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 酷い頭痛で目が覚めた。まだ外は暗い。

 しばらく我慢して横になっていたが、再び寝付くのは難しそうなので水を飲むべく起き上がろうとしたところで、右半身に力が入らなくて愕然とする。

 脳梗塞が再発したか?

 異世界に来たのに? 数年は経ったが、それでも短い人生だったなと無感動に思った。人間、一度死んでしまうと特に恐怖も感じなくなるものなのだろうか。

 前回は気がついたら死んでいたし、前々回は気がついたら病院で処置が終わっていた。じわじわと進行している時に辛い思いをしていなかったから、何故今回は痛みに苛まれながら最期の時を過ごさなければならないのかと恨めしく呻いた。

「……ん、ノリさん? どうかしたの」

 隣で寝ていたヒデを起こしてしまったらしい。

「なんでもねえよ」

「え、なんて?」

 痛みを我慢してそれだけいうのが精一杯だったが、それすらきちんと声にならなかった。

 寝返りもまともに打てない俺は、わざわざ起きて顔をのぞき込んでくる彼を見ることしかできない。

「顔が真っ青だし凄い汗かいてるし、ちょっとロゼさん呼んでくる!」

 返事をする間もなくヒデが部屋を飛び出していった。隣の部屋の扉をどんどんと叩く音が聞こえてくる。

「なあに、まだ暗いじゃないの」

 やがて起こされたロゼがまだ眠そうな声で文句を言う。

「ごめんなさい。でもノリさんの様子がおかしくて、それで……!」

「ノリさんが? 昨晩は早く寝ていましたね」

 二人分の足音が近づいてくる。

 心配そうなヒデと、なにかに気がついて焦っているロゼの顔が視界に入った。

「これはもしかして……ノリさん、魔法は使えます?」

「町中で使っちゃまずいんだろう」

 今度は少しまともに声が出た。

「何て言っているかよく分からないけど、使ってみてくれて良いから」

 それでも聞き取れなかったらしい。

 魔法を使えと言われても、特に用はない。痛みが消えれば良いなとは思っているが、具体的にどこがどうなっているのかが分からなければ対処の使用もない。

 でも使えというのなら、まだくらい室内を明るくしてみようとして、魔力の循環がどこかでつまっているような感覚を得た。

 この世界に来て魔感という概念を知り、初めてのことだった。

「何も起こらないけど」

「じゃあやっぱりそうなんだわ。でも何故かしら、こんなに早く症状が出るなんて聞いたことがないわ」

「症状? ロゼさんには何か思い当たる病気でもあるの?」

「魔路結石という病気があるの。魔法使いが魔法を長時間使わないでいると、体内で余った魔力が固まってしまうのよ。魔獣の体内から見つかる魔石と同じ物ね。大抵は内臓のそばなど何事も起こらないのだけど、それが頭の中や重要な血管に詰まってしまうと」

「詰まってしまうと? どうなるの?」

「痛みを伴ったり、最悪の場合は死んでしまうわ」

 尿路結石みたいなものか。アレも痛いらしいなあ。おやっさんが出来たときには歩けなくなって、救急車を呼んだ。

「ノリさんが、死んじゃうの? 嫌だよ、まだおじいちゃんになってもいないのに。聞きたいことも一杯あるのに! どうしたら治るの?」

「固まって詰まる前に、魔法を定期的に使えばいいのよ。冬に水たまりが凍っても、川が流れ続けているのと同じで、魔力が少しでも動き続けていれば、固まることはあっても詰まってしまうことはないわ」

