28
全話分で書き溜めていた分を全て消化していたので、間に合って良かったです。
ロゼ率いる5人組と、その後ろから俺たち2人が森を行く。普段の俺たちは、洞窟を出てから梨の木を経由して小川に出る以外は決まったところを通ることがほとんど無いから、彼女らがどうやって現在地と目的地を把握しているのかが気になった。
「出発地へ戻るだけですから、来るときとは正反対の方角に向かって、コンパスを見ながら歩いているだけですわ。来たときに目印にした物も記録してありますし」
ロゼは荒い紙に書き付けた目印の一覧を見せてくれた。
こちらの世界に正確な地図などないらしい。国土がよく整備された日本とは違うから、地図と照らし合わせることなくコンパスの針が示す方角へ歩いている。少しずつ遠いところへ目標となる木や地形を目指しながら、たどり着いたらまた新たな目標を定めてそこへ一直線に向かう。
そうやって短時間の休憩を挟みながら、そろそろ暗くなってくる頃のことだった。
「ねえノリさん、何かついてきてるよね」
ずっと黙って歩いていたヒデが突然後ろから言った。
「なんだろうな、気配からしてクマかな」
俺も気がついていたが、まだかなり遠くだったから放置していた。
「少しずつ近づいてきてるけど、対処しなくて良いの?」
「今回は狩りをしに洞窟を出て来たわけじゃねえからな。食わねえ物をわざわざ仕留めることもねえだろ」
「……ちょっと待って。クマですって?」
気の抜けた俺たちの話に、ロゼが緊張をにじませながら割り込んだ。
「うん、そうだと思う。冬眠明けだからまだ動きがのろいみたいだけど、ついてきてるよ」
「村や町までついてこられちゃ大変だわ。今のうちに撃退しましょう」
なるほど、人の多いところに獣が出たら、被害が大きくなりそうだ。ずっと山暮らしだった俺たちには欠けている視点だと思った。
ロゼの決めた方針に従い、その護衛である4人も迎撃のしやすそうな場所を選んで立ち止まる。
「坊主、どれくらいで追い付かれそうなんだ?」
「うーん、もうすぐだと思うけど。こっそり後を付けているつもりだったのに迎え撃たれそうなことが分かって、動きが速くなったみたい」
「なんだと」
5人の間には緊迫感が漂っている。やがて藪を揺らしながら現れたのは、2メートルくらいありそうなクマだった。
「ブラックベアーの成体だ! まともにやり合えば俺たちには手が余る、なんとか追い返すことを考えるんだ」
ハンバーが指示を出すと、護衛の3人が口々に応えた。
「私も援護します。足を止めますので、その間に一撃を入れてください!」
ロゼがその後ろから声を掛けると、何やら呪文のような物を早口で唱える。
すると、ロゼがクマに向けた掌から顔に向かって小さな火の玉が飛んで行った。火の玉を追うように他の4人が獲物を手に駆け出していく。
顔には当たらなかったものの避けきれず、火の玉はクマの左肩に命中した。熱さか痛みか、大きく吠えた。無事な右腕が大きく振られ、防いだ盾ごと先頭にいた護衛の1人が大きく吹き飛ばされる。仲間の無事を確かめる余裕もなく、隙ができたクマに斬りかかった。
そんな攻防を後ろから俺とヒデは並んで見ているだけだった。
かといって何もしないのも憚られたので、受け身を取れずに地面へ墜ちる盾持ちが余計な怪我をしないように、周囲の地面を魔法で適度に柔らかくして受け止めてやった。
「結構強そうな人たちだと思ってたんだけど、何かそうでもないよね? あんなのただのクマじゃん」
拍子抜けしたようにヒデが日本語で呟く。
「俺たちが常識外れなのかもしれん」
「そうかも。ああ、その斬り方したら食べる部分が減っちゃうのに」
どうやら効いたらしい一撃を見て、ヒデが文句を言う。
「中途半端な手負いになったら、追い返すどころか逆上しそうなもんだけどな」
「確かに。って言ってるそばからあれは不味くない!?」
振り下ろされたクマの腕でまともに頭から1人が殴られ、その場に崩れ落ちた。追撃を食らいそうになったところで、ヒデがクマの足元を泥濘ませてバランスを崩す。
「手を出したんだから、ちゃんと仕留めるところまでやれよ」
「いいの? じゃあサクッと」
俺の秘密主義に付き合うつもりだったらしいが、自分でやりたくてうずうずしているのは手に取るように分かっていた。許可を出してやると、嬉々として魔法を練り始めた。
