表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

20.神社へと

修学旅行二日目の朝、私はあまりよく眠れないまま、レイちゃんのどでかい携帯のアラームで目を覚ました。流石にみんなも長旅で疲れたのか、夜はトランプやら漫画やらを広げていたけど、しばらくして部屋は寝息が聞こえていた。タンギンたちがくすくす笑っていたので何かと思えば、隣で寝ていたレイちゃんがいびきまでかいていて、私まで途中笑いがこみあげてきてしまった。

まだ疲れの残る体を起こし、手元を見る。ぼんやりと灰色の布団と、血色の悪い自分の手が映って、なんだか生きている感じがしなかった。そんなことを考えていると、トントン、と肩を叩かれる。見ると、レイちゃんがまだ寝っ転がったまま、私を見上げていた。まだ彼女も半分しか目が明いていない。

「おはよ、夕陽ちゃん。まだ6時だよね?」

「おはよう。もう7時だよ」

「んーーーー。嘘だーーー、まだ眠いもん。世界の時間は私が決める。今はまだ5時」

少し掠れた声でとんでもないことを言って、レイちゃんはごろんと反対方向に寝返りを打つと、また静かに背中を上下させていた。熊田さんたちの方を見ると、まだ二人も起きる様子がない。二人はノートやら漫画を広げつつ、幸せそうに手にペンを持ったまま寝ていた。紙には私っぽい女の子が笑顔で台心先生っぽい人の背中を追いかけていて、笑えている自分に謎に感動する。絵の中の私は笑えているのに。

「随分と間抜けな顔してやがんなあ。平和ボケしやがって」

「タンギン・・・・・・おはよう」

「俺もいるっすよ。朝強いんすねえ、夕陽さん」

上から式神二人の声が聞こえて顔を上げる。二人は全くいつもと同じ様子で、空中に浮いたまま私を見下ろしていた。強いて言えば、タンギンが私と同じく少し眠そうだ。少し意識が覚醒してきて、周りに目が行く。部屋はまだ朝日が差し込んでいない分暗く、彼らの学生服が際立って眩しく見えた。整った二人の顔を目の当たりにすると、女子部屋に男子がいることに違和感を覚える。

「タンギン、ちょっと眠そうだね」

「そりゃそうだろ、てめえと俺はほぼ一心同体なんだからよ。てめえが調子悪けりゃ俺も悪いさ」

「へえ、断金さんってそんなこと言うんすねえ。昔は主の様子がどうであろうが構わずにあちこち除怨に連れまわしてたくせに」

「余計なこと言うんじゃねえよ・・・・・・チッ、てめえとずっと一緒にいると気が滅入るわ。盤渉の所でも行ってろよ」

「自分が盤渉さんの所に行くとは言わないんすね。夕陽さんと離れたくないってことじゃないっすかー。素直になってくださいよ、ほれほれ」

ショウゼツさんがにひひと悪い笑みを浮かべながらタンギンの脇を突っつく。切れ長の目を細め口角を上げ、完全に面白がっている顔だ。タンギンはわなわなと震えると、耐えかねたように腕を振り回して距離を取り、大きな白いジャケットを翻した。口角泡を飛ばしてこちらを睨みつけている。

「うっせえなあ!!もういい、俺はあいつのとこに行く!てめえといると神経逆撫でされて仕方ねえわ!!じゃあな!!」

そう言うと、彼はすうっと襖をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。何となくだけど、彼があまり遠くに行っていないことが感覚で分かる。ショウゼツさんも分かっているのか、苦笑いをしてこちらに降り立つと、実体化して私とレイちゃんの布団の間にあぐらをかいた。布団が急にぐっと引っ張られ、少しびっくりする。

「朝から元気っすねえ。ああ言ってるっすけど、断金さんは本当に夕陽さんを大切に思ってるんすよ。俺、嬉しくなっちゃって。式神同士が仲が良くっても、主までそうとは限らないっすから。夕陽さんとレイさん、それに光さんは、ほんとに稀っす。いい主たちに恵まれて、俺は幸せっすよ」

ショウゼツさんが釣り目がちな目を垂らして優しく微笑み、布団に放り出されたままの私の手を取った。彼の手の冷たさに、ハッと意識が覚醒する。私は黙って頷くと、自分の手がすっぽりと収まってしまうくらい大きな彼の手をじっと見つめた。

こうして式神たちに会うと、主も含めて、個性豊かな人達ばかりだ。まだ会っていない式神もいるけど、今一番気になっているのは、一度だけ姿を見たことのあるシンセンさんの主だ。彼はタンギンより強いらしいけど、あの掴みどころのない式神を引き連れているのは、一体どういう人なのだろう。

「ほら、夕陽さん、起きて。そろそろ準備しないと朝食に間に合わないっすよ」

ショウゼツさんがポンと手の甲を叩いてくれて、ハッとして時計を見る。なんともう7時を過ぎていた。朝食は7時半だから、急いで朝の支度を済ませて部屋を出ないとまずい。

「ほ、本当だ。レイちゃん、熊田さん、利田さん、起きて。もうご飯に行かないと」

「うーん、夕陽ちゃん。もう私着れないから。そんなスカートばっかり持ってこないでよー」

「ね、寝ぼけてないで!」

カーテンを開けて少しでも部屋を明るくする。空を見ると、灰色と白の雲が広がっていた。晴れたまま鬱岐を回りたかったけど、雨が降っていないだけラッキーだな、と思った。





「いやー、集合時間ギリギリ間に合ったね!良かった良かった!」

「ほのかちゃんにすんごい睨まれたけど・・・・・・」

「でもまだ眠いねー。でもでも、バスで寝ればいいし!せっかくの鬱岐なんだから、楽しまないとね!」

珈木県から鬱岐県に移動するため、私たちはホテルをチェックアウトして、また学年でぞろぞろ自分たちのバスへと移動する。同じ班の3人がニコニコしながらキャリーケースを引いて歩いている。朝の寝起きの悪さが嘘のようだ。朝食はバイキングだったのでテンションが上がったのか、みんな目を輝かせてパンやらハムやらをほいほい皿に移していた。私はあまり寝てないので食欲がなかったけど、確かに焼き立てのパンや選び放題のフルーツ、湯気の立つコーンスープや炊き立てのお米まであって、どんどんと食欲が湧いてきた。

