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11.新しい主と式神

「お、終わったあーー・・・・・・」

「ふふ、お疲れ様」


先生がテスト用紙を数え終え、教室から出て行った直後、一斉に歓声とため息が沸き上がる。今日でテスト最終日だったので気が抜けて、私もふう、と息をついた。レイちゃんが机に突っ伏したまま、地の底から出したような声をくぐもらせている。私はそんな彼女を横で見守りつつ、テストが終わってこれから夏休みが来ることに、ぐっと背伸びをして肩の荷を下ろした。ようやく休みだ。

「マジで、ヤバイ。どうしよ、赤点だったら」

「でも、課題は終わらせられたんでしょ?なら大丈夫じゃないかな」

「夕陽ちゃんは授業中も真面目に聞いてるからー。私は普段から寝てて話聞いてないし、課題も今日の朝終わらせたし、もうギリギリすぎるよー。はーあ、さっさと夏休み来ないかなー」

「そうだね。夏休み、いっぱい遊びたいな」

私はついそうぼやくと、ハッと口を抑えた。私なんかが、レイちゃんと遊びたいだなんて、奢っていると思われただろうか。でもそんな私の心配も束の間、レイちゃんは顔いっぱいに喜びを滲ませて、キラキラした笑顔を向けてくれた。眩しくてつい目を細める。

「ね!!私も夕陽ちゃんと遊びたい!!海でしょ、花火大会でしょ、お祭りでしょ、プールでしょ、いっぱい行きたい所あるんだ!予定立てないと、回り切れないかもよー!?」

「お、いい話してんねー。俺らも混ぜてよー」


ハイテンションで紙とペンを取り出したレイちゃんの後ろから、塩味君と森林君が声をかけてくる。丁度お昼休みに入り、それぞれが思い思いに席を立ったり、購買のパンを求めて走り回ったりしていた。瀬名高君の席を見るけれど、彼の姿はなかった。少し夏が近づいていてきたからか、最近は少し暑くて、二人も学ランを脱いで白いワイシャツ姿だ。私とレイちゃんの席の周りに座って、大量のパンを置いている。一緒に食べるのだろうか、それにしてもすごい量だ。

「お、塩味、森林君!なになにー、私たちの予定が気になるのー?よかったら一緒にご飯食べようよ!ていうか二人のこと、あだ名で呼んでいい?フルで呼ぶの長いわー」

「お、いいよー。勝手につけてもらって」

イケイケな雰囲気の二人の会話に呆然としながら、私は二人が来れるよう机の上を空ける。森林君も負けず大きなお弁当箱を置き、いづらそうに塩味君を睨んでいた。対して塩味君は笑顔でにっこにこなので、きっと森林君は塩味君に巻き込まれたのだろう。内心軽く同情してしまう。

「じゃあー、塩味はしおみんで、森林君はもーりーね!え、めっちゃ可愛くない、ね、夕陽ちゃん!」

「も、もーりー・・・・・・」

楽しそうに話を振ってくるレイちゃんの満面の笑顔の端で、森林君がショックを受けたように固まっているのが目に入る。塩味君が「いいじゃん、可愛くて」と彼の背を叩いて笑っているけど、まあ、まれはあれで楽しそうだしいいのかな、と私は曖昧に頷いた。

「なんか、しおみんとここまで仲良くなれるって思ってなかったから嬉しいな!」

「え、なんで?俺、そんな話しかけづらそうな感じした?」

「だってさ、しおみんてバスケ部スカウトでここ来たんでしょ?それでもうエリートっていうか、かっこいいし背高いし、人気者じゃん!」

レイちゃんがお弁当箱を開きつつ、素直な賛辞を口にする。レイちゃんの言葉はいい意味で裏表ないから、私も聞いていて安心する。しかし、当人は真っ向からの誉め言葉に照れるかと思いきや、少し複雑そうに笑っていた。

「いやー、そんなすごいってわけでもないでしょ。うちのバスケ部なんて公立で強いからさ、俺より強い奴なんていっぱいいるし。結構みんなここ来て、学費安くして得してるって感じだし」

森林君がレイちゃんを強く睨みつけているのに気づき、この話題はまずい、と感づく。もしかしたら塩味君はこの手の話題が苦手なことを森林君は知ってるのかな、と勝手な想像が働いてしまい、私は何事もなくたこさんウインナーを頬張っているレイちゃんに声をかけた。

「ね、ねえレイちゃん。夏休み行きたいとこあるって言ってたけど、私ご飯食べ終わったし、紙に書きだそうか?」

「え、夕陽ちゃん、それだけ!?まだお弁当半分も残ってるじゃん!」

「ちょっと、食欲がなくて・・・・・・」

実際、これは嘘ではなかった。最近私はあまり食べなくなった。正しく言えば、食べる量が前と同じになった。テスト期間中は『廃絶』が気を遣ったのかどうだか知らないけど、悪意を見ることもなく平和に過ごしていたので、必然的に除怨もせず、私の体力も収縮していったのだ。タンギンは変わらず「もっと栄養付けろ!」とご飯をたくさん出してくれるけど、苦しそうな私を見て反省したのか、最近は量を調節してくれるようにもなった。でも今日はなぜだか二段弁当だし、上は米で下は焼きそばという、炭水化物のオンパレードだ。後で文句を言おうと白米を残していた所を、レイちゃんに目撃されてしまったのだ。

