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第2話 誰だっけ

「お前は……」


「カペラですよ、相変わらず名前を覚えてくださいませんねぇ」


「すまない」


 するとメイド……カペラは大きな焦茶の瞳をさらに大きくした。


「あら、あらあら〜!どうしたんでしょう。

 お熱でもあるのかしら。やっぱり昨日、王宮に行った事で疲れてたんですね」


 そういえば、回帰前の俺は家族含め他人に無関心だったし、ある出来事があってからは必要最低限の会話以外口をきかなくなった気がする。


 熱を測ろうと伸ばしてくる手を避けて、情報収集に切り替える。


「王宮?」


「ええ、初めて陛下に謁見したのですよね。どうでしたか」


 記憶を探ったが、ピンとくる出来事を思い出せなかった。

 でも7歳くらいで登城したとなれば、洗礼の挨拶だろうか。


 うちは代々宮廷医師を輩出する家門だから、洗礼の儀を終え正式に貴族の仲間入りを果たすと、国王陛下に御目通りする暗黙の了解がある。


「別に、退屈な時間だったよ。家で本でも読んでる方が有意義だった」


 思い出せないものはしょうがないので、この頃の俺が多分考えていたことを言う。というか今の俺も同意見だ。


「あらあら」


 カペラは困った笑みを浮かべた。大方、王家に対して不敬だと思ったのだろう。

 だが面と向かって俺には言わない、か。



 その話はそこで切り上げて身支度を整える。

 回帰前の癖でタイを結んだら、カペラにいつの間に覚えたんですかと驚かれてちょっとドキリとした。


 カペラの先導で長い廊下を進む。

 敷き詰められた質のいい絨毯と壁に等間隔に並ぶ金糸のタペストリー、天井にまで天使が描かれているのを見て、どこかうんざりした気持ちになる。


 その金の出所を考えればこそだ。


 話せば少し長くなるが、この家が王族と血縁がある公爵家を除いて、最も力を持つ筆頭侯爵家である理由も絡んでくる。


 筆頭侯爵家・ゼットバランには血に受け継がれる祝福がある。この家に生まれたすべての子に、治癒魔法師としての資質があるというものだ。


 基本、突然変異でしか生まれないのが治癒魔法師であり、血で継げないからこそその絶対数は少なく、どこへいっても重宝される。

 生まれながらの適性がなければ、逆立ちしたって治癒魔法を扱う事ができないのもその希少性に拍車をかけた。


 大きな家門でも、一世代に一人いれば喜ばれる治癒魔法師が家門全員だ。周りは俺たちの機嫌を損ねないように必死だし、そりゃ筆頭侯爵家にもなる。


 この家はそれに付け上がり、生まれながらの才能に胡座をかいてろくに自身の腕を磨くこともせず、呆れるほどの大金で持ってわずかな治癒を施す。

 治癒魔法がいくら資質第一でも、努力しなければ魔力効率も悪いし、治せる怪我の程度もたかがしれているというのに。


 それでもプライドの高い貴族は、同じ貴族の治癒魔法師にしか診てもらいたくないとか吐かすので需要は尽きないというわけだ。


 ついでに、後継に困らないから代々当主が宮廷医師になるとかいうのだから、不平等もここまでくると笑えない。


 だから、隙あらば勉強する俺はこの家じゃ浮きまくっている。

 別に俺はこの家の連中の尻拭いをしてやろうとかそんな事は考えておらず、ただひたすら治癒魔法の研究がしたいだけなんだが。当然、理解はされない。


 俺もちょっとおかしいくらいのめり込んでいる自覚はあるので、何というか……この家には丁度というものがないのだと思う。



 カペラが立ち止まって、重厚な扉を開けた。

 そういえば黙って着いてきていたけれど、どこに向かっていたのか。


 室内へ足を踏み入れて、俺はすぐに理解した。


 長いテーブルには真白のテーブルクロスが掛けられ、繊細な装飾の施された皿と銀のカトラリーが並べられている。朝食だ。


 すでに侯爵様と奥方様が座っていた。


「侯爵様、奥方様、遅れて申し訳ありません。おはようございます」


 俺は椅子が引かれたので、奥方様と向かい合う席に座った。

 朝から色々考え事をしたのもあってお腹がへっている。早く来ないかな、と行儀悪く少し足をプラプラさせているとあたりがやけに静かな事に気付いた。


 侯爵様だけでなく、皿を運んできた給仕さえも目を見開いてこちらを凝視している。


 え、なんだ?


