15.お出かけ
夏休みもぼんやりしていたらあっという間に過ぎてしまうもので、もう8月も半ばに差し掛かっていた。その間に、レイちゃんとショッピングに出かけたり、悪意が発生していないかパトロールしたり(ほぼタンギンとのお散歩で終わったけど)、悪意があったら除怨したりと、それなりに平和に時は過ぎていった。瀬名高君とは、パン屋さんでお手伝いした時以来会っていないけど、現場の忙しさを知った今、家のお手伝いと除怨のパトロールを平行している彼に、余計な手間はかけたくないと思っていた。
「いや、余計じゃねえだろ。せっかくなんだ、会いたくなったとか適当に言付けていこうや」
お昼を食べ終わって、リビングのソファでぼんやりしていた私に、タンギンが目の前の平机の上に腰かけて話しかけてきた。私が頑張って解いた宿題が下敷きになっているのが見えて、彼が実体化してないとはいえ少しヒヤッとする。
「適当に、ね。何がいいかな」
「別になんでもいいだろ?近々商店街で祭りがあるらしいからそれ行こうだとか、問題分かんねえから教えてー、だとか。まあ、あの馬鹿に教えられることなんてねえか」
「というかタンギンは、最近すごいご機嫌だよね。何かあったの?」
もともと、私が話しかけたらタンギンは私の中から出てきて顔を見せてくれるし、家事をしてくれている時はもちろん実体化しているので、彼と顔を合わさない時がないくらいには一緒にいる。ところが、あまり饒舌な方ではない彼は、最近すごくよく喋るのだ。スーパーでこれが安かったとか、空が綺麗だとか、買い物帰りお隣さんから野菜をおすそ分けしてもらったとか、結構嬉しそうに報告してくる。楽しそうな彼を見て私も心が明るくなるけど、感情が変わりやすい彼がずっとニコニコしていると、少し違和感があった。
「誰がニコニコしてっと違和感があるって?失礼な奴だな、お前はよ」
「ご、ごめんなひゃい。いひゃい」
考えていることが伝わってしまい、タンギンに思いっきり頬を引っ張られる。彼が実体化したことで必然的に重力もかかるので、案の定ぐしゃ、と嫌な音が聞こえた。タンギンに机から降りてもらうと、彼は自慢げに頬を染めながら机に頬杖を突いた。こうして見るとすごく幼く見える。
「それがなあ、この前式神の奴らとの会議に行ってきたのよ。場所も碁色神社で近かったし、新しい廃絶の面子も報告したかったしな」
「へえ、いつの間に。それで?」
「そん時、俺の活躍ぶりを話したわけ。そいつに一撃かましてやったこととか、廃絶の一人が術をかけたら、別の奴の術はかからない、とかな。俺の発見を奴らに教えてやった。そしたらどうなったと思う?」
「ど、どうなったの?」
ごん、と膝にタンギンの足が当たる。彼は私の対角線上に座っているので、長い足を持て余しているのだろう。気にも留めず、胸を張るようにひらりと手を広げた。相当ご機嫌だ。
「それがよ、もうみーんな唖然よ。俺の発見に一同拍手喝采だったね。廃絶は構成員さえはっきりしてねえのに、俺が攻略法の糸口を掴んだ。まあ、神仙はいなかったけどよ?」
「シンセン、って、あの関西丸ごと守れる強い式神さん?」
「そーそー。もう、気分良かったな。はっ、みんなもっと俺を崇め奉れ。俺の銅像を建てろ」
「そ、それは難しいけど・・・・・・やっぱり、タンギンも強いんだよね。あの一瞬で、ホウキョウさんの術にマクモさんをぶつけたら術が解けることを見抜いちゃうだなんて」
「・・・・・・は?ホウキョウ?」
「え、あの女の人の名前。廃絶の」
「お前、いつそれを」
「マクモさんを引き付けてる時かな。褒めたら教えてくれたよ。本人はばらしたつもりはなかったっぽいけど」
私の言葉に目をまん丸に見開いたタンギンは、はあああー、と深いため息をつくと、机の上に腕ごと突っ伏した。先ほどまであんなに満開のオーラを出していたのに、途端にどんよりモードだ。本当に分かりやすい人だ。
「なんか私、まずいこと言っちゃったかな」
「・・・・・・また会議に参加しなくちゃいけねえのもあるし、てめえの方が情報持ってんのもあるし・・・・・・なんだよ、つまんねえの」
「い、いやいや。私なんて全然だよ。タンギンがあの時時間を稼いでくれてなかったら、マクモさんから聞き出すこともできなかっただろうし。ほ、ほら。式神のみんなから褒められたんだよね。すごいよタンギン、さすがだね」
私の精一杯のおだては効かず、彼は不機嫌そうにこちらをじろりと睨んでいた。頬が机とこすれてむにゅっとなっていて可愛い。
私は差し込んでくる日の光を目で辿り、荒れ放題の庭を見た。あちこちでピンクやら紫やらの花が緑色からちらちらと見えて、ぼんやりと零す。
「・・・・・・シンセンさんって、どんな人なのかな」
「神仙か?」
タンギンの問いかけに、ハッとして口を塞ぐ。今更かよ、とでも言いたげな顔をして、タンギンはやっと体を起こした。ぽりぽりと頭を掻いて、学生帽の角度を直している。少し機嫌が直ったようだ。
「あいつはまあ。なんつうんだろうな。人に興味がねえっつうか、うーん、雰囲気は盤渉と似てて、性格は鸞鏡に似てんのかな」
「ら、ランケイ?それもまた、式神?」
「あ?めんどくせえ、お前も式神の名前くらい全員知っとけや」
「そ、そんな無茶ぶりあるかな」
「じゃあ、会いに行こうぜ」
彼の言葉に、黙って当人を見つめる。タンギンは何気ない顔で私をちらっと見やると、おかしそうにくくっと笑った。そんなに変な顔をしていただろうか。
「なんつー顔してんだよ、阿保みてえ。そんなに気になんなら、一回会いに行けばいいじゃねえか。神仙の主ともこれからなんかしら関わり合いがあるかもしれねえし」
「そ、そんな急に。というか私、知らない人と話すのあんまり得意じゃないし」
