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19.てんやわんやの修学旅行

「わーーーい、修学旅行だーーー!二泊三日なんて短いよね?鬱岐県は神社仏閣があるし、鬱岐ならではのお菓子もいっぱいあるもんね!!珈木県はなんといってもたこ焼きだよね!?いやー、今からもうわくわくが止まらないよ!ね、夕陽ちゃん!」

「・・・・・・そうだね」

新幹線の座席で隣に座っているレイちゃんが、右手にポッキー、左手にトランプを持ったまま話しかけてくる。私は頷き、その後話を続けようとしたけど、何も言葉が出て来ず、彼女の顔を見たまま硬直してしまった。


永遠さんがうちに来て以来、私は全てのことに対してずっと上の空だった。修学旅行中に巡る名所も班のみんなで話し合ったはずなのに何一つ覚えていないし、荷物もタンギンに尻を叩かれつつ、栞に書いてある通りの物しか入れてない。うちのサッカー部はあの後無事だったようで、クラスで唯一のサッカー部である阿部君もピンピンしている。幸いなことに、あれから除怨する機会はなかったけど、今の状態ではタンギンに力を貸すことは難しいだろう。彼が信じられないのではなく、今まで信じてきた永遠さんが、廃絶ではないにしろ、怪しい存在だという懸念がずっと頭から離れないのだ。

いつの間にかメールには彼の新しいアドレスが登録してあったけど、向こうも特に連絡を寄越してこないので、メッセージを送りづらい。送るにしても、最後にあったキーホルダーのことに触れずにはいられないだろうということで、タンギンとも何もしないのが最善と話し合い、放っておくことにした。

「いいか?お前はずっと信頼してきた奴の存在が揺らいでいて気持ち悪いだろうが、今は何もするな。もうすぐ神仙らとの会議があるし、俺はそこであいつのことを議題にかける。そこで俺らがどう接すればいいのか決まるから、それまでの辛抱だ。な?」

タンギンが複雑そうな顔で、いつもみたいに茶化さず伝えてくれたのを思い出して、少し安心する。とにかく今は、待つしかない。式神を信じるしかないのだ。

「夕陽ちゃん、大丈夫?もしかして酔った?」

向かいの座席に座っている熊田さんが心配そうにこちらを見ているのに対して、ハッとする。今何をしていて、何の言葉を発したらいいのか整理がつかず、さらに黙ってしまう。すると、隣でレイちゃんがバッと、熊田さんと、彼女の隣に座っている利田さんにポッキーを差し出した。二人の目線がレイちゃんに注がれ、一旦ホッとする。

「ほら、二人も食べて!夕陽ちゃんには後でたっぷりポッキー詰めてあげる!そうだ、ごめん、このトランプ前に使ったままだから、切っておいてもらってもいい?」

「あ、うん」

「ぽ、ポッキーは詰めないであげて・・・・・・?」

目の前の二人がお互い話し出して私から視線を外すと、レイちゃんがこっそり耳打ちしてくれる。彼女の左側には、眉根を寄せて心配そうにしているショウゼツさんも見える。ひょっこりと顔を覗かせていて、大きい体格が小さく見えた。

「夕陽ちゃん、聞いたよ。大切な人が、なんかちょっと怪しめだって。私も前に、球技大会で会ったことあるよね。ちょっとくせ毛のお兄さんでしょ?」

「・・・・・・うん。永遠さん、だね」

その名前を口に出すと、気管に棘が入ったようにイガイガした気がした。レイちゃんは優しく私の手に自分の手を重ねると、私の方を見てにこっと笑った。見る者すべてを安心させるような、聖母のような温かい笑顔だった。

「きっと、今は辛いよね。私は夕陽ちゃんが傍にいてくれるだけでいいから、みんなと一緒にいるのが気まずかったり、盛り上がりたくなかったら、私の後ろに隠れて休んでていいからね。私存在感でかいから、一人くらい隠せると思うし!って、ちょっと言い方違うかな。なんていえばいいんだろ」

