16.祭り
夏休みも終盤に差し掛かった頃、私の元には、2通の手紙が届いた。正確に言うと、片方はラインでの誘いだけど。紙の方を見ると、白い長方形の封筒に、綺麗な文字で『椿 夕陽様』と書かれている。リビングの机に置き、鑑定の気持ちで観察する。
差出人は書かれていなかったので、切手に押されたハンコを凝視する。そこには関西の地名が刻印されていた。急いで封を開けると、手紙の末尾には知らない人の名前があった。
「甘楽・・・・・・?」
「お、届いたか」
「うわっ!タンギン」
急に後ろから声をかけられ、思わず飛び上がる。タンギンは不服そうな顔で実体化すると、私の手元から手紙を奪い取った。彼の方が背が高いので、ジャンプしても取り返せない。
「ちょっと、返してよ。まだ読んでないんだから」
「4か月も主やっといて、今更うわ、はないだろ。それに、この手紙は俺が仲介してやった結果だぞ。感謝しろ、感謝」
そうこう言っている間にタンギンは内容を読んだのか、つまらなさそうに口を閉じると、ポイっと紙を空へ放り投げた。ひらひら舞う便箋を慌ててキャッチする。この様子だと、おそらくいい返事は書いてなかったのだろう。
「もしかしてこの甘楽さんって、シンセンさんの主?」
「ああ。わざわざ主同士で交流を図ってやったのに、無下にしやがって。こういうところが、あいつが孤独な理由だぞ」
タンギンは気に入らないように、ソファーにどっかりと寝っ転がり、足を組んだ。最近ここがお気に入りらしく、よく昼寝しているのを見かける。本来なら私の中で眠った方が体力は回復するのだろうけど、彼なりの気遣いなのか、私に姿を見せてくれることが多かった。
私も改めて、手紙に目を通す。おそらく習字を習っていたであろう整った文字だった。
『拝啓 椿 夕陽様
まだ太陽が眩しく照り続ける今日ですが、いかがお過ごしですか?
あなたとは、初めましてのご挨拶も出来ていませんね。おそらくそちらの式神からは、何となく話は聞いているのでしょうが。
僕は、甘楽と申します。これは本名です。諸事情により、苗字は明かすことはできません。今は鬱岐県に住んでおります。関西地方に当たる所ですね。そこで我が式神、神仙と悪意を祓うべく、日々奮闘しております。
あなたが僕たちにお会いしたいとのこと、大変嬉しく思います。しかし、残念ながらお断りせざるを得ません。なぜなら、僕たちは関西全域の除怨を行っております。僕たちがここを離れるわけにはいかないのです。大変申し訳ございません。もちろん、あなた様がこちらに来ていただけるのであれば、喜んで歓迎いたします。
どうやらそちらの式神が僕たちに手紙を寄越してきたようですが、彼は何分式神たちの会議に出ておりませんで、正しい情報があなた様に伝わっているのか、少々心配です。僕らは決して、関西を丸ごと除怨しているわけではありません。九州にも四国にも、主と式神はおります。ただ、彼らが無事であるかどうかは、把握しきれないのが現状です。
あなた様も悪意に飲み込まれぬよう、式神と上手く関係を築きながら、十分お気をつけてお過ごしください。
それでは、次の機会にお会いいたしましょう。
敬具
追伸 僕と神仙もまた、廃絶からお声がかかっているあなた様にお会いしたいと思っております。ぜひお暇でしたら、こちらにお越しください。
甘楽』
「・・・・・・だって」
「お前、全部読み上げんなや。さっき俺も読んだわ」
「ごめん。つい口に出しちゃった。なんか、遠回しに私たちが来い、って言われちゃったね。タンギン、どんな手紙を送ったの?そもそも差出人は、シンセンさんじゃなかったの?」
タンギンは頬杖を突きながら、ごろりと体ごとこちらに顔を向けた。ポーズが完全に休日のおじさんだ。
「俺は神仙に向けて書いたぜ。お前が会いたがってるから、こっち来い、って。なんだかんだ言って、来んのがめんどくせえんだろ。いちいちまどろっこしい言い方しやがって、ムカつく」
「え、それだと私がタンギンにそう書かせたみたいになっちゃうよ。絶対印象悪いって」
「似たようなもんだろ。ま、俺たちがあいつらんとこに行くしかねえって話だな。残念だったな」
「全然似てないよ。タンギンのせいで知らない人に嫌われちゃったかもしれないじゃない。もー」
知らぬ間にすごく不遜な人物として捉えられてしまったことに、私はタンギンのジャケットを引っ張って抗議した。彼は不意打ちの攻撃に面食らったのか体制を崩すと、苦い顔をしてそっぽを向いた。
「わ、悪かったって。大丈夫だよ、俺は会議に出てないことで全体的に式神と主から嫌われてるから、今回も俺が勝手にやったことだってあいつらも分かってるって」
「そ、そうなの?それは・・・・・・どうなの?」
「ほ、ほら。着替えなくていいのか?もうこんな時間だぞ」
タンギンのすり替えに、ハッとして時計を見る。今は午後3時だ。5時から、レイちゃんとお祭りに行こうと約束している。焦りで噴き出す汗に、私は勢いよく立ち上がって準備を始めた。
「まずい、もう用意しないと。えっと、浴衣ってこれだっけ。タンギン、今すぐ脱ぐから、ちょっとあっち行ってて」
「もう見慣れてんだし、いいだろ」
「良くない!」
「それにお前、着付け一人で出来んのかよ」
「・・・・・・」
着付けのことが完全に頭から抜け落ちていた自分に、ついため息が漏れる。昨日持っていくものとかアクセサリーとかルンルンで準備したのに満足して、気が抜けていた。手をかけていたワイシャツを元に戻し、ソファーであくびをしている人物に頭を下げる。
