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 翌日は朝食を摂ってからホテルを出た。

 電気のないこの世界では、暗くなったら照明がもったいないから夜も早いが朝も早い。

 それほど遅くないうちに冒険者ギルドに出向いたが、ほとんど人がいない。

 ホテルのロビーと似たような作りをしているが、こちらはほどよく汚れていた。これくらいの方が個人的には落ち着く。あまり綺麗にしてあると、うっかり汚したり壊したりしてしまわないか心配になってしまう。

「買い取りと身分証の発行をお願いしたいのですが、ここでいいでしょうか」

 俺とヒデの二人で受付に声を掛けた。案内についてきたロゼは入口近くで依頼の貼られた掲示板を見ている。

「か、かしこまりました。書類をお持ちしますので少々お待ちくだちい」

 朝の忙しさを乗り越えて少し弛緩した雰囲気を漂わせていた若い女性の係は、俺を見るなり怯えたように早口で噛みながらもごもごすると、後ろに駆け込んでいった。

「ノリさん、もうちょっと優しい顔をしないと」

「俺に今更どうしろってんだ。この顔は生まれつきなんだよ」

 慣れたとはいえ毎度このような対応は傷つくのだ。

「お待たせしました。まずはギルド証の発行から致しましょう。買い取り希望の素材はその後に拝見します」

 それほど待たされることなく対応に出てきたのは中堅くらいと見受けられる髪を引っ詰めた人だった。

「こちらの申込書に必要事項を記入してください」

 俺たち二人の前に一枚ずつ安っぽそうな紙と鉛筆が出された。

「代筆をお願いします。この辺の言葉を話したり読んだりは出来ますが、書くのは出来なくて」

「全く字が書けないわけでないようでしたら後ほど翻訳機に掛けますので、どこの言葉で書いて頂いても結構ですが」

 その翻訳機とやらはこの世界には存在しない日本語にも対応しているのだろうか。

「なら試してみましょう」

 自分で書いた方が手っ取り早いし、何より翻訳機の対応力に興味が湧いた。

 氏名に生年月日や年齢・現住所・出身地などと、日本でもお役所では付きものの記入欄をすらすらと埋めていく。

「ノリさん書き慣れてるね」

 こういう書類を書くのが初めてらしいヒデが目を丸くしているうちに自分の分が書き終わった。

「故郷じゃ似たようなものを散々書いたからな」

 会社で必要になる申請書やら申込書やらを用意していたのが懐かしい。おやっさんはこういうのが苦手で、手伝ってやらなければいつまで経っても終わらないんじゃないかとヒヤヒヤしたものだった。

 書き上げた分を受付のお姉さんが変な顔をして眺めているのを横目に、時間がかかりそうなヒデを手伝ってやる。

「やっと出来た」

「今まであちこちの支部に異動して様々な文字を見てきましたが、この文字は初めて見ます。翻訳機に通してきますので、少々お待ちください」

 2枚の紙を持って受付係が裏に引っ込んだ。

「ノリさんの経歴が謎すぎる」

「謎ったってなあ。家を建てるだけが大工じゃねえんだ。建築計画をまとめて役所に届け出たり、家は金の動きがでかい買い物だからきっちりした契約書を交わしたり、必要になる書類仕事は色々あるんだよ」

「凄いね。じゃあノリさんは意外と色んなことができるんだ」

 意外とってなんだよ。失礼な。

「お待たせしました。無事に翻訳されましたので、内容をお確かめください」

 最初に声を掛けた若い係を連れて戻ってきた。

 なるほど、俺の名前はこちらの言語ではこうやって書くのか。勉強になる。感心しながらもざっと書き直された申請書を読んでいくが、特に問題は無い。

「問題ありません」

「俺もいいと思います」

「ではこれでギルド証を発行いたします。その間に買い取りの素材を出して頂けますか」

 俺たちが目を通した申請書を持って若い係だけがすぐに裏へ戻った。

「ブラックベアーの内臓です。ここに出していいんですか」

「動物系の素材でしたか。では解体場にご案内します」

 連れられていったのは受付の隣の建物だった。さりげなくロゼもついてくる。倉庫のような天井の高い建物だったが、少し血なまぐさい。

 指し示された低い台に、リュックからクマの内臓や食べ残した肉をどんどん出していく。どれくらいの金額になるのか分からなかったから、以前に倒してそのまま保管しておいた分もまとめて数頭分を積み上げた。

