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 考えてみれば、この世界に来て数年経つが、この世界の料理をまともに食べたのは初めての体験だった。

 かといってそれほど意外性のあるものが食卓に並んだわけでもない。ニュアンスの違いだが、ワインというより葡萄酒と呼ぶほうがしっくりくるまだ技術的に荒削りな酒と、恐らく牛と思われる肉料理に、ロゼが予告していたチーズ料理は拭かした野菜を自分で絡めるチーズフォンデュだった。

 どれも美味しかったが、無駄に豊富で優秀な調味料に囲まれた日本で生まれ育った俺と、魔法で入手した愛用の調味料を使った料理になれたヒデには若干物足りなく感じてしまう。

「あなたたち、あんな何もない洞窟で、一体何を食べて生活すればそんなに舌が肥えるの?」

 口や態度には出さないように努めていたつもりだが、ロゼにはバレていたらしい。

「物質変換系の魔法を使って、故郷の調味料を色々再現というか、入手というかしていてな」

「ああ、あなたのその煙草と一緒ね」

 部屋に戻り、窓辺で食後の一服を楽しんでいた俺らを指さす。

「そうだ」

「無駄に魔力を持っているから、普通なら無駄遣いになることにも魔法が使えるのね。それも物質変換ですって? かなり高度じゃないの。贅沢ねえ」

「何度も使って慣れておかなきゃ、思ったとおりに使いこなせねえだろ。訓練だよ」

「呆れたわ。もちろん良い意味で、だけど。私にも教えてくださらない?」

 正直なところ、人となりを知ってロゼには教えても良いような気がしてきている。しかし、彼女は元王妃なのだということが、最後の壁として未だに踏ん切りを付けられずにいた。

「それに関係するかもしれないんだけどさ。ロゼさんにお願いがあるんだけど、聞くだけ訊いてくれない? ……くれませんか?」

 俺が応えに困っていると、俺の隣で煙草を吸っていたヒデが、種火をもみ消しながらロゼに話しかけた。

「あら、ヒデくんから、お願い? 何かしら」

「俺に旅道への同行を許してもらえませんか」

「やっぱりそういう話ね」

 ロゼには予想がついていたようだ。

「念のため確認しておくけれど、あなたはこの春に成人する、という認識で間違いは無い?」

「そのはずです。故郷を出てきちゃったし、正確に数えているわけではないけど、だから自分ではそう思っています」

「私に同行する。それはあなた自身も月女神の旅道という修行の道に入るということかしら。それとも私の役に立つことを自分自身の仕事として何かを私に提供すると?」

「旅道というものの詳しいことをよく知らないからなんとも言えません。けど、寝床を作るのでも、ある程度の外敵と戦うのでも、ノリさんに仕込まれた魔法の技術はきっとロゼさんの役に立つと思います」

 ヒデが丁寧語を使っているのが新鮮だった。俺以外と話をすることは全くなかったはずなのに、あくまで年相応のものだが、敬語を使えるようになっていたことが成長を感じられて少し嬉しかった。

「そうね。出会ってから今まで、まだ数日しか経っていないけど、私はあなた自身にも、あなたたちの使う魔法の利便性に強い興味を持っているのは確かだわ。それを継続的に目の前で披露してくれるようになるのは確かに魅力を感じる。でもそれだけでは弱いわね。詳しい制度の話は割愛するけれども、あなた自身がその歳で旅道をするのはお勧めしないから、本人が強く希望しないのであれば、単に私の付き人という仕事をする方が良いと思う。でもそうであれば、私はあなたの生活の、特に金銭的な面倒を見なければならないの。それにはもう一声なければ雇えないわ」

「ある種の師匠や親方といった存在でもあるノリさんが認めてくれるなら、技術そのものをロゼさんに教えるのでも、提供できるものなのではないでしょうか」

「あなたの師匠の許しは得られるの?」

「それは……」

 夕暮れの町を見下ろしながらのんびりと紫煙を燻らしていた俺は、ほとんど話を聞き流していた。急に俺の意思を確認するような視線を二人から向けられて戸惑う。

「なんだっけ、すまん聞いていなかった」

「ノリさんの魔法の秘密を、ロゼさんにも教えていいか、って話」

「魔法のことだけなら、お前が修得しているものを、お前自身の言葉で伝えるならいいんじゃないか? ただ、魔法技術の背景に当たる知識については何とも言えんな。ただ、社会全体への影響をきちんと考えるべきだ」