バイキング会場では班が違うみんなにも会えた。瀬名高君は意外と眠そうにしていて元気がなく、ほぼ寝ている状態の森林君と共に、塩味君と阿部君が二人を引きずっていた。クラスで大まかに会場が分かれていたけど、ありさちゃんが疲労困憊の様子の台心先生に朝から猛アタックしていて、美依ちゃんが氷より冷たい視線を送っていた。

みんなでキャリーケースをバスの中腹部に入れ、座席へと乗り込む。運転手さんに挨拶しながら階段に足をかけた時、タンギンが耳元で囁いてきた。

「神仙の気配がする。奴らに会うかもしれねえことだけ、覚悟しとけ」

私は一瞬体を固めてしまったが、みんなに怪しまれないようにすぐに手すりに掴まって歩みを進めた。バス特有の、慣れないプラスチックの匂いがする。私は席に座ると、ぼんやりする脳を必死に動かした。

確かシンセンさんとその主は、鬱岐に住んでいるらしい。そこで、西日本の除怨をほぼ一人で統括しているらしいのだ。各地に行って除怨しているのだったら毎日飛び回っていなければならなくなるので、美麗さんみたいに社会人で、色んな所に頻繁に仕事に出かけているのかもしれない。でも、タンギンが言うには、式神の力が強ければ強いほど、主と離れても力を使えるらしいので、鬱岐にいても九州地方の除怨も出来たりするのかもしれない。

「夕陽ちゃん、私たちが回るとこ覚えてる?」

隣の席に乗り込んできたレイちゃんが、綺麗に内巻きになった髪が口にかからないよう、手で押さえつつ、私の顔を覗き込んでくる。おそらくシンセンさんが近くにいることはショウゼツさんからも聞いているだろう。でも特に焦った様子もなく、楽しそうにリュックに手を突っ込んで何かを探している。

「え、えっと。伏見稲荷だっけ。あと、清水寺かな」

「そうそう!!流石ー。いっぱいお土産買おうっと」

「レイちゃん、ショウゼツさんから、シンセンさんのこと聞いた?」

彼女は一瞬ポカンとすると、けろっとした顔で言った。手にはさっきご飯を食べたばかりだというのに、じゃがりこの蓋を開けようとしている。

「え、なんかすごい強い人なんでしょ?会えるなら会ってみたいよね」

「き、緊張しないの?」

「なんで?全然?」

キョトンとした彼女に、なんだか私は笑いが込み上げてきて、手で顔を覆った。力が強い人に会うかもしれない、また記憶を勝手に消されてしまうかもしれないと、自分で圧をかけていたけど、思えばそんなに構えることもない。彼女を見ていると、勝手に気張っている自分が阿保らしく思えてきた。レイちゃんが慌てたようにふためいているのが座席の振動で分かる。

「え、なんで!?どうしたの夕陽ちゃん!」

「ふふ、なんか、レイちゃんと一緒ならなんでも大丈夫な気がしてきた。気が楽になったよ、ありがとう」

「えええ?まあ、何かあったらうちのショウゼツと力を合わせて夕陽ちゃんを守るけど・・・・・・別に、緊張はしないよー。それに私にとっては、修学旅行の思い出を作ることの方が大切だし!」

レイちゃんはそう言ってカラカラと笑う。少し考えすぎてしまっていたかもしれない。彼女のようにおおらかに構えておいた方が、確かに今を楽しめる。改めてレイちゃんと友達になれて良かったなあと思っていると、彼女が得意顔で、びしっとこちらを指さしてきた。

「夕陽ちゃんは真面目なんだよなー。では、そんな夕陽ちゃんに問題です!今日は班行動ではなく、自由行動の日です!私たちと一緒に回るのは、一体誰でしょーか!」

てっきり今日同じ部屋だったみんなと回るものだと思っていた私は、びっくりして言葉に詰まってしまった。つくづく予定決めの時にぼんやりしていたらしい。私は見当がつかず、言葉にならない声を発していると、後ろの座席に乗り込んできた人が、背もたれの上に乗りかかってきた。

「正解は、僕だよ!今日はよろしく頼むよ、椿君!」

その声に、弾かれたように顔を上げる。瀬名高君がいたずら成功!とでもいいたげに口角を上げながら、ひらひらと手を振っていた。





「ふう、着いた着いた!!いやー、鬱岐っぽい香りがするねー!なんだろ、お香の匂いかな?あ、簪可愛い!!ねえ夕陽ちゃん、見に行こ!」

「ま、まだ列に並ばないとだよ。先生がみんないるか数えてるから」

「はっはっは、碁色君、極めて優美な雰囲気に心が躍ってしまう気持ちも分かる。だがしかし、今は待つ時だ!これから名所を巡るのだから、日本人らしく、おしとやかの気持ちを忘れずに!」

そう言う瀬名高君はというと、鬱岐駅内をきょろきょろと忙しなく視線を移し、食べ物には美味しそうな視線を、工芸品には賛美の視線を送っていて、正直あまり説得力がない。私はこういう行事に期待を持つことを忘れてしまっていたけど、今からこの二人と一緒にいられると思うと、自然と私もそわそわしてしまう。

「じゃあ、18時には必ずこの鬱岐駅前に集合するように。グループで動くのはいいが、決められた名所以外には行くなよー。各名所に先生たちがいるから、移動したら頑張って探し出して、適当に話しかけるなりしてコンタクトを取ってくれー」