うんうんと唸る彼女に、私は泣きそうになる。こんな優しい友達を持てて、私は幸せだ。これも全て永遠さんがここを斡旋してくれたおかげだ、という連想が出てきてしまうので、首を振って振り払う。こうして一緒にいたい人が傍にいるのだから、タンギンの言っていた通り、今を楽しむしかない。私は思い切って、すっかり下がってしまったレイちゃんの手にあるポッキーを一本つまんだ。

「ありがとう、レイちゃん。私はもう大丈夫だよ。レイちゃんもいるし、式神のみんなもいるから。たまにぼーっとしちゃうかもしれないけど、その時は教えてくれると嬉しいな」

「大丈夫、夕陽ちゃんがぼーっとしてるのはいつものことだから!」

「そ、そう・・・・・・」

「レイさん、それはあんまりフォローになってないっす」

ショウゼツさんの囁きをよそに、レイちゃんがトランプを熊田さんたちから受け取っていると、車両のドアが開き、台心先生がげっそりとした様子で出てきた。後ろには副担任の先生もいる。

「あー、1-Cの奴らだけ耳を貸してくれー。今から俺が通路を通ってくから、それぞれの班長が班員を全員確認したら、俺に教えてくれー」

先生の掛け声に、みんなお喋りをしつつも、班長の子が席を立って自分たちのメンバーを探そうときょろきょろしている。それもこれも、台心先生が勝手に班でまとまらずに新幹線の座席を決めていくみんなを止めなかったらこうなっているのだと思う。先生がどでかいため息を吐いていて、それだけは何となく記憶に残っていた。レイちゃんが横目で先生を見上げている。心なしか、レイちゃんは台心先生に態度が冷たい気がする。

「7班います」

「台心ー、2班全員いまーす」

「1班もいます!」

「3班も!ねえ台心、ウノやらない?」

「おーい、山田どこだー?」

「5班いまーす」

「6班もー」

みんなの掛け声と絡みにもみくちゃにされながらも、先生が車両の一番端に行くと、手をメガホンのようにして掛け声をかけた。向こう側の座席には他のクラスの子もいるので、黄色い歓声があがる。

「よし。じゃあ、珈木に着くまで休むなり寝るなりしてろよ。決して騒ぎすぎて俺を起こすことがないように」

「それ台心が寝たいだけじゃーん!一緒にトランプやろーよー」

「はいはい、後でな」

台心先生は私たちの方に来がてらこちらを見ると、私と目が合って少し気まずそうな顔をした。きっとこの前、彼が弱っている時に私が間近にいたからだろう。レイちゃんが一瞬変に止まった先生に気付いて、ギロリと彼を睨む。

「何、台心。また夕陽ちゃんに何か用?」

「いや、何もないけど。え、俺気付かないうちに嫌われてんの?」

先生の言葉に、私は必死に手を振って否定した。こうやって私たちだけ先生に構われてると、また贔屓とかなんとか言われそうで怖い。

「そ、そんなことないです。今は元気がないだけです」

「え、大丈夫か?酔ったか?」

「はいはい、夕陽ちゃんの面倒は私が見るから台心はどっか行って。ていうか、なんか最後列だけ席空いてると思ったら、ここ先生たちが座るとこなんだ。気まずいんですけど」

背もたれからぐっと背を伸ばして後ろを見ると、副担任の先生が困り笑いをして座っていた。台心先生もため息を吐くと、大人しくレイちゃんの後ろの席に手を置いた。

前を見ると、熊田さんと利田さんがすごい顔をきらめかせながらこちらを見て、必死にノートに何かメモをしていた。私と目が合うと、ものすごい速さでノートをしまい、とんでもないスピードでトランプをシャッフルしている。何か嫌われることをしてしまっただろうか。それとも、彼女たちも台心先生が好きなのだろうか。

