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24.交流会前

修学旅行も終わり、まだ浮かれた気分がみんなに残っている中、この学校では、さらに浮かれそうな行事が残っている。

それは、交流会だ。この学校の校訓は「皆が繋がり笑いあう」というもので、学年関係なく交流できる機会として設けられているらしい。年度により変わるらしいけど今年は秋の開催だそうで、修学旅行から帰ってきた次の週に控えているイベントに、みんなドキドキしているようだった。

「そろそろ中間試験も迫ってるからな、修学旅行もあったし、これから学園祭もあるけど、みんなしっかり勉強しろよー。点数があまりにも低い奴は学園祭の出し物に参加させないからなー」

「はあ!?台心の鬼!意地悪!!」

「先生としての熱意は!?生徒が楽しめるようにするんじゃないの!?」

「楽しみたいんだったら勉強も頑張ればいいだけの話だ。はい、ホームルーム終わりー。6限目に挨拶しに集まるから、黒板にうちのクラスが交流する学年とクラスが書いてある紙張り出しておく。気になる奴は見とけー」

台心先生は気にならない人はいないだろうと思われる一言を放ち、黒板に群がるみんなを見て微笑んでいた。不意に私と目が合うと、ちょいちょいと手招きをされる。また呼び出しかと警戒しつつも、私は教室の前まで行った。すれ違いざまレイちゃんと目が合い、ウインクしてくれる。

「俺、碁色から嫌われてる気がするんだけど、気のせいかな」

「わ、分からないですけど、平気じゃないでしょうか・・・・・・それで、どうかしましたか?」

先生は私を見下ろすと気まずそうに目線を外し、手で顎を触った。修学旅行中も何か悩んでいるようだったし、甘楽君関係で何かあったのだろうか。先生は廊下に出て窓の近くまで行くと、私をまっすぐ見つめた。真剣な顔に、嫌な予感が体を走る。また二人でいて噂されたら面倒くさいから、手短に話してほしい。

「椿、今お前の健康状態は大丈夫か?特に、精神面」

「は、はい。大丈夫です。元気ってことですか?」

「まあ、そんな感じなんだけど・・・・・・」

先生はちょっと逡巡すると、覚悟を決めたように口を開いた。彼から放たれた言葉は、予想以上に重いものだった。


「先日、お前の祖父様から電話があった。お母様と連絡が付いたそうで、お前に会いたいと伝言があったそうだ。お前の気持ちに整理がつくなら、一度祖父様に連絡してみてくれ」


私は彼の言葉を聞いたその時から、時間がゆっくり流れていくような錯覚を覚えた。いつまで経っても時が進まない。手も耳を塞げないし、足も動かない。目も先生を見たまま、瞬きができているのかも怪しい。私は真っすぐ私を見てくる台心先生に、何か話さないとと思って口を開くけど、喉が掠れて言葉が出ない。空気が変なところに入り、つい咳き込んでしまった。

「おい、大丈夫か。丁度修学旅行中に連絡があって、そんな時に言うのもなんだと思ったから今伝えたんだけど、引き伸ばしてても仕方ないから・・・・・・落ち着けるか?」

先生が私の背中を擦ろうと手を伸ばして、ピタッと止まったのが分かる。モテる彼だからこそ、女子生徒にむやみに触るのは良くないと判断したのだろう。ただでさえ私に過保護にしすぎだと言われているのに、これではまた何かと目くじらを立たされてしまう。

でも今はそんなことどうでもよかった。今までいないも同然だと思っていた母親が急に現れ、会いたいと言われて動揺しない方がおかしい。私は一周回って冷静になり、もう何度目かも分からない、心配そうな顔の先生を見た。思えば彼には心配させてばかりだ。

「大丈夫です・・・・・・すみません、迷惑かけてしまって。こんな厄介な生徒ですみません。先生には手をかけさせてばかりですね」

すると、先生にぐっと肩を掴まれる。自然と下がっていた顔を上げると、台心先生は眉を寄せ、怒っているのか悲しんでいるのか分からない顔をして私を見つめていた。彼の初めて見る顔に、何も言えなくなる。

「そんなこと言うな。迷惑なんかじゃない。俺のことは考えなくていい・・・・・・何か、俺も役に立てたら・・・・・・」

泣いてしまうんじゃないかと心配になるくらい、先生は辛そうな顔をしていた。どうして先生が悲しむのだろう。顔の変わらない私の代わりに泣いてくれているのだろうか、と第三者の目線から冷たく見てしまう。そのくらい、私にとってこの事実は現実だと受け入れられないのだろう。

「台心、また問題になっちゃうよ。ほら、鈴木先生」

レイちゃんが私たちの傍に来て、鈴木先生のジャージを引っ張ってくる。鈴木先生はレイちゃんと私たちを見て何事かときょろきょろしていたけど、台心先生を見て、はあ、とため息を吐いた。私も台心先生から目を外して周りを見ると、教室のドアや窓からあらゆる生徒が私たちを興味深そうに見ていた。女子からの目線が鋭くて痛いけど、先生の様子に、ただ私と先生がまたくっついてるだけじゃないことを察したらしく、神妙な顔をしていた。瀬名高君も真剣な顔でこちらに来てくれて、私を覗き込んでくる。彼の顔をみると安心して糸が切れてしまいそうになるので、じっとは見なかった。

「椿君、大丈夫かい?顔が真っ青だよ。何かあったのかい?」

「夕陽ちゃん、私は顔色は分からないけど・・・・・・また台心に変なこと言われた?」

「ちょ、碁色。その言い方は誤解しか生まないから勘弁してくれ」

「透夜。何があったか説明してくれないか」

「え、台心って鈴木先生に透夜って呼ばれてんの!?面白!!」

レイちゃんの通る声にみんなからどっと笑いが起こり、みんなの興味はそっちに行ったようだった。台心先生は私に鈴木先生に話していいか目配せしてくるので頷く。別に隠すことでもないし、このままだと台心先生にあらぬ疑いがかけられそうだ。先生も先生で、私を生徒指導室にでも呼び出してから話せばよかったのに、こんなみんなに見られる場所で話すから誤解を招くのだと、先生の判断力をちょっと恨めしく思う。

「・・・・・・椿、辛かったら今日は無理しない方がいいぞ。平気か?」

鈴木先生がかがんで私と目線を合わせて話してくれる。顔に同情と憐みが浮かんでいるけど、嫌な気分にはならなかった。目の皺や顔のシミ、鼻をつく加齢臭に、お父さんがいたら鈴木先生みたいな感じだったのだろうかとセンチメンタルになってしまう。

