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9.球技大会と再会

今日はタンギンに起こされなくても目が覚めた。目覚まし時計を横目に見て、ベッドから起き上がって伸びをすると、自然と鳥のさえずりが聞こえてくる。今日も平和だな、と窓を見ると、少し曇はあるものの、雨は降らなさそうだ。今日は朝から体育着に着替える予定だ。寒くなると嫌なので、一応長袖のジャージも用意していた時だった。


「おい、朝だ・・・・・・って、ごめん」

ノックもなしに扉が開き、おたまとフライパンを持ったタンギンが顔を出す。丁度パジャマに手をかけた所で、部屋の時が止まった。彼は面白いくらいに口を開いて唖然とすると、何事もなかったかのように静かに扉を閉めた。

「ふふ」

その様子が面白くて、私は笑いながら着替えを始めた。別に下着を見られたわけではないし、お腹が少し見えただけだし、そんなに気にしなくてもいいのに、と思う。というか、泣き顔だったり悪意に苦しんでる顔だったり、もっと恥ずかしい姿を見られているので、今更なんとも思わない。ふわあ、とあくびをしつつ、私はいつもより膨らんだカバンを持ってリビングへと向かった。その前に、顔を洗って髪を整える。今日は後ろで一つに括った。

ドアを開けるとさっそく、瞬時に顔を真っ赤にしたタンギンが目に入る。私は笑いを堪えつつ、いつもに増して豪華な朝食と対峙する。ありがたさを感じつつ、私は手を合わせた。

「おはよう、タンギン。すごく美味しそう、早速食べてもいい?」

「あ、ああ。どうぞ」

「いただきます」

外はぱりぱり、中はふわふわに焼きあがった鮭に舌鼓を打ちつつも、私はキッチンでお弁当とにらめっこしているタンギンを見た。今日は待ちに待った球技大会だ。森林君のおかげでサーブができるようになったあの日から2週間、自主練もして、大分様になってきたんじゃないかと思う。もとから勘がいいレイちゃんとラリーをしたり、対決をしたりと、テニスって楽しいななんて考えるくらいには成長した。

「ほれ、弁当。多くても全部食べろよ。よそ見すんな、骨が刺さったらどうすんだ」

「ありがとう。なんかお母さんレベルが増してるね。タンギンも球技大会が楽しみなの?」

「いや、なんか朝からそわそわすんだよな。なんか落ち着かねえ」

そう言って向かいの椅子に腰かけると、彼は辺りをきょろきょろと見回した。ふと目が合い、じっと睨まれる。この冷たく見える目線も、今は私にとって安らぎの要素だ。彼がいるだけで心強い。

「そうかな、なんだろ。スーパーの特売とか?」

「それはもう調べた。そうじゃなくて、なんかこう、ざわざわするっつうか」

「調べたんだ。ありがとう・・・・・・なんだろ、私は特に何も感じないや」

「今日は勝絶は底抜け元気野郎の方にいるからな。式神にしか感じ取れないもんもあるだろ。まあいいや、ほら、これ持っとけ」

タンギンは私の前に、すっと除怨の時に使う花札を一枚テーブルに滑らせる。以前マクモさんから守ってくれた札とは違って、これは満開の桜が描かれている。ステンドグラスのように黒い縁で囲われたそれは、艶めいて虹色の光を発しているようにも見えた。

「これ、もらっちゃっていいの?また何かあったときに使う機会があるかも」

「ああ、一応お守りだ。こういう祭り事に乗じて廃絶の奴らがけしかけてくる可能性もあるし、それにこれがあれば、お前は俺の主だっていう証明にもなるしな」

タンギンはテーブルに肘をついて不敵に笑った。朝日のせいもあるかもしれないけど、嫌に彼がかっこよく見えて、内心少しドキッとする。忘れがちだけど、彼はおそらく人間だったら女子からアイドル並みにファンができるだろう容姿をしているのだ。なんだか不意打ちを食らって悔しいので、私は札をポケットに入れながら席を立つ。

「・・・・・・私はタンギンの主だよ。何を言ってるの?」

「はあ?なんだよ上から物言いやがって!それ返せ!」

「やだ。着替えるからどっか行って」

「反抗期の娘か!皿くらい水に漬けて行けよ!」

そんなこんなで、私は玄関を開け、鍵を穴に挿す。まだ怒った様子のタンギンを連れて、私は登校への一歩を踏み出した。ふくれっ面の彼を見ていると、単位のために学校に行かなければいけない、と嘆いていた永遠さんを思い出す。会いに行こうと思っても中々踏み出せず、今まで会わないままになっている。彼は元気だろうか。

「・・・・・・今度、会いに行こうかな」

「あ?なんか言ったか?」


「夕陽ちゃん!!」



一瞬、脳がフリーズする。声のした方に振り返ると、ここにはいないはずの人が、にこやかに手を振っていた。幻覚かと目をこするけど、その人は消えない。手が震え、荷物が入った手提げが落ちる音がする。

「おい、お前・・・・・・」

「・・・・・・永遠さん。永遠さん!」

私は無我夢中で、手を振っていた人に突進するように走った。嘘だ、どうしてここに永遠さんがいるのだろうか。腕を掴んでみたけど、ちゃんと感触もある。胴体やら腰やらに付けた、工具や文房具が引っ付いたベルトも、絶妙にダサいTシャツも、少しくるんとした髪も、優しさが現れたたれ目も、お香のようないい香りも、全部永遠さんだ。顔を上げると、彼が嬉しそうに微笑み、ぽん、と肩に手が置かれる。

「夕陽ちゃん、久しぶり!観光がてら、来ちゃった。サプライズ成功かな?」

「と、永遠さん、本当に、永遠さんですか?私の幻覚じゃないですよね?」

「あはは、落ち着いて、俺はここにいるよ。ほらほら」

そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれる。親のような存在の彼を目の前に、私は張りつめていた糸がぷつんと切れたように、身を預けた。そんなに気は張っていなかったつもりなのに、この安心感は別格だ。太陽の日をたくさん浴びた干したての布団にくるまったように、温かくて優しくて幸せだ。視界がじんわりと滲んでくる。