「タンギン、着付け、手伝ってください」
「よし来た。それでいいんだよ、それで」
タンギンは満足したようにニヤッと笑うと、体を起こして、机に置いてある帯を鞭のようにぴしっと引っ張った。
「レイちゃん、遅れてごめんね」
「ううん、全然!時間通りだし、大丈夫よ!わあ、夕陽ちゃん可愛い!!」
近くの町をちょっと行くと連なっている商店街に、急いで駆け寄る。下駄は慣れてないのでさらに時間がかかってしまってもどかしい。集合場所のお花屋さんの近くで、レイちゃんはもうそこでスマホをいじって待ってくれていた。レイちゃんは普段内側に巻いている髪を、顔の横以外は外巻きにして、ハートのヘアピンではなく金のワイヤーで花びらが象られたピンを差していた。明るい髪色に対して水色の浴衣がすごく似合っている。ところどころにあしらわれた花は、まるで彼女が笑った時のような華やかさだった。
「そうかな。浴衣、貸してもらってありがとう。汚さないように気を付けるね」
「それ、私には似合わないし、むしろもらってくれちゃっていいよ!ていうか、すごいいい感じに着こなせてるね!!着付けは自分でやったの?」
「う、ううん。タンギンにお願いした」
「え!?断金さんがっすか!?」
堪らずといった様子でひょっこり現れたショウゼツさんは、驚きに目を見開きこちらをガン見していた。何だか恥ずかしくて、顔を逸らす。後ろに側近のように控えてくれている当人は、照れるでもなくただ堂々としていた。
「ああ。俺は着物の着付けは得意だからな。こんななんも隠せなさそうな薄っぺらい布で帯がほどけたら大惨事だから、きつめに巻いた。どうだ、こいつ、少しはましになっただろ」
そう言ってタンギンは私の背中を押す。自分の姿は、優しいすみれ色にところどころに金の桜が散った、なんとも美しい布で覆われていた。帯が黄色で意外と目立つけど、案外調和している。この柄、バンシキさんの品物の扇子に似ているな、なんてふと思った時、ある人物が頭をよぎった。なんとなく、人込みの中を探してしまう。
瀬名高君、元気かな。
「その髪もめっちゃ似合ってるよ!サイドポニーって高めで結ぶのに髪が結構長くないとできないけど、夕陽ちゃんくらいならいけるね!!そのイヤリングも可愛い、どこで買ったの!?それは花札?タンギン、あんたやるじゃん!!」
「ふふん、そうだろ。俺の才能をもっと褒めろや」
レイちゃんとタンギンが明らかにテンションが上がっている中、耳元のイヤリングに手をかざす。隣にショウゼツさんが来て、人の流れから守るように手を引いてくれた。このお祭りでは花火もあがるので夜が一番込むと思っていたけど、今からでも結構にぎわっている。
「夕陽さん、それ断金さんの品物っすよね。いいっすね、おしゃれにもなるんすねえ。ナウいっすよ」
「な、ナウいかな。ありがとう。廃絶を跳ね除けられる力がすぐ耳元にあるって、なんだかちょっと落ち着かない」
タンギンが「何かあった時のために持っとけ」と付けてくれたイヤリングには、彼の花札が穴も開いてないのに不思議とぶら下がっている。実際にアクセサリーとして使うには少し大きくて、ぐっと目を横に向けるとその光沢が確認できた。
「ははっ、確かにっす。ま、俺らが傍で見守ってるんで、何かあったらすぐ実体化するっすよ!邪魔者は余裕で跳ね飛ばして見せますっす!」
「ショウゼツさんが言うと、この上なく頼もしいね」
「任せてくださいっす!それにしても、浴衣似合うっすねえ。光さんにも見せてあげたらいいのに」
ショウゼツさんの言葉に、私はぐっと唇を閉じた。私も久しぶりに話したい。でも、彼もなんだかんだ言って忙しいだろう。でも、今日くらいは誘ってもいいんじゃないかと思えてくる。
すると、レイちゃんが人込みの中から誰かを見つけ、ぶんぶんと手を振った。つられてその方向を見ると、驚きのあまり、体が止まってしまう。汗が噴き出て、帯で温かかったお腹が途端に暑く感じる。
「おーい、瀬名高ー!こっちこっちー!」
「はっはっは、遅れてすまないね!課題が終わらなければ母に家から出してもらえない約束だったから、急いで片付けてきたよ!!」
私たちと彼は結構距離が離れているので、瀬名高君のお家事情は道行く人たちに筒抜けなんだけど、当人も周りの人たちもそっちのけで、祭りの高揚感に身を委ねているようだった。彼も浴衣を着ている。紺の生地にワインレッドの帯を巻いて、声量とは反対におしとやかにこちらに歩いてくる。新鮮なその姿に、私は目が釘付けになってしまった。
「れ、レイちゃん。いつの間に瀬名高君を・・・・・・」
「え、なんならもっといっぱい来るよ?」
「え!?」
彼女のあっけらかんとした顔に驚愕していると、その言葉が合図だったのかと思うタイミングで、後ろからざわざわと聞きなれた声がした。振り返ると、私たちの方を見て笑いかけてくれる。中には私の顔を見てぎょっとした人もいた。
「あれ、夕陽さんも来てたんだ!浴衣いいね!」
「・・・・・・」
「し、塩味君。それに、森林君も」
「なんで私まで呼ばれてんのよ。私は台心に会いに来ただけなんですけど」
「ほらほら行くよ、赤羽。あ、夕陽ちゃん!1学期ぶりだね、元気だった?」
「ありさちゃんに萌ちゃんまで・・・・・・すごい、みんないる」
「やあ、椿君!元気だったかい?」