「え、じゃあ椿さん、俺白飯もらってもいい?これだけじゃ部活までもたなさそうでさ。あ、これと交換とかどう?」

塩味君がどこから出したのか、可愛らしい袋に包まれたクッキーを手に身を乗り出してくる。彼と手に持っているそれが結びつかなくて、私は首を傾げた。レイちゃんを見ると、幸せそうにご飯を食べているし、森林君はレイちゃんをこの世の恨みかのように見ながら貧乏ゆすりをしている。助けは呼べなさそうだ。

「塩味君、えっと、それは助かるんだけど、それ、どうしたの?もらいものじゃないの?」

「これ、今日あげようと思っててさ。だから丁度良かったの」

「じゃあ渡そうとしてた人に渡した方がいいんじゃないかな・・・・・・・?」

「いいのいいの。丁度良かったから。ほらほら、どうぞどうぞ」

にこにこしながらクッキーを渡してくる塩味君の押しに負けて、私は米がぎっしり入った箱と引き換えに、オレンジのリボンが付いた包みを受け取った。よく見ると『オレンジマーマレード』と筆記体で書かれていて、さらさらとクッキーの外に付いたシュガーの欠片が優しい音を立てている。

「ありがとう、塩味君。大切に食べるね」

そう言うと、塩味君はこちらを見て一瞬固まり、急に咳き込んだ。慌てたレイちゃんと森林君が背中を叩いている。

「ごほごほ!」

「ちょっと大丈夫!?ゆっくり食べないと!」

「う!」

唖然としていると、後ろから思いっきりぶっ叩かれた。何事かと後ろを振り返ると、明らかに不機嫌な様子のタンギンが姿を透かしている所だった。私を叩くために実体化したのなら、すごい手間だ。塩味君の騒ぎに乗じてなら聞こえないだろうと、小声で抗議する。

「何するのタンギン。随分強烈な一手だったよ。痛いよ」

「痛みを訴えるのは後回しなのかよ。感想がおかしいだろ。っつうか、何こいつに飯なんかやってんだよ!俺が赤子泣いても蓋取らない思いで炊いたっつうのに!」

「そ、それはごめんね。でもうち、炊飯器で炊いてるけど・・・・・・」

「そういう問題じゃねえ!!ったく、なんだその菓子。それが対価なんて甘えよ!!」

「・・・・・・甘味だけに?」

「・・・・・・・ふ、ふふふっ」

私の突っ込みが気に入ったらしいご機嫌なタンギンをほっておいて、友達の方に向き直る。最近彼の扱いにも慣れてきた。塩味君はすっかり復活したようで、森林君と何か話し込んでいた。一方レイちゃんは口と目を見開いて、ぽかんと私の隣の空間を見ている。

「あ、そっか。もうこいつには見えてんだった。ほら、行くぞ。やっとショウゼツがてめえに付く用意ができたんだ」

タンギンの一言に、私たちは顔を見合わせる。ドアの方を見ると、瀬名高君がこちらに手招きをしていた。後ろにはバンシキさんもいる。瀬名高君を真似して、招き猫のようにぎこちなく手を動かしている彼はすごく可愛かった。





廊下に出て、空き教室のある廊下で彼と落ち合う。澄んだ青空が覗く窓に寄りかかり、私とレイちゃんは式神3人率いる瀬名高君と対峙した。瀬名高君はテストが終わったからか肌をつやつやさせながら、いつものようににこにこで胸を張っていた。

「やあ、二人とも!テストが終わったね、今日は宴を開こうではないか!あーっはっはっは!」

「瀬名高、うるさい。で、この人?この式神?が私のとこに来てくれるって話だったわよね」

「おや、案外すんなり受け入れるんだね」

確かに、レイちゃんは平然とした顔で、淡々と式神を見つめている。タンギンは納得がいかなさそうに口を尖らせた。あろうことかただでさえぱっちりしている目をきゅるんとさせて、可愛い子ぶって手を顎に添えている。レイちゃんの真似だろうか。

「なんだよこいつ、いつもうるせえくせに、嫌に落ち着いてんな。きゃー、この勝絶って人、かっこいー。私イケメンと一緒にいれて幸せー。とか叫ぶもんだと思ってたけどよ」

「ちょっと、それ、私の真似?馬鹿にしてるでしょ!!この人、この前からすっごいムカつくんだけど!夕陽ちゃん、何とかして!!」

「え、えーっと。タンギン、うるさい」


タンギンからの首絞めを何とか交わしつつ、対峙するレイちゃんとショウゼツさんと見守る。透けた足をそっと地面に付けたショウゼツさんは、笑うでも照れるでもないレイちゃんを見下ろし、安心させるように優しく笑った。

