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 のぼせないように俺も足湯にして、長い話をした。

 コップを取ってきて水を飲みながら、いつの間にか風呂場に酒やつまみまで持ち込んで、温泉から出たり入ったりしながら、俺の半生を話して聞かせた。

「遠くから来たって、ちょっと極端すぎない?」

 最後まで聞いたヒデは、呆れたような驚いたような、微妙な表情をして感想を一言にまとめた。

「嘘は吐いてねえぞ」

「隠し事の度が過ぎてほとんど嘘みたいなもんだよ」

 ぐうの音も出ない。

「教科書は役に立ったろ?」

「ってことは、日本語ってこの世界の言葉じゃないの? せっかく覚えたのに使えないじゃん!」

「取説も日本語だし……」

「そうだよ! 驚きすぎて気にしてなかったけど、取説って神様からいただいた貴重な代物だったんじゃあ……雑に扱いすぎてごめんなさい神罰は勘弁してください」

 手を組んで洞窟の天井で見えない空を見上げ、必死に祈り始めた。

「本人達が、自分は神ではないって言っていたんだから気にすんな」

「そういう問題じゃないよ!」

 凄い剣幕で怒られた。

「取説が神の遺物なら、俺は神の使いってことになるけど」

「あ、それはあり得ないや。よかった、安心した」

「俺は怒ってもいいかな。いいよな?」

 輪ゴム指鉄砲を想像してヒデに連射する。

「いてててて! 痛い、痛いって!」

 風呂場ですっ裸だから、輪ゴムが直撃しまくればそりゃ痛いだろう。

 寂しさを隠すように、ヒデが湯船へ逃げるように飛び込むまで攻撃してやった。


 ロゼたちは洞窟の中に作られた家を出ると、広い本坑との分岐で待機していた他の護衛達と合流した。

「あいつらはどうでしたか。何か分かりましたか」

「ひとまず私たちへ、すぐに危害を加えるようなことはないでしょうね」

「だが、秘密主義なのか、隠さなければいけないことが多いのか。ほとんど自分たちのことはしゃべらなかった。信頼はしない方が良さそうに思った」

 家に居る間はずっと聞き役に徹していたハンバーは、護衛の立場としての感想を他のメンバーに伝える。

「私も自分たちの情報を与えなかったのでおあいこですけどね。とりあえず、今晩はこの洞窟の入口辺りで野営しましょう。夜の森を歩くのも危ないですし、森の中で危険な獣と出くわすことはありませんでしたが、来るときに寄った村では大型の獣が多く棲むと聞きました。洞窟の中に入ってこないという彼らのいうことを鵜呑みにするわけではありませんが、それでも警戒しなければいけない方向が限られる洞窟の中で過ごす方が安全でしょう」

 雇い主であるロゼが示した方針に、護衛達は同意する。手分けして炊事や寝床の準備を始めた。


「リーダー、そろそろ寝ましょう」

 食事も済み後は寝るだけとなってから、夕日の明かりを使って書き物をしていたロゼに、ハンバーが声を掛ける。

「あら、結構暗くなっていたのね。集中していたから気がつかなかったわ」

「夜の見張りは俺たちでやりますので、リーダーはしっかり睡眠を取ってください」

「分かりました。何かあったら、すぐに起こしてくださいね。もう私に身分なんてないのですから」

「ええ、起きなかったら水を掛けてでも起こしますよ」

 立ち上がり、強ばった腰を伸ばしたロゼが少し笑った。

「それで構いません。お願いしますよ」


「おはようございます。まだこの時間じゃ寒いし暗いな」

「おはようさん。洞窟に住んでいるわりには、早起きだな」

 まだ暗いうちに聞こえてくるささやくような小さな話し声で、ロゼは目を覚ました。

「もう体に染みついてるもんでな。不寝番か?」

「ああ、俺たちにとっちゃ、ここはよく知らない場所だ。全員でグウグウと寝るんじゃ気が張ってよく寝られねえ。なら誰かが起きて見張っているという安心感があった方が、全員にとって休めるってもんだ」

「はあ、そういうものか」

 ロゼがこっそりとテントの入口を少し開けて外を窺うと、どうやら見張りをしていたハンバーがノリと名乗った男と話をしていた。

 恐ろしい顔をして、牛らしき尻尾とそれに見合ったほどよく筋肉と脂肪に包まれたがっしりした体に、ロゼからすれば見慣れない裾が大きくたるんだズボンを穿いている。上半身に着ている服は動きやすそうだがポケットが多くついていて、作業をするのに便利そうだ。彼は胸のポケットから指先だけで取り出した細長い物を口に咥え、続いて出てきた小さい道具でその先端に火を点けた。