瀬名高君の方を振り返ると、そこにはいつもと変わらない彼の顔があった。希望を身にまとったような優しい笑顔に、私も自然と力が抜けていく。なぜか心臓だけは、すごくドキドキしていた。
「うん。元気だよ。瀬名高君は?」
「もちろん、元気100パーセントさ!最近は溜まりっぱなしの課題に追われていたが、今日のために必死に片付けたよ!その様子だと、今日は碁色君以外来るとは思っていなかったようだね?」
「う、うん。今ちょっと、びっくりしてる。こんな格好、みんなに見せようとは思ってなかったのに」
「なに、恥ずかしがることはないさ!君のその美しい可憐な着物姿に、会場中の人々がメロメロさ!あ、いくら魅力的だからと言って、虫は寄せ付けないでくれよ?」
演技がかった身振り手振りの彼に、私は思わず吹き出してしまう。相変わらず、彼といると安心する。久しぶりだからこそ、こんなに嬉しく思うんだろう。
「おー、瀬名高は相変わらずだな。お、なんか旨そうな匂いする!行こうぜ!」
「うん!みんなで夏祭り、楽しもー!!」
レイちゃんの楽しそうな声に、私たちはいっせいに拳を振り上げた。私もつられて一緒に手を挙げる。横でタンギンがふ、と優しく笑っているような気がした。
「それにしても、すごい屋台だね。たこ焼き、焼きそば、綿あめにりんご飴、じゃがバター、あ、またたこ焼き・・・・・・たくさんありすぎて、どのお店が良いのか迷っちゃうな」
「ねー、噂によると、たこ焼き屋の中にいか焼き屋も混ざってるらしいよ」
「え、それはそれで美味しそうだね」
辺りをきょろきょろしていると、隣に萌ちゃんが駆け寄って来てくれた。彼女も浴衣を着ていて、トレードマークであるポニーテールをお団子にしている。オレンジの浴衣が明るい彼女にぴったりだ。前を見ると、瀬名高君と塩味君がお面を被り合ってはしゃいでいるのが見える。
「それにしても、夕陽ちゃんとは夏休みあんまり会えなかったから嬉しいよー!何せうちの部活がハードっているのもあるから、私の場合は休みって感じはしなかったんだけどねー」
「そうだったんだね。その後、その、先輩たちとはどうかな」
私の問いかけに、あー、というように目を開く萌ちゃんは、手に持っていた綿あめを食べながら笑った。すっかり明るくなった彼女の表情に、答えを聞く前にほっとする。
「それがね、私大会で優勝して、もう大盛り上がりだったんだ!先輩たちからも褒めてもらって、前より走るのがさらに楽しくなっちゃった!!」
「すごい、おめでとう。萌ちゃんいつも部活頑張ってたから、努力が実を結んだんだね」
「えへへ、ありがとう!夕陽ちゃんこそ、夏休みは何をしてたのー?」
「そうよ、聞かせなさいよ。台心とこっそり会ってたんじゃないでしょうね」
「うわ、赤羽!いつからそこに」
私と萌ちゃんの間からひょっこり顔を覗かせたのは、ありさちゃんだった。彼女は意外にも浴衣じゃなかったけど、可愛らしいフリルがたくさん付いた白いワンピースを着ている。汚さないかと心配になるけど、彼女は台心先生の前じゃないと何も気にしないのか、手には焼きそばとたこ焼きを器用に持っている。こういうギャップがいいなあとこっそり思った。
「なんだかあんたら、ちょっと背が高くない?下駄脱ぎなさいよ」
「何無茶なこと言ってんの!赤羽が小さいのが悪いんでしょ!?」
「でかくったって可愛くないでしょ。私は小さくても台心にお姫様抱っこしてもらうからいいのよ」
「どんな妄想してんのよ!がっつり飯食ってる奴に言われたくないわ!」
萌ちゃんとありさちゃんも仲が良いなあ、とぼんやりしていると、人込みの中一段頭が出ている森林君を見つけた。背が大きいと見つけやすく、遠くで塩味君も目視できる。私は人を上手くかいくぐり、彼の元へと駆け寄った。
「森林君!」
「・・・・・・」
私をじっと見下ろす彼は、言葉に出さなくても分かるほど疲れた顔をしていた。きっとこういう人が集まる所が得意ではないのだろう。この蒸し暑いのに相変わらずずっとマスクをしていて、余計ぐったりしているように見えた。黒いシャツに長ズボンと、正直見ているだけで暑くなる。
「こういうとこに森林君が来るなんてちょっと意外だったよ。塩味君に連れられてきたの?」
私の問いに、彼はこくりと頷いた。はあ、とため息を吐き、やっぱり暑いのかマスクをちょっとずらしている。彼はこの喧噪にかき消されてしまうそうなくらいの声で喋った。
「本当は来るつもりはなかったんだけど。あいつにはめられた。しかも勝手にどっか行くし」
「そ、そうなんだね・・・・・・」
会話が途切れる。話すより聞く側の私たちは、黙って人なりに従って進んでいった。私は特に気まずいとは思わないけど、彼はどうなんだろう、と横目で見る。すると、彼の顔が一瞬射的の方に向いているのが見えた。私はトントン、と背中を叩き、屋台の方へ指を指した。
「ここ、寄ってみる?私もやってみたい」
「・・・・・・よく分かったね」
自分の顔が動かない分、相手の顔の動きには敏感になったんだよ、とは言わず、私たちはそんなに人も並んでなさそうな射的屋さんへと入った。的が均等に並ぶその空間を見た瞬間に、お菓子が詰まったどでかい袋を持ったくまのぬいぐるみが目に入る。きっとあれが一等賞なのだろう。王を守る兵隊のように、そのぬいぐるみを中心としてお菓子屋らおもちゃやらが等間隔で並んでいた。中で待ち構えていたのは豪快そうなおじさんで、いかにもな感じでタオルを頭に巻き付けている。