「ねね、二人も台心が好きなの?」

レイちゃんが二人にぶっこんだ質問をすると、後ろから席払いが聞こえる。背もたれの隙間から覗き見ると、当事者が口を抑えたまま気まずそうにこちらを見ていた。副担任の先生がにこやかに困り笑いを浮かべている。

「いや、私たちは・・・・・・」

「ちょっと、ね・・・・・・二人こそ、先生とよく話しているよね。もっと話した方がいいと思う」

「ちょっと、愛海!あはは、ごめん何でもない!」

熊田さんと利田さんのやり取りを見て、私たちは顔を見合わせる。でも、みんなと一緒にいると永遠さんのことを忘れられるので、ちょっと楽しいな、と思った。





新幹線には久しぶりに乗ったので、こんなに早く着くものだとは思っていなかった。あれからみんなとトランプで遊んだりうたた寝をしていたりするうちに、すぐ到着のアナウンスが鳴った。私たちはぞろぞろとホームに降り、荷物を引っ張って改札を潜った。台心先生は酔ってしまったのか青い顔をしていたので、副担任の先生が先頭でホテルまで引率している。せっかく台心先生の傍にいたいと揉め事があったから、先頭の班が女子から男子に変更になったのに、これではまるで意味がない。クラスの最後の班である私たちの後ろに、青どころか紫色になった台心先生がふらふらとキャリーケースを引っ張っていた。ここまで顔色が悪いと心配になってくる。レイちゃんは列に沿って前に進みつつも器用に後ろを振り返り、すごく冷たい目で彼を見ている。

「ちょっと台心、大丈夫?新幹線で酔う人、初めて見たわ。いっつも車運転してんじゃん」

「・・・・・・車は自分で操作するから酔わないんだよ。はあ、情けない・・・・・・」

「先生、これいりますか?ミント味の飴なので、少しは気分がすっきりするんじゃないでしょうか」

私は鞄から飴を取り出し、先生に差し出した。レイちゃんが「優しいねえ」と零しているのが聞こえる。今は美依ちゃんも前にいるし、ありさちゃんもB組の列にいるので、また何か噂はされたりはしないだろう。というか今は先生が心配だ。先生は少し頬を緩ませて飴を受け取ると、さっそく口の中に放り込んだ。強張っていた顔がちょっとほぐれる。

「ありがと、椿。これ、いいな。スース―するわ」

「いえいえ。あまりにも先生の顔が紫だったので」

視線を前に戻すと、また熊田さんと利田さんがこちらを見て嬉々とした笑みを浮かべ、ひそひそを話し合っている。私は不思議に思った。もし二人が先生のことを好きなら、ありさちゃんのように私に対していい印象は抱かないはずだ。でも二人は特に何もしてこないし、どちらかというと私に優しい方だ。悪口を言われてないといいなあ、と思いつつ、私はしょっていたリュックサックを背負いなおした。



しばらく歩くと、何十階もありそうな、見上げるだけで首が痛くなるほどの建物に辿り着いた。みんなもその風貌に驚いたのか、ざわざわと色めき合っている。どうやらこれが私たちが今日泊まるホテルらしい。エントランスから先生が出てきて、号令をかける。私はとりあえずレイちゃんに着いて行き、8階まで上がった。この人数だと込み合うだろうなと思ったけど、設備も大人数向けなのだろう、スムーズにクラスに別れ班に分かれ、私とレイちゃん、熊田さんと利田さんは部屋に向かうことができた。

