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 寝たのは遅かったはずだが、ほぼいつも通りの時間に目が覚めた。

 とはいえ正確な時間が分からないので、寝床から洞窟の入口まで出てきて、太陽がどのくらいの高さまで上がっているかを見ているだけだ。こちらの世界に来た秋頃と比べればかなり日が短くなっているので、谷を挟んで反対側の稜線から少し上に朝日が見える時間だということは、1~2時間は遅くに起きているのだろう。

 現場でコーヒーを入れるのに使っていたキャンプ用のコーヒーメーカーに魔法で作ったペーパーフィルタをセットして、粉を入れる。熾火になっていた炭火をおこして沸かしてきた湯を静かに漏斗へ落としていく。やがて独特の香りが立ち上り、コップ一杯分のコーヒーが溜まった。息を吹きかけ飲み頃まで冷ましながら、お代わり用としてケトルにもマグカップ2~3杯分を淹れた。

「せっかく牛を見つけたのに、どちらも雄牛だったな。どうせなら雌牛もいれば、新鮮な牛乳が手に入っただろうに」

 ブラックも好きだが、2杯目は牛乳をたっぷり入れたカフェオレにもしたかった。

 つい数時間前までは朝日を隠していた反対側の山脈は、上の方が白くなっている。マグカップから立つ湯気も空気の冷たさ故か、なかなか消えずに空へと薄く上っていく。鳥の声も聞こえない静かな朝だった。煙草に火を点けるために開けたオイルライターの蓋からキンッという音が遠くまで響く。

 作業着で地べたにあぐらを掻く。尻に開けた穴から飛び出る牛の尻尾を、無意識に踏みつけないよう横へ流せるようになっていた。

 寒さで冷えていく手がかじかまないよう温かいコーヒーで充たされたマグカップを右左と交互に持ち替える。ゆっくりと天頂へ昇っていく朝日が朝日でなくなっていくさまを、自分以外の音がしない森の縁からずっと眺めていた。

「おお、さぶっ」

 煙草数本とコーヒー2杯を飲み干したところで、暖かい物を飲んでいたのに体が冷えてしまった。炊事場に戻って朝食の支度をすることにした。

 かまどへ新しくくべた薪を舐める火に、ふいごで空気を送って一本丸ごと食わせる。成長した炎が安定するまでの間に、米を磨ぐ。

 最初は生木を燃やして煙が目に染み、換気はされていても洞窟の中で火をおこして料理をするなんて考えられなかった。ヒデを拾い、そんなことも知らないで今までどうしてきたのかと呆れられながら色々教わって、薪は少し乾かして使えばかなりマシになることを知った。

 磨いだ米を多めの水と合わせて土鍋に入れ、かまどに乗せる。強火で沸騰するまで加熱し、沸騰したら水分が飛んで湯気が出なくなるまで弱火で冷めないように保温する。

 火を弱くするときに抜く薪を使って、今日はモツを煮込もうと思う。

 リュックから紙に包まれたままの牛もつを取り出すと、冷たい湧き水でよく洗い、ついでに絡まった腸をほどいたり、各臓器に傷みや目に見える大きさの寄生虫がついていないかを見ておく。

 洞窟の外の土を使って魔法で作った大きめの寸胴鍋にぶち込んだ牛もつに、輪切りにした多めのショウガと長ネギを加え、水道の蛇口をひねってそれらが浸かるくらい水を溜めてかまどに用意した。

 水道は洞窟の壁からこんこんと湧く水を樋で取り回し、一度木枠で作った水瓶に溜めてからパイプで取り回して作った。シンクを取り付けたときに、ひねれば出て、止められる水道が欲しかったのだ。

 準備をしていると米を炊いている土鍋が吹きこぼれた。弱火を維持できる量を残して他の薪を寸胴鍋の下に移動させる。モツも吹きこぼさないといけないため、薪を追加して火を強くする。

 これだけの強さの火を保つために沢山の薪を燃やし、それなりの煙や湯気が出ているというのに、そのほとんど全てが洞窟の壁の隙間から抜けていく。どこへ抜けていくのかは分からないが、天然の煙突効果で換気に心配しなくていいのは助かる。

 モツをゆでている鍋が沸騰ししばらく煮た後、ざるに上げて水洗いをし、大根を銀杏に、人参を半月に切って、等と手順をこなしていると、気がつけば起きてきたヒデが台所をのぞき込んでいるのに気がついた。