「大丈夫です。心配かけさせてしまって、それに、フォローしてくださって、ありがとうございます」

「いやいや、今のは完全に透夜がよくないな。こんなみんなの前で話すことでもないだろうに」

「だって、個人で呼び出したらそれこそ噂になるじゃないですか・・・・・・俺が一回やらかしたの、知ってるでしょ」

「ああ・・・・・・じゃあ、もう困ったら俺を呼べ!イケメンって大変だな!!」

鈴木先生が台心先生の背中を思いっきり叩き、先生が吹っ飛ぶ。それに見物していたみんなが笑って、それぞれ授業の準備をしようと教室に引っ込んでいった。私は心の中で鈴木先生と彼を連れてきたレイちゃんに感謝しつつも、これからどういう気持ちで授業を受けたらいいのだろうと思った。正直信じられない半分、信じたくない半分で、平常心でいられる自信がない。でもここで授業をサボりでもしたらまた台心先生に迷惑をかけるし、家に帰っても一人寂しいだけ・・・・・・と思ったところで、ふと自分の相棒がいることに気付く。

そうだ、私にはタンギンがいる。家に帰って、久しぶりに二人でゆっくりするのもいいかもしれない、と思ったところで、レイちゃんと瀬名高君がちょいちょい、と空き教室から手招きしているのが見えた。後ろでショウゼツさんとバンシキさんも真似して腕を動かしていて、つい笑ってしまいそうになる。

私は先生たちと別れ、教室に入ると、瀬名高君がぴしゃりと引き戸を閉めた。するとタンギンもすっと私の中から出てきて、実体化したと思ったら、私の肩を掴んできた。彼は心配顔のみんなに対して真顔だったけど、内心私のことを考えてくれていることが伝わってくる。

「お前、大丈夫か?」

「・・・・・・うん。平気だよ」

「平気そうな顔してねえから聞いてんだよ。いいか、お前には俺がついてるってこと、忘れんなよ」

彼の強気な言葉に、つい恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。レイちゃんとショウゼツさんがひゅーと頬を赤くしていたので、タンギンが彼らを睨む。それでも、彼は私の肩を持ったままだった。

「・・・・・・何があったのか、聞いてもいいのかい?椿君」

「うん。瀬名高君にはまだ言ってないことなんだけど・・・・・・今日の放課後、みんなで集まって話してもいい?」

親がいない、と一言言うだけでいいのに、朝からみんなの気分を重くしたくなくて、何より、私自身がその一言を口にしたくなくて、そう提案した。二人は心配そうな顔から一転、ぱっと笑って頷いてくれた。

「もちろん!私は全然いいよ!お父さんには電話しておく!」

「僕も、何が何でも時間を取ろう。家の手伝いを頼まれようが、テストの補修があろうが、風紀委員の仕事があろうが、全て投げ出して君の元へ行こう!!」

「あんた、声でかいわ。うるさい」

「まあまあ、元気なのはいいことじゃないっすか!ね、盤渉さん!」

「・・・・・・それが、光のいい所」

みんなのいつも通りの様子に、私は内心ほっとしていた。今まで除怨や普段の生活で一緒にいたからこそ信頼できる。暗くて嫌なことも、みんなのおかげで少し和らいで、私は教室を出ていくみんなの後を付いていった。ふと、バンシキさんが近づいてきて、私の背中に触れる。すると、知らないうちに冷たくなっていた手足がじんわりと温かくなっていった。こたつに入ったみたいに血行が良くなっていく。

「・・・・・・私は、癒す力があるから。椿のことは、いつでも癒す」

「・・・・・・ありがとうございます。心配かけて、ごめんな・・・・・・」

言いかけた所で、タンギンがぐっと私の口を塞いでくる。彼は不満そうに口を尖らせると、さっと姿を消してしまった。

「いちいち謝んじゃねえよ。お前はもう少し図々しくなれや」

バンシキさんも微笑んでこくりと頷いている。私は窓を見上げ、外から入ってくる冷たい風と、気持ちに似合わず青々とした雲交じりの空を見た。空だけは晴れていてくれて良かった、と私はチャイムが鳴り始めた教室に駆け足で入った。





お母さんのことは、正直あまり覚えていない。大多数の人がそうだと思うけど、幼い頃の記憶は欠けているし、写真も残っていないので、私が覚えていることは限られている。その中でも印象に残っているのは、まだ私の体がお母さんの膝の上に乗れるくらいの時、今髪に付けている青いヘアピンをくれたことだ。交わした言葉は覚えていないけど、情景は鮮明に思い出せる。

お母さんは茶色い髪の毛を耳にかけ、私の手を包み込むようにしてピンを渡してくれた。私がそれを受け取ると嬉しそうに笑い、頭を一撫でしてくれて、左のこめかみに付けてくれた。お母さんはヘアアレンジは得意ではなかったので、私もお母さんも長い髪をそのままにしていたけど、顔にかかりがちだった私の髪はピンのおかげで幾分か明るく見えた。その時お父さんが家に帰ってきて、私に似合っている、と誉めてくれた、気がする。

楽しい思い出は脚色されてしまうので、本当はこんなに家族で笑い合っていたかは分からないけど、間違いなくこれはお母さんからもらったものだ。これを見て、叔母さんたちが顔をしかめていたのを覚えている。夜逃げしたお母さんの面影を思い出すもの付けていたからだろう。

お母さんがいなくなった日のことは思い出せそうだけど思い出せない。そもそも、いつ頃いなくなってしまったのだろうか。何ならお父さんの命日も覚えていないので、きっと、悲しい記憶に自分で蓋をしているのだろう。今まで無意識に避けていた家族の話に、心がちくちくする。

「では、ここの問題を、椿さん」


先生に名前を呼ばれ、我に返る。まずい、全く話を聞いていなかった。必死に教科書をめくり、先生が示す問題を探す。焦りすぎて、英語が他の言語に見えてくる。すると、ひゅっと何かが飛んできた。方向的に、レイちゃんだ。見ると、ぐっと指を立ててくれている。心でお礼を言いつつ、飛んできた紙を開けると、『A』と書いてあった。

「椿さん?」

「はい。えっと、Aです」

「・・・・・・ん?この英文を訳してください、ってことなんだけど・・・・・・」

先生が訝し気な顔をする。確かに黒板をよく見ると、チョークで文章が書いてあった。隣でレイちゃんがぶんぶんと頭を下げている。ちょっと面白い。

すると、前からぶん、と紙が飛んできた。見ると塩味君が後ろを向いて、ぐっと指を立ててくれている。ぺこりと頭を下げつつ紙を開くと、『This is naturally that he used to speak english』と書かれていた。咄嗟にそれを読み上げる。

