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 久しぶりに肉を食った。もとより、貧乏暮らしで質より量派だったこともあり、こんなに肉だけを食ったのは死ぬ前を思い返してみても、俺の誕生日におやっさんが焼き肉の食べ放題に連れて行ってくれた時くらいしか記憶にない。

 焼き肉のタレって旨いんだよなあ。野菜炒めを作る時だってあれを回しかければ味が決まるお手軽調味料だしなあ。魔法で作っちまおうかなあ。

 満腹になったばかりなのにそんなことを考えていたら、また腹が減ってきてしまうような気がする。大人と子供が一人ずつしかいないのに、思いのほか肉の量が減ってしまった。うっかり食いすぎて満たされてしまったせいで、余計なことをあれこれ考えてしまう。

 仕事終わりの一服もいいが、食い終わったときも捨てがたいなあ。ああ、コーヒーが欲しいなあ。

「そろそろ大丈夫だろ」

「なにが?」

 隣で明らかに膨らんだ腹をさすりながら壁にだらしなくもたれていたヒデが言った。

「魔力が回復してねえかな、って」

「そんなすぐには戻らないらしいから、まだ駄目」

 母親かよ。

「でも、お前も食後の甘い飲み物、欲しいだろ」

「甘い……?」

 聞いている限りの文明レベルであれば、特産地でなければまだ砂糖は貴重品のはずだ。季節のせいかもしれないがこの辺りはそれほど暑くもないし、サトウキビがあるかは知らないが、産地ではないだろうと思う。