「そんなこと言ってるからいつまで経ってもお前は成長しねえんだよ。そうと決まれば連絡しに行くか。ちょっと離れるけど、大人しく待っとけよ」
「え、どこに?というか、まだ会うって決まったわけじゃないけど」
「神仙は今関西にいるから、俺が直接あいつに連絡を取るのは無理だ。まあ、無理ってわけでもねえけどめんどいから、取り次いでもらう」
そう言うとタンギンは実体化を解き、ぱっと何もない空間から筆と紙を出すと、俳句を詠むかのように筆をさらさらと滑らせた。綺麗に三つ折りにして、封筒に入れる。よく見ると、カミムさんとシモムさんたちが私たちに持ってきた封筒と同じものだった。普通の大きさの茶封筒だけど、どこか昔の和紙のような古臭さを感じる。
「この前の会議で話した感じだと、鸞鏡らへんに渡せば神仙に届きそうだな。ま、ちょっくら行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待って!」
私の静止も虚しく、タンギンは手紙を持ってすたこらと宙に浮かんで消えてしまった。ちょっとにやにやしてたから、私が焦っているのには気づいていて、面白がっているのだろう。これからまた知らない人と話すことになると思うと、何もなくなった空間を見つめながら、私は深いため息を吐いた。すると突然、ハッと閃く。
「え、というか、関西に行かなくちゃいけないのかな」
重大なことに気付いたのと、家のインターホンが鳴るのが同時だった。もうどうにでもなれと、せっかくの気づきを頭から消して、私はインカムに顔を近づけた。この家にはマイクはあるけどカメラはないので、声を聞かないと誰だか分からない。
「はーい、どちら様で」
『あ、夕陽ちゃん!ちょっと聞いてよ!!!』
『もしもーし、夕陽ちゃんかしらあ?急に押しかけちゃってごめんねえ。この子がどうしてもって言うからあ』
『私はあんたと二人だけなのが気まずいだけですけど!!?』
『はああ?そんなのこっちの台詞なんだけどお!?』
『夕陽の家、豪華なの』
『あれ、でも断金はいないみたいなの』
『夕陽さん、申し訳ないけど、この場を収めてくれないっすか・・・・・・』
最近、ただでさえ実体化したタンギンがイケメンすぎるとこの家が有名になりつつあるのに、この騒ぎではなおさらお隣さんと気まずくなってしまう。私はインターホンから溢れる怒涛の声に安心しつつも、急いで玄関へと走っていった。
「お邪魔しまあす。これ、お土産よお。急に押しかけちゃってごめんねえ」
「いえ、わざわざありがとうございます。わ、可愛い。クッキーですか?」
「そうよお、鳩の形なのお。この前出張で行ったから、その時に買ったのよお」
美麗さんが玄関先で渡してくれた紙袋を受け取りつつも、顔を上げて本人を見る。相変わらずの綺麗さとスタイルの良さで、黒いワンピースが心なしかはち切れそうだ。麦わら帽子を取って、彼女は妖艶に微笑んだ。
「ちょっと振りねえ。元気だったあ?お宅の式神、随分活躍したそうじゃないのお。廃絶がかける術の法則を見抜くなんて、お手柄ねえ」
「はい。タンギンもさっき、すごい自慢げに話してました。美麗さんは、どうやって知ったんですか?」
「下無たちのおかげなの」
「上無たちのおかげなの」
綺麗にハモった声に下を見ると、シモムさんとカミムさんがこちらを見上げていた。両脇からきゅっと美麗さんのワンピースの裾を握りしめていて、まるで親子のように見える。
「そっか、式神たちの会議には二人も行ったんだね」
「というか、行くのが普通なの」
「断金は阿保だから行かないだけなの。夕陽、あいつを基準に考えちゃだめなの」
「そうっすよ。断金さんは結構イレギュラーな人っすからね。それぞれの主の安否確認も兼ねてるんすから、会議には出た方がいいっすよ。まあ、強いからいいんでしょうけどね」
そう言うと、ショウゼツさんは腕を頭の上に組んでカラッと笑った。彼がいると玄関がすごく狭く思える。タンギンはこの暑い中ずっと長袖長ズボンにジャケットを羽織っているから暑苦しいけど、彼は腕まくりをしているし、6つに割れた腹筋が見えるくらいの短ランを着ているので、すごく涼しそうだ。すると、ずっと黙っていたレイちゃんが耐えきれないようにばっと顔を上げるのが見えた。
「もう!!今日は私が夕陽ちゃんに用があってここまで来たのに!!なんでこんなに人がいっぱいいるのよ!!」
「もお、うるさいわねえ。ヒステリーな女は嫌われるわよお?ね、ショウゼツもそう思うわよねえ?」
「え、そ、そうっすねえ?レイさん、まあ落ち着いたらどうっすか」
「落ち着いてられないわよ!!朝起きたらうちの前にあんたが仁王立ちしてて箒落とすかと思ったわ!なんでここにいるのよ、中部地方に住んでるんじゃないの!?」
びしっと名推理を説く探偵ばりに指を指すレイちゃんに、ふふんと不敵な笑みを浮かべて美麗さんは整った指を顎に当てる。正直玄関はエアコンの風が来なくて暑いし、さっきからずっと玄関で立ち話をしているから、いいとこで切り上げてみんなを早くうちに入れたい。
「残念ね、私は出張で全国に行くのよお!特に関東での仕事が多いから、中部と関東に2件家を借りてるのお!ショウゼツに会いたいからじゃないわあ!」
「もう言っちゃってんじゃん!!金に物言わせて大人げない!!」
「お子様に何を言われようと響かないわあ!何とでもおっしゃいな!」
「・・・・・・私、お茶用意してくるね」
「あ、俺も手伝うっす」
「下無もなの」
「上無もなの」