「いらっしゃい!5回で500円、と言いたい所だが・・・・・・彼氏さんがいいとこ見せてくれるのに賭けて、300円でいいよ!!」
私は恐る恐る森林君を見た。彼が一番嫌がりそうなジョークだ。案の定、彼は無表情の中に怒りをふつふつと滾らせた状態で、黙っておじさんから銃を受け取っている。帰っちゃうかなとも思ったけど、彼はすっと銃を構えると、標準を一等賞に合わせて、迷いなくパンパンパン!と打った。予想以上に音がでかくて心臓が跳ねる。
すると驚いたことに、中央にそびえたっていたくまが動き、ぐらっと右に傾いた。あ、と思うのも束の間、彼は残りの二発を撃ち込み、ぬいぐるみはお菓子を抱えたまま、後ろへと姿を消した。
「おおおーー!!」
カランカラン!とおじさんが興奮した様子でベルを鳴らし、またもや心臓が跳ねる。おじさんは急いで景品を取りに行き、森林君に渡した。ついでにがっつりと彼の手を掴んでいる。彼が大きく顔を歪めたのがマスク越しでも伝わった。
「すごいね君!!何かサバゲーでもやってたのかい!?倒し方を熟知してる奴の銃捌きだったよ!俺と一緒にチーム組まないか!?」
おじさんのアピールに無言で手をぶんぶんと振りほどこうとしている彼を見守っていると、「椿君!」と声をかけられる。見ると、瀬名高君がこにこにこしてちらに手招きをしていた。また、心臓が跳ねる。私は急いで彼の元へと行くと、そこには「いか焼き屋」と書かれた屋台がひっそりと店を構えていた。ぼんやりと赤い提灯を付け、完全に他の屋台に埋もれている。目視すれば分かるのに、不思議と存在感がない店だ。
「見てくれ、これが伝説のいか焼き屋さんだ!誰にもばれないように、君だけ連れてきたんだ。どうだい、感激だろう!まるで秘密の隠れ家みたいだな!」
「す、すごい。良く見つけたね。本当にあるんだ」
「だろう!僕も初の発見に驚いているよ。良ければ一緒に行かないかい?」
「うん、行こう。わ、いい匂い・・・・・・ん?」
長い暖簾をくぐると、いか焼きと言っているのにいかが見当たらず、バターと小麦粉が焼ける甘い香りが漂ってくる。いか焼きとは名ばかりの、まさかのいかの形をしたたい焼きだった。二人で唖然としていると、鉄板の向こうで黙々と生地を焼いているおじさんがぱっと顔を上げた。不愛想で目つきは良くないけど、私たちを見た途端に優しく微笑んだ。ギャップに思わずきゅんとしてしまう。
「よく見つけたね。いらっしゃい、良かったら買っていってくれ」
「もちろんさ、店主さん!この美味しそうな香り、僕の目は必ず見逃さないよ!一つください!」
「鼻じゃなんだね。私も、一つください」
「はは、はいよ、ちょっと待っててね」
お金を渡してちょっと経つと、おじさんは焼きたてのいか(の形をしたたい)焼きを手渡してくれた。紙越しに伝わる温かさといい香りに、自然とよだれが出てくる。
「できれば、ここは君たちの中だけにとどめておいてくれ。あまり言いふらさないように頼む」
「ああ、了解した!店主さん、素敵な発見をありがとう!!」
周りに響き渡る圧倒的な声量で瀬名高君がお礼を言うと、おじさんは苦笑しながらも手を振ってくれた。屋台からは少し離れ、木が立ち並ぶ脇道に移動する。瀬名高君がぱっとこちらを振り返り、宝物を得た少年のような顔をして、にかっと笑った。彼のこの笑顔を見るのは久しぶりだ。
「やったね、椿君!秘密のいか焼き、ゲットだ!」
「そうだね。瀬名高君、教えてくれてありがとう。さっそく食べようか」
「ああ!いただきまーす!」
さく、と一口頬張ると、すぐにカスタードに辿り着いた。生地は外がカリカリ、中がもちもちで、噛めば噛むほど優しい甘さが広がる。美味しい。
「うむ、美味しい!!いくつでもいける味だね!!」
「うん。なんだか懐かしい味だね。初めて食べるのに、不思議」
「はは、確かに!!うちのパンにも取り入れようかな!」
ぱくぱくと食べていると、瀬名高君があ、と言った顔でこちらを見ていることに気が付いた。彼はふと笑い、つんつん、と自分のほっぺをつついている。
「椿君、ここにカスタードが付いているよ。君の綺麗な髪に付いたら大変だ」
屋台のぼんやりとした明かりのせいか、彼の仄かに照らし出された表情に、途端に顔が熱くなる。急いで下を向き、自分の頬を擦った。はは、と瀬名高君の笑い声が聞こえる。
「そんなに急いで取らなくてもいいのに。君は恥ずかしがり屋さんだね。服装も相まって大和撫子らしさが溢れているよ!」
快活に笑いながらいか焼きを食べる彼に、瀬名高君も浴衣似合ってるよ、の言葉が、喉まで出て引っ込んでしまう。私はちょっと仕返しをしたくなった。いつも私が恥ずかしがってばっかりで、彼は分かってやっているのか、照れるようなことばかり言う。私も何か言いたいな、と思うけど、何も頭に浮かんでこない。うーん、と悩んでいると、あ、と閃いた。
「瀬名高君、どうして私だけにいか焼き屋さんを教えてくれたの?」
「うん?丁度君の姿を見かけてね。バイト以来、あまり話せていなかったし、せっかくだと思って」
「でも、私は射的屋さんの中にいたし、隣には森林君もいたよね。なのになんで、私だけに声をかけてくれたの?」
ぎく、と言わんばかりに挙動不審になる瀬名高君を見て、ちょっと面白くなってくる。空を見たり時計を見たり、明らかに目を泳がせている彼に、私は最後の一撃を放った。
