換したであろうスマホが握られていた。
「そうですが、あまり学校を欠席すると、ミモザさんは進級できなくなってしまいます。彼女の登校日数と成績が評価されてそのまま大学に進めるのですから、今それを崩すのは得策ではありません」
そう言えば、ミモザさんは私たちより年上で、受験の年だ。でもこの会話を聞くに、エスカレーター式で進級するのだろう。相当なお嬢様学校なんじゃないかと思えてくる。
「ね、もうLINE追加したから、いつでも連絡してよ!ミモザちゃんのスキンケア、私も真似してみる!」
「わ、私なんかのケアなんて、参考になりませんよ・・・・・・私なんてそこらへんのごみと変わらない存在なんですから・・・・・・」
「ミモザさん、もう行きますよ」
「わ、分かった・・・・・・じゃあ、ね。れ、レイさん。それに、廃絶の人・・・・・」
ミモザさんはレイちゃんと私を見ると、怯えながらも軽く手を振っていた。廃絶の人、と言うのは私のことだろうか。ショックだけど、周りに遠慮なく私を廃絶の仲間だと言う人がいるのだから、そういう認識になってしまうのも仕方ないのかもしれない。彼女は兄弟の式神を連れて、扉の向こうに消えていった。レイちゃんが私の横に来て、手をメガホンのようにして叫んでいる。
「この子、夕陽って名前だからー!廃絶とは関係ないんだからねー!」
「・・・・・ありがとう、レイちゃん」
「いいの!それにしても、あのソウジョウって式神、なんか不気味だよねー。すんごいはっきり言うし、人の心ないのかな」
「そもそも、ソウジョウは人ではありませんよ、レイさん」
見ると、後ろにはあきれ顔の甘楽君と余裕の表情のシンセンさん、それに鬼のような顔をしたタンギンが立っていた。彼らもこの雨宿町に来てくれたと言うことは、今から新幹線で何時間もかかる鬱岐県に帰るということだろう。シンセンさんも大がかりな集合をかけたものだ。でも、みんな従うということは、それだけシンセンさんの力が強大だということだ。
「何を間抜けなことを言ってるんですか。あなたたちも、変わらずお元気そうですね」
「そ、その毒舌は変わらないね、甘楽君・・・・・・それにしても、式神全員を見られる日が来るなんて、思いもしてなかったよ。壮観だったね」
「本来は、1か月に一度式神だけで会議を開くのですが・・・・・・来てくれない奴もいますし、主同士は特に交流する必要もないですし、こんなの前例はないですよ。たまに、主を連れてくる式神もいますけどね。あなたたちは、全員初めましてでしたね」
「そうだねー。イケメンの式神が多くてびっくりしたよ。ね、夕陽ちゃん!」
「そ、そうだね」
レイちゃんが私の方を向いた所で、甘楽君もこちらに顔を向けた。廃絶のボスに勧誘されていることを散々言われ続けた私のことを気遣ってくれているのが、目線だけで分かる。こうやって他人の表情だけで何を考えているか予想できるのは、私自身の顔が変わらず、相手にどう思われているのかばかり気にしてきたからだろう。
「夕陽さんも、災難でしたね。ソウジョウは式神の中でも要注意人物です。他の主にちょっかいをかけては、言いたいことだけ言って帰っていきますから。言っちゃ悪いですけど、彼の主になった人間で、長続きした人は見たことないですね。みんな、途中放棄して辞めます」
「・・・・・・そういう契約の解除もあるんだね。私はてっきり、主がいない式神は、主を失くしてしまったのかと思ってたけど」
「いや、僕たちの関係はあくまでも書類のない契約です。僕たちが主を辞める、と言った時点で、式神は僕たちに干渉することは不可能になります。だから式神もそうならないように、主をある程度サポートする必要があるんです。まあ、偉そうな奴らばっかですけどね」