「こんにちは!改めて、勝絶っす!悪意を祓う力はそんなに強くないっすけど、腕力ならあるんで、重い物とかバンバン持つっすよ!JKに付くのは初めてなんで勝手がいまいち分かんないっすけど、段々慣れてくと思うんで!よろしくっす!」

レイちゃんは差し出された手を中々取らなかった。じっとショウゼツさんを見定めるように見つめ、ぐっと手を握りしめている。

「・・・・・・私は、人と違う。昔から神社にいたから、あなたたちみたいなのを見たこともあったわ」

レイちゃんの言葉に、その場にいた全員に衝撃が走る。バンシキさんは静かに、納得したように頷いていた。タンギンが碁色神社の本堂の中に入れていたのは、少なからずともあの場所は式神と関係があったからかもしれなかった。

「そうなんすか!じゃあ、仲良くなるのも早いっすかね!」

「あなたたち、式神って名前なのね。あなたたちみたいなのに声をかけて、小さい頃いじめられたことがあったわ。ほかの子には見えてなかったから、一人で何もない空間に向かって話すヤバイ奴だって。だから、あんまり印象良くないのよね。夕陽ちゃんたちと、その、主だっけ?の仲間になれるのは嬉しいんだけど」

「それはこれからお互いを知っていけばいい話っすよ!だから」


「正直な話、主にはなりたくない。またあなたたちと関わって、被害を被るのは嫌だもの」


そう言って、レイちゃんは突き放すようにショウゼツさんから顔を背けた。レイちゃんにそんなことがあったなんて知らなかった。それに、こんなにもはっきり主になることを拒絶することも、私の中ではかなり予想外だった。しかしその瞬間、ショウゼツさんの姿が、蠟燭の火のようにふっと揺らいだ。消えてしまうんじゃないかと思い、つい声が出る。

「しょ、ショウゼツさん」

「・・・・・・夕陽さん、大丈夫っすよ。式神は主の誘いを断られたからって、消えたりはしないっす。ただ、こうなるとちょっと問題があるんすけど」

さみしそうに笑って、ショウゼツさんはこちらを振り返って安心させるように両手をぱっと広げた。隣で、レイちゃんが戸惑った顔で、ショウゼツさんのいた辺りで視線を彷徨わせ、ぶんぶんと手を振っている。彼の言う『問題』にピンと来て、私はタンギンを見た。タンギンも瀬名高君も、ふうとため息をついていた。

「ゆ、夕陽ちゃん。さっきまでいた式神、どこ行ったの?消えちゃったんだけど・・・・・・」

「そんなん、てめえのせいだろうが。式神を信じない奴なんかに、見えてたまるかよ。主になる資格もねえ」

タンギンの冷たい一言も聞こえていないようで、レイちゃんは不安そうにこちらに駆け寄ってきた。瀬名高君がレイちゃんに事情を説明している間に、私は横にひょっこりと現れたショウゼツさんに話しかける。

「ショウゼツさん。レイちゃんはあなたを信じなかったから、見えなくなっちゃったの?」

「信じない、って言い方はちょっと傷つくっすけど、まあそんな感じっすかね。彼女は式神にいい印象を抱いていない分、俺らを完全に頼ることはおろか、存在を信じること自体に疑念があるみたいっす。こうなると、もう主として誘うことは難しいっすねー・・・・・・」

そうは言うものの、ショウゼツさんは本当に残念そうにレイちゃんを見ていた。あの神社で暮らしていた分、レイちゃんの主としての能力は高いのかもしれない。でも存在を信じられないというのは、式神と一緒にいるうえで根本的な部分だ。彼女自身が意識を変えなければ、主にはなれないだろう。

「というわけで、碁色君はショウゼツや他の式神が見えなくなってしまったんだ。理解できたかい?」

「・・・・・・まあ、別に、いいんだけどさ。じゃ、あたし、帰る」


口を尖らせたレイちゃんは、何を言うでもなく、静かに一人教室に戻っていった。空き教室に掛かった時計をガラス越しに見ると、お昼休みが終わるまであと5分だった。瀬名高君に声をかけ、私たちも空き教室を後にする。少しでも長く話せるように、お互い不自然なくらいゆっくりと歩いた。

「レイちゃん、もう主にはなれないのかな。残念そうに見えたけど」

「ふむ。実際、彼女自身は信じられない、というよりは、信じたいけれど嫌な思い出がよぎり、信じる勇気が出ない、といった複雑な心境なのだろう。ショウゼツ、あとは君の判断によるんじゃないか?まだ彼女を主にしたいかどうか、答えは出ているのかい?」