「もしかして、私を探してくれてたのかな、なんて思ったんだけど・・・・・・」
彼はいか焼きを持ったまま、体ごと顔を逸らしている。言っておきながら、自分でも恥ずかしくなってきた。これで「全然違うよ」なんて返されたら、恥ずかしいのは私の方だ。まずい、なんでこんなこと言ったんだろう。お祭りの空気に当てられてしまった。一気に全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出てくる。
「え、えっと。ごめんね、ちょっと意地悪なこと言って」
「それは、椿君」
瀬名高君がこちらを振り返り、まっすぐ見つめてくる。恥ずかしくて顔を逸らしたいのに、彼の目にともる光に吸い寄せられてしまう。ぐっと手を掴まれ、自然と体が震えた。
「君と一緒に、夏の思い出を作りたかったんだ。君に、最高のプレゼントを贈りたくて」
そう言うと、彼はぐいっと私の手を引っ張り、私は一歩前に押し出された。
その時、ドン!!!と大きな音が地面に響いて、咄嗟に顔を上げる。視界は林がそびえたっている中、ここだけ枝が伸びておらず、綺麗に空が見渡せるようになっていた。
すると、視界にぱあっと金色の光が空に広がっていく。突然現れた巨大な花に、私は思わず言葉を失ってしまった。すぐに光は消え、何もない黒い空に戻る。しかし、網膜に焼き付いたのか、数回瞬きしても、目に残像が残っていた。
立て続けに、ドンドン!!と音が鳴り、パッとオレンジ、緑、青と花火が広がっていく。周りに人もいない、適度に涼しい空間に、美しい花火が木々の葉を照らしていく。ハッとして隣を見ると、瀬名高君がさっきよりも満足そうな顔で、ニコニコとこちらを見ていた。
「せ、瀬名高君。これは・・・・・・」
「はっはっは!!君にサプライズをしたくてね!ここは、花火がばっちりと見えて、人も来ない、隠れスポットなんだ!!いか焼き屋を偶然見つけたから、花火が始まるまでの間、時間を稼ごうと思ってね!いやー、驚いてくれたかい?」
あっけらかんとした彼の笑顔に、またもや呆然としてしまう。全部計画だったとは、彼は意外と策士だ。そうか、あの時は、恥ずかしくて顔を逸らしたんじゃなくて、花火が打ちあがる瞬間を確認するために後ろを振り返っていたのか。全てに合点がいき、私は全身から力が抜けて、思わずしゃがみこんでしまった。
「な、なんだ・・・・・・」
「え、も、もしかして、迷惑だったかい!?椿君はここの花火大会は初めてだろう?だから、少しでも思い出を残せたらと思ったんだが・・・・・・」
慌てた声の瀬名高君が手を差し出してくれるのが見えて、顔を上げる。心配そうな顔をしている彼に、私は感謝がじわりと湧いてきて、全力でほほ笑んだ。
「ううん、すごく嬉しい。ありがとう、瀬名高君」
ぎゅっと彼の手を握り返し、私は立ち上がる。花火はどんどん形を変えていき、オレンジ色の火がしだれ柳のようにさあっと流れていく。目の前にぱっと打ちあがった花火は、にこちゃんマークの形をしていて、丸以外もできるのかと感動してしまう。
「ねえ、見た、今の?」
横を向くと、彼はまた下を向いていた。陰に隠れて、彼の表情は見えない。せっかくの絶景なのに何をしているのだろうか、と私は首を傾げた。
「瀬名高君?」
すると、遠くから「夕陽ちゃーん!!」とレイちゃんの声が飛んでくる。見ると、塩味君の隣でレイちゃんがぴょんぴょんと跳ねながらこちらに手を振っていた。森林君も萌ちゃんも、無事合流できたようだ。私は手を振り返し、隣で顔を背けたままの瀬名高君に声をかけた。
「瀬名高君、みんなあっちにいるみたい。ここに呼ぶ?」
「い、いや。僕も後で合流するから、先に行っておいてくれ。すぐ行くよ」
顔を腕で隠し、彼は覇気のない声でそう言った。一瞬照れているのかとドキッとしたけど、私なんかにドキッとするわけがないか、と思いなおす。私は彼の手から持ったままのいか焼きのごみを引き抜くと、レイちゃんたちの元へと足を踏み出した。
「これ、捨ててくるね。じゃあ、先に行ってるね。さっきのいか焼き屋さんの方にいるから」
「ああ」
少し進んで、人込みの中に埋もれていく。ちらりと後ろを振り返ると、しゃがみこむ瀬名高君と、彼の背中を擦るバンシキさんがいた。なぜか彼はもう片方の手で器用に、暴れ回るタンギンの口を抑えている。バンシキさんは私の視線に気が付いたのか、ひらりと手を振ってくれた。私も一礼して、レイちゃんたちの方に向かった。花火の振動で体が震える。きっと花火だけのせいじゃないだろうとは、自分でもなんとなく実感ができていた。
「・・・・・・迷った」
歩けど歩けど、レイちゃんたちの方に向かっているはずなのに、一向にみんなと合流できない。さっきまではあんなに近くに見えたのに、もう5分以上彷徨っている。さすがにおかしいなと辺りを見回しても、楽しそうな家族やカップルしかいなくて、私はちょっと休憩しようと脇道に逸れた。慣れない下駄に、足の付け根がヒリヒリと痛む。背中の感覚がからっぽで、まだタンギンは瀬名高君たちの元にいるんだろうなと悟った。
容赦なく鳴り響く花火の音に耳が麻痺しつつも、私は林の向こうにぼんやりと屋台を見つけた。人の波がそちらに向いていないからか、そこだけ切り取られたように見える。廃絶かと身構えたけど嫌な予感はしなくて、私は足を引きずりつつもそこへと歩いて行った。