「うっわー、綺麗だねー。なにこれ、この花本物かな?すっごい高級そうだけど」

「そうだね。カーペットも壁も、なんだか一流ホテルって感じ」

「私たちって、801だっけ?」

「そうそう。あ、ここだ」

班長であるレイちゃんが鍵を開けると、ぴたっと止まったまま動かなかった。何事かと、私たちも部屋を覗き見る。すると、すごく美しい景色が目に飛び込んできた。

「うわあ・・・・・・」

「綺麗・・・・・・」

中は和風の様相だった。丸いちゃぶ台に急須やコップが並べられ、座布団がぴしっと整列してある。テレビはとても大きく、傍にある掛け軸が風情を出していた。

私たちはキャリーケースを部屋の玄関に置いて部屋に入る。ささくれが一つも見当たらない畳敷きになっていて、正面にある窓から差し込む外の光を反射している。そしてなんとも、その窓から見える景色が、なんとも見晴らしがよく、珈木県の町が一望できた。さすが日本屈指の都会というだけあって、ビルが立ち並び、線路がところどころに敷き詰められている。珈木特有のでかくて目立つ看板やオブジェがここからでも認識できて、雨宿町から離れたのだなあと実感した。

「すごい、めっちゃ豪華だね!!うわ、トイレもすっごい綺麗!!見て、三面鏡だ!」

「あ、ここに布団がしまってあるんだね。すごい、ふかふかだ」

「あ、通天閣が見える!今日は夕方に行くんだっけ?もしかして台心、このホテルから近いから通天閣をクラスの観光地に設定したのかな」

レイちゃんがあきれつつも真ピンクのキャリーケースを部屋の中に引っ張り上げている。今日は1日目ということで、ここで軽く休憩をした後は、クラス別でどこか一つの観光名所に行くらしい。うちのクラスは通天閣なので、歩いて15分ほどで着くだろう。熊田さんがレイちゃんの言葉に笑った。

「あはは、確かに。でも近くに観光地があるっていいよね。レイちゃんたちは行ったことあるの?」

「私は何回か友達と行ったことあるよ!だから今回が4回目くらいかな」

「ええ!?すごいね!だとしたらもう慣れちゃった?」

「ううん、何回行っても楽しいよ!高いとこ好きだし!」

レイちゃんと熊田さんが盛り上がっていると、横から利田さんが話しかけてきた。彼女も淡い緑のキャリーケースを広げ、荷物の整理をしている。

「夕陽ちゃんは、行ったことある?通天閣」

「う、ううん。ないかも。私、関西来るの初めてなんだ」

「そうなんだ。じゃあ、案内するね。私の実家が珈木にあるから、レイちゃんと同じくらい私も行ったことあるんだ。実は今回行くとこ、全部行ったことあるんだよね」

「そ、そうなの?じゃあ、あまりわくわく感はないかもね」

あらかた荷物を整理し終わり、リュックのチャックを閉める。時計を見ると、あともう少しでロビーに集合する時間だった。利田さんははにかんで、手を口元に当てた。おさげを揺らして、おかしそうに笑っている。

「ふふ、そんなことないよ。班でどこを回るか話し合ってる時、私以上にぼけっとしてる夕陽ちゃん見て、ちょっと楽しそうだなって思ったし。あの時、何考えてたの?」

「そ、そんなにぼけっとしてたかな。レイちゃんにも言われたんだよね」

「ふふふ、夕陽ちゃんは不思議ちゃんなんだね。そろそろ行こう。春子もレイちゃんと話してるし、良ければ通天閣は私に案内させて?」

そう言って、利田さんは私に向かって手を差し出してくれた。優しい目元がさらに垂れていて、私は安心して彼女の手を取った。





「よーし、行きますよー。列からはぐれることのないようにー。あと、お喋りはほどほどにねー」

副担任の先生が先頭に立ち、みんなに合図する。みんなはそっちのけでおしゃべりしたり写真を撮っているけど、台心先生が列の乱れを直そうと傍に来ると、途端に騒がしさも増していた。隣で並んでいる利田さんが彼の方を見ている。彼女は私より背が高いので、彼女と話すときは私が見上げることになる。他無県では私よりで背の高い人はあまりいなかったので、ここに来てから意外と私は平均的な身長だったんだな、と新たな発見があった。