甘楽君はちらりと自分の式神の方を見た。シンセンさんはまだ騒いでいる美麗さんとショウゼツさんたちを、興味なさげに見ている。見ているというよりは、視界に映しているだけで、今は別のことを考えているのが丸わかりだ。
甘楽君ははあ、とため息を吐き、着ていたセーラー服の襟を直した。年下なのに一番強い式神を従えている彼も、自分の式神の行動に悩んでいるのかもしれない。右よりちょっとだけ長い髪をいじりつつ、照れたように頬を染めた。目線はそっぽを向いているけど、私たちのことを意識してくれているのが分かる。いや、彼が意識しているのはレイちゃんだけかもしれないけど。
「まあ、彼らの言うことなんて流しておけばいいですよ。今を生きる僕らと、何千年も存在し続けた彼らとでは、感覚が違いますから」
「そうよね!人間、色々事情はあるし、式神にだってあるみたいだし。私たちは私たちで、楽しくやってこ!夕陽ちゃん!」
二人の励ましに、少し元気が出てくる。血行が良くなってきたのが、体がポカポカしてきた。気付かないうちに、かなり緊張していたらしい。私は二人に向かって、自分なりに微笑んだ。
「ありがとう、二人とも。元気出たよ」
「あ、夕陽ちゃん、今笑った?」
「え、どこがですか?にこりともしてなかったじゃないですか」
二人がそんなことを言い合っていると、美麗さんが周りにお花を漂わせながらこちらに近づいてきた。満足そうな彼女に対して、ショウゼツさんはかなりげっそりしている。猛アタックを受けるのも楽じゃないらしい。
「そろそろ帰るわあ。じゃあね、二人とも。光君のこと、頼んだわよお。それにしてもあなた、小さいのに偉いわねえ。何歳なのお?セーラー服、可愛いわあ」
「ちょ、近づかないでください!わ、抱き着かないで!!」
美麗さんが甘楽君にほおずりしているのをレイちゃんが止めに入っている。私は瀬名高君とバンシキさんの方を見ると、二人はすっかり仲直りしたようで、楽しそうに会話をしていた。バンシキさんが私に気付いて、ずっと立ち上がる。一方瀬名高君は、まだ複雑そうな顔を歪め、立ち上がろうとはしなかった。
「・・・・・・椿。迷惑をかけて、すまなかった・・・・・・私の弱さのせいで、あなたを巻き込んでしまった」
「・・・・・・主を引き合いに出されたら、仕方ないですよ。私は気にしてないです」
バンシキさんは表情をふと緩め、優しく微笑んだ。今まで背負い込んできたものが解消されて、すごく晴れやかな顔だ。私はというと、もやもやが消えたわけではない。彼だけが、私に声をかけている廃絶のボスの正体を知っている。一体誰なのだろうか。もういっそのこと、永遠さんだと判明してしまった方がまだ楽かもしれない。
「・・・・・・ありがとう」
「じゃ、僕たちもいい加減帰りますよ。瀬名高さん」
甘楽君が、美麗さんをほぼ引きずりながら扉の方に向かっていく。シモムさんとカミムさんは、明らかにシンセンさんと距離を置いて後を付いていっていた。瀬名高君は下を向いていた顔を、弾かれたようなバッと上げた。甘楽君は年齢に似つかない大人びた顔で、呆れたように眉根を寄せていた。
「何があったのか知りませんが、夕陽さんとも仲直りしてくださいね。同じ地域に住んでいる主同士連携が取れないと、意味ないですから」
「あ、ああ・・・・・・」
「じゃあ、僕はこれで。ほら、行きますよ。大人なんだからちゃんと自分の足で歩いてください」
「分かったわよお。じゃあ、またねえ。呼ばれたらすぐ来るからねえ」
去り際、シンセンさんは私たちの方を見てふっと笑った。誰を見ていたのかは分からなかったけど、タンギンは絶えず彼を睨み続けていた。
こうして、本殿にはいつもの三人と式神が残された。はあ、とどでかいため息をついて、レイちゃんがへなへなと床に膝をつく。ショウゼツさんもしゃがんで、へらっと笑った。