「・・・・・・つ、椿さん。翻訳。それ、問題」

先生の声に、みんなからどっと笑いが起こる。塩味君はやってしまったという顔をしていて、正直吹き出してしまう所だった。タンギンが横で「出した助けが間違ってんじゃねえか。馬鹿しかいねえ」と呆れていた。

「えっと。彼が英語を話すのに慣れるのは当然です」

「ハイ正解。椿さんは大喜利は100点だけど、ちゃんと授業は聞くようにねー」

また笑いが起こる。このクラスの子はよく笑う子が多い。言ってしまえばゲラだけど、雰囲気も明るいので、居心地はとても良かった。しかも、こうして助け舟を出そうとしてくれる友達もいるなんて、恵まれているなあと心が軽くなる。

1時限目が終わった瞬間に、レイちゃんと塩味君がこちらに飛んできて謝ってきた。あまりのことに、思わず笑ってしまう。

「夕陽ちゃんごめん!!私真面目に聞いてたのに別のとこ見てた!!」

「俺もごめん。ちょっと寝てたかも」

「しおみん、1時限目から寝てるの・・・・・・?」

「だって朝練きつかったんだもん。なあ、森林」

塩味君が私の4つ前に座っている森林君に話を振る。話しているのは塩味君だから無視はしないだろうし、こちらを向いているので何かしらリアクションはしているのだろうけど、彼はマスクをしているので何も返ってこない。しかも彼のマスクの下にはとんでもない爆弾が潜んでいることを私は知っている。何となくあれから彼とは話してないけど、修学旅行が終わった後、家でタンギンがこれ以上ないほど真剣な顔で「あいつとはもう関わるな。舌に穴なんか開けて、普通じゃねえ」と釘を刺されたので、このままでいいかなと思う。

「二人とも、ありがとう。助けてくれて嬉しかったよ。元気出た」

「ほんとー?それなら良かったけど、私役に立ちたかったなー。結局答え間違ってたし」

「ま、俺は分かってたけどな。英語得意だし」

「そんなこと言って、しおみんだって解答ちがったじゃーん」

二人の掛け合いに、おかしさが込み上げてきて、私は久しぶりに声を出して笑った。二人がきょとんとしているので、ハッとして手で口を抑える。他人から見ると真顔で笑った声を出している不気味な人になってしまうので、いつもはこうして笑っていそうなポーズを取るけど、今は不意な可笑しさにすっかり忘れていた。まずい、二人に気持ち悪いと思われただろうか。

すると、レイちゃんが目をキラキラと輝かせながら手を握ってきた。塩味君もこちらを見て嬉しそうにしている。

「もしかして夕陽ちゃん、今笑った!?爆笑してたよね!?瀬名高が言ってたことって、こういうことなんだね!」

「椿さんいつもクールだから、笑った声初めて聞いたかも。レアだ、ラッキー」

「・・・・・・二人とも、私が気持ち悪くないの?」

「なんで?超可愛いよ。夕陽ちゃんの全てが可愛い」

「碁色、椿さんの限界オタクじゃん。ちなみに、俺も全然気持ち悪いと思わないよ。逆にどこが?」

二人の反応に、家族のことで暗かった気持ちが一気に晴れる。縮こまっていた肺が膨れ、息が自然と入ってくる。私はつい二人の手の甲に触って、口を開いた。

「ありがとう、二人とも。こんなにいい友達を持てて、私、幸せだよ」

レイちゃんがにこっと笑って飛びついてくる。彼女のふんわりとした髪が耳に当たってくすぐったい。塩味君が照れたように首に手を当てて目線逸らしていた。

「ふふー、私も夕陽ちゃんに会えて幸せ!!」

「直球で言われると照れるな・・・・・・」



それから時間はあっという間に過ぎていって、気が付くと6限目だった。その間何があったのかは特に思い出せないけど、決して辛くはなかった気がする。レイちゃんが私の手を取って体育館に入ると、もうそこには2年生と3年生がそれぞれのクラスで分かれて整列していた。この人達が、私たちのクラスが交流するクラスなのだろう。台心先生の姿に、学年問わず女子の歓声が上がる。

私たちも整列すると、2年生の列から男の人が出てきた。台心先生に負けず、男女から声援が飛んできて、その人は笑って応えている。背は中くらいで顔が整っていて、好青年という言葉がぴったりだ。といっても、私の周りには背が高くてイケメンがたくさんいるので、最近私の目が肥えてきているだけかもしれない。

その人は先生からマイクを受け取ると、スイッチを入れて喋り始めた。驚くほどいい声だ。

「えー、みなさん、お集まりいただき、ありがとうございます。特に3年生の方々は受験期間中だと思われますので、挨拶は短く済ませたいと思います。僕は学年交流会で、このCグループの責任者の、渡部呼鳥と申します。変わった名前なので覚えやすいと思います、ことりと呼んでください。生徒会の会計をしているので、知っている方もいらっしゃるんじゃないでしょうか」

「道理で見たことあると思ったら、あの人、いつも全校集会の時に壇上にいる人だね」

レイちゃんがこっそり耳打ちしてくる声も、2年生のクラスからの声援でかき消されてしまう。どうやら彼は人気者のようだ。本人はしー、と口に指を当てて静止している。クラスの子たちも、かっこいい、と少し騒がしくなっていた。

「失礼しました。この交流会は、学年問わず生徒が交流し合い、お互いが仲を深めていくという目的があります。今年入ってきた1年生もいるので、ぜひ上級生は積極的に話しかけに行ってあげてください。この会がなければ出会わなかった縁が生まれることを祈って、挨拶としたいと思います。皆さん、よろしくお願いします!」

呼鳥先輩の挨拶に、体育館中に拍手が響く。私も、普段は変に目立ちたくないので派手にぱちぱちと音が立たないように拍手するけど、ついちゃんと音が出るように拍手してしまった。彼の話は声がいいからかすっと頭に入ってきやすいので、とても爽やかで心地いいスピーチだった。聞き取りやすさはもちろん、終止浮かべている人の良さそうな彼の笑顔もポイントだろう。彼の立派なスピーチに先生も満足げだ。唯一台心先生だけうっすらとあくびを嚙み殺しているのが見えて、流石だなと思う。