草をかき分けていくと、一気に視界が広がる。そこには、さびれた屋台と、一人の人が、花火を見上げていた。暗くていまいちよく見えないけど、お面やビー玉や風車など、昔のおもちゃが売られているようだった。どうしてこんな人の来なさそうな場所に店を構えているのかと思っていると、その人が私に気付いて、ふとこちらを見る。
赤く長い髪がぼんやり光る蝋燭の火に照らされて、妖艶と艶めく。この世の物とは思えないほど白い肌に、宝石のような緑の瞳がこちらを射貫いてくる。和風の屋台とは似つかわしくない白いスーツに、これまた夏に似合わない黒のタートルネックを着込み、頬杖を突きながらふと顔を傾けた。耳に光る短冊型と歯車のような形の金のピアスが鋭く光る。
「・・・・・・いらっしゃい」
鈴のような声に、直感的に悟る。この人は人間じゃない。現世とかけ離れた美しさと存在に、私は一歩身を引いた。彼はそんな私を不思議そうに見ていて、真顔と微笑の中間のような顔をしている。ロングヘアーなので女の人かと思ったけど、声はしっかり低くて、中世的な見た目につい戸惑ってしまう。
「えっと・・・・・・こんばんは」
「はい、こんばんは。こんな所に来て、迷子にでもなってしまったかい?」
案外会話が成立していることに驚きつつも、私は花火よりも彼の方に目が吸い寄せられてしまっていた。彼は何者なのだろう。廃絶か式神か、また別の物か。花火のせいで麻痺している五感に、私は何とか彼と会話しようと喉を動かした。
「ど、どうしてこんなところにお店を立てているんですか?」
「別にどうだっていいだろう?君こそ、こんなところにいていいのかい?」
「・・・・・・はぐれてしまって。みんなを見失ってしまったんです」
「そうかい。それはお気の毒に。気が済むまで、ここにいればいいさ」
そう言うと、彼はパイプ椅子を出して、どうぞ、というように手を差し出してくれる。途端に、疲れがどっと出てくるのを感じ、私は腰を沈めた。思ったより祭りの空気に当てられていたらしい。
「ありがとうございます」
「いえいえ。祭りは案外疲れるだろうからね。ゆっくりしていきなさい」
そういう彼は、また屋台へと引っ込み、肘を突いて花火を見上げている。彼の不思議な雰囲気にじっと目が離せないでいると、彼は上を向いたままふふっと笑った。しまった、見すぎたとハッとする。蝋燭に照らされた彼は、今度は私の方に肘を突いて、私を見つめ返してくる。目が綺麗だ。欲しい、だなんて自分でも怖くなる感想が頭に浮かんでくる。
「どうしたんだい?僕に何か用かい?」
「す、すみません、じろじろ見ちゃって。特に用はないんですけど。あなたの目が綺麗だから、つい」
「へえ、面白いことを言うね。じゃあ、もっと近くで見せてあげようか」
緊張が走り、咄嗟に身構えると、彼は立ち上がるでもなく、こちらを見てくすくすと笑った。脅かされただけなのだと分かって、少し恥ずかしくなる。
「冗談だよ。ほら、もうお行き。仲間が待ってるよ」
その声に顔を上げると、遠くから「夕陽ちゃーん」とレイちゃんの通る声が聞こえてくる。私は立ち上がると、パイプ椅子を折りたたみ、彼のいる屋台の裏側へと行った。翡翠の瞳が見つめ返してくる。よく見るとこの人は、全く瞬きをしない。
「椅子、ありがとうございました。十分休めました」
「どういたしまして。また会えるといいね」
彼はそう言って、ふと笑い、私の頭に手を伸ばした。暗くなる視界の中、どういうことかと聞き返そうとした時、後ろからぎゅっと手を握られる。振り返ると、レイちゃんが息を切らしながらこちらを心配そうに見ていた。見知った顔に、安堵感が一気に押し寄せてくる。
「レイちゃん。探しに来てくれたの?」
「そうだよー!!あんなに近くにいたのに、どっか消えちゃうんだから!!全く、うちにいるだなんて思わないよ!」
「うち?」
辺りをよく見ると、私たちが今いるここは、碁色神社の敷地内だった。見たことのある本殿や鳥居がぼんやりと暗闇に潜んでいて、私は申し訳なさで彼女に頭を下げる。会場から一直線でここに繋がっているのだとは思うけど、大分離れている。それだけ探してくれたのだろう。
「ごめんね、勝手に入っちゃって。それに、探しに来てくれてありがとう」
「いいのいいの、すぐ見つかったし!タンギンがこっちじゃないかって教えてくれたから!」
「でも、私の元には来てないよ?」
「あれ、そう言えば、ショウゼツもいない。え、どういうこと?」
後ろの感覚も、周りを見渡しても、式神はどこにもいない。私たちは顔を見合わせつつも、一緒に会場へと戻っていった。というか、どうやってここに来たんだろう。さっきまで、何があったのだろう。不思議なお兄さんがいたことまではうっすらと思い出せるけど、記憶が切り取られたかのようだった。みんなと合流する時には、私はさっきまでのことを完全に忘れてしまっていた。
「お前、どこ行ってたんだよ、この阿保!!」
「まあまあ、いいじゃないっすか。たまには夕陽さんも、断金さんから離れたい時もあるっすよ」
「そんなこと言って、何かあったらどうすんだ!!浮かれた空気に乗っかって人さらいも出るし、迷子にだってなる!祭りは楽しいだけじゃねえんだぞ!!」
「マジでおかんじゃないっすか。もしくは、高校生になっても門限を20時にするおとん」
「誰がおとんだ!!大体、夕陽はぼんやりしすぎなんだよ!!こんな調子だといずれ不審者に捕まるぞ!!」