「すごいね。やっぱり台心先生って人気なんだね。学校中で人気者のイケメン先生なんて、少女漫画だけの話かと思ってた」

「そうだね。この前、歴代で30人くらい告白した子がいるって話聞いたよ」

「ええ?でも確かに、そこらのアイドルよりかっこいいもんね。最近台心先生の教師としても心構えが立派だって噂になってて、さらに人気がアップしたらしいよ。うちの部活でも話題だもん」

「そういえば利田さんって、熊田さんと同じで美術部だったよね。休み時間によく二人でお絵描きしての見るよ」

道の角を曲がり、横断歩道が赤にならないうちにみんなで走って渡りきる。駆け足で彼女にそう言うと、彼女はぎくっとした様子でその場に立ち止まってしまった。信号が点滅し始め、私は大慌てで彼女に手招きをして、向こう側の歩道まで走り切る。

「ど、どうしたの?わ、私、何かまずいこと言っちゃったかな」

「い、いや・・・・・・えっと・・・・・・・その、絵の中身って、見た・・・・・・?」

「え?」



そうこうしているうちに通天閣が見えてきて、入場のために私たちは一列で並ぶことになった。利田さんは私の後ろにいるので、振り返ることはできるけど、ちょっと様子がおかしい。そんなに暑いわけでもないのに汗をかき、思いっきり目が泳いでいる。何かまずいことを言っただろうかと頭を巡らせていると、あれよあれよという間に券をもぎられ、エレベーターに乗せられ、最上階まで辿り着いた。気が付くとみんな、それぞれ写真を撮ったりガラスの前に広がる景色を望遠鏡で覗いたり、高所からの絶景を楽しんでいるようだ。とんとん、と肩を叩かれ、振り返ると利田さんが得意げな顔で手招きをしていた。とりあえず、彼女に付いていく。

すると、彼女が立ち止まった場所から見える景色に、私は思わず感嘆の声を漏らした。そこには、夕陽の傾きとビルの影が奇跡的に噛み合い、まるで町がパレットになったかのようにオレンジに染まっていく、不思議な現象が広がっていた。特に観光名所が一望できるわけでもないこの方角は私たちだけしか見ていないので、利田さんと二人占めできている。

「す、すごい・・・・・・これ、どうなってるの?夕陽の角度的に、ビルの影が入っちゃうはずだよね?」

「ふふ、これね、それも計算されて周りのビルのガラスがマジックミラーになってるんだって。私もおじいちゃんから聞いたんだけど、意外と知られてないみたいで、ここに来るたびに一人占めしてる気分になって、すっごくすかっとするんだ。普段はこんなに開放的になれないから」

そう言って、利田さんはぐーっと手を上に上げて背伸びをした。普段大人しい彼女がこんなにのびのびしているのは初めて見る。教室の隅で顔を下げて絵を描いているイメージがあったけど、彼女の人間らしい所に、私はなんだか利田さんも含めて特別な気分になった。

「利田さん、ありがとう。特別な景色なのに、私に教えてくれて」

「うん?いいの。私たちが描いてるものに対して、こんなことで許してもらえれば・・・・・・」

また彼女が気まずそうに眼を泳がす。絵の中身までは知らない私は、彼女が何に後ろめたさを感じているのか計りかねていると、横の通路から台心先生がやって来た。大分顔色も良くなったようで、気分がすぐれなかった時に緩めたであろうネクタイをだらしなくぶら下げたまま、私の後ろに広がっている景色に目を奪われている。