 具体的に例を挙げて話をしてしまえばその事項は秘密でなくなってしまう。奥歯に物が挟まったような、曖昧な表現になってしまう。

「どういうこと?」

 案の定、上手く伝わらなかったらしい。二人は揃って頭の上に疑問符を浮かべていた。

「例えば、火の魔法だ。町中だから今すぐここで実演はしないが、普通は炎それ自体を生み出すように魔法を使うようだな?」

「ええそうよ。むしろそれ以外に方法があるというの?」

 ロゼは自分にとって当たり前のことに、他に何があるのかと訝しんでいる。対照的に、その隣のヒデは何だそりゃと顔に書いていた。

「ヒデにはどう教えたか、覚えているか」

「炎は物が燃焼するときに付随して現れる現象であって、本質的には物を燃焼させれば炎は後からついてくる。そもそも炎を得ることは魔法を使う目的ではなく、例えば水を沸騰させ得る熱を与えるための手段でしかない」

「その通りだ」

「ごめんなさい、私には全く分からないわ。もう少し詳しく説明して頂ける?」

「魔法を使うには強く正確な想像が必要ですよね?」

「そうね。想像を補完し、強化するために呪文がある」

「呪文を使わないと魔法が行使できないのは想像が弱いからなんです。この弱いというのは必要最低限に足りないという意味で、言わば間違った想像をしているせいで無駄が多いとも言えます」

「つまり、正確な想像が出来れば、呪文なんて要らないし、既存の魔法に囚われず様々なことが魔法で出来る訳ね?」

「そうです。俺たちの使う魔法の秘密は、技術ではなく考え方なんです」

「なるほど。……なるほど。分かる気がするわ。ああ今すぐ試したい。いいわ、今の知識だけで、まだ仮だけど採用してあげましょう。それで、前提知識というのは何かしら」

 忘れてはいなかったようだ。だが、それをロゼに教えるのはたった今、ヒデに禁じたことだった。答えに困ったヒデは俺を見て、そんなヒデを見つめていたロゼの視線も俺に向いた。

「正確な想像のためには正確な知識が必要だということさ。どうして物が燃えるんだ? 燃えるものと燃えないものにはどういった違いがある?」

 燃えるものと燃やす物が光や熱の発生を伴いながら激しく化学反応を起こすことが燃焼だ。酸化還元反応を起こすためには、還元する物と酸化する物の組み合わせが必要だが、どちらかが欠ければ燃焼は起こらない。

 それらの答えを俺は知っているし、ヒデにも教えたが、それは前世の知識だ。まだこの世界にない知識を無制限に教えるのには抵抗があった。そもそも、ヒデにも読ませた地球の教科書は地球で正しいとされるあれこれが書かれていたものだ。地球とこの世界で物理法則が全く同じだという保証はないから、いちいち全てを確かめてはいないがここでは間違っているかもしれない。

「あなたの故郷では、それらの知識は当たり前に誰でも持っているのかしら」

「俺が生まれ育った国の制度では、一定の年齢の子供は全員が学校に通い、一通りのことを教わる。だがその時に学んだ知識を大人になっても覚えているかは人による。学校で習ったことは社会に出ると全く役に立たないなどと宣う連中だっていたからな」

 まだ中学校に通っていた頃の話だが、原子力の臨界事故があったからと海外へ飛行機に乗って海外に逃げる人々のことを物理を専門とする先生が盛大に揶揄していたのが懐かしい。

「国民の全員が学校に通うなんて、反乱の危険は無いのかしら。……いえ、その心配の無いくらい進んだ社会だったのでしょうね」

 為政者の経験のある人間の前で不用意にしゃべりすぎたかもしれない。俺もあまり偉そうなことを言えないな。

「そんな社会に属していたはずなのに、碌に学校へ通えなかった人間だからな。僻みがあるのは否定しない。大分話題が横道に逸れたが、まあきちんと身につけたものを人に伝えるのはヒデの勝手だ。俺の知ったことじゃない」

「うっかり口を滑らせてくれることを期待していいのなら、あなたたち二人とも雇っても良いのだけれど」

「えっ、ノリさんも良いの?」

 俺たちの会話を横から聞いていたヒデが嬉しそうに言った。

「俺もかよ。洞窟に帰って静かに暮らすつもりだったんだがな」

「あらそうなの、残念だわ。でも結局私たちと一緒に行動するようになる気がするの」

 ロゼは私の予感は当たるのよと言ってコロコロと笑った。

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