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第7話 専属騎士見習いと見舞い

 扉を開けてすぐ、道を塞ぐように立っていた見慣れない人影がこちらに気付いてくるりと振り向いた。


 おそらく年な程は11か12。伸びた身長に肉付きが追いついていないのだろう。ひょろりと長い手足の割に頼りない印象を受ける。

 腰から下げた大きな剣がやけに重そうに見えた。


 じっと眇めているような細い目ににんまりと弧を描く口元がどことなく蛇を連想させる。アシンメトリーなさらさらな髪の長い方を引っ張ってみたい、と思った。


「あれあれ、上のご子息は寝込んでいると聞いていたのですが〜」


 前に出ていたカペラの警戒がふっと緩む。


「なんだ貴方でしたか。坊ちゃま、この方は……」


「カペラさん。最初の挨拶くらい、私から言わせて下さいよ」


 不遜に大きく一歩踏み出すと、男は大仰に胸に手を当てお辞儀をした。洗練された隙のない動作だったが俺は心が白けていくのを感じていた。


「はじめまして、ゼットバランのご子息様。

 私の名前はドリアス・ヴェルヴェーヌ。貴方様の専属騎士見習いです。本来ならもっと早くご挨拶すべきだった所を今日まで参上できなかった事、深くお詫び申し上げます」


「…………」


 回帰前にも専属騎士はいた、はずだ。よく覚えていない。俺にとって専属も、屋敷を警備する者も騎士の服を着ているならそういう者たちだと思って区別をしていなかった。

 そもそも辺境領に行くまで、騎士というものに思い入れが何もない。


 黙っている俺をどう思ったのか、男は大きく肩をすくめた。


「嫌われてしまいましたかね?」


「いえ、坊ちゃまはだいたいいつもこの対応です」


「なるほど。上のご子息は気難しいという噂は本当のようだ。……それにしても! まだ全快しているようには見えませんがどちらへ?」


「オティリオの見舞いだ」


 男は目を丸くした。いちいち仕草が大きい男から初めて感じられた本物の感情だった。


「なるほどなるほど? 失礼ですが、本調子でない体をおしてまで貴方様が見舞う理由とはなんでしょう」


 俺は思わず口角を上げてしまった。この男と俺の思考回路は案外似ているのかもしれない。


「ただの自己満足だ。見舞いなんて、そんなもんだろ」


男は笑みの形を保ったままの口元を片手で覆った。


「ふーむ、なるほど。どうやらお部屋に戻ってはくださらない様で」


「分かっているじゃないか」


「もう名乗ってしまいましたし、ぶり返したらきっと私が怒られますよね〜。うん、ご子息様、私が部屋までお連れ致しますよ」


「貴方、心の声が全部出ていますよ……」


 カペラの呆れた声は黙殺されていた。俺はこの小さな体では、無駄にでかい屋敷を歩き回るのは困難だと感じていたので渡りに船と頷いた。


「失礼しますね〜」


 軽い掛け声と同時に簡単に持ち上げられた体は、男の左腕に乗せられた。存外安定感がある。


 運ばれて、辿り着いた部屋に入ると母様がベッドサイドの椅子に座っていた。


「まあ、レイモンド! どうしてここに?……そっちはドリアス? 貴方達いつの間にそんなに仲良くなったの」


「「仲良くはありません」」


 男と声が被ってしまった。抱き上げられている事で同じ高さにある目がばちっと合う。軽く腕を叩き、もういい、下せと言うと男は素直に従った。


 母様の隣へ行き、ベッドを覗き込む。俺のと違ってカラフルで柄に溢れたシーツやクッションに埋もれる体がとても小さく見えた。

 まろい頬は赤く染まっているが、呼吸は苦しそうでなく安定している。


 手を伸ばし、毛布の隙間からはみ出していたオティリオの腕を取ると、脈を図るように手を当てた。

 

 本当にどこにも異常はない。


 俺は大きく息をついた。今更どっと疲れが押し寄せてきたように感じる。


「満足した。部屋に戻るよ」


 そう言った時だった。

 離れた手を追いかけるようにオティリオが俺の手首を掴んだ。驚いて振り返るより先に、母様の何度もオティリオを呼ぶ声に意識が戻ったのだと察する。


「に……さま?」


 ぼんやりした目とは裏腹に掴む力は強い。俺は、これ以上無理をさせるのはお互いにいい事はないと多少強引にその手を引き剥がす。


 オティリオが泣き出す寸前の顔をして体を起こそうとするので、思わず眉間に皺を寄せた。


「泣くと余計具合が悪くなるから泣くな」


 騎士の男が小さく吹き出し、カペラは困ったように俺を見た。どうやら言葉掛けを間違ったらしい。


 辺境領の人たちは家族の見舞いに訪れた時、何と声を掛けていたのだったか。そう、確か……。


「大丈夫だ。元気になったら、また話そう」


 笑顔になると思ったのに、オティリオは再び目を潤ませた。え、と固まる俺をよそに騎士の男が俺を抱き上げる。


「さて、そろそろ本格的に体に障りますよ」


「そう言えば、何故お前がレイモンドをここに連れて来たのか説明を貰ってないわね」


「え!? あー、あははは。奥方様、これには深ーい理由が御座いまして。決して職務怠慢とかでは」


「はぁ……後でカペラに聞くからいいわ。早くレイモンドを休ませなさい」


 その言葉に礼をとって部屋から飛び出した男は、道中隣を歩くカペラに必死に訴えかける。


「いやいや、これ私に落ち度はありませんよね!? むしろ私は部屋で休む事を推奨した側ですし! カペラさん、そこの所誤解なきようお願いしますよ〜」


 あまりにも情けない声を出すので、言っている事はその通りなのに素直に分かったと言いづらい。


「騎士なんてほどほどに、と言っていたのに何をそんなに焦っているのですか?」


「だって、給金が減らされたらどうするんですか〜!」


 その言葉に俺とカペラは同時にため息をついた。

 部屋に着くまでくだを巻いていたが、俺の就寝準備をする為にカペラに部屋から追い出されると、一気に静かになる。


「あの騎士と知り合いだったのか?」


「ええ、まあ……腐れ縁でして。さ、熱がぶり返すといけません。ごゆっくりお休みくださいませ」


「ああ、おやすみ……」


 思っていたより疲れていた体は、温かな毛布に包まれるとすぐに瞼が重くなった。重く沈むように微睡に落ちる直前、思い浮かんだ事は起きてから考えよう。



 騎士に興味はなくとも、珍しいと思った症状の患者は覚えている。


 俺はあのドリアスという騎士の顔に見覚えがあった。

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