 実際にヒデは悩み始めた。

「少しだけだからね」

「へいへい」

 誘惑には勝てなかったらしい。

 俺が自販機で買うピーチネクターとブラックコーヒーを想像すると、が紺と聞こえるはずのない音がして、どこからともなく2本の缶が落ちてきた。

 ひょいと拾ってヒデに投げてやる。

「うわっ……て、冷たあ!」

 ナイスキャッチしたのに取り落としている。

「冷てえ方が旨えからな」

 咥え煙草で缶コーヒーのプルトップを開けて一口飲む。うん、これだこれ。

「お前は飲まねえのか」

「飲まないっていうか、飲めないっていうか……これ、どうやって開けるの?」

 感を舐めながら変な味がする、とつぶやいた。

 プルトップの開け方が分からないらしい。考えてみれば当たり前で、この世界に缶に入った飲み物なんてあるはずがない。

 知らなくても見れば分かると思ったのだが、開けたところを見せてやる。

「この部分を上に起こして……そうだ」

 コツさえつかめば片手でも指で開けられるようになるが、慣れない仕組みに苦労している。

「ちょっとこぼしちゃった」

「最初はそんなもんだ、いいから飲んでみろ」

 中が見えなくて不安そうに小さい飲み口を睨んでいたが、意を決したのか口をつけた。

「あっまあ! なにこれ!?」

「どうだ、俺の国の飲み物は」

「なんか果物の味がするけど……どんなに甘くても果物の甘さじゃないよ。なんでこんなに甘いの? もしかしてこれすごく高いんじゃ」

「いや? このコーヒーと同じ値段だぜ。こっちも飲んでみるか」

「うん……うわ、こっちはあり得ないくらい苦い……こんなもんばっかり飲んでたら舌がおかしくなっちゃいそう」

「そういう人もいるなあ」

 何にでもマヨネーズやら唐辛子やらをかけないと物を食えない人を思い出して軽く言ってやったら、ヒデは深刻そうな顔でネクターの感を見つめていた。

「僕、もうこれいらない」

「冗談だ、たまに飲むくらいじゃ癖にはならねえから」

 まあ、びっくりするよなあ。自然の、下手すると品種改良もまだそれほど進んでいない果物しか食べたことがないのに、こんなにだだ甘なジュースを飲んだら。

「ねえ、その煙が出るのもよく咥えているけど、それも美味しいの?」

「うまいぞお。これがなきゃ、俺は生きていけねえな」

 なんせ、三十路で脳梗塞になっても、退院したその足で煙草を買うためだけにコンビニへ直行してもらったからな。

「それも一本……」

「ダメ。お前みたいなガキにはまだ早い、大人になったらな」

「ガキじゃないもん」

「大人がいないと生きていけねえっつったのはお前だろ」

「そうだけどさ」

 まあ俺も、二十歳になる前から吸っているし、この世界の成人年齢も知らないし、そのうち害をきちんと教えてからそれでもというのならいい、かな。

 深く吸い込んだ煙を長く吐き出しながら思った。

 ここは日本ではない。


 食休みが済んだら、魔法の訓練を始める。

 俺もだが、俺だけではない。どちらかというと、ヒデに魔法を覚えさせたかった。

 俺がいなくても一人で洞窟を歩き回れるように、懐中電灯の魔法くらい使えるようになって欲しかったのだ。

「僕には魔法は使えないって言ったよね」

「使えないってのは、使い方を知らないっていうことか? それとも使おうとしたけどできなかったのか?」

「僕の村じゃ使える人なんてほとんどいなかったし、魔法が必要になることもなかったんだ。そもそも、魔法はある日突然、使えるようになるんだ。使えない人が、さあ覚えようと思って覚えられる物じゃないんだけど」

 取説に書いてあることとヒデが言っていることが食い違っている。誰でも使えるはずじゃないのか?

「ここで俺と一緒に住むなら、絶対とは言わないが必要だ。俺がいない間に、洞窟を歩き回れないと困るだろ」

「ノリさんがいなくならなければいいじゃん」

「そういうわけにはいかねえ。寝てるときに小便したくなったらどうするんだ。俺は起きて一緒に連れて行って、なんてしねえぞ。朝まで我慢するのか?」

「……」

「使えるようになって困ることはねえだろ。騙されたと思って、やってみろ」

 取説は日本語で書かれているから読めというわけにはいかない。いや、中身を見せてはみたのだが、案の定というべきか、ヒデには読めなかった。言語理解はあくまで俺の能力であって、取説にはかかっていないらしい。

 この世界の住人には解明されていないこの世界の仕組みも書かれているらしいから、誰にでも読めてしまっては問題かもしれない。魔法の覚え方もその一つなのかもしれない。

 入門者向けの尻尾を生やす魔法からやらせてみる。

 疑いのまなざしを俺に向けつつ、うんうんとしばらく唸っている。

「この辺の先から、自分の体の一部が伸びているんだと思い込んで見ろ」

 尾てい骨の先を触ってやる。しばらくすると、小さいが猫の尻尾を生やすのに成功した。

「出来ちゃった……」

「可愛いじゃねえか、似合ってるぞ」

「……うるさい」

 可愛いと言われて照れているのか、それとも慣れない魔法の感覚に疲れたのか。自分で初めて魔法を使った感動は薄いようだ。

 不意に素早く手を伸ばして尻尾をつかんでやった。

「ふぎゃあ!」

 まさに猫の尻尾をつかんだような声を上げた。

「ほら、消えちまったぞ。集中が足りねえな」

「突然尻尾をつかむなよ! びっくりした! なんか変な感覚で、漏れるかと思った」

「漏らしても自分で始末しろよ」

「ノリさんのせいで漏らしたらノリさんに片づけてもらうから」

「へっ、やなこった。じゃあもう一回やってみろ、今度はいたずらしないから」

「ほんとだね」

 不意打ちで捕まれまいと、俺に背中を向けないようにしながら再び集中し始めた。

 今度はすぐに、先ほどよりも質感の確かな猫の尻尾が飛び出した。付け根は白くて、先端と点々としたぶちは黒い。ヒデは体をよじって尻尾を見つめながら、ぴょこぴょこと尻尾を動かしながら感覚を確かめているようだ。

「な、お前でも魔法が使えたろ? やってみて良かったじゃねえか」

「なんで……? なんでノリさんは魔法を使えるようにするやり方を知ってるの?」

「俺もこれを読みながら覚えたんだ。俺に出来るならお前に出来たっておかしくねえだろ」

「僕もその本? を、読めるようになりたい」

 日本語で書かれているからなあ。

「じゃあその日本語とか言うのが分かるようになりたい」

「試したいなら好きにしろ。だが、多分魔法よりは大分難しいと思うけどな」

 外国人が日本語を覚えるのは難しいと聞く。3種類の文字を使い分け、文法や語順も違う。この世界の言葉の仕組みは、俺には翻訳能力があるせいでよく分からないが、日本語と似ているのだろうか。

「他人事みたいに言って。暗号の解読をするわけじゃないんだから、ノリさんが教えるんだよ」

「どうしてわざわざ俺がお前に日本語を教えなきゃいけねえんだよ!」

「だって日本語が分かるの、ノリさんしかいないじゃない」

 あいうえおから始めればいいのか? これは取説であって教科書じゃない……教科書?