「あれ?よしよし、泣かないの。夕陽ちゃんは泣き虫だからな。ほら、ハンカチ使って」

「す、すみません。ありがとうございます。永遠さんに会えて、嬉しくって」

「そんなに喜んでもらえるなんて、はるばる来たかいがあったよ。今日は休日だし、一緒に過ごして、今日中には帰ろうと思ってるんだ。・・・・・・といっても、夕陽ちゃんは何か予定がありそうだね」

私から体を離して、少し残念そうに永遠さんが眉を下げる。制服ではなく体操服を着ているので、確かに何かあるのはバレバレだ。彼とまだたくさん話したいのに、大会と被るなんて、タイミング最悪だ。でも、少しでも彼を引き留めておきたくて、私は何とか必死に訴える。

「今日、学校の球技大会なんです。良かったら、永遠さんも見に来てください。私、出るので」

彼は一瞬驚いた顔をした後、ぱあっと笑って目をキラキラさせた。相変わらずの分かりやすさに、つい口元が緩んでしまう。

「へえ、楽しそう!!お邪魔じゃないなら、行こうかな!親じゃなくても参観できるのかな」

「大丈夫です、というか永遠さんは、もう私の親みたいなものです!!」

「あはは、じゃあ行こうか!といっても、この時間に親が行くのはちょっと早いかもね。ここら辺散歩してこようかな。何時から開催なの?」

「えっと、確か10時には始まってた気がします。私はテニスに出るので、11時に来てほしいです!」

「分かった!楽しみにしてるね。じゃあ、学校で、またね」

永遠さんは軽く私の頭を撫でると、ひらひらと手を振って踵を返した。彼の背中がどんどん遠くなる。私はまだ感触の残っている頭を触る。全身が高揚していて、今なら何でもできそうな気がしてきた。


すると、後ろから思いっきり背中を叩かれる。一瞬喉が詰まって、咳き込んだ。タンギンがすごく険しい顔をしながらこちらを見下ろしている。手には私の手提げを持っていた。

「けほけほ、何するの。あ、それありがとう。落としちゃった」

「・・・・・・誰だよ、今の奴」

「え、永遠さんだよ。私がまだ地元に住んでいた時、お世話になった人。面倒見てくれてて、ここに引っ越すことを提案してくれたのも永遠さんなの。永遠さんがいなかったら、タンギンたちと出会ってなかったかもしれないね」

タンギンは思いっきり不服そうに鼻を鳴らすと、無言で通学路を進み始めた。実体化して私の荷物を持ってくれているので、当然他の人からも彼が目視できる。花に水をやっていたおばちゃん、体操をしていたおじちゃん、可愛い恰好をした女子中学生、あらゆる人からの視線を集めている。私は彼から離れないように走るけど、なんだかアイドルのストーカーをしている気持ちになった。それはこうなるよね、と思い、横断歩道で止まった彼に話しかける。

「ねえ、タンギン。実体化してると目立つよ。体力も消費しちゃうだろうし。荷物なら私が持つから」

「・・・・・・」

前を向いたまま無視してくる彼に、私もだんだんムカついてきた。永遠さんと二人で話していて、自分だけ置いてけぼりだったからふてくされているのだろうか。まるで子供のような態度に、私はため息をつきつつも、負けずに話しかける。

「タンギンのこと、ほったらかしててごめんね。久しぶりに親みたいな人に会ったから、私も感動しちゃって・・・・・・えっと、ほら、タンギンがくれた花札もお弁当も持ってるよ。気にかけてくれて、ありがとね。ちょっと無神経だったかも、ごめん」

後ろから、タンギンに話しかけるか迷っている女の子の声が聞こえてくる。信号が青になり、彼の後を追いかけようとした時、急に彼が私の腕を掴んできた。そのまま人から逃げるように走り出す。急に引っ張られて、私はただ付いていくことしかできない。しかも、すごい速い。

「ちょ、タンギン!?どうしたの、待ってよ!」

無言のまま校門に着き、私は荒い息を整えた。横に立つ彼を見上げると、ばっちりと目が合う。彼は間違いなく怒っているようだけど、何かを考え込むような、訝しみを含んだ顔をしていた。

「は、はあ、タンギン。どうしたの、何がしたいの」

「・・・・・・札、ちゃんと持っとけよ」

「え?も、もちろん・・・・・・何かあった?」

「・・・・・・別に」

荷物を私に預け、下駄箱に差し掛かった所で、彼は実体化を解いた。後ろから追いかけていた女の子たちは流石に校門を超えては来なかったけど、彼を探している声が聞こえる。私は教室に向かい、まだ横にいるタンギンを見た。いつになく真剣な顔をしている。

「何でもないってことはないでしょ。拗ねてるのもあると思うけど、何か別のことが引っかかってるんじゃないの?」

「誰か拗ねるか。てめえが誰と何してようが知ったこっちゃねえよ。それより、盤渉と勝絶に会いたい。元気野郎はまだ来てねえのか」

「瀬名高君のこと?うーん、いつも朝早いから、いるかもしれないけど・・・・・・」

私がそう言ってクラスを覗いた時、中にいた数人の女子の視線が一気に集まる。一瞬たじろぐけど、楽しそうなみんなの顔に、特に害意はないことを悟ってほっとする。

「あ、椿さん、おはよう!」

「夕陽ちゃん早いね?今日は寝坊しなかった?」

萌ちゃんがこちらに来て、話しかけてくれる。いつも可愛いけど、今日の萌ちゃんはいつものポニーテールをお団子にまとめ、目の下に星の形をしたラメがくっついていて、キラキラと光っている。うちの学校は軽いメイクならオッケーだけど、流石にこれは怒られそうだな、と密やかに思う。