「これ、確か何班かに分かれてローテーションで話してくんだよね。ってことは、呼鳥先輩とも話せるチャンスが来るってことじゃん!やったね、夕陽ちゃん!」

「え?う、うん・・・・・」

レイちゃんがウキウキで話しかけてくると、それぞれのクラスの先生がバインダーを見ながら名前を読み上げていく。どうやらクラスごとの班はランダムで分けられたらしい。なんと、私はレイちゃんとも瀬名高君とも班が違かった。一番最後に呼ばれた私は、阿部君、利田さん、ほのかちゃんと一緒だった。なんともバラバラだ。ちらりと横を見るとレイちゃんと瀬名高君は一緒の班らしく、楽しそうに話し合っている。私はめんどくさそうにぼけっとしている台心先生を睨んだ。二人がいないだけでこんなに心細いのだと、中学に経験してきた余り物の孤独が蘇ってくる。でも幸いこの3人とは全く話したことがないわけじゃないので、ちょっと安心する。

「夕陽ちゃん、よろしくね!今回が先生と絡みがなさそうで残念だね」

「あんた、もう隠してかないスタイルとってくんやね?堂々と本人に言って、尊敬するわ」

「はは・・・・・・一班4人なのは、どのクラスも変わらないみたいだね」

クラスごとで班に分かれたので、今は同じくランダムに分けられた先輩たちと手当たり次第お互いに挨拶をする時間みたいだ。阿部君が辺りを見回していると、傍で監視するように腕を組んでいた呼鳥先輩が手を振ってこちらに寄ってきた。ほのかちゃんと利田さんがきゃー、とくっつく。私も所在なかったので、そそくさと二人の隣に行った。

「よお、阿部。そっか、お前もC組か。なんか知り合いが一緒だと安心するな!」

いい声で喋る彼は、近くで見ると爽やかイケメンという感じだった。肌が焼けていると思ったら、彼も阿部君と同じサッカー部なようだった。阿部君と並ぶと兄弟のように見える。

「呼鳥先輩はやっぱりリーダーなんすね。チームでもキャプテンだし、成績も優秀だし、欠点がなくて怖いっすよ」

「いや、俺もやるつもりはなかったんだけど、クラスのみんなから推薦されちゃって。みんなの期待を裏切るわけにもいかないし、やってみようと思ってさ」

そういう先輩の後ろから、彼と同じ班であろう先輩たちがぞろぞろとやってくる。一年経つとこんなに大人っぽくなるのだろうかと思うくらい、先輩たちは落ち着いていて優しかった。サラサラの髪をたなびかせた女の先輩が手を差し出してくれる。確かこの人も、いつも集会の時に壇上に立っているので、生徒会の人だ。

「こんにちは。私は2―Cの、沢城紗和です。よろしくね」

「こ、こんにちは・・・・・・利田愛海です・・・・・・」

「こんにちは、後藤ほのかです。よろしゅう」

「あら、関西弁なのね。出身が関西なの?」

「うちは鬱岐の太田ってとこ出身なんですわ」

「え、そうなの!?うちのおじいちゃんも太田出身だよ!?」

「へえ、利田さんも?そういや修学旅行の時にいやにすたすた慣れた風に歩いてると思ったわ。じゃあもしかしたら会ってたかもね?」

思わぬ一致に利田さんとほのかちゃんが盛り上がっていると、沢城先輩が私の方を向いた。大人っぽい彼女にドキッとすると、彼女は見透かしたようにニコッと笑った。風に乗ってふんわりといい香りがする。

「あなたもこの子たちの班の子よね。お名前は?」

「つ、椿夕陽です。よろしくお願いします」

「夕陽ちゃんか。あれ、もしかして台心先生がお気に入りしてる子って、あなたかな」

興味を持ったようににこっと笑う沢城先輩に、私は反射的にぶんぶんと頭を振って否定した。あらぬ噂が学年を超えて広まっていることに、驚きと疲弊が襲ってくる。

「そうです!」

「なんであんたが返事すんねん」

今だというように勢いよく顔を突き出す利田さんを、ほのかちゃんが窘めている。沢城先輩はふふっと笑うと、私を品定めするように頭からつま先まで見た。見られることは慣れているつもりだったけど、レイちゃんたちと一緒にいると彼女たちが私をガードしてくれているのか、このなんとも言えない嫌な視線は久しぶりだった。

「なるほど。夕陽ちゃん、可愛いもんね。クールなお姉さんって感じ。年下とは思えないわ」

「ほら、沢城。そんなに後輩を見てると、後輩が緊張しちゃうぞ」

阿部君とこちらに来た呼鳥先輩は、ポンと沢城先輩の肩に手を乗せた。二人が並ぶと美男美女でとてもお似合いだ。何かを閃いたのか、利田さんがバッとノートを取り出して、ほのかちゃんに小突かれている。沢城先輩は照れたように笑うと、私に軽く頭を下げた。

「ごめんね、ちょっと気になっちゃって。台心先生がモテるのは去年と変わらないけど、先生から生徒に行くのなんて聞いたことないから」

「ミーハーだなあ、沢城は。阿部にはもう挨拶したのか?俺の大事な後輩なんだから、よろしくやってくれよ」

「はーい」

生徒会同士仲が良いなあと思っていると、他の2年生の人も挨拶してくれた。みんな特に会話もなくただ挨拶するだけだったけど、知らない人と会うと色んなことを考えてしまって疲れてきた。特に少し年が近めの年上の人は今まで接してこなかったので、先輩という単語を口にする度に違和感がある。

ふと前を見ると、呼鳥先輩が私の前に立っていた。レイちゃんがここにいたら先輩と話せて嬉しいと喜ぶだろうなとぼんやり思う。

「初めまして。さっきは沢城がすまないね。僕は渡部呼鳥です、って、さっき挨拶したから知ってるか」

笑って手を差し出してくれる先輩は、今こうして話しただけでいい人だと分かった。私は握手を返すと、横から阿部君がひょっこりと現れた。彼に懐いているのか、いつもクラスで見る阿部君よりも無邪気に見えた。日焼けした頬がほんのりピンクに染まっている。

「渡部先輩、生徒会の会計もやってるし、サッカー部のリーダーもやってるし、頭もいいし声も通るしイケメンでモテるし、非の打ち所がないんだよなー。この人見てると、天は二物を与えずって言葉が嘘なんだなって実感するわー」