私たちはぞろぞろと、リビングに退避していった。レイちゃんと美麗さんは一見仲の悪そうな二人だけど、私はお似合いのコンビだなと思う。会うのはプールの一件以来だけど、この家には私とタンギンの声しか響かないので、言い合いの声が聞こえるのはなんだか微笑ましかった。麦茶を2人分注いでいると、ショウゼツさんが手際よくテーブルに持って行ってくれる。彼が実体化すると、隣にいるだけで圧がすごい。
「それにしても、俺とレイさんが見回りに行ってる間に新しい廃絶が来るなんて、あいつら絶対計算してるっすよね。質の悪いやつらっす」
「下無たちの時も、そういうことがあったの。美麗が仕事で関西に行った途端に、三川県から悪意が爆発したの」
「三川県って、中部地方だよね」
シモムさんたちも手伝ってくれて、いそいそとキッチンに出しておいたおせんべいやチョコをテーブルに運んでくれる。カミムさんは長いピンクの髪を新体操のリボンのようにくるりとたなびかせてターンをすると、じっとこちらを見て頷いた。
「そうなの、三川県が上無たちが拠点にしてる場所なの。莫目が狙ったに違いないと思ってたけど、廃絶には長も別の奴もいるって話を聞いて、そうとも限らないと思ったの」
「まさか廃絶がこんなに人数がいるなんて聞いてないっすよ。一人倒せば何とかなるだなんて思ってはなかったっすけど、あとどれくらい隠れてるかなんて、想像したくないっすね」
「そうだね・・・・・・・3人とも、お手伝いしてくれてありがとう。ゆっくりしていってね」
「あざっす!そういや、断金さんはどこに行ったんすか?あのモンペが夕陽さんを長らくほっとくとは思えないっすけど」
「なんか、別の式神のとこに行ったみたい。私もよく分からない。というか、分かりたくない」
「なんかそっちもそっちで大変そうっすね・・・・・・」
3人は実体化を解いたらしく、それぞれ何もない空間に浮かび上がりながら話していた。こう見るとショウゼツさんが父親みたいだ。双子と彼の身長の差がすごい。
「勝絶、モンペってなんなの?」
「モンスターペアレントのことっす。要するに過保護すぎる親ってことっすね」
「勝絶、物知りなの。美麗のママとパパはめちゃくちゃ面白い人なの」
「え、会ったことあるんすね。実家帰りの時に付いていったんすか?」
「そうなの。もう上無たちは3年も一緒にいるの。上無たちも家族みたいなものなの」
「すごいっすねえ。俺も前の主とはめっちゃ穏やかに過ごしてたっすけど、そんなに長くはいなかったすね」
式神たちの会話を聞きつつ、私は自分のグラスに入っていた紅茶を飲んだ。自分の家にこのメンツが揃うとは思っていなかったけど、驚くべきなのはここに人間が私だけということだ。肝心の主たちは、まだ玄関で言い争っている。熱中症にならないか心配だ。
「そう言えば、夕陽の親はどんな人なの?今日はお出かけしてるの?」
シモムさんの問いかけに、一瞬言葉に詰まる。でも嘘を吐いたところで何にもならないし、むしろ心苦しいので、私は正直に言おう、とコップをコースターの上に置いた。
「私の両親はもういないんだ。お父さんは死んじゃったし、お母さんはどこかに行っちゃったの。多分死んじゃった、とは聞いてるけど」
途端に、3人の顔がぐっと固まったのが分かる。しまった、と私は慌てて手を振った。こういう空気になってしまうから言いたくなかったのだ。気を遣わせたくなくて、話題を逸らそうとする。私は一切動かない式神たちをよそに立ち上がると、リビングの扉の前で振り返った。
「別に、物心つく前の話だから覚えてないし、気にしてないよ。気にしてない、って言い方はちょっと違うかもしれないけど、えっと。とにかく、私は大丈夫だから。ほら、二人を呼びに行こ。玄関は暑いし、熱中症になっちゃうよ」
ところが、扉を開くと、同じく顔を戸惑ったように硬直させているレイちゃんと美麗さんが目の前にいた。タイミング最悪だ。この様子だと、私たちの会話が聞こえていたのだろう。そういえば、レイちゃんにはまだこのことを伝えたことはなかった。というか、今まで永遠さんと先生たちとタンギン以外には言っていない。
「え、えーっと。とりあえず、上がってってください。暑かったでしょ・・・・・・」
私の声掛けも虚しく、誰一人としてその場で声を上げる人はいなかった。どうしていいのか分からない、というのが本音だろう。またやっちゃったな、と後悔がじわりと浮かんでくる。こうして周りの気持ちを暗くするから、人がどんどん離れていくのだ。
「ゆ、夕陽ちゃん、ごめんね・・・・・・・!」
声の方を振り返ると、レイちゃんが目から大量の涙を流しながらこちらを見ていた。ぎょっとしたのは美麗さんも同じなようで、鞄からハンカチを取り出して拭いてあげている。
「ちょっとお、なんであんたが泣くのよお。ほら、みっともないわよお」
「だ、だってえ・・・・・・夕陽ちゃんの気も知らず、私ったら、両親の相談しまくってたし・・・・・・言い出しにくかったよね、ほんとごめんね」
そう言って肩を震わせているレイちゃんに、私は鼻がツンとするのを感じた。自分のためにここまで悲しんでくれる人がいるだなんて、少し前までは想像もつかなかった。私は彼女の元に駆け寄って、背中を擦る。レイちゃんは目を真っ赤にしながら、思いっきり美麗さんからもらったハンカチで鼻をかんでいた。
「あ、ちょっとお!!」
「夕陽ちゃん、許してくれるの・・・・・・?」
「許すも何も、レイちゃんは全然悪くないよ。むしろ、今まで言い出せなくてごめんね。私は今こうして一緒にいてくれる人がいるから、大丈夫だよ。タンギンをはじめ、みんな仲間だと思ってるし。大丈夫だよ」
「うう、ごめんね・・・・・・」
「な、なんて立派な子なのお・・・・・・」
「なんで美麗さんも泣くんすか」
