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「そうさな……。秀樹、ってのはどうだ」
「ヒデキ? ……変な名前」
変だとさ。まあいいけど。どうせ俺は命名下手なんだ。
「優秀な人に、木のようにまっすぐ育って欲しいという意味だ」
「名前に、意味? おじさんのところにはそういう風習があるの?」
子供の名前に意味を持たせるのはそういえば日本の文化なのか。そういえば、外国の名前ってどうやって付けていたんだ?
「そうだ。呼びづらかったらヒデとかデキとか、適当に省略して呼んでもらえ。因みに俺は則行っていうんだ、ノリと縮められる事が多かった」
「ご主人様はご主人様だよ。だって僕は奴隷だよ? 主人を名前で呼ぶなんて出来ないよ」
「俺は別に主人になったつもりも、お前を奴隷として扱うつもりもない。ノリ、でいいぜ。別にさんを付けられて敬われるような出来た人間でもないしな」
「……でも奴隷紋も彫られてるし、見つかったらきっと他の人から罰を受ける」
「なんだそれ」
彫るって言うと、あの胸の記号みたいなやつか。
「温かい池、風呂だっけ、入れさせてもらったときに見たでしょ? 奴隷は、主人に対してあまりに不敬なことをしているときは、それを見た他の人でも働くのに支障がない範囲であれば主人に断りなく罰を与えることが出来るんだ」
「どうやったら消せるんだ」
「消すって?」
きょとんとして首をかしげた。
「奴隷じゃなくなったときはどうするんだ? ずっとあったら困るだろう」
「消せないよ、そういうときは上から塗りつぶすんだ。そもそも一度奴隷落ちした人間が解放される事なんてほとんど無いし」
そのうち払いきれる額なら借金奴隷になることもなく紙の証文を書けばそれで済むし、罪を犯した場合でも同様に短期間で許される程度であれば犯罪奴隷にはならない。
ヒデは、家族にも、田舎の出身では普通に働いても、返す見込みの立たない額だったため、奴隷になったらしい。代金を受け取ったのは家族に対してだから、具体的な額は分からないそうだが。
「この辺の人じゃないなら知らないのかな。体に何か刻まれているのは忌まわれるんだ。逃げ出した奴隷をそうとは知らずに雇ってしまって本来の主人とトラブルになることのないように消せないようにするんだから。嘘は簡単につけるけど、入れ墨は簡単に消せないからね。それでもまだ、犯罪奴隷は罪の重さによって見えるところに入れるけど、借金奴隷は服を着れば隠れるところに法律が変わったからマシだけど」
最近は風潮が変わってきたものの日本でも銭湯に入れないなどあまり歓迎はされていなかったが、こちらではもっと強い忌避感があるようだ。
日本ではどうやって消すんだったか。
「表皮を剥がして皮膚移植とか聞いた覚えもある。……ちょっと試しにやってみるか」
「痛いのはもうヤダ!」
呟いたら、掛け布団を被って防御した。
「あると困るんだろう」
「入れる時もすごく痛かったのに、剝がすって言ったよね!? 絶対、もっと痛い奴だよね! 奴隷紋を勝手に消すのも犯罪だからそんな痕は誰も治してくれないよ」
「俺が治せばいいんだろ?」
「教会の神父様でも怪我を治す魔法はいっぱいお金を取るくせに難しくてきれいに治らないのに、おじ……ノリさんにできるの?」
治療魔法もあるのか。難しいらしい、と。
「試したことはないけど、多分できると思う」
よく分からない神みたいな連中が、俺の魔法への親和性は高いと言っていたし。
「できないかもしれないのに痛い思いをするのはヤダ!」
目じりに涙までためて言われちゃ無理強いするのも躊躇われる。
「じゃあこうしよう。俺がお前の前で、自分の体で怪我を治してみせる。それを見て判断してくれ」
「……怪我を治すって、どこか悪いの?」
「いや、別に今はどこにも怪我は負っていないが」
ヒデは不安そうにした顔をすぐに、何言ってんだこいつ、という目に代えて俺を見る。
いい加減に短くなった吸いさしを指先で摘まみなおし、反対の手の甲に火を押し付けた。じゅっ、という音とともに肉が焦げる嫌な臭いがする。痛いというより熱いだが。
別に印象で間違われるだけで不良とかじゃなかったから、根性焼きとか初めてやった。
「ちょっ、何やってんの!?」
「治して見せるために怪我をした」
「分かるけど……いや自分で傷つけるとか分かんないよ! 治すだけなら昨日枝で擦ったかさぶたがいっぱいあるのに」
「ああ、そういえばお前の体は生傷だらけだったな。それも後でやってみよう。じゃあ早速だが、治してみるか」
傷のない状態はもちろん、見えている皮膚の表面だけでなく、見えない皮下組織の細胞が分裂して傷を置き換える様子を強くイメージする。
体の内側が猛烈に痒くなってくるが気にしない。すると、すぐに火傷の部分が盛り上がってきて、分厚いかさぶたのようになり、そしてポロリと皮膚から剥がれ落ちた。汚れも落ちてむしろ少しだけきれいになったような見た目で、さっきまでやけどがあったことなど全く分からない。
地面に落ちた火傷の部分を拾ってヒデを見てみると、唖然とした顔で俺の手を見つめていた。
「悪魔って、人間より魔力が強くてすごい魔法を使うって聞いたことがあるけど、本当だったんだ」
「知らん」
俺は人間のはずで、少なくとも悪魔ではないはずなんだが。
「無事に治ったな、足の擦り傷からやってみるか。ほら、布団から足を出せ」
「えっ、でも……」
本当に嫌らしい。つい昨日まで会ったこともなかった人間に自分の体をいじくりまわされるのだから、それもそうか。
「いいから出せ、すぐに洗ったわけでもないんだから、膿んだり破傷風になったりしたら大変だろ」
嫌そうに被っていた布団をめくり、なまっちろいがりがりの足を俺に向けた。
「僕は奴隷だから……ご主人様に逆らっちゃいけないから……」
だが、奴隷や主人という認識は早いうちに改めてもらわないとな。
俺の膝に乗せるべく足首をつかむと、ピクリと震えた。
「悪魔じゃないって言ってたから……」
俺を悪魔と誤解しているのも、だ。
少しばかりいたずら心が芽生え、我慢できずにやってしまったのが失敗だった。
「先にちょっと味見してみるか」
聞こえよがしに呟いて、つかんだ足の指先を軽く咥えてみたのだ。
「ぎゃあー!」
思いっきり大声で悲鳴を上げられ、どこに隠していたのかと驚くぐらい力いっぱい蹴りつけられた。
「ごめん、すまん、本当に悪かった。いい加減に機嫌を直してもらえないだろうか」
「……」
無事に手足や背中の傷を治し、胸の入れ墨もきれいに消して、生まれたばかりのようにきれいになった全身を洗ってやりながら、俺は風呂場でもずっと謝り続ける羽目になった。