「台心の持ち場はどこなのー?」

「言わないー。じゃあ、各自解散―」

先生の一声で、クラスのみんなは一斉に仲が良い子たちで集まって、乗換案内を見たり、あてずっぽうに駆けだしたりしている。私はレイちゃんの傍に行くと、既に瀬名高君と一緒に私を待ってくれていた。横にはショウゼツさんとバンシキさんもいる。タンギンも二人の存在につられるように、すっと私の横に姿を現した。そう言えば、この旅行中ずっとタンギンは静かだ。もしかしたら、旅を楽しんでいる私に水を差さないように遠慮しているのかもしれない。

「夕陽ちゃん、早くー!って、なんかこのメンバーが集まると、安心するね!色んな意味で!」

「はっはっは、確かに僕たちが集まれば、いかなることがあった時にでも解決できる!それに、仲間とも気兼ねなく話すことができるしね」

そう言って瀬名高君は綺麗にウインクをしながらバンシキさんの方を見た。彼は何も言わなかったけど、心なしか嬉しそうにこくりと静かに返事を返している。

「みなさんを邪魔しないように、俺たちはできるだけ端っこにいるようにするっすよ!俺らの恰好は修学旅行生には見えないでしょうし」

「ショウゼツたちも学生服だし、見られてもコスプレですって言えばいいし、いいんじゃない?みんなで回れたら最高でしょ?」

レイちゃんはショウゼツさんとぐっと指を立てて笑っていた。私も自分の式神に視線を移すと、彼から返ってきたのはあっかんべーだった。彼らしいな、と一瞬笑いそうになってしまう。

「さて、ついに僕たちは念願の未踏の地へと向かうわけだ。事前に行き方は調べているし、何駅で降りたらいいのかも分かる。しかし・・・・・・」

瀬名高君は黙って、すごく真剣な顔で乗換案内のアプリを凝視していた。よく見ると、レイちゃんも全く同じ顔をしている。

「伏見稲荷って、どこ・・・・・・?」

「ふむ、これはどこを触ればいいのかな?どうやら僕たちは目的地に行くまでに最大の試練を乗り越えないといけないようだね」

「何事かと思ったら、そんなことっすか・・・・・・」

私の気持ちを代弁するかのごとく、ショウゼツさんがため息交じりでレイちゃんの背中越しに呆れている。バンシキさんもこくりと首を傾げていて、使い方が分からないようだ。後ろでタンギンがショウゼツさんの言葉に「えっ」と小さく漏らしていたのを、私は聞き逃さなかった。

「おお、椿君!君は、このアプリの使い方が分かるかね?最寄り駅は事前に調べていたんだが、乗車時間が分からなくてね」

「夕陽ちゃん、助けてー」

「・・・・・・えっと。じゃあ、着いてきて」

「神――――!!流石、都会出身!」




そんなこんなで、私たちは一番最初の目的地である、伏見稲荷大社へと向かった。途中、瀬名高君が駅内のお土産屋さんに夢中になったり、レイちゃんがショーウインドウに飾られている着物に夢中になったり、色々タイムロスはしたけど、無事に想定時間内に最寄り駅に辿り着いた。駅の壁にも、伏見稲荷の一番有名な千本鳥居と、可愛くデフォルメされた狐が描かれている。改札を抜けると、お稲荷さんを売っている売店があったり、近くを通る人が着物を着ていたりして、一気に鬱岐に来たって感じがする。レイちゃんがICカードを改札にタッチして、手をそのままぐーっと上に持ち上げて伸びをしている。瀬名高君はまだどこも名所に行ってないのにもう買ってしまったお土産をぶら下げていた。

「すごーい、着いたー!夕陽ちゃん、案内ありがとう!!」

「ううん、私は行き先を決める時に多分何もしてなかったから、役に立てたなら嬉しいよ」

「確かにあの時の椿君は心配になるくらい魂が抜けていたね!だがしかし安心してくれ!僕が君のいつもの笑顔を取り戻してあげるよ!さあ、行こう!!」

「・・・・・・よくそんな恥ずかしいことを堂々と言えるわね、あんた」

瀬名高君の声優ばりの声に、周りの人達が何事かと振り向く。雨宿町ではもうおなじみになっていたけど、彼の言動はかなりオーバーなので、新しい土地では結構人目が集まる。私はちょっと恥ずかしくなりつつも、差し出された手を取った。レイちゃんが横でため息を吐いている。

「もう、仕方ないわね。ここからは私が案内してあげる!行こう!!」



こうして私たちは、伏見稲荷大社の入り口まで歩いた。もう秋だと実感するような涼しい風が頬を撫でていく。あいにくの曇天だったけど、こうして見上げてみると、白い空に真っ赤な建物が映えていた。レイちゃんが横でパシャパシャ写真を撮っている。

「すごいねー。あ、両脇に狐の像がある。これって、守り神なんだっけ?巻き物持ってて、可愛いねー」

「彼らは稲荷大神様の眷属っすよー。稲穂咥えてたり、魂咥えてたり、可愛いっすよねー」

「え、魂!?」

レイちゃんがショウゼツさんの解説に驚く。他の人から見たら何もない空間に向かって突っ込んでる人になってしまうので、私は素早く彼がいる方向に先回りした。レイちゃんがあ、という風に口に手を当てる。

「いいんじゃねえか?元から面白人間なんだから、普通に俺らと話したって」

「はあ?あんたと話してるわけじゃないわよ!!というか面白人間ってどういうことよ!」

タンギンのちょっかいに、レイちゃんが思いっきり乗っかっていて、瀬名高君が笑っている。なんか幸せだなあと思っていると、いつもより楽しそうに周囲を見回すショウゼツさんが近くにいたので、ちょっと聞いてみた。

「ショウゼツさん、詳しいですね。稲荷大神様って、漢字ではどう書くんですか?」

「ん?別に、詳しくはないっすよ。稲荷は稲穂の稲に、荷物の荷で、大神は大きいに神様って書くっす!あ、こうすると、だいしん、とも読めるっすね!夕陽さんたちの先生と同じ名前じゃないっすか!」

