表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第一話 回帰

 頭がずっしりと重い。

 けれど、まぶたを突き刺す眩しい光が早く起きろと俺の覚醒を促していた。


「ううん?」


 四苦八苦しながらようやく開いた瞳が映したのは、ぼやけた何かだった。

 何度か瞬きをして、視界が明瞭になる。


「は?」


 まず見えたのは、金の細かな装飾を施された美しい天蓋。

 咄嗟にあたりを叩いた腕にはさらさらとした布の感触。というか叩いた音がしない程ふわふわだ。


 頭が一気に覚醒して、身を跳ね起こした。

 さっと視線を巡らせると、真っ白なオーガンジーを何枚にも重ねた垂れ幕でぐるりと四方を囲まれていた。


 どうみてもベッド。

 それも遠い記憶に置き去ったはずの、無駄に煌びやかな貴族家のような。


 あの衝撃なら少なくない怪我を負ったはずだし、まさか連れ戻された?

 そこまで考えて思考が止まる。


「そうだ怪我人、怪我人はどこだ! というか俺の医療鞄は!? って、はぁ!?」


 視界に入ったどこにも傷のない小さな手を咄嗟に叩く。それはじんじんと痛みを帯びた。


 え、この手俺に繋がっているのか?


 今度は慎重に頬に手をやると……まるい。

 なんだこれ、もちもちするしまるで領地のガキたちのほっぺをつついた時のような。


 俺は無駄にでかいベッドの端まで這っていくと、オーガンジーの垂れ幕を掻き分けて天蓋の外に出た。

 窓の外に春の花が咲いているのを一旦考えないようにして、壁にかけられた全身鏡の布を取り払う。


 そこに映った姿に、想像していたとはいえ理解のキャパオーバーをした俺はふらりとよろめいた。


 頼りない手のひらで額を抑えて、俺はぎゅっと眉間にシワを寄せながら考え、そして変わらない現実にでかいため息をついた。


 今の俺の体はどう見ても7歳かそこら。

 幼少の俺が、これから十年ちょっとの壮大な夢を見たか、未来予知能力に目覚めたか……あるいはあの時死んで時を遡ったか。


 まず夢の可能性。ないな。


 言っちゃなんだが人嫌いの気がある俺が、あんなに人と関わってしかも打ち解けるなんて夢であってもみるか?

 むしろ夢だからこそあり得ない。


 次、未来予知能力に目覚めた。これもないな。


 予知能力というには、俺視点で限定的だし。感情の伴い方があまりにも鮮やかだった。

 間違いなく俺は、あの18年を“生きた“という感覚がある。


 ならば最後、時間を遡った。信じたくないが、これが一番矛盾点がない。


 俺はもう一度ため息をついた。鏡に映るガキの俺は、年齢に似合わぬ疲れ切った目をしていた。


 だってそうだろ、俺は15歳から最後の記憶までの辺境領で過ごした、あの三年間をまるっと失ったことになる。

 築いた関係も、信頼もなにもなかったことに。


 ……俺はまた空っぽになってしまったのか。


 鏡の中の自分に手を伸ばす。

 当たり前だが触れられず、ひやりと冷たい鏡越しに手が重なる。


 頭突きをするように鏡に額を当てると、癖のある銀の髪が乱れて顔にくっきりとした影を落とした。こちらをじっと見つめる薄い金の瞳が泣きそうに揺れている。


 その時、脳裏に一つの記憶が蘇った。


 結界が割れ、吹き飛ばされる直前近くにいた兵士が俺を守るように覆い被さった記憶だ。


 彼はあの後どうなったのだろうか。

 第一、あの魔物の討伐は成功したのか?


 切れそうな頼りない糸を手繰り寄せるように記憶を辿っていく。

 その瞬間、全身に鳥肌がたった。


 意識を失う間際、感じたのは悍ましいほどの魔力の膨張だった。あたり一帯を、いやもしかしたら森全体を覆うほどだったかもしれない。

 思わず生唾を飲み込む。


 だとしたらあれは、魔物というよりまるで災害だ。


 仮に討伐できたとして、どれだけの犠牲が出ただろう。

 あの辺境領の優しい住人たちは、俺の頼もしい同僚のライーラは、団長殿は……。


 俺は鏡から離れて顔を上げた。


 ……もし、もしもだ。

 俺が時を遡ったのだとしたら、そこに意味があるのではないか? おそらく俺が命を落としたのは確実として、その場には死んではならなかった人が大勢いた。


 俺は治癒魔法師であったにも関わらず、そのすべてを目の前でみすみす取り零したのかもしれない。

 許せない。それは絶対に、赦せない事だった。


 喉の奥からぐらぐらと湧き立つようなこの感情の意味が理解できない。悔しいのか、怒っているのか、はたまたそうだとして、俺は何に怒っているのか。

 治癒魔法師としての矜持のはずだ、それ以外に何があるかと思うのに最後に見た兵士たちの顔が、団長殿の駆けていった背中が焼き付いて離れない。


 この感情はなんだ。


 わからない……けど、目を閉じれば浮かぶあの日々が叫び出したくなる程に胸を乱す。

 治癒魔法にしか興味がない、人でなしの俺に笑いかけてくれた。身の上も話せなかった不審極まりない俺を怪しみつつも仲間に入れてくれた。治療したら、ありがとうって言ってくれた。


 ……失いたくない。

 理屈もよく分からないが、この感情は本物だった。だから思う。これはチャンスではないだろうか。


 人と関わる能力の代わりに治癒魔法の才能だけを持って生まれたみたいだ、とも言われた事がある通り、幸い俺は治癒魔法の腕にだけは自信がある。


 赤くなっていた手と額にゆっくり魔力を流すと、立ち所に元の白い肌に戻った。


 力は顕在だ。むしろ時間を遡る前のこの年齢よりも魔力量もコントロール技術も遥かに優っている。……まさか、18歳までの俺の能力がそのまま引き継がれているのか?


 ならば今からもっと研鑽を積めば、どれほどの高みに上り詰められるだろう。


 治癒魔法だけじゃない。魔法以外の医療知識も、毒も病気も、俺はまだ“すべて“を知らない。

 そして、どんな酷い怪我でも死にかけでも俺は治せる自信があるが、ついぞ治癒魔法の極みに辿り着けたとは思えなかった。


 なんの因果か、18歳までの治癒魔法に生涯を捧げた知識と実力を持って、今の俺はいる。今度こそ極めよう。

 以前の俺が辿り着けなかった所まで。


 色々理由付けても、やはり俺は治癒魔法に魅了された魔法狂いに変わりないらしい。


 鏡の中の俺は目をギラつかせて笑っていた。


 その時ドアをノックする音がして、一人のメイドが入ってきた。




「あら?坊ちゃま、もうお目覚めだったのですね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