「いやあ、疲れたっすねえ。それにしても、丸く収まって良かったっすよ」
「ショウゼツとタンギンがいなかったのは、バンシキさんをここに連れてくるためだったの?」
「そうっす、神仙さんに急に呼び出し食らって、盤渉さんを連れてこい、って言われて・・・・・・もう俺、ちびるとこだったっすよ。何事かって。断金さんも絶対事情知ってるのに何も教えてくれないし、生きた心地しなかったすよー」
「・・・・・悪かったよ。べらべら喋るようなことでもねえしさ」
「もー、俺にくらい秘密教えてくれてもいいじゃないっすかー!一人だけ隠し事されてるって、仲間外れ感あって寂しいっすー!」
ショウゼツさんの言葉に、空気が固まった。私はつい、瀬名高君を見たくなくて、下を向いてしまう。ショウゼツさんは小さく、「え」と漏らして、レイちゃんが「ショウゼツ・・・・・・」と言っているのが聞こえた。
私は意を決して、瀬名高君の方に向かった。床を踏みしめる音が嫌にデカく聞こえる。私は、瀬名高君を仲間外れにしたかったわけじゃない。それを伝えるだけだ。傍にしゃがみこんで、下を向いたままの彼に話しかける。
「せ、瀬名高君、ごめんね。私の親のこと、ずっと黙ってて」
「・・・・・・」
何も返してくれない。目が髪で隠れていて、顔も見えない。不安が押し寄せてきて、動機が激しくなって、私はついふらついた。手で床を抑え、体制を整える。
「あ、あのね。瀬名高君に秘密にしようとしてたんじゃなくて、私は・・・・・・」
つい、気持ちが先走って、彼の腕に手が伸びてしまう。その時、がしっと手首を掴まれた。瀬名高君が、私の手を掴んでいた。こちらに、もうこれ以上来ないでほしいと言うように。
上げられた彼の顔は、見ていて胸が痛くなるくらい切なく笑っていた。泣いちゃいそうな彼は笑ったまま、私の手を押し返した。でも、手は放してくれない。
「・・・・・・いいんだ。椿君の気持ちくらい、僕にも分かる。でも、なぜだか、すごくショックで・・・・・・君に隠し事されたことが、どうしてか、受け入れられないんだ・・・・・・なぜだろうね」
離してほしいのに、そこまで強く握られてないのに、ふりほどけなかった。彼はそのまますっと立ち上がると、私の手を離し、下を向いたまま出口へ向かった。バンシキさんが私と彼を交互に見つつも、彼についていく。彼はそのまま、何を言うでもなく、音を立てずに扉を閉めた。
涙は出てこない。かといって、動けもしない。まだじんじんする腕の感触が、すごく痛い。私はレイちゃんに肩を叩かれるまで、その場から動けなかった。
「普段明るい分、光さんの本心を読むのは難しいっすね・・・・・・」
「だよねー。瀬名高って、いい意味でも悪い意味でも八方美人だからさ、ほんとは何考えてんのか分かりづらいんだよね」
レイちゃんとショウゼツさんが真剣な顔で議論している。碁色神社の鳥居の前まで見送ろうとしてくれている彼らは、心なしかちょっとにやついていた。タンギンは何も言わず、私の後ろにいてくれている。
もうすっかり日が暮れていて、辺りは真っ暗だ。秋が近づいてきた分、太陽が落ちるのが早いように感じる。風もちょっと冷たくて、もう長袖を着ようかな、と呆然とした頭で思う。
「でもさ、どうでもいい人が自分に秘密にしてることがあっても、なんとも思わないよねえ?」
「そうっすよねえ、やっぱ夕陽さんだから、彼はあんなにダメージを受けてるんすよねえ」
「そういうことだよ、夕陽ちゃん!瀬名高の気持ちが落ち着いたら、向こうから話しかけてくるって!ね!」
レイちゃんがポン、と肩を叩いてくれる。私は首をとにかく縦に振った。今の私には、それしかできなかった。口を開くと、うわべばかりの言葉が自然と出てくる。
「うん。送ってくれてありがとう。じゃあ、また明日ね」