そんなこんなでひと悶着あったけど、なんとかうちのリビングには、いまだに涙腺を緩ませつつちゃっかりショウゼツさんの隣を死守している美麗さんと、うちのテレビやら引き出しやらを探索している双子と、私の隣で寄り添うようにちょこんと座るレイちゃんが、ぐるりと平机を囲んで座っていた。慌てて押し入れから座布団を出したけど足りなくて、クッションを用意する。
「夕陽さん、俺らには座布団は必要ないっすよ!実体化しなければこうして浮いてるだけなんで!」
「確かに。でもまあ、一応どうぞ」
「ありがとなの」
「優しいの」
「で、今日はなんでレイちゃんは夕陽ちゃんの家に来たのよお」
「あんたがそれ言う?あんたこそなんでうちにいたのよ」
「それはもう、ショウゼツに会いに来るために決まってるでしょお?」
きゅるんと隣に向かってウインクする美麗さんに、ショウゼツさんはどうしたらいいのか分からない様子でははー、と困り笑いをしていた。彼のことだから乗り気で冗談めかしく返しそうなのに、意外と美麗さんの扱いにてこずっているようだった。
「で、レイはなんでここに来たの」
「何か理由があるんじゃないの」
「そ、それはね」
双子の質問に、レイちゃんは一瞬下を向くと、覚悟を決めたようにぱっと顔を上げた。目は泣いたからか赤かったけど、きらきら希望に満ちた瞳だ。
「夕陽ちゃん。私に、除怨のコツを教えてもらいたいの!!」
「・・・・・・え」
突然の申し出に、私は口ごもる。確かに、レイちゃんとショウゼツさんが除怨をしているところは一度も見たことがない。でもまだ契約してからそんなに経ってないし、焦らなくてもいいような気もする。
「そんなことないよ!夕陽ちゃんだって主になってから私とそんなに変わらないのに、私だけ除怨できないなんて嫌だもん!せっかく悪意が目の前にあるのに気づいても、何もできないなんて・・・・・・嫌なんだ」
訴えながら勢いを失くしてそう零すレイちゃんに、私はプールの一件を思い出した。あの時はレイちゃんがまだ主になりたてだから見てなさい、と美麗さんに言われて、悔しそうな顔をしていた。彼女なりに力を使って人を救いたい、と思っていたからこそ、パトロールにも積極的に向かっていたのだろう。責任感があってかっこいいな、と私はさらにレイちゃんへの好感が高まった。
「そんなのお、時間が経てばできるようになるわよお。ねえ、カミム、シモム?」
「そうなの」
「その時が来るまで待つしかないの」
頬杖を突きながら美麗さんは受け皿からおせんべいをひょいとつかみ取り、バリバリと食べている。まるで興味なさそうなその態度にかちんと来たのか、レイちゃんはむっと眉間に眉を寄せて机をバン、と叩いた。関係のない私とショウゼツさんがびくっと飛び上がる。
「あんたはもう長くやってるからそんなことが言えるのよ!新人だった頃は、どうやったら除怨できるかなんて分かんなかったでしょ!?」
「そんなこと言われてもお、私はすぐこの子たちと連携が取れたから何とも言えないわあ。ねえ、カミム、シモム?」
「そうだったっけ、なの」
「あんまり覚えてないの」
「うふ、私もよお」
「ぐぬぬぬ・・・・・・」
だらだらふんわりしている3人を見て、レイちゃんは悔しそうに唸っている。私はちらりとショウゼツさんを見た。彼もうーん、といった様子で顎に手を当てている。タンギン、早く帰ってきて、と私は念を送った。
「レイさん、そうは言っても、焦ってもできるようにはならないっすよ。まずは俺とレイさんの心の連携が必要なんすから。多分レイさんは、まだ俺を100パー信じきれてないんじゃないんすかね?」
「えーー、そんなことないよ!!ショッピングだって行ったし、ご飯中私が何食べようか悩んでたら、これが食べたいんすね!って当ててきたりしてんじゃん!」
「そ、それは大分仲良くなったね」
「でしょ!?なのに、なんで除怨できないんだろ。私はまだショウゼツのことを・・・・・・」
レイちゃんがじっとショウゼツさんを見つめる。ちょっと照れたように口をつぐむ彼に、すんごい闇のオーラを放ちながら美麗さんがバリバリとおせんべいを噛み砕いていた。双子は我関せずとテレビを点けて刑事ドラマを見ている。
「大体さあ、信じるのと仲が良いってことはイコールじゃないわよお。例えば、あんたは今崖の縁に立ってて、一歩足を踏み外したら落っこちるとこにいるとするじゃなあい?あ、別に落っこちてほしいだなんて思ってないわよお?」
「あんたは二言三言余計なのよ・・・・・・」
「そこに、正面にショウゼツが立ってて、あんたの手を掴んでるとするわあ。自分が掴んでるから体重を後ろにかけても大丈夫、って言われたら、あんたはできるのお?」
美麗さんの問いかけに、レイちゃんが言葉に詰まる。彼女は意地悪で言ってるわけでもなさそうで、チョコの包装紙を剥がしながら、テレビに夢中な小さい2人の背中を見つめた。
「私はできるわあ。シモムにもカミムにも、何度も命を救ってもらったものお。二人はいつも自由で、目を離したらどこかに行っちゃう子たちだけど、苦しんでいる人を救いたい、って気持ちがひしひしと伝わってくるのお。自分より弱そうな子が体を張って立ち向かう姿を見てて、いつも誇りに思ってるわあ。この子たちの主で良かった、って」
そう零す美麗さんは、まるで手塩にかけた自分の子供を自慢するような顔で笑っていた。素直に、かっこよかった。彼女が3年間、あの一瞬の苦しみにさらされても主を続けられた理由を知れたような気がして、私は目の前の大人を尊敬を持って見つめた。
「・・・・・・そんな、大事なの?除怨って」
「当たり前よお。今の時代、SNSなんかで簡単に悪意が増幅しちゃうんだからあ。廃絶じゃないのに、意図があろうがなかろうが、人の思いはどんどん捻じ曲げられて伝わっちゃうの。その悪意で生命を侵されちゃう人だって、大勢いるでしょお」
