【紙飛行機】
これは、教室の左奥隅の席の「後谷くん」と、右前隅の「前田さん」の、勉強(?)漬け青春物語である。
普段は賑わってる教室も今は静かだ。
放課後の5時からは、皆んな部活やらカラオケやらで教室から出て行く。
夕日の差し込む自分の机で勉強するのは気持ち良い。
さて、今日は明後日提出の数学ワークを片付けよう。
俺の席は教室の1番左の1番後ろの席だ。誰にも干渉せず、楽で楽で仕方がない。おかげで読書が捗る。勉強も捗る。やっぱり人間関係など学生生活では重要ではない。
そんな静かな教室を、切り裂く音がする。
ガララララッ!
「?」
ドアの音がし、クラスメイトの1人が颯爽と駆けつけてくるかのように教室に入ってくる。
『キミ、後谷くんだよね?!』
かん高く、いかにも陽キャ女子って感じの声で俺に話しかけてきている。
「はい、後谷ですが…何でしょう…?」
彼女は俺の前に速攻で辿り着き、顔を近づけて言う。
『私に勉強教えてくれない?!』
彼女はクラスの1軍のような陽キャ女子、前田さんだ。
俺とは真反対の、1番右の1番前の席の女子で、住んでる世界が違う。
「???…なんで俺なんですか?」
『だって、後谷くんって学年1位の成績だよね?」
「いやまぁ…そうですけど」
『だから後谷くんしか居ないのっ!』
事情を聞いたところ、前田さんは先日のテストで学年最下位をとったらしく、結構焦っているらしい。なので俺を頼ってきたというわけだ。
まぁ人に教える方が覚えやすいと言うし、悪くない申し出だと思う。俺は快く承諾した。
承諾しなきゃ良かったと思うまで、5分とかからなかった。
「前田さん…だからここの公式をここに当てはめてだね…」
『公式?公式ってどれ?』
「教科書の46pの上にあるやつだよ」
『教科書?教科書ってどれ?』
「…」
と、こんな風に教える以前の問題だった。教科書は無いわ、ノートは落書きだらけだわ、なのにストラップだけはジャラ付けだわって感じでどうしようもない。
『だってぇー…勉強大嫌いなんだもん』
「前田さん学ぶ気ある?」
『勉強したい気持ちはあるんだけどねー』
前田さんのノートに、1枚のプリントが挟まってた。
前回の数学のテストの答案だった。点数は0点。
「…よくこんな点数取れるな」
『ちょっ!勝手に見ないでー!!』
「じゃーこの答案を軸にやってこーか」
『その0点のテストを?』
「うん」
『…絶対にやだ!!』
「なんで?」
『恥ずかしいからにきまってんじゃんか!!』
テストは自分のできない問題が分かるから、小テストでは正直0点でもそこまで問題じゃないんだが、やはり0点は恥ずかしいらしい。俺から答案を取り上げて、いじり始めてしまった。
「…何作ってるんですか?」
『紙飛行機』
「え、ごめんなんで?」
『現実逃避』
前田さんは意外にも見事な紙飛行機を作りあげた。そして窓辺に座った。
『やっぱココ暖かいなぁ〜』
「そう?」
『うん。凄ーく暖かい!』
「まー太陽の光直接入るからねーココの席」
前田さんは窓辺に紙飛行機を持った腕を突き出した。
風がブワッと吹く。前田さんの黒い長髪が乱れて風に吹かれる。良い匂いがする。
『羨ましいよ。後谷くん』
こっちを見ずに前田さんはそう言った。そして紙飛行機を外へ投げた。
「?!何してるんですか?!!」
『えーwどうせ飛ばないよw』
「さっき風吹いてたでしょ!」
『あ…』
前田さんの紙飛行機は、もうギリギリ見えるくらいの所に飛んで行った。
「おー凄いですねー」
『私紙飛行機の才能あるかも〜』
「そーいえばさー」
『うん?』
「0点見られるの恥ずかしくないの?」
『あ』
2人顔を合わせる。その1秒後、2人で廊下に駆け出した。
『いやぁぁぁぁ!!めちゃくちゃ恥ずかしい!!』
「なんで飛ばしたんですかぁ!!!」
『知らないもう知らない!!』
「とりあえず川の方行ったんで、そこに向かいましょう!!」
前田さんがとにかく早く、全然追いつけない。俺が川にいち早く着いた前田さんに追いついたのは、1分半ぐらいたった頃だった。
「はぁはぁ…ありましたか?紙飛行機」
『あったんだけどさー』
前田さんは川辺の木の上ら辺を指さして言った。
『木に引っ掛かっちゃってるんだよねー』
「そんな馬鹿な…」
結構高い所に引っ掛かってしまっていて、正直取れそうに無い。だが前田さんに木登りさせるわけにもいかないので、俺が登ることにした。
「ん〜…木登りってこんなきつかったっけか…」
『大丈夫?変わろうか?』
「大丈夫!絶対取るから!!」
実際あと少しで手が届きそうだ。紙飛行機の先端に手がかかる。すると、重心がズレて、バランスが崩れてしまう。
「あっ」
ばっっしゃあああああああん!!!
冷たい。明らかに冷たい。あー終わった。川に落ちたんだ。
『あはははははっ!何してんのよー!w』
「え?あっ!ごめんなさい!!」
前田さんも巻き添えにして川に俺は落ちてしまっていた。おかげで2人揃ってびしょ濡れだ。
水に濡れた前田さんは、夕日に照らされ、オレンジ色に輝いていた。俺には眩しすぎた。
この後どうするかとか問題じゃない。今この時、
俺と前田さんは同じことで笑った。
ただ、その事実が嬉しかった。
さて、流石に立ち上がるかな…
ピキィィィーーン…
俺は背中を怪我してしまっていた。今この時俺は川の中で立ち上がれずに膝をついた。
「ごめんねー後谷くん」
前田さんが差し伸べる手を、なんとか濡れた手同士で掴む。暖かかった。
俺の席よりもずっと
暖かかった。
前田さんリアルで見たいなーって思った。