「はは、言い過ぎだろ。褒めてくれて嬉しいけどな」

「まじで、沢城先輩と並ぶと、ザ・生徒会って感じでかっこいいよなー!お似合いっすよ、二人!」

「やめろって、沢城にも迷惑かかるだろ。沢城、怒ると怖いぞー?」

呼鳥先輩はそう言って照れくさそうに笑うと、放課後の練習について阿部君と話し始めた。優等生、という言葉がぴったりな人だ。私が彼をじっと見ていると、周りの女の子の他に、沢城先輩がこちらを見ているのに気が付いた。私と目が合うと、彼女はにこっとして顔を逸らしたけど、彼女は私を見ていたのか、呼鳥先輩を見ていたのか分からない。

「そんなの、この優等生に決まってんだろ。お前、自意識過剰すぎ」

タンギンが後ろから囁いてくるので、黙って頷く。こんな人込みの中で誰もいない空間に向かって話しかけたらまた別の意味で目立ってしまう。私は人で溢れる体育館を見て疲れを感じつつも、両親のことを一瞬でも忘れられてよかったな、と思った。





「夕陽ちゃん羨ましすぎ!!私も呼鳥先輩と話したかったー!」

「はっはっは、彼は男の僕から見ても格好いいな!この学年交流会、椿君と同じ班になれなかったのは辛いが、段々と僕も楽しみになってきたよ!」

「というか、呼鳥先輩と沢城先輩のコンビと組んでるの、奇跡じゃない!?あの二人ほんとお似合いだよねー」

帰り道、レイちゃんと瀬名高君が下駄箱に上履きを入れながら話している。今日は二人とも家の手伝いがないようで、久しぶりに三人で帰れそうだった。式神たちも出てきて、いつものちょっと不思議な光景に少しほっとする。外に出るともう秋の風が吹いてきて、長袖が恋しくなる。

「先輩たちが教えてくれたんだけど、今先輩たちと仲良くなっておくと、文化祭で出店のご飯を奢ってもらえたり、進路の情報をもらえたりするらしいよ!でもちょっと緊張するよねー」

「そうだね。私も自分からは話しかけに行けないや」

「それもまた人の在り方なのだからいいだろう!僕みたいに自分から行く人だらけだったら、収拾がつかなくなるだけだからね!」

「底抜け元気野郎、自覚はあったのかよ」

みんなでわいわい校門へ向かっていくと、グラウンドでサッカー部が練習をしているのが見えた。阿部君と呼鳥先輩がいないかと小さい人の中から彼らの姿を探す。すると、丁度ボールがゴールの柱をすり抜け、こちらに転がってきた。幸い勢いもなかったし、花壇の柵に阻まれたのでこちらに飛んでくることはなかった。それを阿部君が追いかけてきて、私たちに気付いて手を振ってくれる。練習試合をやっていたのか、オレンジ色のギプスを付けている。10という文字が黒い文字でくっきりと書かれていた。

「あ、瀬名高たち!お前ら仲いいなあ。これから帰りか?」

「ああ!僕たちは仲がいいからね!なあ、みんな!」

「はいはい、そうね。ところで阿部君、呼鳥先輩はいないの?」

レイちゃんの態度の変わりように苦笑しつつも、阿部君はあれ?とグラウンドを振り返った。練習試合をやっていたのか、早くー、と阿部君が呼ばれている。

「あ、邪魔しちゃってごめんね。呼ばれてるから行きなよ」

「ああ、悪い。呼鳥先輩なら、生徒会の仕事片付けてくるって言ってたけど、まだ帰ってきてないのかな。そろそろだと思うんだけど、長引いてるのかな・・・・・・あ」

そう言って阿部君は瀬名高君を見てにやりと笑った。彼は頭に?を付けていたけど、私は何となく阿部君が考えていることに当たりがついていた。

「なあ、瀬名高。今一人足りない状態で試合やってんだけど、良かったら混ざってくれないか?お前の身体能力ならサッカーもできるだろ」

「ああ、いいだろう!任せてくれたまえ!」

「即決なの!?」

「即決かよ!碁色と椿さんたちはいいのか?」

私たちはこくりと頷くと、瀬名高君は喜んでグラウンドに走っていった。なんなら阿部君を置いていってしまったので、突然試合に乱入してきた人みたいになっている。レイちゃんは失笑すると、私の手を取ってグラウンドの端にあるベンチに向かった。雲が段々晴れてきて、夕陽っぽい日光がレイちゃんの顔を照らしていく。

「日が暮れてきたら瀬名高置いて帰ろ。はーあ、今日の宿題ちょっと多いよね。台心最近容赦ないわー」

瀬名高君は早速試合に混ざったようで、オレンジ色のギプスを付けている。ここから見ても、やっぱり彼は足が速い。

「もうすぐ中間試験があるからかな。私、文系かも。最近の数学ついていけないや」

「分かるー!!問題解いてても一問分かんないだけで次進めなくなるの、マジで嫌!あとサインコサインタンジェントも意味わかんないしさー」

レイちゃんがベンチの上でのけぞると、後ろにいつの間にか呼鳥先輩が立っているのに気が付いた。レイちゃんはまだ気づいてないようで、彼は私に向かっていたずら気にしー、とサインを送ってくる。こんなお茶目な一面があるだなんて、彼は本当に人当たりがいいんだなあと羨ましくなった。

「大体、あの丸に線が入ったみたいなマーク、あれ何?って感じだよね。数学って数字の学問なのに、アルファベット出てくるの、意味わかんないー」

「はは、分かる」

「!?!?こ、呼鳥先輩!?」

レイちゃんがばねのようにびょんっと飛び上がり、後ろで笑っている呼鳥先輩を、目が飛び出そうなほどびっくりしている。リアクションとしては100点だ。彼は可笑しそうに口を抑え、重そうな鞄を地面に置いた。たくさんの書類が入っていないと納得できないくらいくたくたのバッグだ。

「ごめんね、珍しく観客がいると思ったら、面白い話してたから。数学の話、すごくよく分かるよ。君、椿さんの友達かな?確か、さっき学年交流会にいた子だよね」

「は、ははははい!!ご、碁色レイって言います!こ、呼鳥先輩は、どどどうしたんですか?」

すごく緊張しているようで、レイちゃんが頬を赤らめながら呼鳥先輩を尊敬の目で見ている。後ろでうっすらと現れたショウゼツさんが、ふふ、と微笑んでいるのが見えた。呼鳥先輩は困ったように笑うと、肩を軽く揉んでいた。完璧な彼の笑顔に、ふと影ができる。

「生徒会の仕事が長引いてしまってね。もうすぐ文化祭だから、それぞれのクラスと部活の予算を決定しないといけないんだ。気持ちは分かるんだけど、どこも要望が多くてね、困ったよ」