「萌ちゃん、おはよう。ほっぺのとこ、可愛いね」

「でしょ!?見てほら、みんなでクラス全員分のメガホン作ってるの!うちのクラスカラーは赤だから、ほら、こんな感じで!」

萌ちゃんが差し出したメガホンには、丸文字で「1-C」と書かれたシールが張り付けてあったり、口の部分にふわふわのモールが付いていたりと、お祭りには持ってこいの飾り付けが施されていた。これを森林君が持っている姿が想像できないけど、彼女たちがこれを全員分作った苦労を考えると、応援の時はぜひみんなで声を張り上げたいなと思う。

「わあ、可愛いね。団結力が高まりそう。今以上に固まったら、優勝もできちゃうかも」

「あはは、確かに!というか夕陽ちゃん、こんな時間にどうしたの?もしかして瀬名高探してる?」

「い、いや。別に。ちょっとほかのクラスも見てこようかな」

「うん、行ってらっしゃい!!」

こうして、私は萌ちゃんと別れ、朝日に近い輝きを持った日光を浴びながら廊下を歩いた。窓から、先生たちが使う白いテントが張ってあったり、体育委員らしき子が先生と話し合ったりしているのが見える。いつもと違う光景に、私も少し浮足立ってしまう。

廊下を渡りきり、階段を降り、下に向かおうとした時、丁度私の会いたい人が目に入った。しかし横にいる人に、胸がきゅっと締まる。


「ん?やあ、椿君、早いね!君もこの大会が待ちきれないのかな?」

「待ちきれないのはあんたの方でしょ・・・・・・・」

ぱっと笑って手を振る瀬名高君と、苦い顔をして彼を見ている赤羽さんがこちらを見上げている。確か本人からはありさでいい、と言われたけど、何となくまだ赤羽さんと呼んだ方がしっくりくるな、と思った。

「お、やっと来た。おい、盤渉、勝絶、話がある」

「・・・・・・何か用か?」

「おはようございますっす!今日は晴れてよかったっすねー!」

横からタンギンがすっと出てきて、式神たちと合流し、視界の横で話をしている。横目でちらっとバンシキさんに見られた気がするけど、気のせいだろう。

それよりも、心のざわめきがすごい。どうしてこの二人が一緒にいるのだろうか。接点があったこと自体に驚きだ。

「お、おはよう。あ、ありさちゃんと瀬名高君、知り合いだったんだね」

「知り合いというか、幼馴染だね。小学校のころから一緒だったのかな?そうだろう、ありさ君!」

「あんたが目立ちすぎるから、覚えてただけよ。どんなに大きくなっても、ずっとこの調子なんだから」

なぜかわからないけど、この場から逃げ出したい。自然と足が後ろに下がり、私は拳を握りしめた。

すると、後ろに何かが当たる。マクモさんの姿がよぎって、私は勢いよく振り返った。

「うお、そんな過敏に反応しなくても。おはよ、椿。瀬名高と赤羽もいたのか。お前らこんなとこで何やってんだ?」

後ろで、珍しくジャージとTシャツを着た台心先生がこちらを見下ろしていた。とりあえず敵でないことにほっとする。瀬名高君は子供のようにはしゃいでこちらに向かってきたけど、ありさちゃんの方は私と先生の接近が気に食わないのか、その思いがありありと出た顔で階段を上ってきた。

「先生、おはようございます!いつもはスーツなのに今日はジャージですか!かっこいいですね!!」

「100パーセントの元気と誉め言葉をありがとう、瀬名高。俺は朝から眠くて仕方ないよ」

「・・・・・・台心、先生対抗にリレー出るんでしょ。かっこいいとこ、見せてよね」

「赤羽はなんでそんなむくれてるんだ?あと、少し口紅落とした方がいいと思うぞ、鈴木先生が職員室で目光らせてたから」

「えー、めんどくさ。別に可愛いんだからほっといてほしいわー」

みんなの会話を聞きつつ、私は心を整える。いろいろな人と会って仲良くなるのはいいけど、その分瀬名高君とずっと一緒にいれるわけではないことが、少し引っかかる。これが嫉妬か、と納得すると同時に、自分を顧みる。ちょっと瀬名高君に執着しすぎかも、と私は自分で反省した。別に彼女なわけでもないんだし、タンギンも言っていた通り、誰と話そうが一緒にいようが、私には関係ないことだ。

もしかしたら、タンギンは私と永遠さんに嫉妬していたのかもしれない、なんて自惚れた考えがよぎる。すると、視界にぶんぶんと誰かの手が入ってきた。

「椿、大丈夫か?この前も保健室行ったって聞いたし、今日も無理はするなよ」

先生が顔を覗き込んできて、やっぱり意外と生徒を見てるな、と思う。私は「ありがとうございます」とうなずいて、教室に戻った。

やっぱり大会だからか、この時間にしてはいつもより人が集まってるな、と思っていると、レイちゃんが私を見た途端飛んできた。彼女も萌ちゃんたちと同じように、やっぱり目の端っこがいつもよりキラキラしている。悶々としていた気持ちが、さっと晴れるのを感じる。

「夕陽ちゃんおはよう!ついに大会当日だよ!!本庄たちがこんな可愛いメガホンも作ってくれたし、絶対優勝するよ!!頑張ろうね、今こそ練習の成果を見せる時!!」

「お、おはよう。私も頑張る。レイちゃんは、今日親とか来たりするの?」

「うち?うちは来ないかな。こういう祭り事にあんまり乗り気じゃないんだよね。夕陽ちゃんは?」

不満そうに顔を膨らませた後、レイちゃんがぱっと顔を戻して聞いてくる。永遠さんのことを説明しようとした時、ホームルームが始まった。

朝から色々あったけど、大会が始まる。行事に浮かれないタイプの私だけど、今回は頑張って練習した。よし、と気合を入れて、阿部君を中心とした円陣の中に加わる。

「1-C、優勝するぞー!!」

「「「おーーーー!!!」





「いやー、負けたねー」

「・・・・・・惨敗だったね」

一回戦を無事勝ち上がり、二回戦目に突入している森林君たちをベンチで見つつ、私たちは悔しさを通り越す負けっぷりに、二人呆けていた。当たった相手が3年の優勝候補だったのが悪かった。ごめんねー、と謝りつつも、容赦のない攻撃に、私たちはあっという間に負けてしまった。試合は校内の各箇所で同時並行で行われるので、メインの男子バレーの試合と、私たちテニスの試合が被ったからか、クラスのみんなが応援に来ていなかったのがせめてもの救いだ。校内できっと迷っているのだろう、永遠さんすらいなかった。きっと探しに行くより、テニスコートで待っていた方が合流しやすいだろうと、レイちゃんにも話してある。結果は少し悔しいけど、レイちゃんも吹っ切れたのか笑っている。