「うわ、こんな絶景スポットがあったんだな。なにこれ、どうなってんの?ビルが真っ平になったみたいだな」

「そうなんです。利田さんが教えてくれて」

「へえ、利田、意外だな。こんないい場所知ってるなんて・・・・・・」

先生の言葉が途切れる。私も言葉に詰まってしまった。目の前の夕陽なんかそっちのけで、利田さんが見たことないくらい目を輝かせて、私たちから目を離さずに何かをノートに書き殴っている。何が行われているのだろうか。ちょっと覗き見ると、彼女は文字とスケッチを描いているようだった。もしかして、夕陽に照らされる台心先生を描いているのかもしれない。私は彼と少し距離を取って、利田さんの邪魔にならないようにしようとすると、彼女が豹変したようにくわっとこちらを向いた。思わず行動を止めてしまう。

「夕陽ちゃん、待って!!!!」

利田さんは山の影でオレンジ色を失いつつある日の光を背景に、台心先生の袖を引っ張り、まるで石像をデッサンするようにあっちに行ったりこっちに行ったり、微調整を繰り返していた。先生もあまりのことに固まってしまっている。彼女はよし、と満足そうにうなずくと、今度は私を引っ張り、先生と向き合う位置に私を配置した。結構距離が近い。口も挟むのも憚られるほど真剣な顔をした利田さんは、私たちを横から見て急いでまたノートにシャーペンを走らせていた。声を掛けようとする私たちが体制を崩すと、彼女の獣にも似た眼光が返ってきて、急いで二人そろって向き合う。何が起こっているのかと台心先生を見ると、彼も訳が分からなさそうに眉をひそめていた。

「と、利田。そろそろ動いてもいいか?こんなことしてたら、また変な噂立ちそうだし」

「そうですよね。ちょっと体制も気まずいし、そろそろ・・・・・・」

その時だった。バン!!!と利田さんがノートを閉じ、その場にいた全員が彼女を振り返る。プルプルと震えながら下を向く彼女に、どうしたらいいのか分からず周りに助けの目を向けると、レイちゃんの隣で望遠鏡を覗き込もうとしていた熊田さんがまずい、というように目を見開いている。


「・・・・・・がう」

「え?」

ぼそっと声を零したと思ったら、利田さんは激怒したように手を広げ、ノートを地面に叩きつけた。頬を染め息を荒らげ、目には涙を浮かべてこちらを指さしている。

「違う違う違う!!!そこは窓に目線を向けながら恥じらうように、『先生、私ばかり見てないで、夕陽を見てください。恥ずかしいです』でしょ!?そこで台心先生が、『俺とお前だけの景色、目に焼き付けとけよ!』でハイ、夕陽ちゃんの髪に触れる!!」

映画監督張りの利田さんの指示に、思わず先生が「お、俺とお前だけの・・・・・・」と言いかけている。それくらい、目の前の利田さんはいつもの大人しくて穏やかな彼女からは一変して、鬼監督のように現場に指示を出し、機敏に周りを見て声を発している。予想以上に通る声だ。

「そこ!夕陽ちゃんの後ろに入り込まない!!外からの光を最大限に活用できるように、陰に隠れてて!!」

「は、はい!」

「そこ、暇なら台心先生のネクタイを締めて!!いや、待って、夕陽ちゃんが締めた方が展開的にいいかも・・・・・・よし、そこ、ストップ!!」

「は、はい!!」

「愛海!!ストップ、ストップ!!ここ現実だから!!ほら、見て!みんなびっくりしてるから!」

熊田さんが急いでこちらに駆け寄って来て、腕を振り回して現場に指示を出していく利田さんを羽交い絞めにする。利田さんはハッとして熊田さんを見ると、辺りを見て、首を傾げた。まるで悪意が祓われた後のようだ。

「え、これ、どういう状況?」

彼女の疑問に、その場にいた全員が叫んだ。

「こっちの台詞だよ!!!!」





「いやー、なるほどね。夕陽ちゃんと台心の恋物語を描いてたから、夕陽ちゃんが台本と違うことを言っちゃって、ブチ切れたってわけか」

レイちゃんが楽しそうに部屋の中で布団の上にあおむけで寝っ転がりながら、足をバタバタさせる。その隣では、反省した様子で正座をする利田さんと、傍で苦笑いをしている熊田さんがいた。