「そうだったんですか!お疲れ様です!先輩、ほんとに文武両道でかっこいいです!」

レイちゃんの賛美に、首を撫でながら先輩は照れたように笑った。私は人のいい所を純粋に褒めるレイちゃんに対して、すごくひねくれているので、彼は才能がいくつもあり、周囲の期待に応え続けている彼は、疲れないのだろうかとふと思った。ふと先輩がこちらを見たので、私も何か言わないと、と口を開く。

「せ、先輩はすごいです。でも、その、無理はしないでください」

先輩はきょとんとすると、ははっとまた笑った。よく笑う人だ。私とは対照的かもしれない。

「ありがとう。椿さんがそんなこと言うなんて、ちょっと意外かな。さて、そろそろ行ってくるか。あれ、あの子すごいね」

先輩の言葉にレイちゃんと揃ってグラウンドに目を向けると、ゴールの近くでシュートされたであろう転がっていたボールを瀬名高君が素早く拾い上げ、喜んでいる人たちの間をかいくぐって、あっという間に反対側のゴールへと走っているところだった。キーパーの人がさあ来い、と彼を見ると、瀬名高君は前へ足を振り上げた。しかし、彼は瞬時に体を捻ると、横に控えていた阿部君にパスをした。キーパーの人も不意を突かれたのか、阿部君の方に体を飛ばす。しかし阿部君はもう一度、ゴールの反対側にいる瀬名高君を見ると、味方にパスをして、瀬名高君にボールが渡る。そして彼は勢いよく振り被ると、みんなでつないだボールをがら空きのゴールにぶち込んだ。わっと歓声が上がり、オレンジ色のギプスが彼らを囲む。レイちゃんはポカンとしていたけど、私と先輩は揃って拍手をした。彼の運動神経は、私たちの想像以上にいいのかもしれない。

「あ、呼鳥先輩来た!おーい、遅いっすよー!」

阿部君がこちらに気付き、嬉しそうに手を振ると、チームの敵味方問わずこちらに手を振っていた。これだけでも彼の人望が厚いことがよく分かる。先輩は軽く手を振り返してグラウンドに足を進めると、瀬名高君がこちらに戻ってきてギプスを脱いでいた。ワイシャツが透けているので、結構汗をかいたのだろう。いつもと違う彼に、ちょっとドキッとする。

「君も交流会にいたね。サッカー、習ってたのかい?」

「いえ!僕は習い事はしたことがありません!小さい頃は外でよく走り回ってました!」

「はは、そうか。さっきの切り替えとシュート、すごかったよ。今からでもサッカー部に入らないか?歓迎するよ」

瀬名高君はちょっと驚いた顔をすると、丁寧に頭を下げた。元気な少年から一転して紳士的になった彼に、呼鳥先輩も驚いているみたいだ。

「お誘いありがとうございます。でも、僕はやることがあるので、入部はできません・・・・・・実家がパン屋なので、その手伝いをするのが癖なんです!」

「へえ、パン屋か・・・・・・ひょっとして、あの神社の正面にあるパン屋かい?あそこを通るたびにすごくいい香りがして、すごくお腹が空くんだよ」

「そうです!良かったら今度来てください!先輩ならサービスします!」

友好的にその場を収めた瀬名高君の姿を見て、私は彼を改めて尊敬した。自分も何かをやんわりと断りたいときに使おうと、心に今のやり取りを刻み込む。

「お前は他人をすぐ真似すんだな。って、おい夕陽、あの男と連絡先でも交換しろ。お前ならできるだろ」

タンギンが後ろで囁いてくる。あの男というのは、呼鳥先輩のことだろうか。意図が分からず、前を見たまま呟く。サッカー部は第2試合目に突入したようで、みんなが移動するたびに長い影が地面に流れていく。

「・・・・・・あ、ありがとう。でも、私はやることがあるので・・・・・・」

「早速参考にすんな。てめえがやることってなんだよ。いいから、あいつを見張って置ける物を用意しとけ。今はあんだろ、スマートフォンって奴が」

タンギンの目は決して茶化してるわけでもなく真剣だった。私はスマホを持って呼鳥先輩の方に行こうとすると、ふと鋭い視線を感じ、立ち止まった。レイちゃんでも瀬名高君でもないその目は、私の背中を刺してくる。振り返って周りを見ると、タンギンが「右」とつぶやいた。

見ると、そこには大きな木があった。その陰から、誰かが覗いている。サッカー観戦してる瀬名高君とレイちゃんを置いて、こっそりと木陰に回り込む。すると、そこには予想もしてなかった人が、しゃがんで震えながら、涙目でこちらを見上げていた。

「・・・・・・沢城先輩?」





呼鳥先輩と阿部君たちに別れを告げ、私たちは神社の前で少し話をすることにした。レイちゃんがお父さんに、今日は用事があって家を手伝えない連絡をした時、行事がもうすぐあるから少しだけでも手伝ってほしい、と言われてしまったらしい。なので、どこかでのんびりするのではなく、立ち話で終わらせよう、と私が提案した。レイちゃんは申し訳なさそうにしていたけど、これからする話の内容の方がもっと申し訳ないので、私は早々に切り出した。

「あのね、レイちゃんには前にも言ったんだけど、その、私の・・・・・・」

二人のまっすぐな視線に耐え切れず、私は下に伸びる影に目を落とした。レイちゃんは私が話すであろう内容に気付いているのか、普段そわそわしがちな腕を後ろで組んでいる。空気を読んでくれたのか、式神たちは出てきていなかった。

「・・・・・・夕陽ちゃん?」

「椿君。ゆっくりでいいんだ。言いたくなかったら、言わなくてもいいんだよ」

「う、ううん。言いたくない、うん、まあ、言いたくはないんだけど。二人には、知っておいてほしいというか・・・・・・」

顔を上げると、影が落ちた二人の顔が、心配そうに私に向けられていた。今だという時に言葉が喉を通らない。ここを逃したら、いつ二人に言うのか。こんないいタイミング、中々ない。今しかないのに、口から出た言葉は違うものだった。

「・・・・・・実はね、さっき、沢城先輩が木の陰からこっちをじっと見てたんだ」

「ええ!?沢城先輩が!?なんで!?」

「全然気が付かなかったな。どうしてこちらを見ていたんだろうか。そもそも、なぜ木の陰から?」

レイちゃんは予想していた話と違ったことに不意打ちを食らったのか、心から出たであろう大きな声で眉根を寄せていた。瀬名高君は何も知らないまま、顎に手を当てて考えている。私はほっと胸をなでおろした。背中がじっとりと濡れていて、知らない間に冷や汗をかいていたことに気付く。後ろからタンギンが、「馬鹿」と零しているのが聞こえた。