 ここだけ時が止まったのかと思うほどの静寂の中、ややあって侯爵様が唇を震わせて声を絞り出した。


「こ、侯爵様……って」


 ああ、そうか。

 この頃の俺はまだその呼び方をしていなかった。勘当同然に家を出てからの方が馴染んでいたので、なんの違和感もなく言ってしまった。


「間違えました。父様、母様、おはようございます」


「お、おはよう」


「昨日の疲れが残っているのかしら。無理しなくて良かったのよ」


 二人がぎこちなく笑う。まだ何かおかしいか?


 しかし次の瞬間には、運ばれてきたスープにすっかり意識を奪われてしまった。


 多くの野菜の旨みを使った小金色のスープは、辺境領に行ってからは食べられなかったものの一つだ。


 この家は身なりや部屋だけでなく、食事にもかなりお金をかけている。王都の中でも多くの食材を使ったレベルの高い食事のありがたみを、一度流通の少ない辺境領に行ったことで実感した。


 籠に掛かった清潔な布が取り払われると、バケットや白くてふわふわの丸いパンなど種類豊富な焼きたてのパンのなんともいい香りがした。

 卵やサラダ、朝なのであっさりとしたソースの肉など次々と料理が並べられていくのにソワソワしてしまう。


 ごほんと侯爵様……父様が咳払いをして手を組んだ。


「では食事にしよう」


 俺はまずスープを掬って口に入れた。

 想像通り、豊かな風味は口いっぱいに広がった後するりと喉を通って胃を温めてくれる。そうなると食欲は増す一方で、バケットを手にとった。一口大に千切ると、外はカリカリで中はふんわりともっちりが絶妙な塩梅だ。

 肉は噛みちぎる必要がないほどの柔らかさで、燻製の香りがたまらない。


 一つ一つ噛み締めるように食べていた俺は、サラダを口に入れた瞬間思わず首を傾げてしまった。

 葉物はシャキシャキしているし、トマトもフレッシュな酸味が口に広がる。絡められたドレッシングも質のいい油とハーブだし美味しい。美味しいんだが、なにか違う。


 そこでふと思い出した。


 辺境領民はドレッシングを使うことをせず、素の野菜の甘みを愛していた。そもそも油が貴重だったので、ドレッシングなんて贅沢品はあまり手に入らなかったのもある。


 そうか……と納得すると、皿に余っていたドレッシングを葉野菜で掬い取って最後の一口を口に入れた。


 そしてそんな俺に呆気に取られていたのは当然、俺以外の全員だった。


 給仕は空いた皿を恐々下げ、飲み物を注ぎ出す手も震えていた。それでも溢さなかったのは侯爵家に使える者としてのプライドか。


 俺がグラスを手に取ると、そのタイミングを待っていたかのように父様が話しかけてきた。


「レイモンド、今日の予定はないだろう?

 本ばかり読んでいても体は休まらないだろうから、オティリオと遊んであげなさい」


「そうよ。リオも貴方と会えなくて寂しがっていたわ」


 水をゆっくり飲むことで時間を稼ぎながら、頭をフル回転させる。


 オティリオって誰だっけ?


 その時、にわかに扉の向こうが騒がしくなって、小さな子供が飛び込んできた。

 後から追いかけてきたメイドが、ここにいる面々を見て顔を真っ青にして平身低頭に謝る。


 しかし、当の闖入者は気にせずまっすぐ俺の方に駆けてくる。……俺の方に?


 俺より更に小さな子供は、ふくふくのほっぺを薔薇色に染めて何がそんなに嬉しいのか満面の笑みで、座る俺の裾を掴んだ。


「にーさま!僕もご一緒させてください!」




 あ、オティリオって俺の弟の名前だ。



 次回更新は金曜日のお昼頃です。どうぞお楽しみに。

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