トンネルにある異形
「ほら、この宇沢トンネルに入る前の側道だよ。旧・宇沢トンネルに繋がる道は。」
「へー。ここの先が幽霊出るって噂のトンネルがあるんだね。お父さん。」
近年、新たに作られた新・宇沢トンネル。その手前から側道に入り数百m程離れた地点に心霊スポットである旧・宇沢トンネルがある。
七年前
俺は俺の彼女と、高校からの友人である中園とその彼女の4人で休日には毎週のようにバイクでツーリングをしていた。俺と中園は元々バイクいじりが好きで手を油まみれにし汗だくでバイクをパーツから組み上げるほどのバイク好きだ。ちなみに俺も中園もそういった車やバイク関連の仕事はしておらずただの営業職なのだが、平日の夜にはバイクに触り、休日にはバイクに乗るという生活を続けていた。そんな2人の彼女へも少しずつ少しずつバイクの良さを伝え洗脳し、バイクを好きにさせていく。結果、4人のライダーが誕生したのである。
一昔前ではバイクに乗っている最中に用件があればハザードを出して全員が停まりエンジンを切ってから用件を伝える必要があったが、近年ではバイク用のインカムの普及で4人でツーリングしながら会話を楽しむ事ができる。またドライブレコーダーで走行の様子を録画できるので、事故を録画する用途ではなく、彼女の走行の様子を夜寝る前などに鑑賞し楽しむことができる。夏暑く冬寒い問題もライダースーツ等で良いモノが出ているのでしっかり合うものを着込めばあまり気にならなくなった。バイクの世界の楽しみ方は広がっているのだ。
他県の旅館を予約して、土日の一泊二日で海沿いのツーリングを計画する。その日、土曜の朝から4人でバイクを走らせていた。昼食は海岸沿いのレストランで済ませ、昼からも引き続きバイクで海沿いの道を走っていた。目的地の旅館までは残りわずか15km程となったところで
「ちょっとお腹壊したかも、、、トイレ行ってくるわ!」
「中園っちマジ!?あとちょっとで旅館じゃん。そこまで我慢できない?」
「いや、ちょっと無理っぽいかな。時間どんだけかかるか分からないし待たせても悪いから先行ってて。」
「う~ん、ま。了解!早く来いよっ。」
ここで友人の中園がレストランで食べた昼食に当たったのか、一人コンビニに入りトイレに籠るようだ。中園の彼女は中園と一緒にコンビニに入るか、俺達と一緒に旅館まで行くかを悩んでいたようだったが
「いや、旅館には2組2部屋で予約したでしょ?先に旅館に行って俺達の受付を済ませておいてよ!」
と中園に言われ、俺達ペアに付いて旅館に来ることにした。俺や俺の彼女は中園の彼女ともバイクを通じて仲が良いので特に気まずくなることは無い。
コンビニに中園を残して俺達はバイクを走らせ続け、3人は県境となる長さ3km程の宇沢トンネルに入る。旅の道中で唯一のトンネル。中の空気は一気に冷え込み涼しくなる。一昔前、トンネルと言えばオレンジの灯りのイメージがあるが、LEDの普及からは白色の灯りに替わり随分明るく感じる。1km程トンネル内を進んだ頃だろうか。突然
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
大きな揺れと、山全体が鳴っているかのような轟音が鳴る。
「何これ!ヤバくない!?」
「凄い音と振動。ちょっ、ちょっとバイクから降りよう!」
「だな。後続車怖いから左に寄ってから停めよう!」
俺達3人はバイクを左壁際に寄せる。後続車は来ていなかったようなのでエンジンを切って、バイクを降りる。すると地面が、壁が振動しており大きな地震が起こっているように感じた。
「トンネルの中で地震に遭った事無かったけどこんな感じなんだな。」
「だね。…まだ揺れてる。震度6は超えてるよね?…怖い怖い怖い。」
「中園君、大丈夫かな?トイレは壁に囲まれてるから安全だよね?」
と思い思いに話している内に2分程で鳴動は止んだ。後ろから後続車は無かったので車も後方にて地震に気付き停まったのだろう。
「地震大きかったなぁ。まぁトンネルは頑丈に作られてるから大丈夫か。過去の大地震でもトンネルが崩落したとか聞かないしな。」
「じゃぁ、外はもっと酷いかも知れないよね?早く旅館に行ってニュースとかを確認しようよ。」
「そっか。携帯のアラートが鳴らなかったのってトンネルの中で電波が無かったからかぁ。」
そして3人は地震の震源や被害などの情報を知るために、あと少しで着くであろう旅館を目指すことにした。震源が4人の生活圏だとすると大事である。余震や前方での事故なども考慮してすぐ停まれるように時速20km程の低速でトンネルの中をバイクで進む。この時点では被害の大きさを完全に見誤っていたので3人には悲観する要素が無かった。
「中園っちがトイレの中で大きく揺られて叫んでる光景を想像すると笑えるな。」