瀬名高君がショウゼツさんの方を見ると、彼はすごく驚いたように目をまん丸と見開き、口を手で覆い、不躾に瀬名高君を指さしていた。静かに事を見守っていたバンシキさんが黙ったまま、ぺしんと彼の手を叩いて窘めている。

「ふ、普段はあんな馬鹿っぽそうな振る舞いをしてる癖に、めちゃ心理を見透かした発言をするんすね・・・・・・これがいわゆる、ギャップ萌えって奴っすか・・・・・・?」

「む?今もしかして褒められたかな?いや、嬉しいものだね!」

「せ、瀬名高君。逆じゃないかな」

「まあ、冗談はさておき、俺もレイさんが絶対式神無理!!って感じじゃないのか分かってるっす。信じてもらえなかったから姿も見えなくなっちゃったっすけど、これから信じてもらえればいいだけの話なんで!気にしてないっす!あとは任せたっすよ!」

丁度教室のドアのレールを踏んだところで、ショウゼツさんが私の顔を覗き込む。クラスのみんながいるのに、不意を突かれた行動に私は思いっきり彼の方向を振り返ってしまう。

「え、私?」

「そうっす!レイさんに、式神はいいもんだ、って信じてもらえるように、吹き込んでくださいっす!一番効果的なのは、彼女と共台である夕陽さんだと思うんで!よろしくっす!」

「ええ・・・・・・?」

瀬名高君がドアに向かって喋る私をカバーしてくれて、ドアの方へと回り込んでくれる。私は目線の先のレイちゃんを見た。はしゃいだり話に花を咲かせている子が多い中、憂鬱そうに机に肘を突いてぼんやりしている彼女に、私は何と声を掛けたらいいのか分からなくて、少し呆然としてしまった。




テスト最終日は6時間目がなくていつもより早く帰れるので、あっという間に放課後を迎えた私は、レイちゃんを誘って一緒に帰ることにした。数えてみたら夏休みまであと3日で、瀬名高君は委員会の締めがあるらしく席を外していた。去り際、伝言を残してくれた彼を思い出す。

「碁色君が引っかかっていることは、式神を通した嫌な記憶だ!それを上塗りできれば、式神に対していいイメージが付き、信じやすくなるのではないだろうか!頑張ってくれたまえ、椿君ならできる!!」

その肝心の上塗りの方法が分からないのだけど、とは言えず、二人無言のまま通学路を歩く。夕焼けしていない空の中帰るのは新鮮だ。タンギンとショウゼツさんも後ろを付いてきてくれているけど、少しセピア色がかった日光を受けているので、正直普段より透けていて見えにくい。これは私が何とかするしかないなと思考を巡らせていると、レイちゃんは不意に口を開いた。

「夕陽ちゃんってさ、お母さんどんな人?」

「えっ。ど、どうしたの、急に」

非常に答えにくい質問に私がどもっていると、レイちゃんは少し笑った。いじけた子供のように、道端に落ちていた石を蹴飛ばしながら歩いていく。

「うちさ、お母さんがすごい元気で明るい人なのね。なんで神社の出のお父さんと結婚したのかっていうくらい、バリバリキャリアウーマンで、ブランド物の可愛いバッグとか服とか買っててさ。今仕事で海外にいるんだけど、送られてくる写真がもうすごいのよ。キンキラキンで、全身スパンコールなんじゃないかっていうくらい」

「あはは、気になるね。メールとかでやり取りはしてるの?」

「うん、もう毎日。ほら、この写真なんてすごいでしょ」

レイちゃんは楽しそうに笑ってスマホをいじり、お母さんとのやり取りを見せてくれた。写真も見たけど、確かに夜景を背景に薔薇の花びらが浮かんだ泡風呂に入って宝石を手に持っているのは、派手としか言いようがなかった。サングラスをしているから顔ははっきりとは分からないけど、鼻立ちがすっとしていて、美人なのが伺える。「流石にこれはふざけたんだろうけどさ」と笑いつつ、レイちゃんが愛おしそうに画面を見つめた。お母さんは私もいないので何とも言えないけど、レイちゃんたちは仲が良さそうなので、きっとさみしいだろうな、と思う。そして何より、ノリが合わないお父さんといるより、お母さんといたい、と思っているのだろう。

「私もお母さんとロス行きたかったけど、高校は日本で過ごしたいなって思ってさ。ここ友達も多いし、まあ、お父さん一人になっちゃうし。でも、いい思い出だけじゃないから・・・・・・」

「お父さんが一人になっちゃうのを気にしてるって、レイちゃん優しいね」

「別に優しいとかじゃないよ!?しけた雰囲気が余計しけられても、こっちまでしっけしけになっちゃうから・・・・・・」

照れたように頬を染めつつ、眉を寄せて口をとがらせるレイちゃんを見て、私はなぜか心が温かくなった。きっとこうは言っているけど、お父さんもお母さんも、レイちゃんにとっては大事なのだろう。だからこそ、厳しいお父さんと嫌な思い出のある家に余計抵抗が出てしまっているのだろうな、と思った。家族を思う彼女のいじらしさが、私の胸に空いた空間を癒してくれる。横断歩道の向かいに見えるレイちゃんの実家に目を向けつつ、私は隣にいるレイちゃんに話しかけた。