 痛みを精一杯の気力を振り絞って我慢しながらなんとか魔法を起こそうと努力する俺の横で、二人が早口でしゃべっている。

「じゃあ今までは、魔法を使わない日なんていくらでもあったのに」

「尻尾は?」

「あっ」

「あれも魔法よね? 寝ているときでも常に尻尾を出したままにしていたのであれば、町に入るに当たってほぼ初めて、丸一日以上魔法を使わなかったのではないかしら」

 何か大きな塊が魔力の流れをせき止めているらしい。久しく意識していなかった魔感がそれを教えてくれる。

「魔力詰まりってそんなすぐに起こる物なの? 俺も同じくらい魔法を使っていないけど、なんともないよ」

「人によって結石が出来る部分は違うのよ。出来やすい部位というのはそれぞれの動物ごとにあるけれど、倒した魔獣を解体したときに、魔石がある部位は毎回違うでしょう? もしかしたらヒデくんも出来かけているかもしれないわ。でも健康に差し支えない部分ならかなり成長しないと気がつかない物だし、魔法を使い始めれば自然に小さくなっていくの」

「だからノリさんも魔法を使えば、つまりが取れて治るってことか」

「そうなんだけど……あんまり大きい塊になると、詰まっているせいで魔力が動かなくて、魔法を使うことも難しくなる。どうやらそこまで進んでいるみたい」

 ロゼが俺を見てそう言った。

 確かに、詰まっているせいで魔法が使えない。弱めてみたり、急に強くしてみたりと試してみるうちに、段々と気も遠くなってきた。もうそろそろ諦めたいのだが。

「じゃあダメじゃん! 何かできることないの?」

 ヒデの声がほぼ涙声になっていた。

「他の人に無理矢理魔法を使わせるのと同じように、外からできることはないわ。本人次第よ」

 ヒデは俺の布団に頭を埋めるとポフポフと体を叩いた。

 ロゼが力なく首を振り、俺たちから顔を背けた。

 なんとか動く左手でヒデの頭を撫でてやる。これで最後かな、と思いながら、ありったけの力で魔力を圧縮する。魔感で詰まっていそうな所に向けてぶつけ、押し流すようなイメージを描く。

 すると、石のような物がしばし堪えるように震え、そして剥がれるように流されていった。同時に、吹き出た魔力が光となって、部屋中を塗りつぶす。

「きゃっ」「わっ」

 急に栓が外れたからか、痛みとともに意識も薄れていった。


「ノリさんってば!」

 ヒデに揺すられて目が覚めたが、まだ外は暗いままだ。それほど長い間、気絶していたわけではなさそうだ。

「起きた、起きたからそんなに揺するな、むしろ痛い」

 涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしたヒデに声を掛けると、大声で泣き出した。

 何か言っているが、今度は俺が聞き取れない。

「ほらまだ暗いんだからそんな大声出すなよ、他の人に迷惑だろう」

 俺も16の頃はこんなに素直だったかなあ。

「気がついて良かったです。早速で申し訳ないんですけど、逃げますよ」

 感慨深く頭を撫でていると、準備万端に旅装を整えたらしいロゼが真剣な顔でそう告げた。

「逃げる? どうして?」

「サイレンが聞こえませんか」

 ヒデが声を低めたおかげで、窓の外から遠くで鳴っているサイレンが聞こえた。

「聞こえた。なんだこれ」

「魔力感知警報です。普通は警備隊が持つ報知器が鳴るだけなのですが、外敵が攻めてきたときなどのために、住民に避難を呼びかける魔道具が設置されているのです。普通は集団で同時に魔法を使わなければ鳴り出さないはずなのですが、どうやらノリさんはさっきの閃光一発で起動してしまったようですね」

「ただの光の魔法だぞ? そんな敏感なのか」

「威力が強すぎたんです。直視していなかったから良かった物の、目が潰れたかと思いました。まああの状況で制御が出来ないのは当然ですから仕方が無いですけどね」

「で、なんで逃げるという話になるんだ?」

「警備隊にそんな言い訳は効かないからです」

「それこそあんたの権力でもどうにもならないのか」

「むしろ逆効果でしょうね。私は王宮から逃げてきたのです。つまり逃げなくてはいけないほどの身の危険を感じる敵がいます。彼らにとっては、自らの手を汚すことなく私を始末できる、丁度良い機会でしかありません」

「なるほどな。おいヒデ、聞いてたか。泣くのは後にして自分の荷物をまとめてくれ」

「ノリさんは冷たい!」

 冷たいって言ったってなあ。

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