「うん!・・・・・・夕陽ちゃん、絶対明日、来てね!私、待ってるよ!」
一転して真剣な顔になったレイちゃんの言葉に、心が温かくなる。私はちゃんと自分の意思で頷いて、二人に手を振った。二人とも、姿が見えなくなるまで、見送り続けてくれていた。
街灯がぼやっとアスファルトを照らしている中、信号機の赤色と車のライトが眩しい。私は黙って横断歩道の前に立った。タンギンからは、特に何も話してこない。私から何か言いたいわけでもなかったけど、きっと彼も、今の私に話しかけていいのか探っているのだろう。
「・・・・・・おい」
「・・・・・・なに?今日、お疲れ様」
「そんな上っ面の労いの言葉なんて求めてねえよ。それより、廃絶のボスについて話し合いてえのに、なんで底なし元気馬鹿と喧嘩してんだよ。さっさといつもみてえに騒いでろや」
「私が・・・・・・両親がいないことを、ずっと瀬名高君にだけ黙っていたからだと思う。気付かないうちに、仲間外れにしちゃってたんだ」
彼に説明するたび、今の状況が整理できてくる。たとえるなら、レイちゃんも瀬名高君もバンシキさんたちも知っている秘密を、私だけ知らずに過ごしているようなものだ。自分が瀬名高君の立場だったら面白くないだろうし、悲しいと思う。自分にされて嫌なことは人にはしない、なんて、もういい年なんだから知っていたはずなのに。身をもって、体験してきたはずなのに。
歩みが遅いと思ったのか、タンギンは実体化すると私の腕を引っ張って横断歩道を渡っていった。周りが暗いので、かっこいいと人が集まってくることもないだろう。こう見ると、タンギンと瀬名高君はほぼ同じ身長だと気づく。人気の少ない歩道に出た所で、タンギンは私の手をぱっと離した。銀の瞳が浮いたように光っている。
「人間ってもんはめんどくせえな。なんでいちいち隠し事一つでそんなに騒ぎ立てんだよ。今回みてえに命に関わることでもねえのによ」
「・・・・・・私も、分かんないよ。私が逆の立場だったら、嫌だっていうのは分かるけど」
「大体よお、お前はなんであいつにだけ隠してたんだ?ハート女には言ってたらしいじゃねえか」
「それは・・・・・・彼の、顔が曇る所を、見たくなかったから」
タンギンがぴたっと足を止める。私は地面を見つつも、心から溢れてきた言葉をそのまま口にした。
「いつも笑顔で、私を助けれくれた彼が、私のせいで悲しそうにするのを見たくなかった。それに、瀬名高君はご両親と仲が良いし、両親のいない私の前で楽しそうにしてたことに、罪悪感を感じちゃってたらどうしようって・・・・・・」
はああ、とどでかいため息が聞こえる。顔を上げると、タンギンが呆れ顔をして、私の鞄に手を突っ込んできた。何事かと思っていると、彼は家の鍵を引っ張り出し、先にすたすたと歩いて行ってしまった。鍵に着いた飴玉のキーホルダーが、車のライトを反射してキラッと光る。
「ま、待ってよ」
「あのなあ。今起きたことを嘆いていてもどうにもならねえ。ましてや、起きてねえことを心配するなんたあ、馬鹿にも程があるぞ。明日、あいつに、今喋ったことを伝えてみりゃあいいじゃねえか。別にお前も悪気があって離してなかったわけじゃねえんだしよ」
タンギンの言葉に、ハッとする。彼は顔こそよく見えなかったけど、私を元気づけようとしてくれていることに、嬉しさが込み上げてくる。
「うん。ありがとう、タンギン。今月中には、カタをつけるね」
「今月じゃなくて、今週中な。学園祭もあるんだし、ボスについて話し合ってる時間が無くなっちまう。ったく、世話の焼ける主だよ」
一瞬、彼の横顔が見える。彼は眉を下げ、優しく、どこか切ない表情をしていた。その理由は分からなかったけど、私はとにかく家に帰るべく、すっかり重くなった足を進めた。