「レイちゃんは優しいから、お母さんだけじゃなくて、お父さんとも一緒にいたいって思ってるんだと思う。じゃなきゃ、日本にお父さんを一人残しておけない、なんて思わないよ」

「それは・・・・・・!・・・・・・・」

反発するようにレイちゃんは口を開くけど、すぐ黙ってしまう。青信号の光を見届けて、私は白い線を踏み越えた。一歩歩くたびに、神社の木が歓迎しているようにざわめいている気がする。

「でも、神社で嫌な思い出があって、それに式神がかかわってるから、レイちゃんはおうちのことも、式神のことも、嫌だなって思っちゃうんじゃないかな。本当はきっと、信じたい、好きになりたいって思いがあるのに」

風が心地いい。横断歩道が釣り橋になったように風を通し、体を吹き抜けていく。この前神社の階段を下った時にも感じた、自然と溶け合って飛べそうな気持ちが蘇ってくる。横断歩道を渡りきり、唖然とこっちを見ているレイちゃんを振り返った。葉っぱが強く揺れ、音を立てる。

「好きって気持ちに、蓋をしちゃうのはもったいないよ。好きなものがあるんだから、大切にしないと」

「・・・・・・夕陽ちゃん・・・・・・」


その時だった。風が一層強く吹き、私たちは手で顔をガードする。しかし、神社の入り口に掛かっていた大きい提灯が揺れ、がたんと枝から持ち手が外れた。重厚感のある提灯が、風の勢いを付けたまま、私の方へと飛んでくる。

「夕陽ちゃん!!」

「っ!!」


身を固め、腕を抑える。すぐ目を開いて状況を確認すると、目の前には白いジャケットが広がっていた。


大きくて細い背中に、ふと緊張の糸が切れる。鋭くこちらを振り返った彼は、金髪を日の光に透かしながら眉をしかめた。耳についたしずく型の宝石がキラキラ反射している。

「タンギン・・・・・・」

「おめえはほんっとに危なっかしいな。危険ホイホイか、お前は」

「ありがとう・・・・・・提灯、駄目になってないかな」

「はあーー?こんなのより自分の心配しろや!!てめえは危機管理がなってねえんだよ!」

「ちょ、ほっぺひっはらないれ」

タンギンの攻撃を甘んじて受けていると、レイちゃんがぽかんとしているのに気が付いた。タンギンが見えているの?と聞こうとすると、後ろから下駄の音が聞こえて、私は振り返った。タンギンは一瞬で実体化を解いて姿を消す。ガラン、と足元に提灯が転がってきた。

「大丈夫でしたか。突風が吹いた後に嫌な予感を感じたので、降りてきてみたら・・・・・・って、レイ。それにあなたは、レイの友達の」

レイちゃんのお父さんが慌てたように階段を下りてきて、私たちを見てぽかんとする。その顔がレイちゃんと似ていて、ついほっこりしてしまう。気を取り直して、足元に転がった提灯を拾い、お父さんの方へ向かった。落ちた衝撃で和紙が破れてしまっている。一見軽そうに見えるけど、持ち手や蝋燭を置く下の方は頑丈な鉄で出来ていて、結構重かった。これが当たっていたら、私はいくつも痣を作っていただろう。タンギンが守ってくれて良かった。

「こんにちは、レイちゃんのお父さん。これ、さっきの風で落ちちゃったみたいで。壊れちゃってるんですけど、大丈夫でしょうか」

「ああ、ありがとう。むしろ、お嬢さんこそ大丈夫か?怪我はしてないだろうね」

「はい、大丈夫です。ね、レイちゃん」

「・・・・・・何呆然としているんだ、レイ」

話を振って、レイちゃんをこっちに呼び寄せようとする。お父さんもレイちゃんの様子に顔をしかめ話しかけるけど、レイちゃんは目から鱗が落ちたように、呆然と神社を見ていた。ふと、彼女が口を開く。

「・・・・・・ここ、こんなに綺麗な場所だったんだ」

レイちゃんの呟きに、彼女のお父さんがカッと目を見開く。そして一瞬、泣きそうに顔をゆがめた。私は二人を見比べ、レイちゃんをじっくりと見た。彼女の目がキラキラと輝いて、希望に溢れているのが分かる。きっと、心境の変化があったのだろう。まだ確信はないけど、きっとレイちゃんはこれから、神社を大切にできるだろうし、式神も見えるだろう、と思う。お父さんとも、少し打ち解けられるといいな。

「・・・・・・いつも、レイが葉を掃いている場所だ」

「・・・・・・ふーん。まあ、今日いい天気だからそう見えるのかも」

照れたようにそっぽを向き合う二人に、私とタンギンは顔を見合わせて笑う。お互いを思いあう家族って幸せなんだなあ、とぼんやり考えていると、不意に後ろからショウゼツさんの明るい声が聞こえた。