その言葉に、その場にいた全員が黙る。テレビの音声が無機質に響いていた。
「それくらい、人の悪意ってのは恐ろしいものなのよお。だからそれに触れる人間は、自分の式神を信じて耐えて、力を送るの。その人を救うために。たとえ救ってもらった人が、何も覚えていなくても」
悪意を増幅され、除怨によって正常に戻った人たちは、鱗片的な記憶はあるものの、何が起こったかまでは覚えていない。特に主は、精神的な傷を負いながらも誰からも称賛されないヒーローのようなものだ。タンギンの主が命を失っていったのは何に要因があったかは分からないけど、それだけ除怨は危険なものなのだと実感し、私は改めてぐっと気を引き締めなおした。
「美麗、シモムたちは覚えているの」
「美麗、カミムたちは味方なの」
「そうねえ。ありがとねえ、二人とも」
「長え話は終わったか?」
頭上から飛んできた声に、私は反射的にぱっと顔を上げる。タンギンが浮かび上がりながらリビングをぐるりと見回すと、呆れた顔をしてこちらを睨んできた。今はこの顔ですら見れて嬉しい。
「おかえり、タンギン!手紙届けてくれてありがとう」
「はあ、ただいま。ちょっと目を離した隙にこの有様って、お前はゴキブリホイホイか」
「ちょっとお、私たちがゴキブリって言いたいのお!?撤回しなさいよお!」
「うるせえなあ、人んちの菓子ぼりぼり食いやがって、遠慮しろよ!てめえらも、見ねえならテレビ消せや!電気代がもったいねえだろ!!」
「断金、うるさいの」
「口うるさいおかんみたいなの」
「はは、すっかりお母さんキャラっすね、断金さん」
「うるせえ!ほら、食うんだったらこっち食えや!なんだこれ、なんで鳩型してやがんだ?」
タンギンが来たことで、場はすっかり明るくなった。さっきまでの重苦しい空気が嘘みたいだ。でもなんとなく、タンギンもさっきのことを聞いてたんだろうな、と感づく。彼の考えていることが分かるようになったもの、彼を自分の式神として信用できるようになったからなのだろうか。
未だに黙ったままのレイちゃんに、私はこっそり耳打ちする。レイちゃんの耳に下がっているイヤリングがキラリと揺れた。
「こうなったら、私も一緒にパトロールに行くよ。多分私、廃絶に目付けられてるから、私がいた方が廃絶との遭遇率が上がるかもしれないし」
「夕陽ちゃん・・・・・・うん、ありがとう。それにしても、こう聞くと夕陽ちゃん大変だね」
「何かとトラブルに巻き込まれるのには慣れてるから、大丈夫だよ」
私の言葉にレイちゃんはふふっと笑うと、ようやく笑顔を浮かべてくれた。やっぱり彼女には笑顔が一番だ。よいしょと立ち上がり、気合を入れるように柔道の構えのポーズを取った。
「よし!ショウゼツ、行こう、パトロール!こうしてうじうじしてても、何も始まらないからね!」
「お、いいっすね!レイさんのそういうとこ、好きっすよ!」
「な、ちょっとショウゼツ!?今、誰を好きって言ったのお!?嘘よねえ!?」
「うっせえなあ。これでぞろぞろ街を練り歩くつもりかよ」
そう言いつつも、タンギンは宙で立ち上がり、ひらりと浮かんだ。私も出かける準備を整える。靴紐を結んでいる時、ちらりと、彼を見上げた。
「ねえ、タンギン。美麗さんはショウゼツさんのことが好きなんだよね。なのに、主にはならなかったのかな」
タンギンは面食らった顔をしつつも、鋭く息を吐いて私を見下ろした。日の光に照らされ、猫のように細い瞳孔が銀色の瞳に浮かび上がる。
「はっ、俺に聞くなよ。要は、主と式神は相性が大事なんだ。どいつを主にするかなんて、その式神次第だ。単に、合わなかっただけだろ」
「そ、そうなんだ」
「じゃあ、俺からも質問だ」
もうレイちゃんたちは玄関の外で待っている。鍵穴に鍵を刺し込みつつ、私は横を向いた。
「お前は崖を背にに立ってたら、俺に体重をかけられるか?」
彼の銀色に光る目を見上げ、私は手を捻った。ガチャ、とロックがかかった音がする。
「もちろんだよ。怖かった時はいつだって、その白いジャケットが私を守ってくれたもん」
私の答えに、タンギンはみるみるうちに顔を赤くすると、隠すように帽子を深く被った。多分、回答は彼もなんとなく分かっていたのだろう。
「・・・・・・そうか」
そう短く返ってきた返事に、私は笑うと、みんなの元へと駆け寄った。
「きゃあ、なにこれ可愛いわあ!!」
「分かる!!あ、これもいい!」
私たちは今、歩いて10分くらいのショッピングモールに来ている。まだ建物の入り口だというのに、レイちゃんと美麗さんは可愛いくまのぬいぐるみやらフリフリの服やらが飾られたショーウィンドウに張り付いて目を輝かせている。やっぱり二人はいいコンビだ。
「勝絶、これほしいの」
「買ってほしいの」
「俺がっすか?無理っすよ、金ないっす!」
「お前はこういうの、興味ねえのか?女がキャーキャー言いそうなやつ」
タンギンが話しかけてきて、隣を見る。式神たちはもちろん実体化していないので、タンギン越しに家族連れが透けて見えてすごく違和感があった。
「うーん、買っても埃がたまっちゃうし。服も、もう持ってるし」
「はー、夢のない奴だな」
「ということは、興味がないわけじゃないのねえ!?」
瞬間移動したのかと思うくらいの速度で、美麗さんが私の目の前に来る。その圧に身じろぎしつつも、私はそのキラキラした目力に首を傾けた。
「あらあ、夕陽ちゃんはやっぱりクールなのねえ。でもこの服、似合うと思うわあ」
「分かる!でも、こっちの水色の方も似合うと思うんだけど」
「あらあらあ、レイちゃんも分かってるじゃないのお!水色が夕陽ちゃん、ピンクがレイちゃん、黒が私とかどーお?」