彼の指摘に、なるほどと思う。横でタンギンが面白くなさそうに舌打ちをしていた。どうやら彼は先生のことがあまり好きじゃないらしい。

「チッ、神と同じなんて、おこがましいにもほどがあるぜ。大体、あいつは・・・・・」

「見てくれ、みんな!本殿だ、お参りしよう!タンギン、見てくれ、ほら!」

「・・・・・だーもう、底なし元気野郎はいつでもうっせえなあ。分かったよ、今行くよ」

お父さんのような彼を見つつ、私はふと疑問に思う。タンギンたちは式神同士で集まる時に神社で会議を開くと言っていたけど、碁色神社も稲荷神社だ。彼らと稲荷様は何か関係があるのだろうか。もう一度ショウゼツさんに聞こうとする前に、お参りの順番になってしまい、私たちはお賽銭箱の前に立った。お財布に五円玉があったので、それを投げ入れる。

ここで、永遠さんの教えを思い出す。こうしてお参りする時は、お願い事をするんじゃなくて、神様に挨拶をするといいのだと。二礼二拍手を終えた後、手を合わせる。

こんにちは、椿夕陽です。雨宿町からやってきました。稲荷様はお元気ですか・・・・・・。

しかし、どうしてもこのタイミングで思い出してしまった永遠さんのことが頭から離れなくて、私はもう一度目をぐっと瞑り直して、静かに祈った。

・・・・・・永遠さんと、もう一度楽しくおしゃべりができますように。


「・・・・・・おい、いつまで祈ってんだ。後ろ待ってるぞ」

タンギンの声にハッとして横を見ると、もうレイちゃんと瀬名高君はいなかった。少し離れた所で、式神たちとおしゃべりしている。もしかして、気を遣ってくれたのだろうか。私は急いで本殿の階段を下りて横に逸れると、急に周囲がざわついたのを感じた。もしかして変なことをしてしまっただろうかと振り返ると、周りの人が全員こちらを見ている。私も横を見ると、タンギンが実体化して私の制服の裾を引っ張っていた。みんなのざわめきの原因は、間違いなく彼だ。特に女の人たちが顔を赤らめている。私は視線を気にすることなく堂々と前を突っ切っているタンギンに話しかけた。

「ね、ねえタンギン。みんなに見られちゃってるよ。いいの?声かけてくれたのはありがたいけど・・・・・・」

「うるせえ。お前、こうでもしないと動かなかっただろ。ほれ」

そう言ってレイちゃんたちの元に私をほぼ投げるように引っ張ると、タンギンはすっと姿を消した。レイちゃんが唖然とした顔をしている。

「ちょっと、何かと思えば・・・・・・確かにみんなで楽しめるとは言ったけど、そうだった、あんたイケメンなんだったわ・・・・・・」

「断金さん、拗ねちゃったんすよ。自分の主がお祈りに夢中だから」

「なんだその言い方、喧嘩売ってんのか?」

「売ってないっすよー!なんか最近、断金さんがやけに好戦的っすー!レイさん、助けてー!」

「まあ、みんなで楽しめるなら、それでいいさ!さあ、本殿へのお参りも終わったし、おみくじを引きに行こう!」

瀬名高君の後ろに続いて並ぶと、レイちゃんがぼそっと、「まあ、ショウゼツもかっこいいよね・・・・・・」と零していた。私があまりにも彼女を見すぎていたのだろう、レイちゃんが顔を真っ赤にしてぶんぶん首を振っている。

「も、もしかして、今の、聞いてた!?」

「う、うん。多分、私にしか聞こえてないと思うけど・・・・・・」

「・・・・・・そっか」

レイちゃんはおみくじに並んでる、瀬名高君の近くで言い合いをしている(バンシキさんは穏やかに見守っている)式神たちを見た。いつもほんのり赤い頬を、さらに桃色にしている。

「・・・・・・あのさ、ショッピングモールに行って、マクモって奴に襲撃を受けた時あるでしょ?」

「うん。確か、あの時に初めてレイちゃんたちが除怨に成功したんだよね。ショウゼツさんがレイちゃんを守るために、ガラスをバッキバキにしてて・・・・・・」

「夕陽ちゃん、表現に容赦がないね。まあ、その時に、私がマクモって奴に鎌で殺されそうになった時、目の前で守ってくれて・・・・・・それ以来、ショウゼツがかっこよく見えるっているか・・・・・・」

レイちゃんはそこで言葉をとぎらせて、前で楽しそうにバンシキさんと肩を組んでいる式神を見た。私は恋なんてしたことないけど、彼女が抱いている感情の名前は、何となく分かるような気がした。

「うん。目の前で守ってくれると、かっこいいよね。最初は、タンギンのあのジャケットが視界の端にずっといて邪魔だったけど、何回もあれで、私から廃絶を遠ざけようとしてくれたんだ」

「じゃ、邪魔なのは、まあ確かに・・・・・・結構でかいもんね。でも思えば、夕陽ちゃんがうちでそのジャケットを羽織ってたから、目に見えない何かがいるって気づけたのもあるけどね」

とうとう私たちの番が来た。お金を払って、意外と重い六角形の入れ物を振る。出てきた棒の先には22と書かれていて、建物の中にいる人に紙をもらう。隣で楽しそうに紙を裏返したままのレイちゃんと目が合い、ふふっと笑いあった。

「今の会話、秘密ね。私と夕陽ちゃんだけの秘密」

「うん。誰にも言わない」

「おーい、二人とも、結果を一斉に見てみよう!」

瀬名高君の元に行って、せーのでみんな紙の中身を見る。私の紙に書かれていたのは、「末大吉」だった。レイちゃんが隣で絶叫している。

「えーーー!私、大凶なんだけど!!!!うそお!」

「はっはっは!僕は大吉だったよ!いやあ、幸先がいいね!椿君はどうだった?」

「わ、私は、末大吉・・・・・・え、レイちゃん、大凶?」

わなわなと震えショックを受けている彼女の手元を見ると、確かに大凶だった。ぱっとしか見えなかったけど、明らかに書いてある文字の中に「悪」の文字が多いことだけは分かる。