「ね!揺れた事で腸が刺激されて、ウンちゃんがたくさん出てたりしてね。」
「便器壊れてたりして…」
「「あっはっはっ…。それ面白い!」」
「携帯でこっちに連絡してきてるかもしれないけどね。でもこっち圏外だから届かなくて焦ってるかも。」
「トイレでね。」
「「ふふふ。」」
「ん?あれ?トンネルの奥、、真っ暗じゃない??」
「うーん、灯りが途中からついてないのか?地震のせいで?」
「……あれ違う。トンネル埋まってる!!」
出口が見えず、灯りが消えていると見えていたトンネルの奥。近づくにつれて瓦礫で埋まっていて隙間が完全に塞がれている様が確認できた。
「あら~。埋まっちゃってるか。さっきのトンネル大丈夫って言ったの恥ずかしいな。人が埋まってなければ良いけどな。でも俺らが救助とか、出来る事は無さそうか。じゃ引き返そう。とりあえず中園っちのコンビニまで戻ろう。」
「そうだね。たぶんトンネルの出口近辺だけ埋まってるよねコレ。光が一切入って来てないから分からないけど。」
「うん。旅館まで行けてたら逆に帰れなかったかも。まぁ、まず私達がコレに埋まらなくて運良かったよね。じゃ戻りも慎重にゆっくり進もう。」
3人には共通して心に浮かんだ事があったがあえて伏せ、努めて明るく振舞った。トンネルの入り口も埋まっていたならば3人はこのトンネルに閉じ込められるという事になる。しかし口に出す事はフラグを立ててしまうようで憚られたのだ。
バイクでゆっくりと入口に向けて走る。バイク用のインカムはオンになっているが、3人に会話はない。
しばらく走るが対向車が一切ない。3人の想定よりも被害が大きく、車が動かなくなる程だったのか?たまたまトンネルの周辺には3人しかいなかったのだろうか?車に乗る他の人間と情報共有が出来ずにどこか不安が渦巻くままにトンネルの入り口付近にまで辿り着く。
遠く外の明かりが確認できるのでトンネル入り口が埋まっているという最悪の事態にはなっていなかった。
「おーーーーい!!!!」
トンネルの入り口から少し入ったところ。中園が追いついてきていたのか手を大きく振ってこちらを呼んでいる。結局対向車は無く、トンネルの中には3人しかいなかったようだ。俺達3人はバイクの速度を少し上げて、中園の元にまで行き、バイクを停めて中園の元に駆け寄る。そこで中園の佇まいに違和感を感じる。時間にして別れてから僅か30分程しか経っていないがひどく中園はやつれているように見えた。バイクや服装は先ほどと同じではあるのだがどこか汚らしい。
「中園っちどうした?腹壊したのがそんなに重症だったのか?顔色悪くてやつれてるぞ。」
「地震凄かったよね~。地震あった時、中園君はもうバイク乗ってこっちに追っかけてたの?」
「中園君良かった~。ここのトンネルの奥埋まってたんだよ!」
「うっうっうっ…」
中園は泣き始めた。そこまで俺達の事を心配していたのか?もしかして地震が怖くて1人で心細かったのかもしれない。そして中園は語り出した。
「ひっく…、うっ…、お、お前らに会えて、、嬉しいぜ。俺、ずっと置いていかれたと思って、、
7年かかってやっと会えたよ。」
「は?何言ってんの?中園っち。」「大げさだなぁ。」「うふふ。」
「違う!お前らはもう死んでるんだよ!」
中園が大きな声で叫んだことでトンネルの中で声が反響する。
「な、何言ってるんだよ。さっき中園っちがトイレ寄ってからまだ言っても30分くらいしか経ってないだろ。今もこうして話してんじゃないか。へ、変な冗談は辞めろよ。」
「7年前の宇沢トンネル崩落事故でお前ら3人は巻き込まれて行方不明になったんだよ。ちなみに地震なんて起こってないからな。3人の遺体は見つかってないけどあのタイミングであのルートで行方不明になったら、大きく崩落したトンネルの土砂にお前らが巻き込まれたと考えて当然だろう?俺はそれから毎年お前らの供養のためにこのトンネルに訪れて献花し続けてたんだけど、ある噂がたったんだ。
【毎年7/27の15:03。あのトンネル崩落が起こった時刻周辺に半透明の3台のバイクの霊がゆっくりトンネル内を走っている】
俺はそれを近所の居酒屋で話してるおっさんに聞いてな。毎年ここには来てたけど、この時間に来た事は無かったんだ。……や、やっとだ、お前らにようやく会えたんだ。噂は本当だったんだぁ、、う、うう。ひっく。」
中園が言うにはあの日からすでに7年経っており俺達は亡くなっているらしい。3人は顔を見合わせて
「そっか…。ふぅ。俺達3人は死んでいたんだな。まぁ何か変だなって気づいてたけどな。」
「え~!?そんなこと言ってたっけ?絶対今思ったでしょ~。」
ぴぴぴぴぴっ
中園の彼女は中園と抱き合って一緒に泣いていたが、その方向からスマホの通知音が鳴る。中園のスマホへの通知なのかと思っていたが、中園のスマホではなくその彼女のスマホへの通知音だった。
???