「あれは勝てないわ。番狂わせしたかったけど、あの二人、表彰台常連の陸部と女バレーの先輩たちだからね。いやー、負けた負けたー」

「ちょっと悔しいけど、先輩たちも凄かったね。レイちゃん、練習たくさん付き合ってくれたのに、ごめんね」

「夕陽ちゃんが謝ることじゃないよ!むしろ、二人で出られて嬉しかった!!また一緒になんかやろ!ほら、応援するよー!!」

そう言って、レイちゃんは赤いメガホンを構えて、コート上のクラスメイトを応援し始めた。明るく笑顔で前向きな彼女を横に、羨ましいな、と見つめてしまう。すると、レイちゃんはあれ、とこちらの視線に気づいたのか、持っていたメガホンを降ろした。

「ん?どうしたの、夕陽ちゃん。もしかして声でかかった?」

「いや、レイちゃんって、いつもキラキラしてるから、すごいなって。私も、そうなりたいな・・・・・・」

朝、瀬名高君に感じた自分の卑屈さを思い返して、私は下を向いた。別に、瀬名高君はありさちゃんと付き合っているわけではないのだから、気にしなくていいのだ。でも、こんな気持ち初めてで、どう対処したらいいのか分からない。

すると、横からすっと手が伸びてきて、私の手の上に置かれた。見ると、レイちゃんが頬を染めて、嬉しそうに笑っていた。

「夕陽ちゃんはいっつも嬉しいこと言ってくれるね。そんな風に見られてたなんて、めっちゃ感動だよ。ふふ、ありがとう!」

「だって、本当のことだから・・・・・・メガホン持ってる姿、すごくJKって感じがする」

「えー、嬉しい!!私、この高校生活を自分らしく謳歌したいんだ!!」

「自分らしく?」

私の問いに、レイちゃんはふと上を見上げた。浮かんでいく雲の隙間から、真っ青な空が見えて、少し眩しい。夏の気配を感じる風も吹いてきて、自然に身を任せる。

「私、可愛いものが好きなの。夕陽ちゃんが初めて私に会ったときに、このヘアピン褒めてくれたの、覚えてる?これも、私の『可愛い』の拘りなんだ。髪を巻くのも、メイクをするのも、好きな服を着るのも、全部自分が選びたいの。これを曲げたら、私じゃなくなっちゃう」

レイちゃんは内側にくるんと巻かれたショートカットをいじりつつ、思いを零していた。車体面の時、レイちゃんと急激に仲良くなれた理由が分からなかったけど、あの時のヘアピンが原因だったのか、と今更ながら納得がいく。

私はふと思い返す。レイちゃんのお家は神社だから、もし彼女が受け継ぐとしたら、彼女の『可愛い』は叶わないことの方が多いんじゃないか、と思う。現に、神社で会ったときのレイちゃんは、巫女の服を着ていたし、お父さんも厳しいらしい。あの格好は私は可愛いと思うけど。

「レイちゃんってもしかして、お家が神社なの、嫌?」

「え!!」

うん、と言ったに等しい反応をして、レイちゃんは私を見る。硬直しているし、ちょっと顔が赤いし、目が見開かれてるしで、まんま図星の反応だ。分かりやすくて助かる。

「・・・・・・実は、そうなんだ。古臭いのとか、あんま好きじゃない。伝統とかも続ける意味あるのかって思うし、家の手伝いに時間割かれちゃって、バイトもできないし。お金を自分で稼げたら、可愛い服買い放題なのに」

「うちの学校、バイトは元から駄目だと思うけど・・・・・・」

「まあそこは置いといて。手伝いもさ、掃除ばっかなんだよ?錆びてるとことか汚いし落ちないし、そもそも何の銅像か分かんなくて不気味だし。で、さぼったらお父さんにめっちゃ怒られるの。だったらお前がやれよって感じ」

拗ねたように靴で砂利をいじりながら、レイちゃんは喋っていた。彼女の愚痴に新鮮な気持ちになる。あたりまえだけど、こんなキラキラした人でも愚痴は言うんだな、と妙に感動してしまう。「ごめんね、愚痴っちゃって」と笑うレイちゃんに、私は口を開いた。

「私も、掃除お手伝いしたいな」

「え?だ、だって掃除だよ?汚いし、つまんないよ」

「私は、レイちゃんが好きだから・・・・・・レイちゃんのお父さんが大事にしてるものも、大事にしたいなって。あの神社広かったし、外も掃除するってなるとすごい量だから、お手伝いできることがあればしたいなって・・・・・・」

私の言葉に、レイちゃんは唖然として動かない。迷惑だったかな、と気づき、慌てて、弁明する。人の家の事情に口を出してしまって、軽率だったなと後悔する。私だって、家のことを突っ込まれたくない。

「夕陽ちゃん・・・・・・!」

レイちゃんは私をぎゅっと固く抱きしめ、声を震わせていた。彼女の胸の感触がダイレクトに当たり、内心すごく動揺する。けど、息のかかった彼女の声に、私は目を閉じて、気持ちを込めて抱きしめ返した。

「・・・・・・私、家が神社だから古くて汚い、っていじめられてたことがあって・・・・・・そんなこと言ってもらえるなんて、思ってなくて・・・・・・ありがとう。夕陽ちゃん、ありがとう」

「・・・・・・そうだったんだね。私も似たような経験があるから、少し分かるかも。レイちゃんのお家は立派だよ。あそこに行くと、心が洗われるような気がするんだ。私はあそこ、好きだよ」