「何を見てたんだろうね?呼鳥先輩と仲良さげだし、先輩がサッカー部に向かう様を見てたのかな?だったら普通に話しかければいいのに」

「もしくは、偶然あの場に出くわしてしまったのかもしれないよ。僕らが楽しそうにしているのを見て、話しかけづらかったのかもしれない。何せ僕らは圧倒的なオーラがあるからね、僕も今日の交流会で会った先輩から『もっと話が通じない人だと思ってた』と言われたよ!はっはっは!」

「それを言われて動じないあんたがすごいわ」

ふと、レイちゃんが『本当にいいの?』という視線を送ってくる。きっと、朝先生たちと騒いだこともあって、私の話の内容が大体見当がついているのだろう。私は頷くと、ちらりと瀬名高君を見て、勇気づけるようにぐっと拳を握ってくれた。私も頷いて手を握る。

「ま、それはまた明日話そ。沢城先輩がこっちに何か仕掛けてきたってなったら、こっちも出るとこ出ればいいんだし。じゃ、私はこれで!」

レイちゃんは意味深にぐっと腕まくりすると、ぶんぶんと手を振って鳥居の中へと消えていった。「一体彼女はどこに出るつもりなんだろうね」と瀬名高君がぼけっとしながら呟いている。

「さて、僕も帰ろうかな!椿君、言いたいことは言えたかい?」

瀬名高君がこちらを振り返り、私を見てくる。彼は分かっているのかいないのか、確かめるような口ぶりだ。私は言葉に詰まり、彼の顔を見る。もう見慣れた整った顔は、不思議そうにこちらを見て、安心させるようににこっと笑った。思わず目を逸らしてしまうけど、この笑顔を曇らせたくないな、と心に浮かんだ言葉に、自分ながら納得した。そうだ、私は瀬名高君から笑顔を奪いたくない。

「・・・・・・うん。言いたいこと、言えたよ。わざわざ残ってくれて、ありがとう」

「そうか!それなら良かった。椿君はたまに一人で抱え込んでしまうことがあるからね、僕で良ければいつでも頼ってくれ!その代わり、僕が苦手な勉強は椿君を頼ってしまうかもしれないがね!」

「それはもちろん、構わないよ。なんの教科でも」

こうして、私は瀬名高君と別れた。途中の交差点越しに振り返ると、まだ手を振ってくれている彼に、顔が熱くなっていくのを感じながら手を振り返す。夕日もほぼ落ち切った道で、タンギンの声が聞こえた。

「隠し事は遅らせるほど、言う方も言われた方もしんどくなるからな。さっさと言っちまえよ、めんどくせえ」

「・・・・・うん。分かってる」

玄関に着き鍵を捻ると、彼からもらった飴のキーホルダーが、所在なさげにゆらゆらと揺れていた。





次の日の放課後、私は空き教室に行くと、そこにはすでに沢城先輩が椅子に座って待っていた。空き教室といえど机と椅子と机は並んでいるので、傾いた太陽の光が入り込む中一人ぽつんといる彼女は、ちょっと浮いて見えた。引き戸を引いた途端、私をここに呼び出した張本人である沢城先輩は私に駆け寄ってきた。

「つ、椿さん!よく来てくれたわね。さ、ここに座って。あ、お菓子持ってきたんだけど食べる。それか、飲み物でも飲む?」

私は面食らって何も言えなかったけど、あれよあれよという間に彼女のお茶会の席に座らされてしまった。この学校はお菓子は禁止ではないけど、ティーカップにケーキスタンドにスコーンにと、明らかに生徒会の権限でもアウトであろう品々が並べられている。

ぱっつんに切りそろえた頬の横の髪をいじりながらにこにこよそ行きの笑顔を浮かべている先輩に、私は今日靴箱に下駄箱に入っていたノートの切れ端を彼女に見せた。そこには、『放課後 2-9にて待つ 一人で来ること』と書かれている。

「これ、沢城先輩の文字ですよね」

「そ、そうよ。どうしてわかったのかしら」

「それは、先輩の字は毎週見てますから。生徒会新聞で」

「あら、あれ読んでくれてる人いたのね。クラスの子はいつもみんな配られたら裏紙にしてるから、誰も見てないと思ってたわ」

うちの学校は律儀にも、生徒会が毎月発行している生徒会新聞がある。その月の学校行事や学校で起きたニュースが、手書きの見出しと共に掲載されているので、私は毎回楽しみにしている。でも確かに、みんな今は文字を読むのが嫌なのか、配られてもちゃんと目を通している人は少ないみたいだった。よく掃除の時間に床に落ちているのも見かける。

「先輩の文字、丸くて可愛いですから、分かります。私、新聞毎月楽しみにしてるんですよ」

すると、沢城先輩はしばらく私を見ると、目からぽろっと涙を零した。あまりのことに、私はつい立ち上がって先輩の傍に行く。先輩を泣かせた、という事実に、どばどばと嫌な汗が出てくる。

「ご、ごめんなさい。私、何かまずいこと言ってしまったでしょうか」

「うう・・・・・・私こそ、急に泣き出して、ごめんなさいね。ただ、嬉しくて」

先輩はハンカチを取り出すと、優しく目元を拭いた。少し黒くなっているので、軽くマスカラを付けているのだろう。生徒会の人もお化粧をするんだな、と変に感動してしまう。

「生徒会って、肩書は立派だけど、こういう地味な仕事の連続なの。みんなの前に出るのは一瞬だけで、他は誰も見てないし気が付かない、下手したらいらない作業まで回ってくる。私は書記だから、書き仕事は全部私の役目なのだけど、それを褒めてもらえるなんて、思ってもみなかったわ。ありがとう」

そう言って、先輩は優しく微笑んだ。お化粧なんていらないくらい綺麗で、優しい微笑みだ。私もまさか感謝されると思ってなかったので、深々と頭を下げる。感謝なんてされ慣れてなくて、どうしたらいいのか分からない。でも、知らないうちに人が喜ぶことをしていたのだと思うと、すごく嬉しかった。

「いえいえ・・・・・・責任がある役目だからこそ、その分仕事も増えますよね」

「そうなのよ。正直、生徒会ってそんなんばっかりなの。特に今は学園祭に向けて、予算組みが大変なことに・・・・・・」

その瞬間、沢城先輩は思い出したようにバッと顔を上げて、急に立ち上がった。今まで優しく持っていたハンカチをほっぽり投げて、私の肩を掴んでくる。彼女の豹変っぷりに、一瞬たじろぐ。彼女の顔は真剣そのものだけど、ちょっと怖い。タンギンが後ろに付いていると分かっていなければ、逃げ出していたかもしれない。