「それはなんだ、煙草か」

「ああ。この辺にもあるのか」

「なくはないが、あんまり見ねえな。そもそもパイプに草を摘めて使うもんじゃねえのか。そうやって丸ごと燃やすのは初めて見た」

「パイプ煙草なあ。たまにならいいが、面倒くさいんだよなあ」

 長く煙を吐きながらノリがのんびりと応えた。

「子供はどうしたんだ」

「まだ寝てるんじゃないか。俺は歳のせいか長く寝られねえんだが、あいつはまだ若いからな。雨が降り続いて翌日が暇だって分かってる日にゃ、平気で半日とか起きてこねえ」

「若者の特権だな」

「うらやましいこった」

 隠れて見ているロゼは、昨日の印象ではお互いにまだ緊張していたような二人が、今は意外と打ち解けているような印象を持った。

 ノリが短くなった煙草をもみ消すと、持っていた袋から漏斗のような物を取り出し、粉を入れて小さなやかんの上に置いた。金属らしきものでできた水筒から少しずつ水を注いでいる。少しずつ反対側の山の上が明るくなってきて、どうやら湯気が立っているのが見えた。

「良い匂いがしているが、今度は何を始めたんだ」

「コーヒーって言うんだ。苦いが、お前も飲んでみるか」

「酒じゃないなら、頂いてみよう」

「護衛中に朝から酔っ払うわけにはいかねえよな。……ロゼさん、と言ったか。あんたも起きてるんだろう。眠気覚ましに一杯、御馳走しようか」

 ノリはロゼのテントには背を向けたまま話しかけてきたから、気付かれていないと思っていたロゼは驚いてしてしまった。

「いつからお気づきになって?」

「そういうのには敏感な質でな。他の連中は休めるときに休むのが仕事だからか、野営に慣れているのかまだ寝ているようだが、一人だけ起きているような気配がしたんだ。なら、起きている可能性が高いのはロゼさんだろうと考えたまでだ」

「なるほどなあ、ノリと言ったか。そういう目端が利くところは、冒険者に向いていそうだ」

 ハンバーは感心したように呟いた。

「世辞だとしても、本職に褒められるのは悪い気がしねえな」

「よく知らない相手に使ってどうする。本音だよ」

 ロゼは寝袋から出ると、外套だけ羽織ってテントの外に出た。まだ寒い時期でほぼ服を脱がずに寝袋に入っていたから服も暖まっていたのに、外の空気があっという間に温もりを奪っていく。

 ノリから手渡されたカップからは湯気を立てる良い匂いがしていたが、ロゼはやかんから注がれたその液体の黒さに口へ含むのを躊躇した。

「毒とかなら入れてねえよ」

「いえ、そうではなく……暗くてよく見えないから」

「そうか、毒味がいるな」

 同じようにカップの中身を見つめていたハンバーが我に返ったように言った。弱い朝焼けの光でなんとか見える表情は少し引き攣っていたが、意を決して一口だけ啜った。

「うっ……苦いな!」

「そういう飲み物だ。慣れれば旨いし、目は覚めるのに体が暖まるだろ」

「驚きはしたが、嫌いな味ではないな」

 ロゼも息を吹きかけて冷ましながら、少しだけ口に含んだ。とてつもない苦みを感じるとともに、何物にも例えがたい香りが心地よく鼻から抜けていく。

「なんでしょう、不思議な飲み物ですね。もの凄い苦みの中に、果物のような風味を感じるわ」

「よく分かったな。果物の種を火で焙り、挽いて粉にした物なんだ」

 ノリが湯を注いでいた漏斗の中身を二人に見せる。

「初めて飲んだわ。故郷から持ってきたのかしら」

「……いや、魔法で作ったんだ」

 話すべきか少し考えたノリが答えた。

「私たちの知る魔法とは、やはり大きく異なるようね。でも御馳走してくださったお礼に、あまり詳しく聞き出すのは控えておくわ」

「そうしてもらえると有り難い」

「飲み食いするものは味が肝心であって、入手方法や値段なんて怖くて聞けねえからな。うっかりすると味が分かんなくなっちまう」

 ハンバーも茶化すように言った。

 ロゼは自分の何気ない質問に少しだけ強ばらせた他の二人の肩が弛緩したのに気がついて、ロゼはすぐに相手のことを探ってしまう癖を反省する。

 ノリが新しい煙草に火を点ける。

 コーヒーの香りと煙の匂いが不思議と心地よく混じり合う。

 言葉なく、熱いコーヒーを息で冷ましながら、反対側の山の上から空が明るくなっていくのを、三人は並んで眺めた。

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