「めっちゃいいじゃないですか!!試着してみます?」
「いいわね、行きましょう!!」
電光石火のごとく二人が店に入り、私たちもショッピングモールに入る。自動ドアのガラスをそのままするりと通り抜ける式神たちに、やっぱり生きている世界が違うんだなあと実感する。
「それにしても、こんな人が集まっているところに来ちゃっていいんすかね?もし廃絶が来たら、被害も尋常じゃないっすよ」
「まあ、あいつらが行きたがらないとこに引っ張ってっても意味ねえだろ。今日の目的は、てめえとあのハート女の除怨をすることだろ。そのためには信頼関係を築かなきゃなんねえんだ、お前も行ってこい」
タンギンの言葉に、ショウゼツさんは確かに、と頷いて、二人が入っていったお店の壁に突っ込んでいった。双子の二人がふらりと飛んできて、タンギンの顔の近くまで近づいている。
「断金も、たまにはいいこと言うの」
「先輩からのアドバイスなの」
「何言ってんだ、てめえらの方が何倍も年取ってんじゃねえか」
「何を言うの、下無たちはまだ6歳なの」
「そうなの、可愛らしく初々しい女の子なの」
「あれ、でもこの前1000年は生きてるって・・・・・・」
「夕陽?」
「夕陽?」
「だっはっはっは!!!お前やっぱ最っ高だわ!!!」
タンギンが笑い転げていた、その時だった。
ピーンポーンパーンポーン♩
《迷子のーお知らせをー、いたします!雨宿町にお住まいのー、椿、夕陽様ー。お母さんとお父さんがー、天国でお待ちしております。1階―、インフォメーションセンターに、お越しくださいー》
その声に、その場にいた全員が顔を上げる。すると、肩をトントン、と叩かれ、一瞬で血の気が引いた。
「こちらですよ♪」
そこには、この前パン屋さんで手を掴んできた女性が立っていた。深く帽子を被り、綺麗に口紅が引かれた唇をにやりと横に引き伸ばしているのが見え、寒気が走る。
すぐにタンギンと双子が私を守るように、その女性との間に割って入ってくれたのだろう。でもそれが確認できない。ぐわぐわと揺れる視界に、私は地面に倒れ伏した。頭が思いっきり揺さぶられるような不快な感覚がずっと続き、たまらず頭を抑える。
「夕陽!!大丈夫か!」
「どちらを見ておられるんです?私はこっちですよ」
「くっ!」
「夕陽、大丈夫なの」
「しっかりするの」
双子の声が聞こえて、私は目を開ける。2人しかいないはずの顔が、4人にも6人にも見えて、私はまた目を瞑った。きっとあれはホウキョウさんだろう。彼女の術は何度かかっても不快だ。遠くで、「こちらに来ないでください!!逃げて!!」という美麗さんの通る声が響き渡ってくる。
「ゆ、夕陽ちゃん!!」
「もお、めんどくさいわねえ。しかし、私たちが集まるとやってくるだなんて、一体どこで見張ってるのかしらあ?」
レイちゃんと美麗さんの声に、私はほっと一安心する。もうしばらくすればめまいも収まるだろう。美麗さんもいるし、きっと大丈夫だ。
しかし、最悪なことに、先ほどのアナウンスから聞こえた声が、レイちゃんたちの声が聞こえる方向から聞こえた。私は薄く目を開けて、その人物を捉える。こちらを見て、恍惚とした表情で見下ろしていた。
「あー、その顔ですよ、夕陽ちゃん!僕が一番好きなのはその顔です!」
「あなた、誰だったかしらあ?何だったかしら、マクモとか言ってた気もするけどお」
「あなたこそ誰ですかー?こんな人、主にいましたっけ?で、隣の人も誰ですかー?なんか似たような感じで、印象が薄いですねー」
「下無、上無、加勢頼む!こいつ、攻撃が当たらねえ!」
タンギンの鋭い声に、双子は私の傍を離れていった。まずい、と私は体を起こす。必然的にマクモさんの前にはレイちゃんだけが残るので、標的にされてしまう。周りを見ると、美麗さんは急に建物の入り口を塞いでしまったことに対して、警備員さんに説明しているようだった。レイちゃんが一人マクモさんを睨んでいるのが見えて、これはまずいとふらつく足を引きずり、傍に駆け寄る。
「夕陽ちゃん、大丈夫!?」
「うん・・・・・・それより、悪意は?」
「今回は面倒くさいので特に誰も感化しませんでした!それに、君たちがこうして集まっているのって、そこの彼女の除怨をお手伝いしようとしたんですよね?それで僕たちがまんまと来るって、なんか掌の上で転がされているようで癪じゃないですか!なので、残念ながら、今回は除怨はできませんー!」
私の問いに答えたマクモさんは、いいことを思いついた、というように笑うと、マイクを取り出した。彼がスイッチを入れたタイミングと店内放送のスピーカーがノイズを立てているのを考えると、どうやらここの放送用のマイクみたいだ。
《ぴんぽんぱんぽーん。お知らせをいたしまーす。めんどくさいので、ここにいる雑魚は全員眠ってくださーい!》
すると、ガラス越しに見える従業員さんをはじめ、お客さんが全員一斉に倒れた。美麗さんは倒れ掛かってきた人の下敷きになってしまったようで、必死に抜け出そうとしている。
「えへへ、僕は優しいので、皆さんがただ何もない空間に喋っている異常者とならないよう、配慮してあげました!といっても、純粋に雑魚の邪魔が入るのが目障りで仕方内からなんですけどね?」
マクモさんがにこっと無邪気に笑う。言っていることと表情が全く合っていない。その不気味さに顔をしかめつつも、私は横目でレイちゃんを見た。初めての廃絶との対峙に、彼女は大丈夫だろうか。