「ふふ、夕陽ちゃんって恥ずかしげもなく好きっていうんだね。そういうとこ、いいと思うよ」

そう言って目元を拭い、レイちゃんは顔を上げた。大きくて丸い瞳から、信頼の思いが感じ取れる。私も笑って、二人で肩を預けあった。

「よ!随分仲良さそうだけど、俺らのこと見てた?」

前を見ると、塩味君がこちらに歩いてきて、汗を拭っていた。太陽の光を受けてキラキラ輝いているように見える。明らかに疲れた様子の森林君も後に続いていた。得点版を見ると、どうやら勝ったらしい。

「見てないよー。私、夕陽ちゃんとお話してたんだもーん」

「見てくれよー、そのメガホン持ってさ。つうか、俺らもそれ持って行動しないといけないのかな?めっちゃ目立って恥ずいんだけど」


二人のやり取りを聞いていると、目の端にこちらを見て笑っている人が見える。永遠さんだ。

私は咄嗟に立ち上がって、彼の元に駆け寄る。驚いたように慌てる彼が可愛くて、私は笑ってしまった。金網のフェンスを開け、彼に体ごと突っ込む。

「ええ、夕陽ちゃん足速くない?そんな猛スピード出せる子だっけ?」

「永遠さん、絶対迷いましたよね。もう私の試合、終わっちゃいましたよ」

「えええ!??だってこのテニスコート、端っこにありすぎでしょ!探し回ってたら学生さんに声かけられちゃって、不審者と思われて連れてかれちゃうとこだったんだから」

「ふふ、だろうと思いました。結果は負けちゃいましたけど、楽しかったですよ」

「・・・・・・そっか。楽しかったか」

永遠さんは優しく微笑み、私をじっと見つめた。頭に手がポン、と置かれ、昔に戻った気分になる。分かりやすいレイちゃんを見た後だからか、永遠さんの目を見ても、彼が何を考えているのかいまいち図れない。

「・・・・・・夕陽ちゃん。ここでの暮らし、楽しそうだね。安心したよ。君が笑顔でいてくれて良かった」

「全部、永遠さんのおかげです。ここを紹介してくれたのも、今までの私を支えてくれたのも。感謝しかないですよ」

「どの場所に行ったとしても、幸せになれるかは本人次第だ。君の優しい性格が、ここに適合したんだろうね。僕も嬉しいな」

少し大人びた言い方に、私は壁を感じて彼を見上げる。永遠さんは眉を下げて笑うと、手を離して、くるっと私に背を向けた。

「じゃあ、僕は帰ろうかな。元気な夕陽ちゃんの姿も見れたし、ここもいい土地だってのが分かったしね」

「え、もう帰っちゃうんですか!?まだ話したいことがたくさんあるのに」

「僕と話してないで、友達と一緒にいて。いつでも電話してよ。僕もやっと春学期卒業できそうだから、学校が終わったらこっちに来ようかな」

「え、本当ですか!嬉しいです!」

「あはは、その笑顔が見れて良かった・・・・・・おや」

永遠さんの視線が一瞬後ろにずれる。振り返ると、レイちゃんが猛スピードでこちらに突進してきた。あまりの速さに身を縮こませる。ちらっと見えたけど、塩味君たちもゆっくりとだけどこちらに来ていた。彼らは勝ち上がっているのだから試合に出なくていいのだろうか。

「え、この人誰!?めっちゃイケメンじゃん、夕陽ちゃんのお兄さん!?」

「あはは、まあそんなとこかな。夕陽ちゃんの友達かな、初めまして、楠模永遠です」

「初めまして、碁色レイです!!顔はそんなに似てない、っぽいけど、え、夕陽ちゃんこんなイケメンと知り合いだったの!?」

レイちゃんのテンションの上がりようが半端なくて、私は押されて頷きばかり返してしまう。あはは、と永遠さんが笑って、あ、と何か思いついたような顔をした。

「そうだ。夕陽ちゃんの友達ってことで、友好の証としてこれあげるよ」

「?メダル、ですか?」

永遠さんがレイちゃんに渡したのは、彼と別れるときにもらったメダルと同じ大きさのものだった。私のは綺麗なラメやドライフラワーがガラスに閉じ込められていたけど、これは鉄のようなガラスのような素材で、黒い表面に綺麗な艶がかかっている。

「黒いコイン?永遠さんの新作ですか?」

「そうそう、上手くできたから、プレゼント」

「すごーい!え、これ、お兄さんが作ったんですか?」

「そうだよ、僕一応美大生だからね。じゃあ夕陽ちゃん、また今度。レイさんも、さよなら」

「はーーい、さよなら!!」

「さよなら」

永遠さんは顔ごと振り返って手を振っていたので、正面から来た人にぶつかりそうになっている。そんな彼を見守りつつも、レイちゃんが横からぴょこっと顔を出した。

「良かった、あの人お兄さんだったんだね!怪しい人かと思って、心配で声かけちゃった」

「え、永遠さん怪しいかな?優しそうな見た目だと思ったんだけど」

「だって、体に鋏とかペンとかいろいろ付けてるからさ、でも美大生だって聞いて納得したよ!いやー、まさかあんなかっこいい人と知り合いなんて、夕陽ちゃんやるね!!」

男子の準決勝が始まり、塩味君たちがコートでボールを跳ね返しているのが見える。二人で木陰に移動しつつ、メガホンを持って応援しつつお喋りしあった。

「レイちゃん、ああいう人がタイプなの?」

「うーん、厳格には違うんだけどね。でもイケメン大好き!!私もいつか、イケメンな彼氏作るんだー。あ、点入った!!!塩味君、頑張れーーー!!!」

「ほんとだ。森林君も頑張れー」

目の前の接戦に目がいき、私たちは応援に熱を入れた。




お弁当を食べ、私はレイちゃんと体育館に向かうことにした。負けてしまったのは私たちだけではなく、ぞろぞろと暇になったクラスの子たちが前を歩いている。午後の全員リレーまでの時間を、男子のバレーボールを応援することになった。喜ばしいことに決勝まで進んだらしく、1年が勝ち上がっていることに学校中の注目が集まっている。瀬名高君の顔が一瞬よぎるけど、私は今はあまり考えないようにした。勝手に嫉妬して馬鹿みたいだな、と自責の念に駆られていると、肩をトントン、と叩かれる。後ろを振り向くと、ありさちゃんがこちらを見上げていた。結局メイクは注意されたのか、朝見た時より少し薄くなっている。