花火の轟音に負けないタンギンの怒鳴り声に、私は申し訳ない思いでいっぱいだった。結局、あの後全員で合流し、土手の空いているスペースに座って、花火を眺めることにした。幸い、途中で消えた私より大きなくまを抱えて登場した森林君にみんな意識が行ったようで、楽しそうにわいわいとはしゃいでいる。隣でバンシキさんとショウゼツさんがタンギンをなだめているけど、私は目の前に広がる楽しい光景を楽しめず、ただ頭を下げることしかできなかった。気持ち的には正座をしたかったけど、一人土手で正座するのも変に目立つので、体育座りで説教を食らっている。レイちゃんにも瀬名高君にもタンギンの声は聞こえているので、二人ともおかしそうに笑いを堪えている。
「大体てめえ、碁色神社なんて会場と反対方向じゃねえか。どうやったらそこまで辿り着くんだよ」
「確かに、うちに行くには一回道路を挟まないとだもんね。夕陽ちゃん、何してたの?」
レイちゃんの問いに、私は記憶を巡らせる。道路を横切った覚えはないし、何をしにあそこに行ったのかもわからない。まるでマクモさんに初めて会った時に、無意識に別棟に行ってしまった時のようだ。何かに誘導されたのだろうか。
「なんで俺がお前の居場所にすぐ気づけなかったのかも分かんねえし・・・・・・お前、ほんとにガキだな。すぐどっか行くんじゃねえよ」
「・・・・・・ごもっともです」
足元に茂った草が、浴衣の隙間から足をくすぐってくる。耳元に蚊が掠め、反射的に追い払う。カラン、とタンギンの花札に手が当たると、私は電流に打たれたように、脳に閃きが走るのを感じた。そうだ、赤髪の人間離れした人と、屋台で会ったのだ。椅子を貸してもらって、お喋りをしていたら、レイちゃんの声が聞こえて、そして、彼は屋台ごと消えてしまった。
「夕陽ちゃん?どうしたの?」
レイちゃんが固まったままの私を心配そうにのぞき込んできて、ハッと意識を取り戻す。私は未だにくまとお菓子で盛り上がっている同級生たちから少し離れ、瀬名高君とレイちゃんを呼び出すと、耳を貸すように手招きした。式神もつられて内緒話に参加している。さっき思い出した不思議な現象を話すと、タンギンが思いっきりチッと舌打ちをしてその輪から離れた。バンシキさんは複雑そうな顔をしていて、ショウゼツさんは困り笑いをしている。主二人の顔を見ると、私と同様にピンと来てなさそうだった。
「ふむ。それは廃絶か式神の可能性が高いが・・・・・・危害を加えてこなかったのなら、式神じゃないのかい?前提として、碁色君の神社には屋台なんてないはずだろう?」
「うん。お父さんが許さないと思う。この祭りでも、うちは敷地内にロープを張って立ち入り禁止にしてるし。夕陽ちゃんがそのロープを乗り越えてうちに入ってきた、ってのも想像できないし・・・・・・」
「ご、ごめんね。でも確かに、神社に入った覚えはないんだけど・・・・・・」
「それ、多分神仙さんっすね」
ショウゼツさんの言葉に、全員が彼の方を向く。苦笑いを浮かべながらやれやれと言った様子で肩をすくめると、彼はちらっと少し離れたところに浮かんでいるタンギンを見た。
「赤い髪に、歯車と短冊の髪飾りっすよね?その人、目が緑じゃなかったっすか?」
「そ、そうだよ。声が低くて、びっくりしたけど。あれがシンセンさん・・・・・・?」
「なんでこっちに来たのか分かんないっすけど、多分こんなに主が集まってる地域が気になったんじゃないっすか?夕陽さんが思い出せたのは、断金さんの品物に触れたからっすよ。断金さんは神仙さんと並ぶくらい強いっすから」
暑いのか、額の汗を拭いながら瀬名高君は考え込むように真剣な顔をした。レイちゃんもショウゼツさんを見つつ、頭に?をたくさん浮かべている。
「ふむ。シンセンは僕も何回か見かけたことはあるが、あまり積極的に皆に関わろうとはしないように見えたな」
「そうなの?ってそっか、瀬名高は主になって長いんだもんね。なんか同級生なのに先輩っぽくて、ムカつく」
「なぜかムカつかれてしまったが・・・・・・僕はいつ主になったのかは覚えてないんだけどね。バンシキ、どれくらいだったっけ?」
「・・・・・・私も、忘れてしまった」
「はっはっは!そうかい、まあいいさ!年数で僕たちの仲の良さを図ってもらっては困るからね!」
「話が蛇行しすぎだろ」
見かねたのか、タンギンが戻ってきてみんなの頭上に浮かぶ。丁度花火を遮るようにして立っているので、彼の姿は光を透過して、神様みたいに見えた。
「なんで神仙がこっちに来たのか知らねえが、こいつの記憶を消したってことは、俺らにバレたくねえ事情でもあったんだろ。なんだよ、何がしてえんだよ。勝手に来た癖に、気持ち悪い」
「え、式神って人間の記憶を消せるの・・・・・・?」
レイちゃんの目線は自分の式神を向いていた。戸惑いの色を声に滲ませていたのが分かったのか、ショウゼツさんはぶんぶんと手を振っていた。
「ま、まあ、不可能じゃないってだけっす。特に一般人は、廃絶かなんかの仕業でショックな光景見ちゃったら、悪意を晴らした後でも日常生活に戻ることが難しい、なんてこともあるっすから。主には、信用にも関わってくるんで、普通しないっすよ。ね、盤渉さん」
ショウゼツさんが話を振ると、バンシキさんは瀬名高君を見て、穏やかに頷いた。自分の主の無垢な笑顔に何を思ったのか、バンシキさんは彼の隣に移動して、背中に回る。この構図にも見慣れてきて、なんだか一番しっくりきた。
