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狭い狭いと文句が止まらないので、12畳ほどに足場を広げてやる。
まだ腰の立たないロゼにリュックからサンドイッチを出して渡し、俺はコーヒーを淹れる。
朝日の上る空の中で、気持ちの良い朝はコーヒーと旨い飯に限る。
「ノリさんは高いところに慣れておられるのですね」
「仕事柄な。家を建てるんだ、屋根くらいの高さの足場に上ることが出来なきゃ何にもならねえ」
「屋根くらいどころではない高さだと思いますけど」
前世は電波塔や高層ビルの展望台と言えば、窓だけでなく床も一部がガラス張りになっている施設はいくつもあった。そういうところで慣れたのだろう。
「誤差の範囲だ、屋根くらいだろうが今くらいだろうが、落ちたら死ぬのは一緒さ」
「大きく違うと思います」
はっはっは。
「何で俺は、今朝方こんな鬼のような所業を高笑いしながらする奴の心配をしていたんだろう」
「あ? なんだって」
復活したヒデが小さく低い声で呟いたが、風の音でよく聞き取れなかった。
「いや、怖かったけどちょっとだけ楽しかったなあ、って」
「そうか。お前も飯食うか」
「まだ吐きそうだから後にする。それより着替えを出してもらってもいい?」
「おう」
ヒデがよく着ているズボンと下着を出し、渡してやる。
「ロゼさん、申し訳ないんですけど、ちょっと余所を向いていてもらえますか」
「ええ、分かったわ」
「衝立くらい出してやるよ」
「大丈夫ですから! 心配しないで!」「いまはちょっとやめて!」
「お、おう……」
思いのほか強烈な拒否と擁護が返ってきた。
煙草を吸いながらのんびりしていると、着替えの済んだヒデが目で尋ねた。
「それで、これからどうするの? 魔力の残りを考えると、いつまでも空にいられないよね」
「そうだな、魔力が切れたらみんな一緒に真っ逆さまだ」
「早く降りましょう、今すぐ降りましょう。安全に!」
「大丈夫だよ、まだ1日以上持つだろうし。ヒデもさっきの、もう一回か二回は出来るぞ?」
「今日はいいや。また今度ね」
意外にも拒否はされなかった。意外とこいつもスピード狂の素質があるからなあ。
「そもそもどこに降りれば良いんだ? まだこの真下はあのホテルだぜ?」
「この国ではきっと三人揃って指名手配がかかるでしょう。あなた方はいいですが、私はこの国では顔が知られすぎていて逃亡生活もままなりません。ですが幸いにもここは国境の町ですから、あの山の向こうは隣国です。山の向こうへ連れて行っていただけないですか」
「国境と向こう側の最寄りの町はどれくらい離れているんだ?」
「町から町へ、峠を越えて馬車で一週間ほどですが、国境さえ越えられれば構いません。あの山頂でいいです」
「山頂でいいって、町まで徒歩だともの凄く距離があるんじゃあ」
俺も思ったことを、ヒデが指摘する。
「大丈夫です。気力で歩き通しますから。だから早く地上へ帰してください」
よほど空中に居たくないらしい。必死に懇願された。
「とりあえず稜線まで行くとするか」
「ええ、急いで、でも安全に!」
ロゼが指さした向かいの稜線は、最も低いところでも俺たちが今居るところより少し高かった。
「じゃあもう少し高度を取って、滑り台で行こう」
「今度は滑り台? 面白そう!」
意外と空中を楽しんだらしいヒデが目を輝かせる。
「水平に移動するだけでいいですから! 先ほどされていたのです、出来るのでしょう!?」
ヒデの落下と重ならないように横移動していたのがロゼには分かったらしい。近くに目印となる物のない空中でそれが分かるとは恐れ入った。
「まあできるけどさ。つまらんな」
「私にとっては、詰まるとかつまらないとかいう問題じゃないんですよ!」
へいへい。
気がつかれないよう徐々に高度を上げながら稜線に向かう。
ハイマツのよく育った稜線にたどり着くと、二人とも四つん這いになった。
「ああ、でも地面はやっぱりいいね」
「私たちは人間であって、鳥ではありませんからね。空中にいてはいけないのですわ」
「今度から鳥を崇拝しようかな」
「何気なく存在する地面という物がこんなにも恋しい物だったなんて思いませんでした」
「大げさだなあ」
「ノリさんには一生分からないでしょうよ!」
ロゼの文句に俺はヒデと二人でただ肩をすくめるだけだった。
あとがきであります。
はじめまして。プロットもゴールもなく始まり、特に盛り上がりもない本作をお読みいただきありがとうございます。
本作は、ある程度の分量を、完結まで書けた、人生2番目のお話です。
一作目は他サイト・別名義で書いておりましたので、こちらのサイトには掲載していません。ご要望があれば(もしくは掲載している他サイトの閉鎖を考えたときに)転載するかもしれませんが……。
この話を持ちまして完結とさせていただきます。気が向いたらそのうち他国編をやるかもしれませんが、キャラクターが勝手に動くのを追いかけるだけなので、彼らが何かを始めてくれるかは作者にも分かりません。ですので、ひとまず区切りの良いところまで来ましたので完結のフラグを立てておきます。タイトルやあらすじに書いたエピソードがあまり本編に反映されていない、言わば死に設定になっているのも、彼らがそんなバックグラウンドを気にしないせいです。以上、言い訳でした。
さて憧れてあとがきを書いてみましたが、確かに書くのが難しいですね。
ポイント的に人気の無い作品だとは思いますが、ここまで読んでくださった方には気に入っていただけていると、嬉しいのですが。
気に入っていただけたとして。
ご縁がありましたなら、またお目にかかりましょう。