「あのね。今日ここにあなたを呼んだのは、そのことについてなの」

「そ、そのこと、とは、なんでしょうか」

「あなたの力が必要なの」

目に光がともってない先輩の目力に、私は自然と後ろに下がる。先輩とは同じくらいの身長のはずなのに、彼女が覗き込んでくる圧に耐えられない。

「椿夕陽ちゃん。その力で、呼鳥を助けてくれないかしら。あなたならできるでしょう?」

「たのもーーー!!!夕陽ちゃん、いる!?」

「たのもーーーー!!!椿君元気かい!?」

肩に食い込む先輩の指に涙が浮かんでくるのと、聞きなれた二人の人物の声が教室に響き渡るのとが同時だった。





「・・・・・・ふう、落ち着いたわ、ごめんなさい、後輩に情けない姿を見せてしまって」

「いえいえ、取り乱すことは誰にでもあるでしょう!」

「・・・・・・あの時、夕陽ちゃんが沢城先輩に食われるんじゃないかってくらい怖い顔してましたけど」

ヒートアップした沢城先輩を二人がなだめてくれて、今は彼女は紅茶を飲んで落ち着いている。どうやら先輩とのやり取りで雲行きが怪しかったのを察してくれたタンギンが、気を利かせて瀬名高君とレイちゃんを呼びに行ってくれたらしい。結果助かったのだからよかったけど、つくづくこの学校の人はキャラが濃いなあと思う。ありさちゃんの件といい、マクモさんの件といい、呼び出しにはもう一人で行かない方がいいかもしれない。

「なるほど、椿君が生徒会新聞を読んでくれていたのが、沢城先輩の心に刺さったのだと!」

「でも、なんでそれで夕陽ちゃんに掴み掛かってたわけなんですか?」

流しているけど内心何事かとドッキドキだった私は二人に感謝しつつ、先輩を見た。すっかり憑き物が落ちたような彼女は、いじらしくティーカップの縁を指でなぞっている。

「・・・・・・椿さんのことは、最初から転校生として知っていたわ。それと、イケメンで有名の台心先生が気にかけていることも」

「後半はないとして、この学校はどうしてそんなに転校生が有名になるんですか?入った時から思ってましたけど・・・・・」

私の質問に、レイちゃんが答えてくれる。レイちゃんは沢城先輩を危険人物だと判断しているのか、怪訝そうな顔をしていた。彼女がいるだけでこんなに安心できるなんて、お母さんがいたらこんな感じなのかな、とふと思う。

「うちって、小学校が近くにあるでしょ。ここら辺に住んでる子って、中学校はばらけるんだけど、なんか知らないけどこの高校に集まりがちなんだよね。だから顔見知りが多い分、新しく来た人には敏感なの。純粋に珍しいんだ」

「なるほど。そういえば最初、校長先生も言ってたような、言ってなかったような・・・・・・」

レイちゃんがケーキスタンドに乗っている可愛らしいマカロンをもっしゃもっしゃと食べている中、瀬名高君は手帳を開いて現状を整理しているようだった。彼も知らない人から見たら生徒会の一員に見えそうだ。

「ふむ。それで?沢城先輩は、どうしてその椿君に相談ごとを持ち掛けようと思ったのですか?」

「えっと、この学校ってたまに不思議なことが起こるのよね。全員が一斉に寝ちゃっていて、みんな記憶がないんだけど、その違和感も忘れちゃう、みたいな。最初は私も特に気にしていなかったのだけど、最近は生徒会の一員として、メモを取るようにしていたの。どんな時にその現象が発生して、周囲はどういう状況だったのか、誰がいたのか、とか。そうしていくうちに、毎回その場に椿さんがいることに気付いたの」

私はぎくりとして、主仲間の二人を見る。二人は思いっきり口笛を吹いたり、思いっきり目を泳がせていたり、隠すそぶりも見せていなかった。じっとしていられなかったのか、式神たちも外に出てきて話し合っている。タンギンが沢城先輩にガンを飛ばしていて、ショウゼツさんが止めていた。

「なんだこいつ、別に夕陽が来る前から底なし元気野郎や除怨してたんだから、こいつがいる時なんて限定できねえだろ。言いがかりつけやがって、この情緒不安定女」

「まあまあ、彼女がメモを取り始めた時期が、夕陽さんが除怨に参加し始めた時期と被ってただけかもしれないじゃないっすか。ね、盤渉さん!」

「・・・・・・そうだな」

そんな言い争いに気付かず、沢城先輩は続けた。忙しなく手を握ったり、手首を触ったり、もうすっかり最初の可憐な印象は砕け散っている。

「それに、呼鳥が椿さんのことを認知してるのよ。確かに話題には上りがちな生徒だけど、彼が特定の女の子を気にするなんて、今までなかったの。どうして、私が近くにいるのに・・・・・・」

後半につれて小さくなっていく彼女の声に、沢城先輩は呼鳥先輩のことが好きなのだと確信した。なるほど、だからこうして呼び出しを食らったわけだ。ここに来てから、台心先生と言い、イケメンに気にかけてもらえる機会が多かったけど、私は瀬名高君とレイちゃん、タンギンたちという仲間が傍にいてくれるだけでいいので、正直もう人の恋愛模様に巻き込まれるのは勘弁だった。瀬名高君もイケメンの部類に入ると思うんだけど、彼にこういうことがないのは、おそらく彼の行動が原因なんだろうな、と思う。

「ふむ。沢城先輩は、呼鳥先輩のことがむぐっ!?」

瀬名高君の発言を、レイちゃんが羽交い絞めにして止める。流石の判断だなあと思いつつ、座った瀬名高君の口と立ったレイちゃん手の高さが一致していて、なんだかしっくりきた。

「な、なるほど!!じゃあ、呼鳥先輩が話題にあげがちな夕陽ちゃんに、なんかしらを相談しようと思ったんですね!?その内容って、教えていただけたりします!?」

すると、先輩は落ち込んだ様子で、下を向いた。先ほどの危なっかしい雰囲気とは一転、元のおしとやかな先輩に戻っている。

「・・・・・・それで、椿さんに相談なんだけど・・・・・・呼鳥を、安心して眠らせてあげて欲しいのよ」

先輩の言葉に、みんなの行動が止まる。式神たちですら彼女を見たままの空間で、先輩は私を見て、困ったように笑った。






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