「ちょっと、夕陽。また台心に近寄ってたでしょ。約束が違うじゃない」

「ええ?私から近づいたんじゃないよ。それに、ありさちゃんだって、瀬名高君と・・・・・・」

言いかけて、口を閉じてしまう。こんな言い方、まるで私が瀬名高君を好きみたいじゃないか。ありさちゃんは台心先生が好きだからこうして突っかかっているだけで、別に私は瀬名高君を好きなわけではない。私が黙っていると、レイちゃんがありさちゃんのことに気付いたのか、牽制するように顔を出してきた。

「ちょっと赤羽。夕陽ちゃんに何の用よ。夕陽ちゃんは優しいんだから、あんたのツンツンした態度で傷ついちゃうかもしれないでしょ」

「碁色。別にあんたに用があるわけじゃないわ。しかも、この子意外とタフだから大丈夫よ」

「まあそれはそうだけど!あ、そのアイシャドウ可愛い。どこのか教えなさいよ!」

「なんであんたに教えなくちゃいけないのよ!百均に行ったら買えるわよ!」

仲が良いのか悪いのか図りかねる会話を聞きつつ、この学校は意外とみんな顔見知り同士が多いのかも、と気づく。そう言えば前にレイちゃんが、塩味君がここをスカウトで入ったことを嫌に珍しそうに言っていたことがあったけど、ここは元から外部生が少ないのかもしれない。

そんなことをぼんやり考えていた次の瞬間、雄々しい歓声が響き渡った。私たちは顔を見合わせて体育館へと急ぎ、観客の間をすり抜け、クラスのみんなが固まって応援しているコートの端に向かった。横にいた熊田さんが珍しく興奮しているように話しかけてくる。

「あ、二人とも。今すごいよ。超接戦。21対22」

「え、やば!!よし、声出して応援するよ!!」

「碁色たちも来たことだし、よっし、声張り上げていくぞ!!!」

「「おーーー!!!」」

クラスの男子を筆頭に、私たちはコートにいる6人の仲間を鼓舞した。応援が届いたのか、瀬名高君がこっちを振り向いて手を振っている。でも普段と違って、すぐに真剣な顔に戻り、ネットの向こうの敵を注視していた。珍しいな、と私は少し身を乗り出す。

鋭いホイッスルの音が鳴り響き、相手の人がサーブを打つ。阿部君がメンバーの名前を叫び、それに答えるかのようにボールを受け止める。上手く放物線上に入り、別の人がボールをふと持ち上げた。その瞬間に、瀬名高君が遠くから地面を蹴り、ネットに走っていく。

ボールが最高地点に届いた時、瀬名高君が跳ね上がり、手を思いっきり振り被る。同時に相手チームもジャンプし、手を伸ばしてボールをガードしようとしている。しかし、彼の方が鋭くボールを向こうのコートに叩きつけ、またホイッスルが鳴った。得点盤の数字が一つ増える。

大きな歓声が上がり、瀬名高君が背中を叩かれ、ハイタッチを交わし、笑いあいながら喜んでいた。「すごい」とレイちゃんが小さく零す。私も同意見だった。こんなに彼の活躍が輝かしいものだったなんて。心臓の音も空間に響く声と笛の音にかき消されるけど、鼓動は感じる。

「がんばれー!!!いけるいける!!」

「が、頑張れ!!」

その後も、点を取られることはあったものの、無事にうちのクラスは25点を取り切った。優勝だ、と思いきや、どうやら一試合目は負けてしまったらしく、次の試合が勝負の分かれ道になるらしい。少しの休憩の後、試合が始まり、私は流れる汗を拭い、私も精一杯声を出した。みんなもヒートアップしてきたのか、段々と立ち上がって応援している。私とレイちゃんも腰を上げた。

「いいぞーー、阿部、頑張れー!!」

「取れ取れ、よし、ナイス!!」

「今のは行けた!!次行こ、次!!!」

「がんばれー・・・・・・・」

段々と声が掠れてきて、私は足元に置いていた水を飲む。普段大きな声を出さないので、喉が既に限界を迎えていた。私も大きな声を張り上げたいのに、と思っていると、横に何か光るものが移動してくるのが見える。見るとショウゼツさんで、私の横に立ってこちらを見ていた。彼の姿は透けているし、私の隣にはクラスの子がいるので、私は前を見たまま声をかける。

「ショウゼツさん、どうしたんですか?タンギンとの話し合いは終わったんですか?」

「いやー、まだっすよ。でも俺、堅苦しいの嫌いなんすよね。だったらこっち見てた方が何倍も楽しいし、廃絶が来るかも、って口実付けて、抜け出してきたっす!!」

「ぜ、全部言ってくれるんだね。包み隠しはしないんだね」

「まあ、俺嘘嫌いっすから!って、ん?」

不意に彼が言葉を止め、私の方向をじろじろと見る。彼が見ていたのは私でも試合でもなく、レイちゃんのようだった。

「この人間、こんな感じでしたっけ?随分オーラが変わったすね」

「オーラ?空気ってこと?」

「いやー、何というか、持ってる感じっつうか、明るい感じっつうか、なんつうんでしょう、分かります?」

「いや、全く」

タンギンが言語化が上手いけど、ショウゼツさんは少し苦手なようだ。私は式神もそれぞれだなあと思いつつ、試合に意識を戻す。判定に抗議があった関係で、あまり進んでいなかった。4対2で、うちが負けている。

ピッと笛が響き、相手に点が入る。私たちは募る焦りを感じつつ、さらに応援の声を大きくしていった。うちの広い体育館では天井までのネットを境にもう一試合できるスペースはあるけど、そちらは終わったのかギャラリーが増えている。