「・・・・・・そうだな。条件もあるし、力が強くないとできない。それを抜きにしても、やるべきことではない」
「そうっすよね、割とタブー扱いされてることっすよね。ま、俺は力弱いんでできないし、安心していいっすよ、レイさん!」
「う、うん。ショウゼツは式神としての、じゃなくて、腕力が強いから、力が弱いって言い方にはすごく抵抗があるわ・・・・・・」
みんながわちゃわちゃしていると、タンギンが飛んできて、横に座ってくる。私は彼の方を見ると、彼はすごく不機嫌そうな顔をしていた。花火はもうクライマックスで、どんどんと豪華に、球数も多くなっている。
「神仙の近くに、人間はいなかったのか?」
「うん。主っぽい人もいなくて、本当にあの空間には、私とシンセンさんだけだったと思う。森の中なのに、どこかの空間に取り残されちゃった感じで、不思議だったよ」
「そうか・・・・・・くそ、あんな手紙書かなきゃよかったな。不意打ちで見に来られんの、すげえムカつくんだけど。視察に来られたみてえな感じ」
「あー、持ち物検査みたいなこと?この前私、防犯ブザー忘れちゃって、反省文書かされたんだ。意外とうちの学校、校則が厳しいんだよね」
「お前なあ・・・・・・」
タンギンは何か言いたげに私を見て口を開いていたけど、呆れたようにはああ、と大きなため息を吐いた。帽子を外して髪をくしゃっとかきあげると、体育座りをして顔を腕にうずめながら、じっとこっちを睨んでくる。首を傾げても、じーーっと銀の瞳がこちらを見てきて、私は花火の暴発と彼のどちらを見たらいいのか分からなかった。
「・・・・・・お前、別の奴にかどわかされてんなよ」
「え?か、かどわかされるって、どういう意味?」
「・・・・・・もういい。これからは、俺の傍から離れんな」
その言葉に、心臓が跳ね上がる。こんなこと言われたの、人生で初めてだ。今までは、どこかに行け、近寄るな、と不気味がられ、疎まれてきたのに、こんなことを言ってもらえる日が来るだなんて。ここに来てから幸せなことばかりだな、とタンギンから顔を逸らし、花火を見た。
・・・・・・本当は、そんな綺麗な感想だけじゃなかった。ドキドキと鼓動がうるさい。タンギンの拗ねたような顔と、力強い言葉に、私は純粋にかっこいい、と思ってしまった。花火を見ても、横にいる式神にしか意識がいかない。顔を抑えたくなったけど、火照っているのがバレたくなくて、必死に彼から目線を逸らすことにした。
「あー、花火終わっちゃったね。綺麗だったね、楽しかったー!そろそろ帰ろうか!」
レイちゃんの掛け声に、みんな席を立ち始める。しかし、同じタイミングで帰ろうとする人たちでごった返していて、道路は人であふれていた。みんなを見失わないよう、私たちは塩味君と森林君を筆頭に、それぞれ手を繋ぐなり服をひっぱるなりして、一列で進んでいく。すると、私の前を歩いていたありさちゃんがあ!という顔をして、ぐいっと横に逸れた。手を繋いでいた私も引っ張られてしまい、転げそうになりながら彼女についていく。
「台心!!」
「あ、赤羽。お、椿もいんのか。つうかあのでかいの、塩味と森林か」
ありさちゃんが走った方向には、だるそうに端っこの柵にもたれかかっていた台心先生がいた。彼はワイシャツの上から名札を吊り下げている。きっと見回りだろう。
「なんでいんのよ、お祭り行かないって言ってたじゃん!!だから浴衣も着てこなかったのに!!」
「行く予定なかったけど、うちの生徒の見回りで駆り出されたんだよ。嘘でも予定あるって言えばよかった。でも鈴木先生には逆らえないし」
「だったら先に言ってよ!!台心の浴衣も見たかったし!!」
ありさちゃんが列から外れたことに気付いたのか、ぞろぞろとみんなが帰宅の列から抜け出して、こちらに集まってくる。こう見ると結構な人数いるな、とひとりでに思った。まあ、私は式神も見えるし、森林君はプラス一人分くらいのぬいぐるみを持ってるし。
「うお、森林か?なんだそれ。ぬいぐるみなんて珍しいもん持ってるな」
「あ、台心先生じゃん!これ、こいつが射的で獲ったんすよ。すごくないっすか?」
先生自身が若くて親しみやすいからか、台心先生は他にも祭りに来ていたうちの生徒に話しかけられているようだった。かっこいいから声をかけようとしている人もいるみたいだったけど、ぶら下げた名札から教師だと分かったのか、周りで未練がましそうに見ていくだけだった。
「やあ台心先生!!花火、綺麗でしたね!!まるで夏の太陽に光を浴びて花開く向日葵のようでした!!ところでどうしてここにいるんですか?」
「瀬名高は本当にぶれないな。ここにいんのは見回りのため。あと最近、うちの弟がこっちに帰って来てさ。今日も一緒に回る予定だったんだけど、家で待ってんのか、ここにいんのか分かんないわ。全く、成長したら素直さがなくなっちゃって」
「え、台心弟いんの!?初耳なんだけど!」
「私も!詳しく教えてよ!!」
「聞きたい聞きたい!!何歳くらいなの!?」
途端に、ありさちゃんと萌ちゃん、レイちゃんが餌を狙った魚のように食いついて先生を囲む。こういう話好きだよなあ、と私は遠目からみんなを見た。
もう花火のなくなった空は、灰色の煙が浮かんでいるけど、それより明るい藍色の背景のせいで、変に浮いて見えた。喧噪の中に聞こえる蝉の声に、私は夏が終わる、と感じた。




