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その後、武具店でヒデが初心者向けの片手剣を買った。前衛も出来るようになってみたいらしい。
「あなた方の魔法技術があれば、剣なんてなくても充分に戦えると思いますけどね」
「ロマンって奴だよ! ロゼさんは剣でも戦えるんでしょう?」
「ええ、貴族のたしなみとして、子供の頃に最低限は仕込まれましたからね」
「剣での戦い方ってやったことないんです。稽古をつけてくれませんか?」
「……え、使ったことが無いのに買ったの?」
「うん、そうだよ。身の回りに剣士なんていなかったし」
流石に意外だったのか、想定外だったのか、ロゼが頭を抱えていた。
「まあ買ってしまった物を返品するのもアレですし、いいでしょう。私も数十年のブランクがありますので自信はありませんが、時間のあるときに少しずつでよければ」
あっさり断るのかと思いきや、悩んだ末にロゼは承諾した。
俺も剣道などの武道は特にやったことがないので、教えることは出来ない。
「でもノリさんなら喧嘩慣れしていそうじゃない?」
「あんだと?」
「おお怖っ。その顔ならしょっちゅう喧嘩を売られて買わざるを得なくなりそうだと思ったんだけど、違うの? そんでメタメタに叩きのめしていそう」
「ほーう、お前が俺のことをどう思っているかはよく分かったぜ。喧嘩を売ってるって事で良いんだな? 高く買ってやるぞ?」
バキバキと指を鳴らしながら、ドスを利かせた声で応えてやった。
「ごめんなさい何でも無いです失言でした。だから頭に指をめり込ませるのはやめて痛たたた」
「ちっ、意気地のねえ奴だな」
「お楽しみの所、申し訳ないんですけど、周りの目をもうちょっと気にしていただけませんか」
ロゼが俺たちのじゃれ合いを見ながら呆れた風でかけた声にあたりを見回すと、町を歩く人々が慌てて俺たちから視線を逸らす。
「あー、ノリさんがガン飛ばしてるー。いけないんだー」
「お前は後でしばく」
「おっかねえ」
なおも戯けて肩をすくめるだけのヒデを見て、俺とロゼは揃ってため息をついた。
周りの視線に居心地の悪さを覚えた俺たちは足早に宿へ戻る。
「おや、お帰りですか」
そこには、高そうな服を着た、一目でどこか貴族の使用人といった風体の男が待っていた。
「どちら様でございましょう?」
三人一緒にホテルの玄関を通ったが、そいつはロゼしか見ていない。
「これは失礼致しました。主人からの手紙をお預かりしておりますので、ご覧いただければ私についても書かれているものかと存じます」
丁寧というより慇懃無礼な態度で、赤い封蝋の施された真っ白い封筒を差し出した。
ロゼは無言で受け取り、裏返すが差出人の名前は書かれていない。
「恐れ入りますが、ペーパーナイフをお借りできまして?」
声を掛けられたフロントの係が差し出したナイフですばやく封を切ると、中から出した紙を広げて一瞥した。
「ここで立ち話を続けるよりも、借りている部屋にご案内した方が良さそうですね」
「ありがとうございます」
「ではノリさん達は、また夕食の時に」
「分かった」
どうやら立ち会わせたくないらしい。俺は短く返事をして、自分たちの部屋へ引き上げた。
時間になって食堂へ降りていくと、ロゼはもう机についていた。不機嫌そうな顔で杯を呷っている。
「ロゼさんもお酒飲むんだね」
「たまにはいいかと思いましてね。お二人も何か頼まれます?」
期待するような目でヒデが俺の様子を窺った。
「飲みたきゃ頼めば良いだろ、自分の金の使い方は自分で決めろ」
「いいの!? ロゼさんお勧めは何ですか!」
「特にこの地は名産品があるわけではありませんが、国境沿いなので種類が豊富です」
ヒデはメニューを見ながらあれこれと悩んでいたが、どれにするか決めたようだ。食事と一緒に注文する。
「明日にはこの街を出ますし、色々試してみるつもりで頼んだ方が良いですよ」
「もう出発するのか。随分急なんだな」
「私ももう少しだけ休みたかったのですが、面倒な誘いを受けましたの。明日の出発だと言わなければ断り切れなくて……」
さっきの使いの用件か。
「断っちゃって良かったの?」
「ええ、領主からの歓迎パーティなんてどうせ名目だけで、権力争いから逃げてきた人間がのこのこ参加しようものなら偉い目に遭うことが分かりきっていることです」
町に入るときに元の身分と名前を明かしたせいだ。
「悪かったな、こうなることも予想できていたんじゃないのか?」
「その通りですけど、考えていたよりも追っ手が早かったのは私の落ち度ですので、気になさらないでくださいな」
「偉い人たちって、大変なんだね」
「あなたたちも、うっかりするとこうなりますので、気をつけた方が良いですよ」
「ええー。偉い人に目を付けられそうなことなんて俺たちにあるかな」
「ヒデさんは甘いですね。進んだ強力な魔法技術は、権力を捨ててきた私でさえそれを忘れて囲い込みたいと思いました。現職の連中なら、何が何でも我が物にしたがるでしょう」
実際に自分の護衛として囲い込んだような物だ。ロゼ本人が言うと説得力がある。
「他人にバレないように行使するのも骨が折れそうだな」
「何でノリさんは他人事なんだよ」
「俺は洞窟にいる限り、人と会う事なんて無いだろうからな」
「実際に、世捨て人みたいな無茶な生活してたもんね」
「一緒にいたくせに」
注文した物が出てくる。
「ノリさんはお酒を頼まなくて良かったの?」
「午後からなんか体がだるくてな。今日は止しておく」
「ふーん。まあ同行しないなら数日はこの街にいてから洞窟に帰ったっていいわけだしね」
「風呂があれば長居してもいいんだがなあ。やっぱり温泉に浸かっているほうがのんびりできるし、見送りがてら町の外までは一緒に行くよ」
「私もあの洞窟の中で温泉が湧いていることを知っていれば、借りたんですけどねえ。まさかお風呂というのが温泉だとは思いませんでした」
ロゼが悔いるように言った。
「温泉は他にも湧いているところがあるのか」
「この国は山に囲まれていますからね。湯治場もありますし、旅行先としては一般的ですよ」
独り身に戻ることだし、気ままに温泉巡りをしてみても良いかもしれないな。
「さて、食べ終わったことだし、俺は先に部屋で寝るよ」
飯を食い終わったら少ししんどさが増した気がする。
「俺はもうちょっとだけ色々飲み食いしてから戻るけど、うるさかったらごめんね」
「じゃあ私もお付き合いしましょうか。おやすみなさい」
「また明日!」
「ああ、気を遣わせて悪い。おやすみ」
二人の前では気丈に振る舞えていたと思うが、階段を上るときにふらついた。右手が少ししびれているような気がする。
のろのろと着替えて布団に潜り込んだ。