すると、レイちゃんのポケットから不意にカラン、と何かが落ちた。拾い上げるとそれは、永遠さんが作った黒いメダルだった。鏡のように周りを反射し、真っ黒なのに虹色の光を帯びているように見える。レイちゃんに話しかけようとした時、強い衝撃が肩に走った。


「痛っ」

「夕陽さん、それ何すか?」


ショウゼツさんがいつになく眉を顰め、私が手に持っているメダルを凝視している。彼の圧に少し恐怖を感じながらも、私は事情を説明した。どんどん彼の顔が険しくなっていく。

「それ、俺にくれないっすか?」

「え?でもこれは、レイちゃんがもらったもので・・・・・・」

「誰から?いつもらったっすか?」

「え、えっと・・・・・・」

怖い。式神が人間に手を出してくるとしたら、除怨を見るに力の差は歴然だろう。一気に身がすくむ。ショウゼツさんはハッとした顔をして、いつものように明るく笑った。

「あ、怖がらせちゃったっすよね、ごめんなさいっす。それ、『廃絶』が関係してる気がするんす。だから、渡してほしいっす」

私は固まる。遠くで、レイちゃんたちが沸いている声が聞こえる。ショウゼツさんの言ったことが、蜘蛛の巣のように否定的な想像へと繋がってしまう。

このメダルが廃絶と関係しているなら、これを作って渡した張本人である永遠さんは無関係とは言えないのではないか。私が廃絶のボスからウォンテッドがかかっているのは、知らないうちに本人と会ったことがあるからかも、とバンシキさんが言っていたけど、永遠さんなら辻褄が合う。でも、私は彼を疑いたくない。そもそもここに引っ越すことを進めてくれたのは彼なのだから、瀬名高君とバンシキさんがいるこの日影町を選ぶ理由が分からない。廃絶と式神たちは敵なのだから、もし永遠さんが廃絶の構成員なのだとしたら、わざわざ敵のいる場所に私を送り込むのは、もう悪意があるとしか考えられない。

メダルを握りしめながら口を開く。声が震えているけど、ここで渡してしまったら、永遠さんが悪であることを認めてしまうようで、怖かった。

「・・・・・・こ、これは、渡せない」

「・・・・・・なんでっすか?一般人が持っているだけで悪意を引き寄せやすくなるのに、主である夕陽さんが持ってたら、最悪寿命を縮めることになるっすよ?」

「こ、これを作った人を、知ってるから」

「もしかして、それが夕陽さんと懇意にしていた親代わりの人っすか?」

「なんで知ってるの?ショウゼツさんは知らないはずでしょ」

「断金から聞いたんすよ。夕陽さんが大切に思っている人が、廃絶に関係しているかもしれないことを知らせたくない、って相談受けたんす。あ、もしかしてこれ言わない方がいいやつっすか?」

あけっぴろげすぎるショウゼツさんに、私はむしろ笑いたくなるけど、それよりもタンギンも永遠さんが怪しいと感づいていたことに、私は目の前が暗くなるのを感じた。この黒いメダルを持っていたのをタンギンは知らないはずだから、朝私が永遠さんと話していた時点で気づいていたのだ。だからあんなに訝し気な顔をしていたのだ。さらに、私に秘密にしようとしたのだから、彼の中で疑いは濃かったのだろう。

「・・・・・・タンギンが知ったら、怒ると思います。だから、内緒で相談したんじゃないですか?」

ショウゼツさんは決してこの体育館の熱気で流したのではないであろう汗をだらだらとかきながら、気まずそうに眼を泳がせて口笛を吹いた。彼の赤い目はいつもなら何とも思わないのに、今だけは彼が異質の存在であると抵抗感を感じてしまう。

「・・・・・・やべー、今気づいたっす。夕陽さん、聞かなかったことにしてもらうことってできたりします?」

「難しいかも」

昔の、今でも大切にしてくれる永遠さんか、今私を大切にしてくれているタンギンか。信じる道に大きな亀裂ができていて、私はどうしたらいいのか分からず、黙ることしかできなかった。

すると、ぐいっと袖を引っ張られる。ハッと意識を戻してその人物を見ると、レイちゃんが興奮した様子で頬を紅潮させていた。目の前の試合のことをすっかり忘れていた。正直それどころではない。

「夕陽ちゃんどこ見てるの!?ほら、あと一点で決まるよ!24対23!次瀬名高がサーブ!!」


見ると、コートの外で瀬名高君が静かに息を吐いている。まっすぐ真剣な目でボールを見つめ、コートの仲間と、応援している私たちの方に視線を向けた。

一瞬、彼と目が合った気がする。瀬名高君は数歩後ろに下がり、助走をつけてボールを放り、飛んで打ち抜いた。

ネットを超えた鋭い攻撃に、敵のチームが慌ててトスをする。なんとかアタックできるまで軌道を整え、こちらのコートに打ち返してきた。

その先には、誰もいない。丁度前に人が固まりすぎて、後ろの陣地の守りが疎かになっていた。悲鳴にも似た声が客席から上がる。私も、これは駄目だ、と思った。

しかし、キュッと何かが擦れる音とともに、激しく倒れる音がして、私はつい声を上げそうになる。瀬名高君が滑り込み、すれすれでボールと地面の間に手を差し込んだのだ。

「まだ行ける!!」

彼の通る声が、体育館中に響き渡る。きっと私たちのチームが負けても、今一番の主役なのはきっと彼だろう。力を取り戻したように、メンバーが彼が繋いだボールを拾っていく。阿部君が思いっきり振り被り、驚くほどのジャンプをした。

バン!!!!