あの後、みんな不満でも驚きでも笑いでもない感情を抱きつつ、夢見心地のまま通天閣を後にした。部屋に帰るなり、利田さんは大急ぎでクラスのみんなに謝りに行っていた。私たちも付いていった。心配なのと、また彼女が暴走しないか不安だったのだ。ホテルの人が敷いてくれたであろう布団の上には、クラスのみんなに謝罪しに行った時に持っていったお菓子が数個残っている。みんな唖然としつつも、レイちゃんのフォローにより笑って許してくれていた。瀬名高君たちは大爆笑していたし、あの美依ちゃんでさえ、ちょっと苦笑しつつも、利田さんたちが描いた漫画を見せてほしい、と伝えていた。ありさちゃんにバレたら怒られそうだけど、うちのクラスは台心先生の人気っぷりがもう慣れっこだったので、あまり大事件にはならずに済んだ。

「ほんとに、大事にならなくて良かったよ。夕陽ちゃんたちと組む時に暴走しないか不安だったけど、まさかやってしまうとは・・・・・・」

「・・・・・・うう、ほんとにごめん」

熊田さんが呆れたように利田さんを窘めている。話によると、二人は幼馴染らしい。二人は部活が一緒だから一緒にいると思っていたけど、どうやら逆だったようだ。

「ほんっと、愛海ってこういう所があるのよ。好きなことにはとことんのめり込むタイプで、中学もかっこいい先輩がいた時は、クラスのマドンナとのカップリングのために、偽装工作までしようとしてたんだから」

「そ、その節は春子にお世話になりました・・・・・・」

利田さんのおさげが一層しゅんと垂れ下がっている。熊田さんも口調は怒っているようだったけど、顔は半笑いで、二人の仲の良さが伺えた。

「私、知ってるよ。解釈違いってやつでしょ?まさか愛海ちゃんがこんなに情熱的なキャラだとは思ってなかったけどね。愛海ちゃんを前にした時の夕陽ちゃんと台心のポカンとした顔、写真に撮っとけば良かった。ふふ」

レイちゃんが思い出したように笑う。私は表情が死んでいるので今も真顔だろうけど、内心すごく複雑だった。こういう時はどうしたらいいのだろうか。いつもだったら私がもっと外交的だったら、と後悔してしまうけど、この経験はいくら外交的であっても中々にないだろう。

「二次創作の掟である本人たちにバレることはもちろん、勝手に第三者が介入するという絶対にやってはいけないことをあんたはやったのよ。これはもう、謹慎どころか、永久追放ね」

「ううう、ごめんなさい・・・・・・あまりにも景色と二人が綺麗すぎて、つい・・・・・・」

べそべそと涙を零す利田さんに、私は大人しくておしとやか、という彼女のイメージがすっかり崩れ落ちていた。でも不思議と、今の彼女の方が話しやすい。私は彼女の傍に寄って、涙の粒で濡れた彼女の手に触れた。利田さんが目も鼻も真っ赤になった顔を上げる。

「利田さん。私、気にしてないよ。相手が台心先生っていうのは、ちょっとびっくりしたけど、誰かが自分を物語の主人公にしてくれるって、中々ないと思うし、ちょっと嬉しかった。興味持ってくれて、ありがとう」

「・・・・・・じゃあ・・・・・・これからも、描き続けていいの?」

「え?わ、私でいいなら、全然いいよ。台心先生は、ちょっと分からないけど」

咄嗟に出た私の言葉に、利田さんはぶわっと目から大量の涙を溢れさせると、ぎゅっと私の手を握り返してくれた。背中を震わせ、拝むように顔を手に近づけている。

「ううう、ありがとうー・・・・・・・優しいよお。公式が優しい」

「硬式?」

熊田さんを見ると、なぜか彼女も手で目頭を押さえつつぐっと親指を立てていた。そしてなぜか、レイちゃんまでハンカチで目元を拭っていた。一体今は何が起こっているのだろう。レイちゃんがハンカチを置いて、あ、と目を開いて、美術部二人に手を差し出した。