「夕陽さんは断金さんがお母さんっすよね?あ、男に厳しいことを思えば、お父さんっすかねー?」

「・・・・・・はああああ??てめえ何言ってんだ」

ため息と怒りが込められたタンギンの声に、さらに笑ってしまう。すると、レイちゃんのお父さんがこちらを見て微笑み、「今日は風が強いから、早く帰りなさい。提灯の修繕を手伝ってくれ」とレイちゃんに声をかけ、階段を昇って行った。レイちゃんは黙って頷くと、こちらを振り返る。なんだか吹っ切れたような顔のレイちゃんに、私まで嬉しくなる。

「夕陽ちゃん、相談に乗ってくれてありがと。なんか、すっきりした。まあ、高校卒業するまでの間だし、もう少しここで耐えてあげてもいいかな。今度、お母さん帰ってきたら紹介するね」

「うん、楽しみにしてる」

「けっ、すっかり態度変えやがって」

「聞こえてるんですけど、タンギン」


レイちゃんの言葉に、ハッとして彼女を見る。頬を膨らませた彼女は、こちらに歩いてきて、私の横にいるショウゼツさんの目の前で止まった。彼をまっすぐ見て、ぎこちなさそうに笑う。

「・・・・・さっきは、ごめんなさい。ショウゼツさん、でしたよね。私で良ければ、主になります」

ショウゼツさんはポカンとした後、ぱっと顔を輝かせてガッツポーズをした。全身で喜んでいるのが伝わってくる。私も、ほっとした。これでレイちゃんも、主として一緒に『廃絶』に立ち向かう仲間になったのだ。

「よっしゃーーーー!!!ありがとうございますっす!!レイさん、っすよね!これからよろしくっす!」

「ちょ、ちょっと、力強いですよ。痛いー!!」

早速握手をして笑いあっているレイちゃんたちを見ていると、不意にタンギンが横を通り過ぎていくのが見える。振り返ると、彼はこちらを指さしつつも、もう遠くに浮かび上がっていた。

「俺は盤渉にこいつらの契約が成り立ったことを報告してくる。いいか、絶対この神社内にいろよ。ここなら『廃絶』も迂闊に手出しては来れないだろ」

「わ、分かった。気を付けてね」

「おー」

タンギンがぴゅんっと飛んでいくのを見守った後、レイちゃんたちが階段を上っていくのが見えた。楽しそうに話していて、すっかり意気投合したようだ。

「じゃあね、夕陽ちゃん!ありがとう!!」

「また明日っす、夕陽さん!」

二人に振っていた手を降ろす。自分の隣に視線をやる。いつもいる式神がいなくて、私は急に胸に穴が開いたような気持ちになった。私の隣には誰もいない。久しぶりの独りぼっちにやるせなさが襲ってきて、つい神社の階段でしゃがみこんでしまう。

「・・・・・・タンギン、早く帰ってこないかな」

口から出た言葉が跳ね返ってきて、涙が出てきそうになる。唇を噛んで、ぐっとこらえた。最近私は泣きすぎだ。もっと強くならないと、これから祓う悪意に勝てそうもないだろう。でも、寂しい。一回みんなでいる楽しさを知ってしまったから、一人になった時の孤独感が倍になって帰ってくる。私はひたすら地面を見つめながら、彼の到着を待った。


その時だった。目の前の苔むした石に、ふと影が映りこむ。まさかマクモさんかと、私は勢いよく顔を上げた。


「具合悪いの?」

「心配なの」


目の前には、小学生くらいの小さな女の子が二人、立っていた。

鏡合わせなのかと思うくらいそっくりだ。左側にいる子は右に、綺麗な黄緑色のサイドポニーを束ね、対になるように右にいる子は同じ髪型のまま、ピンクの髪を揺らしている。濃いオレンジの目を4つ並べて、私をじっと見下ろす姿は、明らかに人間じゃないことを物語っていた。

「・・・・・・大丈夫です。心配ありがとう」

咄嗟に出た言葉に、二人は無表情な顔を見合わせて、首をこてん、と捻った。また言葉を間違ったかなと思いつつも、挙動が完全に一致している彼女たちに、少し不気味さを覚える。まるで生き人形みたいだ。

「お礼言われたのなんて、久しぶりなの」

「みんな、私たちには言ってくれないの」

「そ、そうなんだ。どうして?」

「さあ。どうしてなのか、分からないの」

「原因があるのに、分からないの」

そんなに暑くもないはずなのに、ずっと手探りで会話しているからか、汗が止まらない。これでいいのか不安になってきて、私は心の中でタンギンを呼び続けた。お願いだから早く帰ってきてほしい。