床に叩きつけられたボールに、誰もが注視した。バウンドして転がっていくボールは、明らかにラインの中だった。

「・・・・・・やったーーーーーー!!!!勝ったーーーーー!!!」

ワッと会場が沸き上がる。私も思わず拍手した。すごい。試合を左右するサーブを決め、最後までボールを地に付けずしがみ付いた瀬名高君の純粋な思いに、圧倒されて拍手しかできない。どこまで主役になれば気が済むのだろう。阿部君を筆頭に、顔をくしゃくしゃにして喜び叫びあうみんなに、私たちも輪になって喜び合った。

メンバーたちがこちらに来る。女子から声をかけられて照れ笑いをする人、男同士で熱いハイタッチを交わす人、目元を拭う人の背中を叩く人。目の前の感情が溢れかえった光景に、私は足を踏み出せずにいた。

「椿君!!」

思わず跳ね上がる。みんなが笑って輪を作っている中、主役がこちらに手を振っていた。嬉しさを前面に出した、子供らしい笑顔で、私に手を差し出してくれる。

「僕の活躍、見ていてくれたかな!?」

息は切れ、あの時擦っただろう膝は血が出て、汗が滴り落ちている。それでもなお輝いた笑顔の彼は、間違いなく格好良かった。彼の雄姿に、私は思いっきり彼の手を掴んだ。素敵な人と出会えて良かった。

「うん!もちろん!」

「はっはっは!いい笑顔だ椿君!君が声を出して応援しているのが見えたよ!!そのおかげで頑張れたのかもしれないね!!」

どういう意味、と聞こうとした時、背中から声が飛んでくる。阿部君がこちらに手招きし、みんな笑顔で円陣を組んでいた。

「早く来いよ、瀬名高!椿さんも!!」

「椿君、行こう!!」

手を取られ、光の輪に混ざっていく。こんな青春、初めてだった。みんなの勝利が自分のことのように嬉しいと思える日がくるなんて、今日はいい日だ、と思う。みんなで肩を組み、足を一歩踏み出した。

「優勝したぞーーーー!!」

「「「わーーーーーー!!!!!」」」





熱気のこもる体育館の中、ステージに立つ阿部君と瀬名高君が小さく見える。みんな男子バレーが優勝して気が抜けたのか、体力が尽きたのか、全員リレーはボロボロだったし、総合優勝はできなかった。うちのクラスは1年生で優勝をつかみ取ったことで学内で注目を浴び、表彰状をもらう時には大きな拍手が起こった。背の順に並びつつも、みんなで腕を上げて喜びを交わしあう。

教室に戻ると、教卓に手を突いた台心先生が、山のようなアイスに隠れて待っていた。ソーダ、バニラ、メロン、いちご、チョコといろいろな味があって、みんなが一斉に取り合いをする。私はひっそりと余っていたソーダを抜き取ると、丁度同じタイミングで森林君と鉢合わせした。

「わ、ごめん。森林君もソーダ?」

「うん。余ってる奴でいいや。早く帰りたい」

「あはは・・・・・・そういえば、テニス準優勝おめでとう。惜しかったね」

「まあ、ガチの3年には勝てないから・・・・・・日に焼けて肌が痛い」

けだるそうにアイスを齧る彼は、いつもより楽しそうに感じられた。アイス争奪戦に精を出すみんなを見守りつつ、アイスの封を開ける。私は今後どうしようかな、と疲れた頭で他人事のように考えた。

「夕陽ちゃん、森林君!」

アイスを持ったレイちゃんが近づいてきて、森林君がさっと逃げる。レイちゃん嫌いはまだ直ってないみたいだけど、構わずレイちゃんが私の隣に腰かけてきた。

「今日は疲れたねー。絶対焼けた。今年の夏は白くいたかったのにー」

「そうだね、私も疲れたな」

「夕陽ちゃん、元気ないね。あ、そうだ。謝らなきゃいけないことがあって。夕陽ちゃんのお兄さんからもらったメダル、どこかに落としちゃったみたいなの。ごめんね、せっかくくれたのに」

ぎくりとする。それは今、私のポケットの中にあるのだ。結局ショウゼツさんに渡さないまま試合観戦をして、気が付いたら彼は消えていた。

「あれ、意外とずしんと来る重さだったから、落とさないだろうなとは思ってたんだけど・・・・・いや、申し訳ない」

「そ、そんなに重かったっけ?」

「うん。何か特別な材料使ってるのかなって思うくらい、重かったよ。なんだろ、今は身が軽いや」

申し訳なさそうに笑うレイちゃんに、やっぱりこのメダルは何かを纏っているのかもしれない、と感づく。主じゃない彼女が狙われたのだとしたら、彼女が感じた重さは何か良くないことの前兆だったのかもしれない。

「あ、塩味君!お疲れ!試合、惜しかったね!!」

レイちゃんが私から目線を逸らすと同時に、タイミングを見計らったかのようにタンギンが横に現れる。こちらを見ず、下を向いたまま、静かに二人教室の後ろにあるロッカーに背中を預けた。

「・・・・・・アイス、溶けてるぞ。ほら、服についてる」

「え、あ、ごめん。うわ、べたべたする」

「家帰ってすぐ脱げ、洗濯したら平気だろ」

「・・・・・・うん」

タンギンは被っていた帽子を取って、居心地悪そうに毛を触っている。傾いてきた日に照らされ、金髪が透けるように美しく光っていた。まるで収穫時期の稲穂みたいだ。

「・・・・・・あのさ」

「これ、渡すね」

私は彼の手の上までメダルを持ち上げる。瞬時に実体化した彼は、それを受け取ると、すぐに解いた。現実の物が触れない式神がこれを持てるということは、やっぱり少しおかしい物なのだ。

「これが『廃絶』に関係あるものだったとしても、あのたれ目野郎が悪って決まったわけじゃないからな」

「・・・・・・うん。分かってるよ。ありがとう、気を遣ってくれて」

「別に、気なんて遣ってねえよ。『廃絶』はまだ分からないことが多いから、研究材料を集めたかっただけだ」

「研究?式神の誰かがやってるの?」

「って、ほらアイス。いい加減食べろ」

やっと彼と目が合って、彼は困ったように笑った。口元は笑ってないけど、何となく笑っているように感じる。彼への理解が深まったから、こうして感情の裏まで感じ取れるようになったのだろうか。私はほぼ溶けかけのアイスを口に運ぶ。ソーダの甘さとシャリシャリした触感が、いやに強く感じられた。





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