17
落ち着いた頃合いを見計らい、帰るぞと声をかけた。
「ごめんなさい」
「何が」
「森の中で、狩りをして血抜きもしない獣のそばで、あんなに騒いじゃったらいろいろ集まってきちゃうかもしれないのに」
「なにも来なかったんだから気にしてねえよ」
正確には、ウサギやキツネなどの小動物は寄ってきたのだが、俺が一にらみしてやるとすぐにどこかへ逃げて行った。動物相手でも通じる悪人面ということが分かり、喜んでいいのか悲しむべきなのか、複雑な気持ちである。
「すぐに血抜きをしなかったから、きっと臭くなってるよね……」
「クマなんてごちそう、俺は食ったことがねえからなあ。クマの味なのか臭みなのかなんて分かんねえよ。さっさと処理して持って帰るぞ」
とはいえ、俺には血抜きも解体もできないのだが。
「じゃあ、ナイフ貸して」
「は?」
「切るのに必要だから」
全く考えていなかった。
慌ててリュックを下ろし、ごそごそと漁ってみるものの、大型のカッターナイフしか出てこない。入れた覚えがないのだから当たり前だ。
「これでいいか?」
試しに聞いてみたが、なんだこれという顔をしてヒデは呆れている。
「ちょっと小さいし、薄くてすぐに折れそう」
「だよなあ」
仕方ない。さっきの立ち眩みはきっと魔力がいよいよ足りなくなってきたせいだと思うが、魔法でナイフを作ろう。
刃渡りや形などを聞き、イメージを膨らませる。ナイフが手の中に現れた瞬間、やはり少し目の前が暗くなった。
「……大丈夫?」
「何とかなる。碌に飯を食ってねえせいだ。今晩は腹いっぱい食うぞ」
まだ体が出来上がっていないヒデだけではクマが大きすぎて手に余るから、ところどころやり方を聞いて手伝いつつ、食える肉を分けて余った内臓などは穴を掘って埋めた。こうしないと、いろいろな動物が血の臭いに釣られて寄ってきてしまうらしい。シャベルやスコップはリュックの中に持っていた。
リュックの中に持って帰る肉をしまい、洞窟へ帰る。
「すごく顔色悪いけど、本当に無理してない?」
心配そうにヒデが俺の顔を覗き込む。
実は無理している。立って歩くのがやっとだった。
「平気だ、さっさと料理して食っちまおう。お前も腹減ったろ」
「……」
「……んだよ」
「なんでもない」
凄んでみせても慣れてきたのかビビる気配もない。それとも迫力が足りないのか。
「火を熾してやる。串焼きにでもするか、一口大に切って刺しておいてくれ」
「いい、炭の熾火になっているだけのかまどなら、それくらい僕だけでもやれる。ちょっと休んでて」
キャンプくらいしか経験のない俺とは違い、手際よく慣れた風に炭から薪に火を広げ、あっという間に強い焚き火になった。切っただけの肉を串に刺してあぶりながら、俺のリュックから鍋を取り出した。適当に水を入れ、適当に俺が採ってしまっておいたいくつかの山菜とともに肉を煮込み始める。
「このリュック、すごいね。手を入れて思い浮かべるだけで、何がどのくらい入っているのかすぐに分かるんだ。こういう魔法のカバンって、値段も高いんじゃないの?」
「どうだったっけなあ」
もらいものだなんて言えない。それに、思い浮かべるだけで入っているものが分かるだと? そんな機能がついていたのか。
「ちゃんと臭み消しの野草まで入ってるし。なのになんで解体のやり方は知らないの?」
ローリエみたいなハーブがあったらしい。
「……」
「まあ、いいけどさ。変なご主人様に拾われたもんだなあ」
「だから、俺は主人とかじゃないし、お前は」
「もう奴隷じゃない、でしょ。昨日からもう何度も聞いたよ」
「だったら間違えるんじゃねえ」
「冗談だよ。はい、出来た」
焼いていた串の一本を地面から抜いて俺に突き出した。
「お前から食べろ、子供だろ」
「子供だから一人じゃ生きていけない。守ってくれる大人が魔力切れで戦えなかったらすぐに死んじゃう。だから食べて、早いとこ回復してもらわなくちゃ」
俺に慣れてきたのかと思ったら、急によく口が回るようになりやがった。
「それとも何、奴隷が作ったものは自分で毒見してからじゃないと口にできないとか?」
「んなことねえよ」
痛いところを突きやがって。
睨みつけながら串を受け取り、頬張った。
「あふ、あふふふ」
熱かった。口の中を火傷した。
「なにやってんの」
ヒデが呆れて見ている。
「早く食え、回復しろとかお前が言うからじゃねえか」
「言いがかりだよ」
ごもっともだった。
ヒデは少し小さめに切った肉を刺した串を抜くと、ちゃんとふーふー冷ましてから食べ始める。
「ちょっと、臭いかなあ」
「そうなのか? クマなんて初めて食ったから分からん」
こういう風味でこういう味なのだと言われれば、納得できる味だった。
「今度は仕留めたらすぐに血抜きを始めるよ。だからもう……その。大怪我しないでね」
「油断してたってわけじゃないが、次はもっと安全に倒すようにする」
「うん」
しんみりしてしまった。
「ほら、なくなったぞ。次のはどれだ」
「あ、ちょっと待って」
大人げないやり方だが肉を催促して空気を変えた。




