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第3話 言い訳

 弟の名前を忘れるという暴挙に、人でなし以外の言い訳をするとしたら、タイミングが悪かったというほかない。


 時間を遡る前、回帰前の俺は何度も言うように家族といえども他人に興味がなく、その興味関心はすべて治癒魔法に向けられていた。

 弟だって認識は同じカラーリングをしたなんかちんまい奴、といったものだ。


 でも話しかけられれば返事はしたし、積極的に疎んじたわけではない。

 ただ、遊ぶというのが何をすればいいのか分からなかったし、弟のいった遊びに俺は楽しさを見出せなかった。


 見かねた両親が、今日はお兄ちゃんのしたい事で遊びなさいと言ったのが決定打になったと思う。


 俺は当時お気に入りだった医学書を、庭の木陰で読み始めた。弟はそれを不思議そうに見つめ、俺の膝をよじ登ると一緒に本を覗き込んだ。


 俺は自分のペースが乱されるのがちょっと嫌だったけど、両親に一緒に遊んであげなさいと言われていたので、絵付きのページを指さしながらできるだけ噛み砕いて説明してあげた。

 結局、同年代でもついていくのが難しい医学書の話に弟はうつらうつらと船を漕いで眠ってしまったので、俺はつまらない気持ちになってそれから弟と遊ぶことをやめた。


 その後ある出来事を境に俺は家族を避け始めたし、数年後ギムナジウムに進学した為ますます俺の生活は治癒魔法一色になり、いつしか弟への興味はすっかり失われてしまっていた。


 さてそんな、気分的は突然生えてきたような弟の存在が、現在俺を大きな瞳で見つめている。

 同じ薄い金の瞳は、俺よりちょっと垂れ目なのだなとかどうでもいい事を考えた。


 人はこれを現実逃避という。


「にーさま?」


 キラキラしていた瞳が突然陰って潤み始める。

 ご機嫌の子供は一寸先で泣く。辺境領の子持ちの領民が悟った顔で語っていたのを思い出して、俺は焦った。


 できるだけ顔の力を抜いて口角を上げる。笑顔はこれであっているのか?


「ああ、聞こえてるよ。それで、ご一緒にって何を?」


 やばい。混乱しすぎて、言葉がなんかおかしい気がする。

 しかし目の前の弟は嬉しそうに破顔したので、気にしてないらしい。


「ちょーしょくです!って、あれ!?もう食べちゃったんですか!」


 食べたよ。

 普通にそう言いたかったが、なんとか口に出す直前に飲み込む。


 すると思いがけず両親から助け船がでた。


「リオ、ちょっとお寝坊さんだったのね。お昼は一緒に食べましょう」


「でもでも!にーさま、昨日もいなかった……。僕、がんばって起きたもん!」


 助け船撃沈するの早すぎるだろ。


 裾を掴む力がどんどん強くなって、意地でも離さないという意志を感じる。

 あーもうこりゃテコでも動かないな。


 俺はため息をついて、近くにいた給仕を呼び止めた。


「こいつの分の朝食を運んでこい。それから俺は紅茶を」


「え?」


「いいからさっさとしろ」


「は、はい只今!」


 弟は今にも泣き出しそうだった瞳をぱちりと瞬かせた。呆気に取られた顔だ。


「なんだよ、一緒に食べたかったんじゃないのか?

 俺はさすがにもう一回食べる事はできないから、横で飲んでるだけだけど、それじゃヤなのか?」


「う、ううん!ヤじゃない、ヤじゃないの!えへへ」


 メイドが俺の隣の椅子に弟を座らせながら、恐々と小声で尋ねてきた。


「あの、レイモンド様。本当に宜しかったのですか……」


「そ、そうよ。俺はもう食べた。一緒にいる意味がわからないとか言って立ち去るかと思ったわ」


 母様がそう付け足すので、俺はようやくこの戸惑いに満ちた空気の意味を理解した。

 そうか、回帰前の俺ならそうしたか。


 俺はちょっと気恥ずかしくなってそっぽを向いた。


「別に、ただの気まぐれだ」


 そこで弟の分の朝食が運ばれてきて、俺の前にも紅茶が置かれる。盆を持った給仕がそのまま両親の前にもカップを置くのを見て、俺は不思議に思う。


「あら、私たちだって食後のお茶がしたいわ。それとも私たちがいちゃダメなのかしら?」


「んーん、いいよー!」


 何故か弟が答えるのを遠くに感じながら、俺はいよいよ心に抱える違和感を大きくした。


 なんだろう、これ。

 回帰前に、一度だってこんな風に両親とお茶したことがあっただろうか。


 義務的に運ばれてきたお茶を共に飲むことはあっても、こんな風に緩やかな雰囲気で笑いかけられたことはない気がした。


 治癒魔法を生業とするくせに努力しない家族を顧みなくなった俺を、いつしか母様はどこか怯えた目で見ていたし、父様は腫物を扱うようになった。


 それが普通だ。普通の、はず……。


 カップに注がれた紅茶に映る自分が、ゆらゆらと揺れていた。


「レイモンド、飲まないのか?」


 父様にそう聞かれ、言われるがままにカップを手に取った。


「にーさまあのね、んぐ、僕ね、昨日ね、もぐもぐ」


 弟が必死にこちらに身を乗り出して話しかけてくる。食べるか喋るか、どっちかにすればいいのに。

 というか行儀が悪い。両親はなんで叱らないのか。


「落ち着きなよ。口の中のものは飲み込んでから喋りなさい」


「あぅ、ごめんなさい」


 急に食べることも喋ることもやめたので戸惑う。やっぱり弟という存在は訳がわからない。


「兄様は落ち着いてゆっくり食べなさいと言っているだけよ。おしゃべりしても大丈夫」


「は?いえ、そんな事は言っていませんが」


 母様が生温かい目で俺を見た。ふと気付くと給仕までもが同じ目をしている。まるで、辺境領のガキたちを見る騎士団みたいに。


 カップのお茶を一気に煽って席を立とうとしたタイミングで、給仕がおかわりを注いできた。


「いらないよ」


 そう言うも一礼で返される。なんなんだ。

 出されたものを残すのは気分が悪かったので、しぶしぶ俺は浮かしかけた腰を下ろす。


 この紅茶を飲み切るまでだ。飲んだらすぐ部屋に戻って医学書を読もう。

 そう決意して、再びお喋りと食べる事を始めた弟に適当に相槌を打っていると、


「にーさま聞いてる?」


と、ふくれっ面の弟がこちらを見ていた。


「聞いてる聞いてる」


「じゃあ約束だよ!」


 何をだ。

 急にまた話の行き先が怪しくなった。これは適当に流してはいけないと直感で悟り、聞き返す。


「だから、今日は一日僕と遊ぶの!かけっこしよ!」


「断る」


 反射的に言った瞬間、弟はフォークを落として泣き始めてしまった。



 こんな事ならさっさと部屋に戻っとけばよかった。



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