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 外が暗くなり、冷たい風も出てきた。

 気候が日本と似ているなら、梨が生っていたということは今は秋だろうか。

「今日からは、入口じゃなくて風呂場の手前の部屋で寝るからな」

「えっ、暗くない?」

「寝るなら暗い方が良いだろう。必要なら自分で光の魔法を使え」

「ずっと魔法を使い続けなきゃいけないの? 魔力切れになりそう」

「それも訓練だ。使っていればそのうち成長して、容量が増えるらしいからな。辛くなったら俺に言え」

「分かった」

「魔力切れにならなさそうなら、尻尾も出しておくんだぞ。いざというとき、同時に一つしか魔法が使えないんじゃ困ることがあるかもしれねえ。常に2つ3つの魔法を展開する練習をしておけ」

 俺は自分の牛の尻尾を揺らしながら言った。

「まだそんなの、出来ないよ」

「尻尾の魔法は使っているのを忘れるくらい馴染ませておけ。出しているのを忘れてたら、懐中電灯を使っても意識して使う魔法は一つだけになるだろ」

「僕はノリさんみたいに昔から使ってたわけじゃないし、魔法に慣れてるわけじゃないんだぞ」

「何言ってんだ? 俺だって魔法を初めて使ってから未だ1週間も経ってねえぞ」

 ヒデは目を丸くした。

「……そうなの?」

「おう。ここに住むようになって、必要だから取説で勉強したんだ」

「やっぱり僕もトリセツを読めるようになりたい」

 そうだった。

「それは明日からだな、ちょっとやり方を考えてやるよ」

 小中学校の教科書を各学年分と、漢字ドリルでも作ってみるかと考えた。


 それからの数日は、朝からウサギやイノシシを狩りに出かけ、一度戻ってきて腹ごしらえをした後は材木に適した木を選んで伐採した。元の世界では材木に製材するところから家を建てていたわけではないが、木材工場での加工は見学させてもらったことがあったし、何よりこの世界には魔法がある。念じれば、あっという間に切り倒してきた木が欲しい木材に変わる。電動工具の代わりにしては万能過ぎる。

 魔法は使えば使うほど自分自身に馴染んでいく。より現実を書き換える規模が大きくなり、発動が早くなり、そして同じ事をやるために使う魔力が減る。魔力の源になる食事に困らなくなったから、狩りにも土木工事にも、俺とヒデの魔力が枯渇しかけるまで毎日働いた。

 洞窟の通路に扉を据え付け、荒い石材のような床を板敷きに変える。風呂場には広すぎる空間は仕切りを建てて、台所と脱衣所を設けた。台所には木でシンクを、土でかまどを作り、魔法で耐久性を高める。本当ならアルミ製の流しを作りたいところだが、金属の鉱石は未だに見つかっていない。

 たき火から炭をシャベルで掬い、自然に換気がされている風呂場の片隅に用意したかまどへ移す。魔力の消費を実験したとき、何かを与えてそれを違うものにする方が効率的だということが分かった。材木の端切れや、解体した動物の捨てる部分を供物のように捧げ、米に味噌や醤油などの調味料を大量に用意した。どうやらこの方法なら、消費する魔力が摂取した栄養を上回ることはなさそうだった。


 ある日の夕飯のときだった。

「僕はこんなに色々もらってるのに、何にもノリさんに返せていないよね」

「お前、そんなこと気にしてたのか」

「するよ! 逃げ出した奴隷にとって、拾ってそのときだけ食わせてくれただけでもその人には一生かかっても返しきれない恩があるんだよ。それなのに、食べる物の用意はしてくれるし、いろいろなことを教えてくれるし」