「お姉さんは、ここで何をしているの?」

「ずっと下を向いていたけど、何かあったの?」

こつんとお互いに頭をぶつけつつ、双子が質問をしてくる。よく見ると金と銀のお花のイヤリングを付けていて、そこだけは年相応に見えた。前掛けが片方は前に合ったり、もう片方は後ろに合ったりと互い違いの恰好かと思いきや、イヤリングは色も形も位置も二人一緒だった。

「えっと、人を待ってるの」

「ふうん。なんで下を向いてたの?」

「その人に会いたくないの?」

「そんなことないよ。ただ、ちょっと疲れちゃって」

「なんで疲れちゃったの?」

「その人のせいなの?」

追従が止まらなくて、私は段々頭が機能停止してくるのを感じた。双子の微妙に人間からかけ離れた動作への恐怖心も薄らいでくる。観念して、口を開く。マクモさんといた時の嫌な感じはしないから、きっとこの子たちは式神か何かなのだろう、と割り切る。

「今日、友達が式神と契約したんだけど、今私の式神は別のとこに報告に行っちゃっていなくて。なんか、いつも一緒にいたからか、寂しくなっちゃって・・・・・・久しぶりに一人になったから、いつもタンギンがいてくれたことがすごくありがたかったんだなって実感してたの」

「ふうん、お姉さん断金の主なの」

「あいつの主は一目見たかったからラッキーなの」

言っちゃったと口を抑えたけどもう遅くて、二人は真顔のまま興味津々そうにこちらに距離を詰めてきた。実体化しているのか、私の膝に手を乗せて、体重をかけてぐっと身を乗り出してくる。こういうところは子供っぽいな、と少し安心する。

「で、奴とはどういう関係なの」

「好きになっちゃったの」

「ぜ、全然子供っぽくないね」

「よく言われるの」

「でも、上無たちもう千年は生きてるから、仕方ないの」

「か、カミム?というか、千年!?」

衝撃の事実に愕然としていると、「あ!!!」と思いっきりタンギンだと分かる声がした。急いできてくれたのか、声が少し掠れている。

案の定、タンギンが上から飛んできて、双子を私から引っぺがして放り投げた。あまりの扱いに焦るけど、二人は何事もないようにふわりと一回転し、同時に可憐に着地する。こんなにシンメトリーな動きを見るのは初めてで、感心すらしてしまう。すると、音が出そうなほど勢いよくタンギンがこちらを振り返ってきて、さっきのさみしさが吹っ飛んでいくのを感じた。

「おい夕陽、こいつらになんか変なこと吹き込まれてねえだろうな!?俺がいねえ隙を見計らってきたんだか知らねえけど、お前は式神ホイホイかよ!!」

「ご、ごめん。でも、変なことは言われてないよ。ただ、お喋りしてただけ」

「そうなの、その子の言う通りなの」

「断金は粗暴だから主がつきにくくて落ちぶれてるだなんてこと、言ってないの」

「てめえら!!!」

「きゃーなの」

「暴力反対なの」

双子に掴み掛かったタンギンの腕を引っ張り、どうにかその場を収める。息を荒げるタンギンに対して、双子はすました顔で互いの身だしなみを整えてあげていた。したたかさも子供らしい。タンギンは面倒くさそうに頭を掻いて二人を指さす。こう見るとお兄さんと年の離れた妹に見えてくる。

「夕陽、こいつらは式神だ。こっちの黄緑頭が下無で、ピンク頭が上無。まじで手の付けられねえクソガキでよ、俺たちの中じゃ関わらぬが吉で有名だ」

「何を言うの。断金は主が付かない問題児、って有名なの」

「というか、この子のこと夕陽って呼んでるの。馴れ馴れしいの」

揃えて口を尖らせた二人を見る。最初に発言するのは、大抵シモムと呼ばれた黄緑色の髪の子だ。対してちょっとうっかり発言をする子が、カミムという子。私は記憶に刻むと、二人と目線を合わせようと中腰になった。二人の宝石のような瞳がこちらに向けられる。

「私、椿夕陽っていいます。タンギンの主です。よろしくね」

二人はポカンとすると、口を開いたままぱちぱちとまばらな拍手をしてくれた。何せ二人も私と負けず劣らず無表情なものだから感情が読めないけど、わくわくしているのか、お互い手を組んでぴょんぴょん跳ねている。

「こんないい子、断金にはもったいないの」

「むしろ、こんないい子じゃないと断金にはつかないの」

「てめえら、覚えとけよ。ぶん殴ってやる」

「断金はこの子にもうちょっと感謝すべきなの」

「そうなの。この子も断金がいなくてさみしがってたの。今の関係を崩すんじゃないの」

「・・・・・・は?」

カミムちゃんの爆弾発言に、タンギンが停止する。私は顔を抑えつつも、前の状況を見た。タンギンはこちらを見てどんどん顔を真っ赤にしているし、カミムちゃんは「あ」と口を抑え、シモムちゃんは観念しろ、というように私に頷き返している。この空気をどうしよう、と私は顔を熱くしつつも、横に置いていた鞄を手に取った。