しかし、意外にもレイちゃんはマクモさんをじっと睨みつけたまま、動かなかった。恐怖でへたり込むでもなく、目の前の敵を観察している。マクモさんもレイちゃんのまっすぐな目に肩眉を上げると、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「僕、この大嫌いな世の中でも、特に嫌なものが3つあるんですよ。一つは、機嫌の悪い上司の世話。もう一つは、鬱陶しい羽虫のようにいる人間。最後の一つはー、なんだかわかりますかー?」
右へ左へと蛇行し、しかし確実にこちらに近づいて来る彼が、一瞬目の前から消える。どこだと探す前に、マクモさんはレイちゃんの顔の前で、ニヤリと微笑んでいた。
「正解は、何もできないクズが、かっこつけてる姿です!」
彼が何かを大きく振りかぶるのと、ショウゼツさんがマクモさんに蹴りを放つのとが同時だった。ひらりと飛んで回避したマクモさんは、頬に手を当てて身をくねらせている。もう片方の手には、その華奢な体で持てるとは思えない大鎌が握られていた。ショウゼツさんがレイちゃんを守らなければどうなっていたかを勝手に想像してしまって、一気に血の気が引く。
「こわーい、なんですか、今の蹴り!当たってないのにほっぺが痛いです!」
「・・・・・・レイさんに触るなっす」
「なんですか?一度死んだ羽虫が何か言っても聞こえないですー」
「俺の主に、触るな!!」
聞いたことのない低い声でそう怒鳴ると、ショウゼツさんはマクモさんに一直線に飛んで行って、片足を軸にぐるりと体を捻って、踵をマクモさんめがけて振り下ろした。マクモさんは間一髪で避けたけど、その蹴りは鎌に当たり、彼の手から弾き飛ばされてしまう。
「あー、何するんですかー!せっかくボスから支給されたものなのに!傷でもついたら僕殺されちゃいますよ!」
落ちた鎌を取りに行く彼をショウゼツさんは追いかける。マクモさんが鎌を拾うのより、ショウゼツさんが地面に辿り着いて体勢を構える方が早かった。
ガシャン!!!
分厚いガラスに氷のようにひびが入り、マクモさんの体が叩きつけられた。彼の体は人間の物には干渉しないはずなのに、と見ると、彼の手には鎌が握られている。もしかしたらこれを持つためにマクモさんは実体化したので、こうしてダメージが入ったのかもしれない。
「す、すご・・・・・・」
殺されかけた恐怖は飛んで行ってしまったようで、隣にいるレイちゃんは唖然とショウゼツさんを目で追っていた。彼はくるりと振り返ると、一目散にレイちゃんの元へと飛んできた。今までの殺気が嘘みたいだ。
「レイさん、大丈夫っすか!?怖かったっすよね、もう大丈夫っす!」
「あ、ありがとう・・・・・・ショウゼツ、強いんだね」
「俺は断金さんたちとは違って、体に直接触れる戦闘に特化してるんすよ!除怨の力は弱いけど、体力戦なら負けないっす!」
そう言って、自慢するようにぐっと腕を曲げるショウゼツさんは、にかっと笑った。色んな式神がいるんだなあ、と妙に緊張感がほぐれてしまう。ぱっと視線が合うと、私にも笑いかけてくれた。
「夕陽さんは本当に廃絶ホイホイっすね。心配になるっすよ」
「そ、そうだね。マクモさんの方が心配かな・・・・・・?」
「なんで敵の心配するんすか!まあ、気は抜けないっす。こういう時に奴は復活してくるんで」
彼の言う通り、マクモさんは全身にガラスが刺さった状態のまま、ゆっくり起き上がっていた。その姿があまりに痛々しくて、ぐっと喉が詰まる。血が出ていないから、本当に彼は人間じゃないんだと実感するけど、可哀そうに見えてしまう。
「いたーい。もう、ボスに何といえばいいのやら。こんな弱い式神に負けるなんて、僕の経歴に泥を塗らないでほしいです。夕陽ちゃん、僕痛いですー。死んじゃうー」
涙を零しながら近づいてくる彼に、私は何といえばいいのか分からなかった。けれど、手が勝手にポケットへと動く。私は彼の方へ、持っていたハンカチを差し出した。血は出ていないし、涙も嘘かもしれないけど、体が勝手に動いてしまう。
「だ、大丈夫・・・・・・?」
「あ、くれるんですか?でも、君の元に辿り着く前に、僕なんかヤバイ気がします!」
あと数メートルの所で彼は足を止めた。隣を見ると、決意に溢れた目をしているレイちゃんとショウゼツさんが、まるで師匠と弟子のように控えていた。息の合いように、思わず唾を飲む。
「・・・・・・楽しいお出かけの邪魔して、しかもこいつ、夕陽ちゃんに親がいないことを知っておきながら、あんなアナウンスして・・・・・・絶対許さない」
そのレイちゃんの言葉に呼応するように、ショウゼツさんの手に光が集まる。それは棒状になり、先端に丸い輪っかがいくつも付いた、お坊さんが持っている杖のような物になった。ショウゼツさん自身が付けているピアスと似ている。
「いいっすね、レイさん。やっぱり俺たち、気が合うっす!」
「私は、悪意とかにまだ触れたことがない。でも、大切な人を守るために、私は戦いたい!ショウゼツ、あなたを信じる!!」
「任せろっす!!」
レイちゃんの声に応え、ショウゼツさんは杖で地面を一突きした。
シャン、と澄んだ音が響く。
すると、地震のように地面が震え上がり、向こうで戦っていたホウキョウさんとタンギンたちもこちらを見ているようで、その空間の音が止まる。彼は拳法でも打ち出すような構えを取ると、杖をひらりと宙に投げた。スローモーションのように落ちてくる杖に向かって、ショウゼツさんは一歩足を踏み出す。不思議なことに、彼の足とともに、地面が水面のように波打った。
「未来を見るは天元の音。過去を聴くは信元の声。我がその道を切り拓き、尊ぶ剣となろう!」
そう言うと、ショウゼツさんはマクモさんめがけて、ビリヤードの玉を突くように、杖で空間を一突きした。すると、地面が液状化したように集まり、マクモさんに大量の瓦礫が覆いかぶさった。