「なんでよー、せっかく鬱岐まで来たってのに、また大凶!?ついてなさすぎ!」

「また、って、レイちゃん、もう今年おみくじ引いたの?」

「初詣の時にね。その時も大凶だったのー!えー、今日なんか悪いことでもあるのかなー」

「まあまあ、レイさん。ほら見てくださいっす、これが悪い、とかの後ろに、こうしてみろ、ってアドバイスも書いてるっすよ!励まされてるっす!」

「えええ、ならせめて凶にしてほしい・・・・・・大凶って・・・・・・」

目を潤ませたレイちゃんを励ますように、ショウゼツさんが飛んできて彼女を覗き込んでいる。瀬名高君はバンシキさんと一緒に中身を見てふんふんと頷いていた。なんだか兄弟みたいで可愛くて、つい写真を撮ってしまう。

「盤渉は映んねえよ。てめえ、それ盗撮だぞ」

「う、映んないから見逃して。そうだ、私は何が書かれてるんだろう・・・・・・」

おみくじを読むと、大体はいいことが書かれていた。縁談や商売などはあまり身近ではないけど、病気の欄が良しとなっていて、ほっとする。小さくたたんでリュックにしまうと、人がたくさん並んでいる、千本鳥居の方に目が行った。周りが木で覆われている中、堂々とそびえたつ朱色が、その荘厳さをさらに助長している。

「お前、意外とみくじで喜ばねえんだな。てっきりあのハート女と同じように一喜一憂するもんだと思ってたけど」

「私?うーん、そうだね。初詣には永遠さんと行ってたけど、大体いいくじを引いても悪いことばかり起こってたから、信じなくなっちゃったのかも。私は、今年に全部溜まっていた吉が舞い込んできた感じかな。だから、いいの」

そう言ってタンギンを見ると、彼は特に興味もなさそうにこちらを一瞥して、「そうかよ」と短く返した。そしてなんとまた実体化すると、私のリュックから勝手におみくじを引き抜き、勝手に悪い結果が書いてあるおみくじが結ばれている縄に括りつけてしまった。周りの女性たちが一瞬で鳥居と同じ顔色になる。

「ちょっと、タンギン。何するの」

「信じねえんだろ?じゃあいいじゃねえか。ほら、行くぞ。つうか、本当にここ登んのか?」

タンギンが顔をしかめて、鳥居が連なる先を見上げる。レイちゃんたちもこちらに来て、ふふん、と自信気に意気込んでいた。もうおみくじのショックからは立ち直ったらしい。

「そうよ!千本鳥居には本当に千本の鳥居があるのか、数えてみたいの!かなり距離があるらしいけど、まだ18時まで時間もあるし、頂上もめっちゃ綺麗らしいし、行ってみようよ!」

「階段を上っていくので、結構な運動量だそうだ。碁色君は大丈夫だとして、椿君は平気かい?辛かったら、途中の休憩場所が何か所かあるらしいから、そこで休みつつ行こう!」

瀬名高君が私を覗き込むようにして心配してくれる。彼も当然、永遠さんが怪しい存在かもしれなくて、私が落ち込んでいることを知っているだろう。でも決してそのことには触れず、あくまでいつも通りに接してくれる。普段は明るくてちょっと変わっているけど、彼の気遣いが感じられて、私は笑顔でそれに答えた。今はちょっと運動して、すっきりしたい気持ちだ。

「うん、大丈夫だよ。私も本当に千本あるのか気になるし。行ってみよう」

「よし!君ならそう言ってくれると思っていた!それでは、神秘の鳥居のその頂へ、さあ行こう!!」

瀬名高君が意気揚々と拳を振り上げる。レイちゃんはノリノリで一緒に腕を上げているけど、私たちを何かの演者だと思ったのか、カメラを回している外国人の観光客が見えて、私も控えめに手を挙げた。式神たちは苦笑いしつつも、私たちを守るようにそれぞれの主の傍に控えていた。





「・・・・・・いや、遠い!!!」

レイちゃんが汗をだらだらと流しながら足を引きずっている。瀬名高君は運動神経が良く、日ごろ家業を手伝っていて体力があるのか、平気な顔で階段を上っている。私も息を切らしながら、何とかみんなに付いていった。最初はレイちゃんと1、2と鳥居を数えていったけど、100本を超したあたりから息が続かなくなり、1000は優にあるだろうとカウントを止め、登ることに集中していった。というか、思ったより距離があって、集中せざるを得なくなった。

何か所目かの休憩所でソフトクリーム屋さんがあったので、そこで一旦息を整えることにした。瀬名高君がお店に並んで注文してくれている間、私たちは背負っていたリュックを降ろし、先に席を確保する。外に面しているベンチに座ったので、鬱岐の街並みが一望できる。ここでも十分高いのに、ショウゼツさんが絶望的な一言を発した。

「まだまだ頂上には遠いっすよ!ここは大体7分の一くらいじゃないっすかね!」

「・・・・・・ショウゼツ、静かに」

「ひっ!ごめんなさいっす!!」

レイちゃんが鬼の形相でぐったりとしていると、器用に3人分のソフトクリームを持った瀬名高君がニコニコ顔でこちらに来た。彼は私の隣に座って、それぞれ色が違うアイスを差し出す。秋が始まりかけた今、登る前は風が吹くと肌寒いと感じることもあったけど、運動した今ではアイスを丁度食べたい体温にまでなった。

「さあ、これで糖分を補給しよう!左から、バニラ、きなこ、そしてふたつのミックスだ!さあ、どれがいい?」

「じゃあ私は、きなこで!」

「はっはっは、予想通りだ!はい、椿君は?」

「瀬名高君から選んでいいよ。せっかく買ってきてくれたし」

「いや、僕は残ったものでいいよ。君が好きなものを選びたまえ!」

断固としてレディーファーストを譲らない彼に、私は気になっていたミックスを手に取った。彼にお礼を言ってアイスを受け取る。一口舐めると、今までの運動が全て報われたと思うくらいの程よい甘さが口に広がって、ついアイスをじっと見つめてしまう。心なしかきめ細やかな表面が輝いて見えた。