先ほどはバランスを崩しただけで転ばなかったクマの足元の土を掘り落とし穴に嵌めると、出た土で目隠しをする。急に視界が奪われて混乱しているクマの顎を狙って圧縮空気を当てると、全身を震わせて後ろに倒れ込んだ。最後に頭が来る位置へ枕のようなとがった岩を拵えて、クマの自重でとどめを刺す。
ヒデの魔法を隣から見ていた俺には、やり口を知っているし何がどうなったのかはよく分かった。しかし、それまで戦っていた彼らからすれば、5人がかりで苦労していたクマが急に転んであっけなく倒されてしまったのだ。荒い息をつきながらも、何が起こったか分からず戸惑っている。
「魔力を感じたけれど……あなたたちが何かしたのかしら」
後衛として俺たちと同じく離れたところにいたロゼだけが、なにかに気付いた様子だった。
「うん、ちょっと土いじりをしてみた」
あっけらかんとヒデが答える。
「気絶している間に絞めて血抜きしないと、美味しくなくなっちゃうよ」
何でも無いように続けた言葉に、彼女は唖然としながら倒れたままのクマを見つめる。
「食べるつもりなの? そういえばさっき食べないから道とか行っていたけれど、普段からああいうクマを倒して食べていたの?」
「うん。冬の間は冬眠しているから最近は食べてないけど。臭みはあるけど、煮込むと結構いけるよ。そろそろ日が暮れるし、夕飯に丁度良いんじゃないかな?」
「そ、そうなの……凄いわね」
ロゼだけでなく、まだ肩を上下させているハンバーたちからも畏れるような視線を向けられた。
今夜はここで野営することになった。魔法で土をいじって、かまどづくりやテントを張るための整地をする。
普段のように俺たち二人だけでやるよりも、ベテランの冒険者である4人が加わったことで、クマはあっという間に解体されて、肉に変わった。俺がリュックに入れている調味料だけでなく、ロゼがヒデを伴って森から集めてきた香草も一緒に大きな鍋でクマ肉を煮込んでいく。
「来たときとは大違いだな」
ハンバーが呟いた。
「人数も増えたしな」
「そうじゃねえ。たった二人増えただけなのに、何でも無いように魔法をポンポン使いやがる。野営なのにこんな立派なかまどまで使って料理を拵えて、寝るところだって寝返りを打つたびに背中へ石が突き刺さることもなさそうだ」
「普通なら、町の外で夜を過ごすのはできるだけ避けたいものなのに、美味しいものを食べて、よく寝られて。充分に疲労が取れそうだわ」
どうやら異常に快適だと言いたいようだ。
「夜は普通に獣が襲ってくると思うが、寝てて良いのか?」
「ロゼさんはいいんだ、夜番は護衛の仕事だからな。もし何かに襲われたら、ロゼさんの護衛である俺たちはお前らを後回しにしなきゃいけねえ。悪いがそっちは自分たちで対策しといてくれよ?」
それはそうだ。俺たちはロゼさん達について行っているだけで、ハンバーたちに護衛を頼んでいるわけではない。
「あー、まあなんとかなるだろ」
「ちなみに二人だけでどうするつもりなんだ」
「地面を掘ってその中で過ごす。出入口を一箇所だけにしておけば、対処できない相手から逃げるのは面倒だが、そうでない限り警戒するのも迎撃するのも楽だからな」
「地面を掘るって……それも魔法でやるのかしら?」
「もちろん。スコップとシャベルでちまちま作業する暇なんてないからな。というか、ここの整地をするときに仕込んであるぜ」
俺は整地した区画の隅に歩み寄ると、他の作業や移動の邪魔になると思って塞いでおいた穴を改めて開け直した。
「……一晩を過ごすためだけにそんな魔力を消費して、夜に襲われたときに魔法が使えなくなったらどうするつもりだよ」
ハンバーは呆れた様子で俺に聞いた。
「問題ない。これと同じくらいの規模の魔法行使ならまだできる」
「俺たちとそう変わらねえ年頃に見えて、どんだけ訓練すればそんなに魔力が増えるんだよ」
「うっかり聞き出したら面倒に巻き込まれそうね。権力闘争でも、軍事活用でも、どちらにしても国が必死になって研究しそうだわ」
「魔力の残りを気にしなくていいなら執れる手段が増えて生還率は上がりそうだが、俺は平凡な人生を生きるんだ。教えてくれなくていいからな」
ロゼもハンバーも、大げさではないだろうか。
「町の中では魔法は使用禁止だから、そう簡単にばれることはないでしょうけど。気をつけた方が良いわよ」
「忠告痛み入る」
やっぱり洞窟に引きこもっていた方が良かったかもしれない。
洞窟と人里との距離感(7話)を修正しました。