「か、帰ろうか」

「そ、そうだな!!今日は早く帰った方がいい!!冷蔵庫も空だしな!クソガキども、あばよ。っつうか、本当に夕陽に会いに来ただけなのか?」

「ぷぷ、夕陽だって、なの」

「ぷぷぷ、仲が良くて何よりなの」

「聞いてんのかこら!!!」

タンギンの問いかけに、双子たちは揃ってポケットの中から何か紙を取り出した。それを見た瞬間、タンギンの顔が真剣なものに変わる。古びて端が擦り切れた封筒には、達筆すぎる文字で何か書いてあった。

「今日はこれを届けに来たの」

「決して断金の主を一目拝んでやろうと遊びに来たわけじゃないの」

「目論見言っちゃってんじゃねえか。二通、ってことは、盤渉にも渡せってか」

「そうなの。別にあの人には会わなくていいの」

「決して何考えてるか分からなくて怖いから会いたくないとかじゃないの」

「だから言っちゃってんじゃねえかっつうの」

タンギンは封筒をポケットにねじ込み、はあ、とため息を吐いた。私は何がなんだか分からないけど、あの紙が式神同士が意思疎通するものだということは分かる。会いに来た、ということは、二人はここではない場所に住んでいるのだろうか。

「じゃあ、下無たちはもう行くの。ばいばい、夕陽」

「夕陽、断金に手を出されたら上無たちを呼んでほしいの。はいこれ、電話番号」

「て、手って・・・・・・」

言葉に詰まっていると、ふらりと近くに寄ってきたカミムちゃんが、手に紙を握らせてくれた。携帯番号っぽい数字の羅列に、式神も携帯を持つのか、と驚く。

「これ、絶対てめえらの主の番号だろ。情報漏洩だぞ」

「うるさいの」

「じゃあね、なの」

そう言って、二人は赤信号の光る横断歩道を渡っていった。車が目の前を通り過ぎた時には、二人の姿はもう見えなかった。神社の前で、私とタンギンがぽつんと残される。


「・・・・・・ほら、帰るぞ」

「う、うん」

先に歩き出したタンギンの後を追って、私は動き出した。地面を歩くのが久しぶりだと思ってしまうくらい、濃い数時間だった。まさか別の式神とまた会うとは。しかも、かなりキャラが濃かった。

「この番号、どうしたらいいかな」

「は?んなもん捨てちまえよ。向こうだって全く知らねえ奴から電話かかってきたらビビるだろうよ」

「確かに。あの子たち、面白い子たちだったね」

「面白かねえよ。言うこと聞かねえクソガキどもが」

「あの子たちはどこに住んでるの?日影町じゃないよね」

「ああ、確か今は中部だったかな。あいつらは拠点がころころ変わるから、正確なことは知らねえが」

自然とスーパーに立ち寄り、入り口らへんでタンギンが実体化する。まるでアイドルのコンサートのように歓声を浴びながら自動ドアをくぐり、カートを転がしていた。最近彼の買い物が手馴れすぎていて、付いていくのに必死だ。

「式神は、主が住んでいる場所に住むの?」

「そりゃそうだろ。式神と主が離れられる距離には限界があるんだ。離れるほど、除怨や実体化みてえな技は使えなくなるし、普段でもせいぜい限度は10キロくらいじゃねえのか?」

「結構離れられるんだね」

「適当に言ってるだけだ、実際にそこまで離れたことねえから分かんねえよ。おい、今日は肉にするぞ。鳥、豚、牛、どれがいい?」

「うーん。じゃあ、鳥で」

「鳥か。最近作ってねえのは、照り焼きとかか?」

すっかりお母さんモードに入ったタンギンに、私はすごく安心感を覚えた。こうして隣に入れくれて、生活まで支えてくれる存在は、私がずっと求めていたものだ。今日一瞬離れただけであんなにさみしかったのは、少なくとも私は、彼のことを大切に思っているからなのだろう。

「副菜は、って、どうしたよ。そんなににやけて。気持ち悪い」

「ふふ、タンギン、ありがとね」

「はああ!?なんだよ急に。菓子でもねだる気か?」

そんなやりとりをしつつ、荷物を半分こにして二人家に帰る。家の鍵を開けて玄関に荷物を置くと、タンギンが不意に近くで話しかけてきた。突然の接近に心臓が跳ねる。

「おい、夏休み暇だろ?」

「え?は、はい」

「これから除怨に日本中飛び回ることになるかもしれねえ。夏休み、覚悟しとけよ」

そう言って、私の分の袋も持って、彼はリビングに引っ込んでしまった。呆然とその場に立ち尽くすけど、ふと我に返り、汗が噴き出てくる。

「え、日本中?」

これから来る夏休みにどんなことが待ち受けているのか不安になりつつも、私は嫌な気持ちにはならず、とにかく頑張ろうと靴を脱いだ。



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