「美味しい・・・・・・」

「夕陽ちゃん、ミックスにしたんだね!ねえねえ、一口ちょうだい!はい、きなこあげるから」

レイちゃんがコーンを差し出してくれるので、お互いアイスを相手に差し出して、それぞれ一口食べる。私のアイスにもきなこはあるけど、彼女のはもっと味が濃いような気がして、これはこれですごく美味しかった。

「うん、美味しい!!きなこめっちゃ美味しいもん、バニラもいいね!!」

「うん。なんか、鬱岐に来たって感じだね。ザ・日本みたいな」

「あはは、分かる!」

「いいっすねー、JKっぽいっすー。レイさん、良かったら俺写真撮りましょうか?俺なら断金さんよりそんなに目立たないだろうし!」

「ほんと!?嬉しいありがとう!さっすがショウゼツ、気が利くー!」

レイちゃんがショウゼツさんにスマホを手渡すと、彼は木陰に隠れて実体化し、それを受け取った。度々思うけど、ショウゼツさんはガタイがいいので、実体化すると一気に空気の面積が減る感覚がする。タンギンはスマホを見て「なんだこの四角い機械は。こんなんで何ができんだよ」とおじいちゃんみたいなことを言っていたけど、ショウゼツさんは前のおばあちゃん主さんに教わったのか、私より手馴れた手つきで写真を撮っていた。友達とアイスを交換するだなんて初めての経験なのに、写真まで撮ってもらって、自然と気分が舞い上がってしまう。

「はい、チーズ!いいっすねー、目線はこっちのままでお願いするっす!」

こっちに手を振って笑う彼を見て、私は確かにショウゼツさんもイケメンだな、と思う。深緑の短い髪に深い赤色の瞳という印象的な見た目はもちろん、少し吊り上がっている目や高い鼻、大きい口も綺麗に配置されている。タンギンとバンシキさんはどちらかというと美人だけど、ショウゼツさんはイケメンって感じだ。彼はタンギンたちと違って、短ランにボンタンといった昭和の不良っぽい学生服の着方をしているので、何だか彼も修学旅行生に見えてきて、ちょっと嬉しくなった。

すると、ショウゼツさんの後ろで、女の子たちが集まっているのが見えた。彼女たちはショウゼツさんの肩を叩き、スマホを手に顔を赤らめて彼を見上げている。会話の内容は聞こえなかったけど、好意を持っていそうなことだけは分かる。隣でレイちゃんが、「これ持ってて」と私にソフトクリームを押し付け、立ち上がった。顔はよく見えなかったけど、いつもの倍くらい声が低い。

「ほう、ショウゼツが実体化しているところは初めて見たが、彼は体格がいいね!僕もああなりたいが、中々筋肉がつかなくてね」

レイちゃんの思いをそっちのけで笑っている瀬名高君を、タンギンがお気楽な奴だなあ、という目で睨んでいる。私も、全く変わらなく見えるであろう私の表情は察してくれるのに、こういうことは察せられない彼に、ちょっと意外だなとは思う。でもプールで私たちの水着姿に顔を真っ赤にしていた彼を思い出すと、あまり女性慣れしてないように思えた。なぜか、少し顔がにやけてしまう。

ふと、手に持っていたソフトクリームが溶けかけているのに気づいて、急いで口に運ぶ。

「おや、僕のも溶けているね。急いで食べないと」

「うん・・・・・・瀬名高君も、いる?私のは半分だけきなこ味だけど」

「え」

真っ白な彼のアイスに、せっかくだからきなこ味もどうかと思って差し出すと、彼は一瞬で顔を真っ赤にした。彼が思ったことに気が付き、私も途端に顔が熱くなって、急いで手を引っ込める。そうだ、私は何を考えているんだろう。私はとうにこのアイスに口を付けているので、彼がこれを食べたら間接キスということになる。自分の間抜けさに恥ずかしさが襲ってきて、私は顔を背けてコーンを齧った。

「すまない、椿君!快諾しなかったのは、その君が口を付けていたから嫌という意味ではなく、その、なんというか、その・・・・・・」

「だ、大丈夫。分かってるよ。私も変な提案しちゃってごめんね」

慌てた彼の声に振り向けなくて、私は鬱岐の景色を見たままアイスを口に突っ込んだ。火照った顔を冷やしてくれる冷たさが心地いい。ちょっと浮かれているなと思っていると、急にタンギンが顔の前に姿を現して、反射的にのけぞってしまった。背中が瀬名高君に当たってしまう。

「わ!ご、ごめん、瀬名高君」

「え!?あ、ああ、平気さ。いつでも当たりに来てくれ」

「・・・・・・光、顔が赤い」

「おい、あいつらの収集は付けに行かなくていいのかよ。なんかとんでもないことになってんぞ」

タンギンの呆れが混じった声に振り向くと、レイちゃんと女の子たちが何か話しているのが見えた。まずい、喧嘩しちゃったかなと思って立ち上がると、ショウゼツさんが顔を引きつらせながら、レイちゃんとツーショットで写真を撮って、次に女の子たちに集まるように声をかけている。器用に彼は片手でスマホを持って自撮りすると、レイちゃんに何か話して、レイちゃんは顔を膨らませつつも女の子たちとライン交換しているようだった。ちょっと不満げだった女の子たちも、ショウゼツさんの明るさにごまかされたのか、笑ってレイちゃんと話している。なんだかすごいことになっているなあとその場に立ち尽くしていると、レイちゃんと張本人がこちらに帰ってきた。ふう、と二人とも息を吐いている。