3人が実は死んでいたと認識したタイミング。その中園の彼女のスマホに通知が来るなどあり得るのだろうか?中園の彼女は困惑しつつも自身のスマホをポケットから取り出してスマホを確認する。そしてNEWSサイトのトップページに一つの記事がNEWという通知が来ているようだった。トンネルの入り口付近まで来たので電波が入ったのだろう。中園の彼女はその文面を皆にも分かるように声に出して読みあげる。
【YAH〇〇 NEWS ( 自動翻訳 )地球全滅。私がたまたま核シェルターにいるタイミングで地球全体が外部から攻撃されたようだ。世界各国の僅かに生きているカメラをハッキングして確認してみたがどこもかしこも地平線の果てまで焼野原だ。俺も先ほどから血反吐を吐いている。ニュートリノのような……シェルターすら、、物質を貫通しつつ破壊するレーザーだか波だかなのだろう。北半球だろうが南半球だろうが昼間だろうが夜だろうがカメラの光景はどこも同じだ。地球上の生物は絶滅しているだろう。誰かにこの文章が届いても良い、俺が地球上で最後の生命であっても良い。もうどうでもy…】
それを読み終えるのを待っていたかのように、中園の彼女の腕の中にいた中園が砂のように崩れ落ちた。背の焼け焦げた服と後部がぐにゃぐにゃのヘルメットも地面に落ちた。
「きゃ!!中園君!」
「えっ?えっ?どういう事!?」
「どうもこうもあるかっ!死んでたのは俺達3人じゃなくて、トンネルの外の地球の生き物全部ってことだろ!中園はここまで追って来てたけど、この地点で、、そのレーザーだかを浴びてもう死んでたんだよ!さっきの中園は霊だったんだ。7年なんて経ってねぇよ。やっぱり30分ちょいしか経ってねーじゃねーか。」
「えっ。えっ。どうしよう…?中園君が実際死んだのはココってこと??じゃこの場所も安全じゃないし、トンネルを出たら…私達もすぐ死んじゃうんじゃない?」
「中園君が死んだなんて信じられない!手の込んだドッキリとかフェイクニュースかも?救助が来るかもしれないし、しばらくはトンネルの中に避難してたほうがいいよね!?」
七年後
自宅のリビングで親子がくつろいでTV番組を見ている。番組は終盤にさしかかり、霊能力者を名乗る人物が本日の放送を締めくくる。
「私達がこの地球という星に来てから7年が経ちました。移星にあたって地球にいた先住の生命の全ては1発のレーザーで焼却しましたね。他の星の生命はウイルスレベルであっても、私達にとって脅威であり、全滅の危険がありますので、残念ながら人間や地球の生命体の残したものは消滅しなければなりませんでした。
あぁ、先住とは言いましたがご存じのように地球は元々は私達の星です。20万年も前に私達は基地でもあり、宇宙船の着陸のためのドッグを地球上に設置しました。山に見せかけていたので人間は気付かなかったのでしょうが…。人間はそこにトンネルを掘り勝手に掘り進めて宇沢トンネルと名付けて私物化しました。名付けにはとても大きな意味を込められていることを人間は知っていたのでしょうか?勿論、私達がそれに憤慨するのは当然でしょう。人間という種が自然に滅びてから移星する計画であったのに前倒しする事になったのはある意味、人間への天罰であったのです。
しかしまさかあのレーザーを放った瞬間に私達の基地であるトンネル内に3人もの人間が生き残っていたことは想定外でした。私達が基地に宇宙船を降ろしてから、細心の注意を払いつつその3人に接触を試みようとしました。
…しかし、地球の生命体においても私達の持つウイルスは脅威だったのか、人間が脆弱過ぎたのかは分かりません。不運にも3人ともがその場で死んでしまった事は想定外でしたね。
現在その3体の原形を残す遺体は星の文化財として旧・宇沢トンネル内に展示されています。私達からすればとても奇妙で不思議な形態をしていますし、まだしばらくは無料で閲覧できますので一見の価値ありです。
そして今日は私が霊能力者として、その3人の死ぬ間際に経験した体験を霊視し、皆さんにそのままお伝えしました。3人の霊がトンネル内でバイクに乗っている様子にはこのような過去があったのですね。お楽しみいただけたでしょうか?
地球上で唯一残された人類の残した遺物である3台のバイク。私達を魅了してやまないこの物体があったからこそ、レーザーを撃つ前の地球を蘇らせようという動きが活発になり今の私達の文化が形作られたと言えます。
今現在。基地としての旧・宇沢トンネルは博物館として、その隣の新・宇沢トンネルは通常の通り抜けるためのトンネルとして使えるようになっております。休日などに旧・宇沢トンネルをご家族連れで訪れ、観光してみると楽しめると思いますよ。それでは放送を終わります。ごきげんよう。」
TV番組が終わり親子は会話をする。
「ねぇ、お父さん。僕、その異形の人間っていうのとバイクを見てみたい!」
「お、そうか。じゃ次の休みに1泊2日で予約してバイクルでトンネルに行ってみるか。」
当初は宇和佐トンネルで書いていたのですが、島根県に実在するトンネルでしたので宇沢トンネルに変更しました。