「あたまいたい」

「二日酔いだな。飯は食えそうか?」

「匂いだけでダメそう。……何コレ」

 流しに置いておいた透明な小石をみてヒデが聞く。

「下ごしらえをしているときに、心臓と肝臓から見つけた」

「……それってもしかして、魔鉱石じゃないの?」

「魔道具の素になるとか言う、アレか」

「素って……味の素じゃあるまいし」

 料理の味付けのため、この世界にはないだろう化学調味料も作ってある。

「珍しいのか」

「うーん、迷宮の魔獣だから、あって当たり前だと思うけど。それで、心臓とか肝臓とか言ってたけど、朝っぱらから何作ってるの?」

「もつ煮だ」

「無理、今は絶対食べられない」

「まだ作り始めたばっかりだ、まだ食えねえよ。味噌汁と、そろそろ米が炊けるから少しだけよそってやる。いっぺん風呂に入ってきな、たくさん水を飲みながら、汗を出すように浸かるんだ」

 足を引きずりながら返事もなく、ゾンビのように台所を出て行った。

 小さい鍋に少しだけ汲んだ水をモツの隣で温め、沸騰直前に火から下ろして、あく抜きなどの下処理をして乾かしておいた山菜と味噌を入れて味を調える。

 ヒデの茶碗に炊きたての米を少なめに盛ると、汁椀に味噌汁を注ぐ。

 火から目を離しても安全か改めて確かめると、盆に載せた食事を持って風呂場へ移動した。

「入るぞ」

 返事を待たずに風呂場の扉を開ける。土気色をした顔で無気力に俺の方を向いた。

「慣れないくせに、急に呑むからだ。ほら、食える分だけでいいからちょっとは口を付けろ。水だけ飲んでると塩分が足りなくて結局ぶっ倒れるからな」

「何でそんなこと知ってるの」

「飲み会があると大抵みんな翌朝はぶっつぶれやがるから、俺しか介抱してやれる人がいないなんて事がよくあったんだよ」

 おやっさんは呑んでいるときには潰れないくせに、決まって二日酔いにはかかるのだ。俺は逆に潰されても翌朝に残ることはほとんど無かった。他の連中は俺たちより弱かったから、事務所兼我が家で呑むと、夜の介抱はおやっさんが、翌朝は俺が世話をするのがお決まりのパターンというヤツになっていた。

「ノリさんもあれだけ呑んでたはずなのに、何でけろっとしてるのか意味が分かんないよ」

 風呂に浸かりながら味噌汁を啜るヒデが恨めしそうに言った。

「体質の違いだろうなあ。あとはなんだ、年季ってとこか」

 俺と呑み合える奴が現れたとおやっさんは嬉しそうにしていた。それまで毎度潰されていた専務には有り難そうに拝まれた。

「僕もそのうちいけるようになるのかな」

 湯煙が流れていく風下に移動して煙草に火を点ける。

「そればっかりは飲み慣れてみないと分からんが、無理することないぞ」

 正直、それほど期待もしていない。酒はなくても生きていける。

「ごちそうさまでした。案外食べられたよ」

「お粗末様、そりゃよかった」

 くわえ煙草で盆に載った食器を台所へ置きに行って、火加減と鍋の様子を見て風呂場に戻る。

 その手が代わりに持ってきた一升瓶とコップを見て、ヒデが目を剥いた。

「ちょっ、まだ呑むつもりなの!?」

「付き合うことねえぞ、どうせ出かけないなら、温泉に浸かりながら器を傾けるのもいいんじゃないかと思いついただけだ」

 元の世界では休みの日でも酒を入れることはなかった。いざというときに車を出せないと困るからだ。こっちの世界に来てからも、普段なら日の高いうちは仕事をしているし、そもそも酒を持ち込んでいなかったからこの発想はなかった。

「ダメな大人だ……」

 この世界でも、日中から呑むのはあまり褒められたことではないらしい。

「たまにはいいだろ」

「好きにすればー?」

 呆れたような目でヒデは投げやりに言った。

 着ていた作業着を脱ぎ、かけ湯をしてから温泉に足を入れる。湯船近くまで引いた水道からコップ一杯の水を汲み、もう一つのコップに日本酒を注いだ。

「もしかして、このためにわざわざ水道をこっちにも引いたの?」

 疑うようなまなざしを向けられたまま聞かれた。

「そういう意図はなかったけどな。湯が熱すぎて入れないことがあったら困るから、埋めるために持ってきただけだ。酒なんて存在自体がすっかり頭から抜けてたからな」

 日本酒を飲みながら、浸かっている温泉で濡れないように気を遣い煙草を吸う。なんと贅沢なのだろうか。

「ふーん。何でもお見通しなのかと思ってた」

「んなことはねえよ」

「まーそうだろうねー! 怖い顔が緩んでるはずなのに、むしろいつもより凄みが出てるよ。こんなの子供に見せたら大泣き確定だし、予想してたらそんなにならないよねー」

「分かった、お前が子供代表として泣かされたいんだな。いいぜその喧嘩、買ってやるよ」

「ごめんなさい失言でした睨まないでチビりかけた」

「湯船の中で漏らしたらただじゃおかねえ」

「だから顔が怖いって!」

 全く、すぐ調子に乗るようになりやがって。

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