「そうだ!ねね、どんな漫画に仕上がってるか、ちょっと見せて!よくイラスト描いてるけど、二人ともめっちゃうまいよね?なんか、絵柄が初期のちゃおに似てる!」

「え!!レイちゃんちゃお知ってるの!?」

「もっちろん!世代だもん!!見せてみせて!!」

「ちょ、イラストはいいけど、漫画はだめ!!!」

熊田さんが笑ってスケッチブックを開き、利田さんがそれを必死に止めている。レイちゃんは大笑いをして、漫画の名前を二人と共有し合っている。なんだか女子会みたいで、私は嬉しくなった。私がみんなの近くに寄っていくと、見せてはいけないものを必死に隠そうと大騒ぎになる。

すると、扉がコンコン、とノックされた。見ると、ほのかちゃんが呆れ顔で顔を覗かせている。旅の中でも崩れない艶やかなハーフアップが女の子って感じがする。

「ほれ、もう晩御飯の時間や。あんたら騒ぎすぎやで、廊下まで響いとったわ」

「はーい!行こう、みんな!!」

レイちゃんの掛け声で、一斉に靴を履いて大食堂に向かう。静かになった部屋で、タンギンとショウゼツさんがうっすらと見えた気がした。

「夕陽ちゃん、行くよー!」

「うん」





「・・・・・・レイさんも夕陽さんも、楽しそうだったっすねー」

「あの町には変な奴しかいねえのかよ」

「はは、それは言えてるっす。みんな絵に描いたようにキャラが濃いっすもんね。でも、だから断金さんも、療養期間中は雨宿町にいたんじゃないっすか?」

「それは、碁色神社があるからだよ。誰が好きでこんな変人だらけの町に来るかよ」

断金は遠のく自分の主の姿に、何を言うでもなく、ぼんやりとただ見つめていた。無意識に、ふと前へ手が伸びてしまう。

「・・・・・・俺らがいなくても楽しそうな様子見てると、寂しいっすよね」

勝絶の声に、断金はハッとした様子で手を下げる。居場所がない不満を打ち消すかのように舌打ちすると、ふっと透き通った体を浮かび上がらせた。

「別に、そんなんじゃねえよ。本来、俺らが見えること自体がおかしいんだよ。あいつらは俺らに出会ってなかったら、ああやってぎゃーぎゃーなんも気にすることなく過ごしてただろうよ」

「拗ねてるんすか?俺らがいなけりゃ、夕陽さんとレイさんは仲良くなってなかったかもしれないっすよ?それに、碁色神社があるここに夕陽さんが越して来なけりゃ、会うこともなかったんすから」

勝絶の言葉に、断金は考える。夕陽が雨宿町に来た理由は、ここに住む人は優しく、人あたりがいいからだという。そしてそれを斡旋したのは、楠摸永遠だ。もし彼が廃絶のボスだとしたら、式神が力を蓄えるのに最適な碁色神社がある場所を勧めるだろうか。それに、彼が夕陽にあげた花が入ったメダルは、守護の祈りがかけられていた。悪意を操る廃絶が、守護をかけられるわけがない。しかし、悪意を増長する道具を生み出せるのは、単なる人間とは思えない。

「ほら、なに眉間に皺寄せてるんすか。レイさんたちのとこに行くっすよ。俺らは混ざれなくても、ここに廃絶が悪意を仕掛けてくる可能性もゼロじゃないんすから。俺らは彼女を守り切る。だから、傍にいるんすよ」

勝絶はそう言って、すっと断金の横を通り過ぎていった。部屋に、断金だけが取り残される。彼は目を瞑ってため息を吐くと、彼の後を追っていった。



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