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第4話 キラキラ

 結局あの後、両親が弟を宥めすかして朝食の時間は終わった。

 宥めると言っても、兄様が一緒に遊んでくれるそうよ〜と言っただけだが。


 ほんと?と問う弟に両親そろって頷くので、この家には俺以外の兄様がいるのかと本気で錯覚した。

 当然そんな存在はいないので、俺は強制的に今日は弟と遊ばなければならなくなってしまった。


 ため息をつく。


 回帰前のことを思い出すと憂鬱だった。根本的に変わっていない俺は、多分今回も弟のいう遊びを楽しむ事はできないだろう。


 少し考えて、俺は部屋に一度戻ると目についた医学書を手に取った。

 無駄な時間を過ごすつもりはない。


 今回も外で医学書を読んでいれば、弟はさっさと寝てしまうだろう。そしたら両親に、これからの遊びを断る口実ができる。


 カペラが軽く俺の身支度を整えると、


「楽しんでいらしてくださいね〜」


なんて呑気に手を振っていた。


 庭に出て、眩しい日差しに目を眇める。

 さわさわと頬を撫でる風は暖かさを含んでいて、本当に回帰したことを実感させた。回帰前は冬の気配が濃かったから。


 屋敷と同様、広大な庭はエリアごとにその景観を変える。

 俺は綺麗に花が咲き誇る正面を抜けて、屋敷の裏へと回った。そこには一本の大樹を囲むように一面芝生が広がっており、風が吹くと芝生の色が反射で色を変えながら波打つのが圧巻だった。


 中心の大樹は、この家が祝福を賜った時から存在していると伝えられ、ゼットバランの守護樹……別名“森の王“とも言われている。

 確かに、途方もない年月を感じさせるゴツゴツと太い幹に天高く葉を伸ばして静かに佇む様は、一種の神聖さがあるかもしれない。


 それでも俺にとっては、木陰がちょうどいいお気に入りの読書スポットだ。


 幹に背を預けて座り込み、本を開こうとすると弟がこちらに駆けてくるのが見えた。


「にーさま!にーさま!ここ、すっごいねぇ。

 どこまでも走っていけそう!あ、でもかくれんぼはできないね」


 そして弟が興奮のままに喋り出すのを見上げた。

 俺より少し癖の少ない銀髪が、絶えず形を変える木漏れ日に晒されるたびにキラキラと輝くのが、なんだか新鮮だった。


「にーさま、一緒に走ろう!」


「俺は本が読みたい。走りたいならここにいるから、行ってきなよ」


 弟は口をへの字に曲げて変な顔をした。

 それに構わず、本を伸ばした膝の上に乗せて読み始めると、しばらくウロウロした弟は俺の隣にしゃがみ込んだ。


「ねぇ、それおもしろい?」


「おもしろいよ」


「かけっこするより?」


「かけっこするより」


「ふーん……」


 顔を上げずに答えていると突然、本を支えている腕の下に頭を突っ込んで膝に乗り上げて来た。

 腕の位置を変えて、弟にも内容が見えるように本を傾ける。


 奇しくも、その本は回帰前にもこうして弟に見せたものと同じだった。


 いつかのように挿絵を指差して、一つ一つ解説していく。弟はきょとんとした表情のまま頷くという器用なことをしていた。


 それがなんだか可笑しくて、思わず笑みが漏れる。


 本をめくる音と、それを噛み砕きながら読み上げる俺の声だけがする空間は、とても穏やかだった。

 弟がうつらうつらと船を漕ぎ始めたのも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


 そのまま寝るかと思われた弟は、一際大きく首を揺らした瞬間はっと目を開いた。

 その勢いにびくっとしてしまう。


 猫の子のように首を振ると、弟は突然膝から降り、そして大樹の周りをぐるぐると走り始めた。そして息が切れた状態でまた俺の膝に乗り上げる。

 そんな事を何回か繰り返すと、とうとう俺は我慢できなくなって聞いた。


「なにやってるんだ?」


「ん!あのね、にーさまのお声聞いてると眠たくなっちゃうの!でも寝たくないから、いっぱい走る!走ったら寝ない」


 ……そうか。でも、そんなに体力使ったら余計眠くならないか?


 そういう事は考えないんだな。なんというか、すごく真っ直ぐな子だ。

 俺は、自分のしている事が急にレベルの低い意地悪に思えて、本を閉じた。


「あれ、ご本おわり?」


「いや、実践といこう」


 俺が立ち上がると弟も釣られて立ち上がる。


「お前、魔力の……」


「ちがうよ!」


 いきなり出鼻をくじかれた。


「お前じゃないよ!オティリオだよ!」


「は?知ってるけど」


「あのね、父様はオティリオって呼ぶけど、母様はリオって呼ぶんだよ!」


「そうか」


 だからなんだ?

 弟はまっすぐ、期待に満ちた瞳で俺を見つめ続けている。


 ……もしかして。


「オティリオ、って呼んで欲しいのか?」


 言い終わる前にオティリオは飛びついてきた。

 ガキの三歳差は大きく、しがみつくと言った方が正しい状態だ。


「あのね、もう一回言って!」


「オティリオ?」


「うん!ねぇねぇ、もう一回!」


「オティリオ」


 なにが楽しいんだか。

 でも、オティリオは体いっぱいで嬉しいと表現していた。呼び方一つでここまで喜ぶなら、これからはちゃんと呼んでやった方がいいのかもしれない。


「さて気を取り直して。お前、あー……オティリオは魔力についてどこまで習った?」


「まりょく?」


「ああ、そこからなのか」


 どんな魔法も、まずは基礎の魔力操作が根底にある。もちろん治癒魔法もそうだし、むしろ治癒魔法はもっとも精密な魔力操作が求められるから基礎が一番大事と言ってもいい。


 俺は、体内に循環させている魔力を手のひらに集めて小さな渦を作った。


「わぁ、キラキラ!」


 ぱちぱち、とオティリオが拍手をした。

 その瞬間、俺はずきんと頭が力いっぱい殴られたように痛むのを感じた。咄嗟に頭を抑え、きつく閉じた瞳の奥ににちらちらと動くものが見える。なんだ?


「ーーさま、にーさま!」


 はっと目を開けると、ぼやける程の距離にオティリオの顔があって、思わずのけ反る。

 あれ、今なにを考えていたのだったか……。


「大丈夫?にーさま」


「ああ、悪い。話の途中だったな。

 何だっけ……そう、このキラキラしたものが魔力。そしてこれは俺たちの体の中にあるものだ。

 まずはそれを自覚する所から始めよう」


「僕もキラキラだせる?」


「出せる」


 するとオティリオは、魔力よりもずっと輝く瞳を俺に向けた。


「どうすればいいの!?」


「手を貸してみろ」


 素直に差し出された手に、俺は指先を触れ合わせた。



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