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 目が覚めてもまだ外は朝日が昇る前で薄暗かった。早く寝たせいで、早く起きてしまったらしい。

 収穫もあったが、全体的に不愉快な夢だった。

 布団を被ったまま手を伸ばし、脱いだまま枕元に丸めておいた作業着のブルゾンを取る。底にそれがあるのが当たり前だと半ば自己暗示のように思い込み、胸ポケットに手を入れる。するとそこには、昨日の吸い残りが数本だけ入った箱の他に、昨日は無かった、新品のハイライトがもう一箱あった。

 寝煙草は良くないな、うん。

 まだ肌寒い、朝になる直前の冷たい空気に一つくしゃみをして、布団から出る。ブルゾンを羽織り、煙草を咥えてライターで火を点ける。裸足のまま洞窟の外へ出て、穴のすぐ横の崖にもたれてしゃがみ込んだ。

 静かに紫煙が流れていく。

 チュンチュンと鳥がどこかで鳴いている。雀か分からないが、朝の森で鳴く鳥の声はどこか平和を感じさせる。

 どうやらここは盆地か谷間らしく、ぼーっと反対側の峰の上から明るくなりつつある空を眺めた。

 残量を気にしなくて良くなった煙草も2本目が吸いきろうという頃、ついにまぶしい朝日が顔を覗かせる。

 地面にこすりつけて火種を消した吸い殻を2本持って洞窟に戻り、携帯灰皿に捨てる。

 尻尾の穴を開けて新しいニッカボッカを履くか、土と草の汁に汗で汚れた昨日と同じのを履くか悩み、どこかで洗濯することに決めて汚い方を身につける。

 昨日取った梨をリュックから取り出すとまだ瑞々しい。綽々と1個を平らげ、明るくなった太陽の光の下で取説のページをめくった。

 迷宮は、一種の動けない生き物、植物のような物らしい。中で迷宮魔獣と呼ばれる魔獣の変異体を作り出し、食虫花の罠のようにその魔獣で入ってきた獲物を捕って自らの栄養に変える。迷宮で生まれた魔獣の変異体は迷宮の範囲から出ることは出来ず、また死ぬと獲物同様迷宮に吸収され、迷宮本体の栄養に戻る。

 迷宮は外から獲物を、特に理性を持つ人間を招き寄せるために、強力な武器を作ったり、自分たちでは作れないような高度な魔道具を隠したりするらしい。見事にそれを持って帰ってくると、勇敢な人物として名声が上がり、また人間社会では高く売ることが出来るそうだ。

 洞窟の奥の、あの看板の先で空気が変わったのは、あそこを境に奥が迷宮になっていると言うことのようだ。尻尾にかすかに触れた迷宮魔獣は迷宮から出ることは出来ず、俺が必死に逃げてきたのは意味が無かったのだ。

 でも、これで安心して洞窟の奥へ行くことが出来る。迷宮に入りさえしなければ良いのだから。自分の汗臭さに、やはり日本人なのだろう、風呂に入りたかった。

 しかも温泉が湧いているのを見つけてしまったのだから、なおのことだった。

 リュックにはどこかの日帰り温泉で買ったタオルも、愛用のあかすりも入っていた。石鹸類はなかったが、風呂へ行くときに使っていたエコバッグに着替えやタオルを入れ、そして一度取り出す。そのとき、一緒に入っているのが当たり前だと思えば、煙草と同様にいつものボディーソープのボトルが出てきた。坊主頭だからシャンプーは要らない。

 魔法を使いすぎると腹が減るのも早くなるようで、食い物調達の目処が立つまでは濫用しない方が良かったかもしれないが。


 長いまま残しておいた枝を持って温泉の部屋へ行くと、昨日と同じく白く濁った湯が湯気とともに待っていた。外から池の底を突いてみれば、全体的に少し湯船には深いくらいだと分かった。溺れることを気にせず、安心して入ることが出来る。

 手早く素っ裸になって、掛け流しのプライベート温泉だからと体も洗わずあふれ出る湯に肩まで浸かった。

「あ、あ~。いい湯だー」

 自分でも親父臭いと思うが、つい声が出てしまう。体の表面に細かい泡がまとわりつく。詳しい成分は分からないが、炭酸泉系のお湯なのかもしれない。

 沈殿していた湯ノ花が舞い上がり、白い湯が更に濁った。ゆで卵の匂いの中で岩に囲まれ、これぞ天然温泉という趣がある。

 普通に縁に持たれるだけで、深めの湯船だから無理なく肩まで浸かることが出来る。足を伸ばせば、起きたばかりの朝なのに眠くなってきそうだ。

 溺れる前に湯船から上がり、自然に溢れて流れる湯の上で体を洗う。その頃には適度に冷めた体を、再びゆっくりと温泉に沈める。極楽だった。

 温泉から上がって洞窟の入口まで来れば、まだ朝も早く、暖まりきっていない山の風に吹かれてこれもまた心地よい。煙草だけでなく甘いコーヒー牛乳でもあれば完璧だった。魔法で取り出せるだろうが、食料事情が改善してからのお楽しみに取っておく。

 今日も晩飯のおかずに、ヤマメを捕りに行くとしよう。

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