「俺だって、お前から動物の解体を教わってるぞ?」

「あんなの田舎の村で生まれれば誰でも出来ることだよ。でもノリさんが教えてくれることは、都に出て親方に弟子入りしたって学べないようなことばっかりじゃないか」

 俺の子供時代から比べれば本人のやる気があるからマシだろうが、日本語に建築技術に魔法にと、教育ママによる放課後の習い事漬け並みにヒデは様々なことを勉強している。

「なら、俺がいつか歳を取って動けなくなったら、お前の稼ぎで食わせてくれや。今は自分の出来ることからやっていけばそれでいい。出世払いってやつだ」

「でも……」

「今いくつまで同時に魔法を使えるようになったんだっけか」

「尻尾と懐中電灯と何かだから、3つかな」

「じゃあ分かった、明日からは5つだな。猫耳も生やして、そっちでより遠くの音を聞こえそうだから、索敵の魔法も出来るようにしろ」

「3の次は4じゃないの!?」

 ヒデは俺の示した教育方針に目を剥いた。

「なんだ、それじゃ不満なのか。ついさっき、何も返せていないとか言ってたのはどこのどいつだろうな?」

「言ったけどさ……」

「足りないなら、そうだなあ。教科書を増やしておいてやるから、明日からは算数と理科も勉強しろ。もちろん日本語で書かれた教科書だからな」

「そんなあ」

「正直に言うとな、今のお前じゃまだ色々と物を知らなさすぎるんだよ。まだ子供だからしょうがねえんだけどな。俺が一人で出来ないことが出来るようにならなきゃ、恩を返してもらいようが無いんだよ」

 そもそも返ってくるとも思っていないが、それは今の段階で言っても誤解されるだけだろうから言わない。

「なにが出来れば一人前の大人になれるのかな」

「そうさなあ。魔法で俺が暮らすための家を建てられるようになったら、てとこかなあ」

 魔法がある世界なら、重い材木でも一人で浮かばせて運んだり、一人が支えてもう1人が固定するといったことも一人で出来たりする。

 俺は元の世界で家を建てることを飯の種にしていたから、やっぱり基準がそこにあるらしい。

「……がんばる」

「まあ適当にやれや、お前の人生なんだから好きに生きてけ。それより、腹は一杯になったのか。食わねえならその肉は俺が頂くぞ」

「えっ、ダメだよ! 美味しそうな部分を後に取ってあるだけだから!」

「なら冷める前にとっと食っちまえ、冷えて固くなったら不味くなるだろ」


 生活環境も大方整った。

 どんどん冷えていく空気と赤くなっていく木の葉から季節の変わり目を感じていたが、ついに今朝は雪が舞っている。

 獣もあまり遭遇しなくなってきたことを考えると、そろそろ後回しにしていた迷宮の探索を始めてみても良いかもしれない。

「あっ、雪だ。今日は狩りに出かけないの?」

 朝飯後の一服をしながら洞窟の入口で外を見ていると、片付けが終わって出てきたヒデが後ろから問いかけた。

「お前、洞窟の奥は行ったことあるか?」

「何か広いところに、この先迷宮って看板があったね。もしかして」

「おう、今日はそっちへ行ってみようかと思ってな。俺も迷宮とやらには入ったことねえんだ」

 そういうと、ヒデは何かを考え始めた。

「迷宮って……外とは違う魔物がいっぱいいて、お宝が見つかることもあるけど危険だって、村にたまに来る冒険者の人たちが言ってた」

「そうらしいな。お宝のことはあるか分からんから置いといてだ。俺たちが強くなるのには良い訓練になるんじゃないかと前から思ってはいたんだ。棲む場所も良い感じに仕上がってきたし、これから冬になると森に出ても食える物がどれくらい捕まえられるか分からない。試しに1回潜ってみて、迷宮の魔物も食えるのかを調べておいても良いかもしれない」

「装備はどうするの? 冒険者はみんな鎧を着て武器を持ってたけど、僕らにはないよね」

「その代わりに俺らは魔法が使える。それだけでどれくらい役に立つか確かめるところまで含めて、行ってみようと思う。お前は家で待ってても良いぞ」

「僕も行くよ! もし中で何かがあってノリさんが帰ってこなかったら、まだ僕1人じゃ一人で生きていけないもん。だったら1人より2人の方が危険は少ないよね」

 おいていかれるかもしれないと思って、慌ててヒデは俯いていた顔を上げた。

「そうか。なら出かける準備をするぞ」

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