「お、おかえり、二人とも。なんだか大変そうだったね」

「もう、ショウゼツが他の子にいい顔するから、なんかよく分かんないけど仲良くなっちゃった。というか、もう気軽に実体化しないでよね!」

「ご、ごめんなさいっす。俺デカいから、ちょっと目立っちゃったすかね」

「違うよ!!ショウゼツがかっこいいからあの子たちが寄ってきたんだよ!?」

「えええ?前の主の時は車いす押すために何回か実体化したっすけど、誰にもモテなかったっすよ!?」

拗ねたようにショウゼツさんに詰め寄るレイちゃんに、彼はちょっと照れくさそうに弁解している。こうしてみると、前よりも断然仲が良くなったのだなあと実感する。式神にいい思いを抱いていなかったレイちゃんが、今では彼と連携して除怨までできたと思うと、なんだか心が温かくなった。でも今は、レイちゃんは彼に対してちょっと違う感情を抱いている。

式神に恋したら、どうなるのだろうか。主の経験が長い瀬名高君でも知らなさそうな問いを私は心にしまって、出発するためにコーンが包まれていた紙を小さく畳んだ。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「ああ!日が暮れると寒いだろうし、今日は清水寺にも行かなければいけないしね!」

「そうだった!よし、これからは張り切って上るぞー!!」

みんなで声を掛け合い、決意を新たに階段を上っていく。段々とその階段の多さから本殿へ引き返す人が増えたのか、周りの観光客が減っていって、一層上へ前へと連なっていく鳥居の存在感が増している。よく見ると『奉納』の文字以外にも黒く文字が刻まれていたり、正面の鳥居の真ん中には金の装飾が施してあったりと、つい上を向いて歩きたくなってしまう。案の定段差に躓いてしまい、瀬名高君が腕を掴んで支えてくれた。

「おっと、大丈夫かい?」

「う、うん。ありがとう。ちゃんと足元も見ないとね」

「ぜえ、ぜえ、そうだよね・・・・・・でも足元ばっか見てたら、鳥居が見えないし・・・・・・」

「れ、レイちゃん、大丈夫?」

ふらふらのレイちゃんを支えつつも、私たちはなんとか中盤まで登り、お堂の横に滝がある休憩所まで辿り着いた。周りは竹がそびえたち、水たまりの横には大人一人分くらいの背丈の、巻き物を口に咥えて駆けている狐の石像がある。首元には赤い三角巾のような布が巻かれていて可愛い。レイちゃんが手にペットボトルを持って、CMのようにごくごくと勢いよく飲み干した。

「ここ、中間地点だよね。はーあ、つっかれたー。もう一万本くらいの鳥居見たよー。こんな大きな鳥居をこんな山中に立てるの、すごいよねー」

「確かに。大工さんたちが立ててるのかな」

「もしくは、魔法かもね!山の精霊たちがひっそりと、僕たちのような挑戦者に向けて用意してくれたプレゼントのようなものかもしれない!」

瀬名高君の夢ある提案に、タンギンが思いっきり冷めた目を向ける。鳥居の影を受けない彼の姿に、人間じゃないんだなと実感する。

「いや、鳥居の裏に思いっきり企業名書いてあるじゃねえか。明らかに人為的なものだろ」

「断金さん、清々しいほどに夢を壊していくっすねー。もう逆に尊敬っす」

私はふと、もう私たち以外人がいなくなった階段を見下ろす。もうここまで来たら、何本もある鳥居を楽しむ観光ではなく、ほぼ登山だ。鳥居の隙間から見える絶景に、もうこんな高い所まで登ったのかと実感が湧いてくる。

すると、階段をてってと登ってくる猫が来て、レイちゃんが歓声を上げた。こげ茶色のまだら模様を顔と首元に付け、くるんと細くて長い尻尾をくねらせていた。普通の猫より胴体が長く見える。その猫はレイちゃんの足元まで来るとすりすりと体を擦りつけ、ころんと転がっていた。

「わー、可愛い!!すっごい人懐っこいねー。君、どこから来たの・・・・・・」

しゃがみ込んだレイちゃんの言葉が止まった、その時だった。


「おいハート女!」


タンギンの鋭い声と共に、彼が私の前に来る。またあの白いジャケットが、まるでスローモーションのようにゆっくりと視界を覆いつくして、何か不穏なことが起きたのだと直感で理解した。それに何となく寒気を感じる。何かが起きている。

「タンギン、どうしたの?瀬名高君たちは・・・・・・」

「・・・・・・チッ、一歩遅かったか」

彼がそう零して、私の前をどく。そこには、先ほどの猫がいなくなっている代わりに、背中を丸めたままじっと固まっているレイちゃんの姿があった。彼女がぱっと顔を上げる。その目は、猫のように釣り上がり、急に差し込んできた日の光で、キュッと瞳孔が狭くなっていた。

「ご、碁色君・・・・・・」

「ふにゃ?みゃあみゃあ、にゃ!」

レイちゃんは手で顔をすりすりと掻くとリュックを投げ捨て、さっきまでのふらふらな足取りからは一転して、四つん這いで豹のように軽やかに目の前の階段を駆け上がっていった。あっという間に彼女の背中が見えなくなる。なぜかさっきまで曇っていた空が段々と晴れていって、鳥居の赤が異様に眩しく見えた。不気味な出来事に似つかない天気に、余計胃が搾り取られるような気持ち悪さを感じる。

「バンシキ、これはどういうことだ?碁色君が猫のようになってしまったが。それに、さっきまでいたあの猫は?」

瀬名高君が、レイちゃんが置いていったピンクのリュックを拾い上げて、自分の背中に背負う。彼も急な異変に戸惑っているだろうに、いたって冷静に自分の式神に尋ねた。隣で眉を寄せて硬直したままのショウゼツさんをちらりと見て、バンシキさんは口を開いた。彼の大胆に斜めにカットされた藍色の髪が、風で大きくたなびく。

「・・・・・・彼女は、眷属に憑依されてしまった。元々実体はなかったのだろう。決して害があるものではない。しかし、我々を呼び出していることは確かだ。彼女に付いていこう」