信じられない光景に、私もレイちゃんも唖然とする。まるで重力を思いのままに操るような彼の除怨は、どちらかというとパワーで解決したようだった。
ふう、と息を吐くと、ショウゼツさんはもう一度シャン、と杖を地面に突いた。途端に、その瓦礫なんてなかったように、一瞬で元のショッピングモールの入り口に戻った。力の矛先には、ぐったりとうなだれたままぴくりとも動かないマクモさんがあおむけで倒れていた。
レイちゃんがすぐ、ショウゼツさんの元に駆け寄る。後姿だけでも、喜んでいるのがありありと伝わってきた。
「ショウゼツ!やったね、除怨できたじゃん、私たち!」
「いやー、出来たっすね!しかも、悪意じゃなくて、廃絶に向かってやっちゃったっす!勢いに任せすぎたっすね!」
ぴょんぴょん跳ねながら全身で喜ぶレイちゃんの賛辞に、ショウゼツさんは照れ笑いをして頭を掻いた。物に触れない式神の技とは思えないほどの力技を見て、私はただ立ち尽くすしかなかった。でも、地面のマクモさんにどうしても目が行ってしまって、思わず一歩踏み出す。すると、誰かに目隠しをされた。傍にいる安心感から、見えなくても分かってしまう。
「情なんて抱くんじゃねえよ。俺らはこいつらをぶっ殺すために戦ってんだ」
「タンギン・・・・・・」
「あら、ボロボロね、莫目。こんな雑魚にやられるなんて、気を抜きすぎじゃない?」
「・・・・・・ちっ、めんどくせえ」
「ほら、今日は行きましょ。じゃあね、みなさん。ごきげんよう。ちなみに、私は方響といいます。以後、お見知りおきを」
そう言ってホウキョウさんは動けないマクモさんを抱えると、ぱっとその場から消えてしまった。残ったのは私たちと、確実に復旧不可能なほどに粉々になっているショーウィンドウだけだった。
「こっちですう、警備員さん!あら、もう犯人は逃走しちゃったのお?」
この現場の処理をどうするか、一足先に考えていてくれたのだろう美麗さんのそんな声が聞こえてきて、私は胸をなでおろした。もう彼女の嘘に乗っかるしかない。私たちは軽く事情聴取を受けた後、すぐに開放してもらえた。美麗さんの言い回しがいかにもそれっぽくて、警察も信じてしまったらしい。ショッピングモールは一時休業となり、翌日のニュースの一端に取り上げられた。
「相変わらず、お前の除怨は派手だなあ。お前と戦う相手は実体化していることが不可欠だったから、今回はおあつらえ向きだったな」
夕焼けに染まる空の中、私たちは何を買うでもなく、とぼとぼと帰り道を進んでいた。広い駐車場を抜けると田園で、稲がちょこんと植わっているのが見える。私たちの影が3本しか伸びていなくて、目の前の景色との乖離に私はなんだかぼんやりしてしまった。
「いやー、ほんとっすね。こんな力業、式神っぽくないってレイさんに言われんじゃないかとちょっとビビってましたけど、受け入れてくれたようで嬉しいっす!」
「ほんとにショウゼツ、かっこよかったわあ!!さすが私の将来の夫ねえ!」
「お、夫っすか!?はは、それはどうっすかねえ」
目にハートマークを浮かべる美麗さんを押しのけつつも、レイちゃんは走ってショウゼツさんの前に行き、足を止めた。みんなもつられて歩みを止める。
レイちゃんは少し下を向いた後、バッと顔を上げ、彼に向かって手を差し出した。きょとんとしているショウゼツさんに、彼女は照れなのか夕陽なのか分からないほど顔を赤くして、口を開いた。
「きょ、今日はありがとう。ショウゼツが守ってくれた時、ほんとにかっこよかったよ。その・・・・・・これからも、よろしくね」
美麗さんはふん、とそっぽを向き、シモムさんとカミムさんを率いて先に行ってしまう。タンギンは私の後ろで、けっとつまらなさそうに彼らを睨みつけていた。彼女の純粋な行動と表情に、私は胸が温かい気持ちで満たされていくのを感じる。
ショウゼツさんは照れたように頬を掻くと、実体化して、その手をぎゅっと握り返した。彼女より倍くらい太く逞しい腕が、信じている、とでもいうように固く揺さぶられる。
「もちろん。式神にいい思いをしていなかったレイさんが、ここまで俺を信じてくれるようになって、俺もすっごい嬉しいっす!力は弱いっすけど、物理ならだれにも負けないんで!これからもよろしくっす、レイさん!」
にこっと、二人が笑いあう。私はその美しい信頼に、思わず拍手してしまった。何やってんだ、という風に、タンギンが私の頭にぽん、と手を置く。すると、レイちゃんの顔がだんだんと崩れ、ショウゼツさんの手を振りほどくようにぶんぶんと振った。
「・・・・・・ショウゼツ!!痛い!!力強すぎ!!離してー!!」
「あ、ごめんなさいっす。ちょっと力加減を間違えたっすね」
「ちょっとどころじゃないから!骨折れるから!!あんた、握力何キロあるの!?」
「計ったことないっすけど、そこらへんの象よりはあると思うっす!」
「そこらへんの象て何!?あと象は握力とかないから!!」
「なんか、漫才みたいだね」
二人の言い合う背中を見て、私はつぶやく。タンギンははああ、とため息をついた。彼も気苦労が絶えない人だ。
「俺なんかより、勝絶はもっと扱いづらい奴だと思うけどな。物体に触れない式神が物体に干渉する時に力を発揮するなんて、こんな特殊な奴、あいつしかいねえよ。それにあのハート女も、一度嫌な思いをした対象をもう一度信じるだなんて、お人好しな奴だ」
「そうだね。レイちゃんは優しいよ。私の心を見てくれてる。顔じゃなくて、心で通じ合ってる気がする」
「お前、よくそんな恥ずかしいこと言えんな。まあとりあえず、今日は帰るぞ」
そう言って、タンギンは先を歩くみんなの元へと飛んで行く。私は6人の背中を見て置いていかれないよう、走って彼らに追いついた。




