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「俺は、そんな与太話、誰が信じるってか」

 言いたいこともまとまらないまま、ただ機会を逃したくなくて全部しゃべった。

「夢ならいいなと俺も思ってる。でも、今日が14日目なんだ。もし本当だったらって考えると怖くてしかたなくて。だから話をした。医者も再発の可能性は高いって言ってたし。死後の事なんて分からないし。初めての大病で気が弱ってるだけかも。夢占いを聞いたとでも思って」

「ふざけんなよ」

 深夜に許されるぎりぎりの大声を出しておやっさんは俺の言い訳を遮った。

「ごめん」

「……こんな夜だったんだ」

 おやっさんがささやくように呟いた。

「なんの話?」

「まだ14のお前を拾った日のことだ。まだ今ほど人相が悪くなかったガキが、死んだような目をして、真夜中に1人で汚え男どもに囲まれてた。理性ある大人として本気で叱りつけても帰りたくない、そんな場所はないとだだをこねやがって」

「あのときのおやっさんは、今までで出会った人たちの中で一番怖かったな。本物のヤクザに絡まれてこれで死ぬんだと思ったのに、言うことは全うなことで間違っているのは完全に俺のほうだった」

「こちとら精一杯ビビらせてやったのに、頑固でちっとも言うことを聞きやがらねえ。俺は楽しむつもりで出かけていったのに何にもやらないうちに朝になっちまって、仕事に行く時間になっちまった。俺も見た目のせいで誘拐犯に間違われるだけだと思ったから警察に預けることも出来ねえ。仕方ねえからねぐらに連れて帰って飯を食わせてやって、帰ってきたら居なくなっているだろうけど、でも俺に出来ることはしたんだからと無理矢理に納得して働いてさ」

「ところがどっこい、汚いボロアパートの自分の部屋が綺麗に掃除されてて、泥棒を疑いながら明かりを点けたと。そしたら真っ暗ななか正座して待っているのに気がついていなくて、大の大人が大声で悲鳴を上げたと」

「あの時ゃ、恥ずかしかったぜ。それこそ、人生で一番だ」

 くくくと二人で小さく笑った。

「拾ってくれたのがおやっさんで良かった」

「…………」

「あの晩に、あの場所に、おやっさんが来ていなければ、俺はきっとどこか病気をもらってとっくにのたれ死んでいた」

「ちゃんと俺の言うことを聞いて、実家に帰って両親の許しをもらえていれば、中学から有名私立大学までエスカレーター式に進学して、今頃はどっかの大企業で偉くなってたはずだ」

「そんな俺は俺じゃないよ」

「知ってるさ。校則のうるさい有名私立中学に通うお坊ちゃまのくせして強い煙草吸って、自分の性癖が少数派だって自覚して、それらを両親に否定されたって家を飛び出しちまうのがお前だ」

「家を、会社を継ぐのは弟の方が元々向いてたしさ。俺みたいな出来損ないがなんで長男なんだって、ずっと影で疎まれてたのも知ってた」

「聞いてる限り、お前の方が勤勉で、真面目なヤツだぜ。中学もろくに卒業しないで、中途退学の多い通信制の高校を、俺と一緒に働きながらちゃんと卒業して見せたんだ」

「だってそれは、俺はどうでも良いって言ったのに、おやっさんがどうしても高卒は資格として持っておけって」

 お互いに煙草の火を消したタイミングだった。

 俺の口を物理的にふさぐように、おやっさんは俺の頭を自分の腹に抱え込んだ。

「うるせえ。女と結婚することは出来ねえと思ってた俺にはもったいない倅だ」

 抱え込んだのではなく、自分より身長の高い俺を抱きしめようとしたのだと気付いた。

 気付いたら、たった今まで我慢できていた涙の堪え方が分からなくなってしまった。

「泣くんじゃねえよ、男だろ」

 見えなくても、聞かなくても、首筋に水滴が落ちてくる感触がなくたって、分厚い腹筋の動きでおやっさんも泣いているのが分かった。

 どれくらい経っただろうか。長くも短くもあったような気がする。

「これで明日もピンピンして起きてきたら、大声で笑い合おうな。他の奴らには内緒にしといてやる」

 まだ少し震えた声のおやっさんが、絞り出すように言った。

「バラしたら承知しない」

 俺も声をつまらせないように、一息で言った。


 翌朝。

 絶対にないのだろうと思っていたおやっさんのいる明日は、やっぱり来なかった。

 起きたそこは、知らない洞窟の入口だった。どうやら実験には成功し、俺は異世界に転移していた。

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