「おい勝絶、行くぞ。ハート女がどうこうなるってわけじゃねえ。これほどの術をかけられる奴、あいつしかいねえ。お前も検討は付いてんだろ」

タンギンがショウゼツさんを睨み、ぶっきらぼうに彼の背中に手を置く。ショウゼツさんは自分の主が乗っ取られてしまったことにショックを受けているようで、しばらくは何も言わなかった。私も、急に友達が豹変してしまった不気味な現象に、衝撃が隠せなかった。きっとこれは、タンギンより強い、シンセンさんの力だろう。人間を、あろうことか自分の仲間の主をこんな風にしてしまうだなんて、その力の強さと共に、怒りも湧いてくる。でも、シンセンさんに対して緊張していた私に向かって、笑いかけてくれたレイちゃんの笑顔を思い出すと、自然と勇気が湧いてきた。

今こそ私の特徴を生かす時だ。私は一歩鳥居に近づいて、みんなを振り返った。やっぱり、式神も含めてどこか不安そうな顔をしている。

「みんな、行こう。すぐレイちゃんを助ければ、問題はないんだよね、タンギン」

「・・・・・・ああ。行くか」

「ショウゼツさんも、行きましょう。きっとこのメンバーなら、レイちゃんも大丈夫ですよ」

彼はくっと下を向いて、頭をガシガシと掻いた。思いを振り切るように顔をパン!!と自分で叩くと、バッと私の方を見て頷いた。赤い目が、決意を現したようにこちらをまっすぐ見ている。

「・・・・・・そうっすよね。ここでぐだぐだしてたって仕方ないっす。自分がレイさんを守り切れなかった後悔より、これから守る強さの方が大事っすから」

こうして、私たちは観光には早い足取りで頂上を目指し、鳥居をくぐっていった。勾配がさっきより急になり、息が上がってくる。隣ですっと浮いたままタンギンが横に来て、こちらを振り返ってニヤッと笑った。

「お前の顔、役に立ってんじゃねえか」

「・・・・・・うん。初めて、感情が顔に出ないことに感謝したかも」

反対側に瀬名高君が来る。彼は変わらず全く息が上がっておらず、流石だなと思う。彼は苦笑して、私を見た。

「椿君、さっきは皆を率いてくれてありがとう。本来なら主として歴が長い僕が取るべき行動だったけど、君のおかげで冷静さを取り戻せたよ」

「ううん、私は顔が変わらないから・・・・・・今なら、この特徴を生かせるかな、と思ったの。レイちゃんのことももちろん不安だし、今もなんとなくいつもと違うって感覚がするけど・・・・・・バンシキさんも言ってたみたいに、悪い感じはしないんだよね」

私は上を見上げ、まだまだ続く鳥居の列の奥を見る。また曇ってきたのか、段々と空が暗くなっていって、自然のまま生い茂る周りの木々も相まって少し不気味に思えた。普段身近じゃない鳥居がこんなにたくさんあると、神秘的と思うと同時に、脅威にも見える。

「僕には、君も勇気を振り絞っているように見えたけどね。君のその心意気に、僕は万雷の拍手を送るよ!」

「・・・・・・瀬名高君は、騙せないもんね」

私たちはふふっと笑うと、途中で休憩もせずに、必死に鳥居が連なる階段を上っていった。タンギンが実体化して私のリュックを持ってくれようとしたけど、私は断った。これから会う式神と主に、力のない人だと思われたくなかった。

息も切れてきて、足が震えてくる。でも私は必死に上だけを見た。レイちゃんを早く助けたい。こんなことをする式神たちに一矢報いたいと、重い足を動かした。すると、前を上っていた瀬名高君が立ち止まって、横に視線を送った。一心不乱に上っていた彼の急な行動に、少し違和感を感じる。

「椿君、この祠を見てくれ」

足を止めて私も右を見る。そこには、苔むした小さな祠があった。石で作られた檀には、ミニチュアのような小さな鳥居が、石の奥にある賽銭箱を守るように何本も無造作に連なっている。どうやら賽銭箱の後ろに神様が祭ってあるようだ。でも太陽も出ていない今、不思議と良く見えない。

「瀬名高君、この祠がどうしたの?小さくてかわいいけど」

「いや、どうしてか、目が離せなくて・・・・・・」

瀬名高君の顔がわずかに強張っている。確かに彼の目は固定されてしまったかのようにその祠にくぎ付けになっていた。かく言う私も、なんとなくその祠が気になってしまって、もっとその奥を覗こうと少しかがんだ。

すると、信じられないことに、一気にそこから水が湧き出てきて、堰を切ったダムのように溢れかえってきた。身構える余裕もなく、私たちは一気に祠から溢れてきた波に飲まれてしまった。式神も、実体化してないはずなのに身動きが取れなくなってしまっている。

「椿君!!!」

瀬名高君が私の手を掴もうとする。私も必死に手を伸ばすけど、どうしても届かない。最初は体の自由が取れなくなっただけで、息はなぜかできたけど、今はもう呼吸もままならない。瀬名高君がどんどん遠くなっていく。視界もぼやけ、私は自分が手を伸ばしているのか、ただ流れに身を任せているのか、分からなくなった。


今、どうなっているのだろう。ここはどこだろう。みんなは無事だろうか。こんなに水が流れていたら、私はきっと水流に押し流されて、階段を下りていってるのだろうか。

目を閉じると、不思議と鼓動が聞こえる。それは心臓でも風でもなく、むしろ心地よくて、ずっと聞いていたい音だった。今は息ができる。私は死んでしまったのだろうか。

目を開けると、光が入ってきて視界が白くなる。段々物がはっきりと見えてきて、二つの大きさの違う影がそこに立っているのが見えた。手を伸ばすと、二人とも私の手を取ってくれる。

その人たちの手の感触が伝わってくると、また彼らの向かいからどっと水が溢れてきた。私は二人が手を握ってくれているおかげで、水流を直に受けても後ろに流されない。しかし、彼らは急にぱっと、繋いでいた手を離した。

私の体は後ろに流されていく。ぐんと遠くなった二人の影を見て、私はなぜか、胸が締め付けられて、涙が溢れてきた。

「お父さん、お母さん・・・・・・」

そしてついに、私は彼らを見失った。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