「おお、ブラックベアーじゃねえか。久しぶりに歯ごたえのある獲物だな」

 物音を聞きつけて出てきたのは作業服を着たひげ面のおっさんだった。

「あの人、ノリさんほどじゃないけど人相が悪いね」

 ヒデが俺の耳元でとんでもなく失礼なことをささやいた。

「おいガキ、聞こえてるぞ」

「ひっ、すいません」

 おっさんに睨み付けられても、俺で慣れてしまっているせいかヒデは大して堪えていない。

「ひとまずこれくらいでいいでしょうか」

「これくらいってあんたなあ。何等分だよこれ。ぱっと見ただけでそれぞれの部位の数が合わねえぞ」

 特に一頭分を意識していなかったせいだ。

「あんまりまとめて出してもアレかなって」

「まあそうだがよお。しかもブラックベアーで解体の練習をしやがったな。そんなに簡単に仕留められる相手かよ。ひでえ状態のも、まともなのも混じってるじゃねえか」

 ブツブツもったいねえだの面倒だのと言いながらも、彼は手際よく俺の出したクマを観察し、仕分けていく。

「一番肝心で腐りやすい胆が良い状態だ。下手に自分で加工しようとしていないのも高値を付けられる。期待してくれていいぜ、旦那」


 プロの解体現場を見学させてもらっていると、ギルド証の用意が出来たと声がかかった。解体場のおっさんに礼を言って受付に戻る。

「こちらがお二人のギルド証です。冒険者ギルドは国をまたいで存在する組織ですので、冒険者ギルドのある国であればどこへ行っても身分証として有効です。くれぐれも無くしたり盗られたりしないよう、補完には十分に注意してください」

 国際的な身分証が書類一枚で作成できてしまって良いのだろうか。もちろん嘘を書くようなマネはしていないが、申請し放題なのではなかろうか。

「そしてブラックベアーの査定価格ですが、全部で24万4000円です。こちらの金額は、既にギルドの手数料や解体料金を差し引いてあります」

 円だと?

「もう一度金額を言ってくれないか」

「24万4000円です」

 日本と同じ通貨単位なのかと思ったら、そうではなかった。普段は意識しない多重放送のように聞こえる音を注意して聞いてみれば、翻訳機能によって通貨の単位が「円」と訳されていただけだった。

「分かった」

 それが適正なのかどうかを俺には判断できない。

「随分高く売れましたね」

「それだけ質が良かったのでしょう。血抜きがきちんと行なわれていたことと、一部は解体が雑でしたが幸いにも元から高く売れる部位ではなかったそうです」

「やったぜ」

「なるほど。今後も気をつけるようにします」

「ギルドの口座への入金にされますか、それとも現金でいくらかお支払いしますか」

 口座なんてあるのか。農協や漁協みたいな組織なのかもしれない。後で聞いてみよう。

「口座に預け入れた分はどうやって引き出すんですか。金利とか着くんですか?」

「預け入れも引き出しも、全国どこのギルド窓口であってもお申し付けいただければ、ある程度の金額であればすぐにご用意します。1回につき多少の手数料はお支払い頂きますが、大抵の冒険者ギルドは一日中営業しておりますので、便利にご利用いただけるのではないでしょうか。それと……金利、ですか。それはなんですか?」

 窓口しかないのに24時間営業なのか。なら夜が明けるのを待つ必要は無かったのでは?

「便利なのは確かだけれど、夜間窓口の手数料は結構痛いわよ。ある程度は現金で持っておきなさいな」

 俺の視線を感じたのか、ロゼが目をそらしながらアドバイスをくれた。

 流石に銀行とは違うのか、金利制度はないらしい。

 なら全額手元にあってもいいような気がしたが、そのうち金額が大きくなったときにリュックを紛失するリスクを考えると、保険料と思えば手数料を支払うのにも納得できそうだ。

「取り分は半分ずつ、俺とこいつに分けてください。俺の分はその半額を現金化して持っておきます」

「承知しました」

「ちょっと待ってくれよ。ノリさんと俺で半分ずつは俺の取り分が多すぎるって」

「成人祝いだと思って取っておけ」

「突然そんな祝い方あるかよ!」

 ヒデとは取り分について何の話し合いもしていなかった。

 素材を現金化するなら当然、ついて回る話なのに、抜かっていた。

「……いかがしましょうか」

 受付係が無表情で困っている。

「半分ずつでいいです。……ヒデも、こんなところで受付の人に迷惑を掛けるんじゃない」

「後でちゃんと話しするからな。……お姉さん、俺の分は全額預けておいてください」

 他人の迷惑になると気付いて、不満を顔に表わしながらも主張を引っ込めた。

「では、お確かめください」

 予め準備しておいたのだろう、硬貨をカウンターの下から取り出して並べた。

「この国の金の数え方が分からん」

「ああそうだよね、ノリさんは初めて見るよね! ……24万4000円、4分の1だから6万1000円、確かにあるよ」

 機嫌が直らないヒデは当てつけるように俺に言う。

 その隣で、ロゼが少し驚いたような素振りをしたのを目の端で捉えた。

「わりいな、ありがとう」

 数えてもらった硬貨を俺は無造作にリュックへしまった。普通のリュックと違い、魔法具であるこいつは中で散らばったり混ざったりすることはない。

「本日のお手続きは以上です。他に何かご用命はございますでしょうか」

「いえ、俺は特に。ヒデはロゼさんはなんかあるか」

「ないよ」「ありません」

「ご利用ありがとうございました。また何かありましたらお気軽にお声かけください」

「ありがとう」

 静かに目礼する受付係に俺たちも軽く頭を下げて引き上げる。

「とりあえず現金は手に入れた。いい時間になっちまったことだし、昼飯にでもするか」

 既に太陽はほぼ真上で輝いている。

「普通は1日2食なのですが、あなた方は昼にも食事をする習慣があったのでしたね」

「俺は見ての通りでけえ図体だし、ヒデは食い盛りだから、燃費が悪いんだろうな」

「いいでしょう、私もお供します」

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