 煙草が作れるなら、教科書も持ってこられるんじゃないか?

「どうしたの、黙り込んじゃって」

「ああ、いや。なんでもない。よし、尻尾が出来たところで、次は懐中電灯だ」

 俺が懐中電灯代わりに使っている薪より少し細めの薪を選んで手に握らせた。

「懐中電灯って、木の棒を光らせるヤツ?」

「そうだ。その薪の先っぽを光らせてみろ」

 俺も自分用の薪を持って、やってみせた。

「尻尾はなんとなく想像できたけど、木が光るとかそもそも意味が分からないんだけど」

 目の前で見せた物をイメージするのは話で聞いただけよりも想像しやすいはずだ。

「意味なんてどうだっていいさ。結果として、こんな風にただの薪の先が光るのは当たり前のことなんだと思え」

 ヒデは眉を寄せると、しばらくして蛍のような光が薪の先端を包んだ。

「出来た」

「明るさを変えたり、色を変えたりしてみろ。洞窟の中で歩いたり作業したりするのに十分なくらいになったら風呂場まで行ってみるぞ」

 まだ魔法が安定していない。蛍のように薄緑色の弱い光かと思えば、カメラのフラッシュのように一瞬だけ明るくなったり、夕日のように真っ赤になったりする。

「力を体の外へ、ずっと同じように出すのが難しいな」

「そうさなあ、笛とか吹いたことないか」

「笛? ピーって鳴るヤツ?」

 ヒデは懐中電灯の魔法を中断して、持っていた薪を地面に置くと指をくわえて口に含み鳴らした。

「そう、それだ。指笛は上手いな。出る音を変えられるか?」

 首だけで頷きながら、音を高くしたり低くしたりしてみせた。

「じゃあ、さっきとは反対に、同じ音をずっと続けるならどうすればいい」

 ぴー……。

「吐く息の勢いを変えなければいい」

「同じ事を魔法でもやってみな」

「うん」

 薪を持ち上げぼうっと光を灯すと、少しずつ目指す明るさと色に近づけていく。やがて光の変化が止まり、俺の懐中電灯と同じくらいになって変わらなくなった。

「上手いじゃねえか」

 頭を撫でてやる。

「……えへへ。出来た」

「そのままにしてろよ?」

「えっ、何……ぎゃははは」

 俺は足でヒデが逃げられないように捕まえると、脇腹をくすぐってやった。ヒデは大笑いして体をよじり、合わせて懐中電灯の色と明るさが変わる。

「そのままって言ったじゃねえか」

「無理だって……あはははは……もう無理……ひいひい」

「3秒同じ光が続くまで止めねえぞ」

「ぎゃはは……鬼! 悪魔!」

 1~2秒ならくすぐったいのを堪えて、顔を真っ赤にして集中しようとするが、簡単にはできないらしい。

「ひとーつ、ふたーつ、ほら、また暗くなってきた」

「たす、たすけてーぶはははは、げほっげほ」

 笑いすぎて噎せている。

「しょうがねえな、今日はこれで勘弁してやるよ。くすぐられながら10秒間、光を維持できるまでは、毎日訓練するからな」

 仰向けに寝っ転がり、大笑いさせられて上がった息を整えている。

「さっきは3秒でいいって言ったのに!」

「今日は、3秒だな。それすら出来なかったのに、なに言ってやがる」

「そっ、そんな怖い顔したって、もう慣れたからね」

 生意気なことを言いやがって。

「ぁんだと?」

 凄んでみた。

「ごめんなさいもうしません」

 即座に居住まいを正し謝られた。

 少しすっとしたが、悪人面を自覚してむしろ凹んだ。

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