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 つい今の今まで、晩夏の残暑に汗を拭いながら組み立てる足場を降ろしていたはずだった。

 慣れては来たがまだ姿勢の安定しない新入りを見ながら、どうすれば効率的にトラックから部材を降ろし、より安全に作業が出来、必要な順番で地面に積めるかを指示していたのだ。

 ところが今いるここは、明るいのかくらいのかも分からない、周りに何があるかも分からない、ただ空間としか表現のしようのない不思議な場所だった。

「人生に後悔はないか」

 男とも女とも、若くも年寄りにも聞こえる声が、どこかから聞こえた。

「君らの世界の宗教では、死んだら天国とやらにいくことになっているそうだな」

 悪いことをしたら地獄だ。

 いや、俺はアブラハムの宗教を信じてはいないし、神道や仏教の教徒でもない。

「今回の人間は細かいというか、面倒くさいやつだな」

 よく分からない誰かがそう言った。突然人1人捕まえて面倒とは失礼な物言いだと思った。

「宗教を信じていれば、神と名乗れば良かったのだが、それでは信じまい。だから面倒だと言ったのだ」

 そのわりには、面倒だという感情は、いや感情という物が一切含まれていないような言い方だ。

「それは私が私ではなく複数の人間の代表であるからで……いやこんな説明をしている時間は無いのだ」

 この人なのかも分からない発言者が俺の考えを読めることと、なんとなく律儀なのは分かった。

「我々の世界が、間もなく寿命を迎えようとしている。しかし我々の寿命は本来であればそれよりも長く、言わば途中で終わりを迎えるのを拒否することにした。よって、世界を作り、体と意識を移動させようと計画し、何段階かに分けて実験し安全を実証しようとしている」

 ……なんの話だ?

「その1段階として、意識を保ったまま別の世界に移動できるか、自分の世界で死を迎えた意識を別の世界で新しく作った体に移植できるかを実験している。その被験者として、たまたま君の意識が捕まった」

 俺のことを無視して言いたいことをいうことにしたようだ。

「しかしそれは、我々にとって禁忌の一つでもある、死者の冒涜に抵触する恐れがある。よってその詫びとして、世界を移動する君に、新しい世界で生きていくに当たって望みをいくつか叶えようと思う」

 最近流行りの異世界転移か。

「調べたが、似て非なるものだ。なおついでに補足しておく。世界だ、寿命だ、捕まえた、だのと表現しているが、君たちの世界にはまだ存在しない概念であり、当然それらを正確に表現する単語も存在しないため、誤解を承知で無理に翻訳している」

 誤解だろうが理解できる範囲に留めてくれているならそれ以上はどうでも良い。正確だろうが理解できなければ意味が無いのだから。

 それにしても、創作だから楽しく読んでいたが、まさか我が身が異世界に行くことになろうとは思ってもみなかった。

「……動揺しないのか。その方が楽だから有り難いが。様々なシミュレーションをしてきたことを考えると、我々の頭脳労働が無駄だったようで悔しくもある」

 ……何て言った。実験、だと?

 何度も繰り返して結果を得るというのか。

「いや、君の世界で言えば、科学実験と言うよりもプログラミングのデバッグに近い作業だ。成功すればその部分の修正は、つまり実験はもう必要ない」

 俺と同様に、どこかの世界の勝手な行動に振り回される犠牲者はもういないということか。

 誰かが、特に俺にとって大切な人が、例えばおやっさんが巻き込まれることがないなら、それでもいいか。

 俺は死んだのか。

 まあもともと、もう何十年も前に失っていてもおかしくない命だったのだ。

 それでもまだ30年と少しというのは短い気もするが、流行りの小説通りに転生するのであればもっと長い、むしろ得なのかもしれない。

「実験が成功すれば、だが」

 どういうことだ?

「過去にも実験は行なわれ、そして失敗したから修正を施して再実験を繰り返している、と言うことだ。君と同じく捕まり意思疎通が取れた意識はあるが、過去の事件で捕まった意識は転生に失敗し、通常通りの死を迎えた。成功したときには先ほど君に尋ねたとおり、望みを叶えるつもりだったし、もちろんそのために要望は受け付けた。だが転生自体ができなければ全てはなかったことになる」

 俺の知り合いを巻き込むな。絶対に、今回は失敗するな。

「それは正に神のみぞ知る、と言ったところだな。神などいないのだが、面白い表現だ。いや、不謹慎だったか、失礼した。それで、君は、何を望む?」

 かなり腹が立ったが、怒りをぶつけようもない。

「失言だった、申し訳ない。思考を読んでいるようなものなのだ。その感情は我々の実験が失敗しかねない要因としてかなり危惧している」

 感情のこもらない謝罪を聞いてより怒りがこみ上げてきたが、実験の失敗と聞いて一瞬で冷めた。失敗したら、再実験が行なわれ、それはつまり知り合いが巻き込まれる可能性を示すのだ。

 どうでもいいやつなんてどうでもいい。俺を捨てた親とか。見た目で過剰に怖がってくるやつらとか。

 でも、そんな俺を受け止めてくれる大事な人が、被害に遭うのは許せない。……それが自分にも遠因があるというなら、なおのことだった。

 深呼吸をしようとして、体すらこの場にはないことに気がついた。どうやって見て、聞いているのか気になったが、それすら脇に置いて、望みとやらを考えた。

 食っていければ何でも良いような気がする。

 行く先の世界にもよるが。

「君たちの世界を調べ、そしてよくある創作物を考えた。検討の結果、君たちの世界の創作物でよく見られるような、ファンタジーと呼ばれる文明レベルと技術を持つ世界観をベースとした世界を用意している」

 剣と魔法があり、冒険者ギルドに貴族とかそういうヤツか。

「概ねその認識で合っている」

 鉄板なのは言語理解とチートな能力値と言ったところだろうか。あまりやり過ぎると逆に生きづらそうだが。ほどほどというのが分からない。ああ、異世界でも慣れた服と道具は欲しいな。最低限、生きていくための環境さえあればそれでいい。

「前の被験者はもっと無茶な要求をしたものだが。いいだろう、他にはないか」

 挨拶がしたい。

「……なんだと?」

 自分が異世界に行った後のことは自分だけのことだから、どうでも良いとは言わないけど、高くは望まない。それよりも、お世話になった人には、少なくとも育ての親と言っても良いおやっさんには、早く逝き、看取ってもらわなければいけないことを謝っておきたい。

「君の生きていた世界への干渉は……」

 それが条件だ。

「いいだろう、実験には失敗するかもしれないが、2週間だけ命を延ばしてやろう」

 実験に失敗する可能性が上がるのか?

「捕まえた意識をもとの世界に戻すことは、我々の世界と我々自身によって確かめられている部分ではある。だが、君の世界とそこに生きるものの意識では当然実験をしていないから、応用できるかは完全には保証しきれない。また、復活が上手くいかなくても転生の部分に関与することはない。それでもよいのか」

 失敗のリスクが高くないなら。そして失敗するようなら、そもそも俺は単に死ぬだけなのだろう? 復活が出来なくても転移の実験は行なわれ、転移の実験に失敗したら俺が拒否しようが再実験は行なわれる。であれば、巻き込みの可能性が上がることも下がることもない。そうだな?

「その通りだ」

 なら、それを詫びを受け入れる条件にする。

「分かった。実験手順の入れ替えに、君の世界で数秒だけもらう」

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