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 こうして、元の世界で子供の頃おやっさんに拾われた俺は、異世界に来て子供を拾ってしまった。

 風呂で大泣きした後、泣き疲れてそのまま眠ってしまった少年を抱えて、洞窟入口に戻る。布団を敷いて寝かせてやる。

 洞窟奥の、温泉の手前にある部屋を寝室代わりに使いたいのに、なかなか入口から引っ越せないでいる。少年には光を出す魔法が使えないようなので、光源もない洞窟の奥へ一人で寝かせるわけにはいかないと思ったのだ。

 電化製品がまるごと持ち込めなかったから、恐らくこちらの世界には、似たような技術が無いのだろう。代わりになる魔法を使った道具が発達してはいないのだろうか。梨をシャクシャク食べながら、取説を読み進めていく。

 電話帳ほどもある分厚さでなかなか読み応えがある。小説が無いか、あっても街に行っていないため手に入らない今の状況では、良い時間つぶしだ。時計がないから正確な時間も分からないが、太陽の位置から考えるともう昼は過ぎていそうだ。今から狩りに出かけるのも、行って戻ってくることを考えると随分遅くなってしまうだろうし、少年の目が覚めたとき、そばに誰もいないのは少し可哀想な気もして、今日は出かけるのをやめた。

 どうやらこの世界にも化石燃料はあるらしい。元の世界では石油や石炭、天然ガスと呼ばれていたものだが、石炭はともかく他の2つは鉱山から掘り出されてもまだ活用方法が無いらしく捨てられているそうだ。資源に悩まされてきた元の世界を考えると些かもったいなく感じられる。

 魔法を起こすための燃料となる鉱石もあり、電池のように利用することが出来る。こちらは魔物の隊内や、鉱石という形で産出されている。

 魔鉱石と呼ばれるもので、見た目は中が濁った水晶のような石だが、魔力を豊富に含んでいる。使い切ったら魔力を込め直して充電池の様に使ったり、また魔法そのものを取り込ませて魔道具に変えたりすることが出来るという。粉末状に加工して飲み薬のように服用すると、魔力ポーションのようにも使えるらしい。

 通常の魔法は6番目の感覚により使う事が出来るが、これは体を動かすのと同様に食べたものが魔力に変換されて消費される。人間を含め意思ある生き物は基本的に誰でも魔法を使うことが出来る。

 魔物と動物の違いは魔法が使えるかどうかだが、どんな動物でも使い方さえ理解していれば魔法を使える。発酵と腐敗の違いと同じで、単に人間にとって便利だから言い換えているだけのようだ。

 そう考えれば、少年が自分には魔法を使えないと言っていたのは、魔感とも言うべき感覚器に障害を持っているのか、それとも単に使い方を知らないだけなのかは確認してみた方が良さそうだ。

 魔道具に関しては、まず魔鉱石を用意しないと話にならない。気は進まないが、洞窟奥の迷宮に潜ってみれば見つかるかもしれない。

 そして子供を養うのであれば、稼がなければならない。金銭もそのうち必要になるだろうし、売れる物や食い物をどう調達するのが良いだろうか。

 洞窟の前を開墾して作った畑で魔法で取り寄せた種から作物を育てるなら、栄養として食う分よりも魔力消費が上回ることはないのか。そもそも魔法での取り寄せにどれくらいの魔力を消費し、何をどれくらい食べるとどれくらい回復するのか。ゲームと違い、MPが数値化されているわけではないのだから、色々試してみるほかあるまい。それとも案外、キロカロリーで示されていた熱量のように、取説に書かれていないだけで何か量の単位があるのだろうか。


 少年が起きてきたのは反対側の山が赤く染まりかけてだった。

「おはよう」

 声を掛けてやると、少年はびくりと震えた。

「お、おはようございます」

 どもってもいた。俺の顔はそんなに怖いだろうかと少し落ち込んだ。

「よく寝られたか。食うもんは梨しかないが、それでも食ってくれ」

「……えっと、あるんですか、ないんですか?」

「梨って言う名前の果物がある」

 この世界では何と呼ばれているのだろう。

 世界が違えば食い物の名前が違うのは当然かもしれないが、翻訳能力はその辺りには効かないのだろうか。考えながらもリュックからまだ新鮮な梨を4つ出した。

「包丁もないから丸かじりだが。好きなだけ食え」

 丸い実を不思議そうに手の中で転がしている。

「初めて見ました。僕がいた気に生っていたヤツだよね」

「おう、そうだ」

 手本を示すように俺は実にかぶりつく。芯を避けて回しながら食い進めると、恐る恐るまだ小さい口で食べ始めた。

「真ん中の部分は食えないからそのまま外に捨てておけ。鳥かなんかがつついてどこかへ持って行くだろう」

「分かった」

 話題もなく、黙ってシャクシャクという音だけが聞こえる時間が二人の間に流れる。


 2つずつ食べて、それから話をする時間だ。

「まず、お前の名前を聞いておかないとな」

 ずっと少年としか呼んでこなかったが、一緒に暮らすなら名前を聞いておいた方が良いだろう。

 それほど考えて口にした問いではなかったが、少年は言いよどんだ。

「僕は奴隷だから……奴隷に落ちたときに名前は捨てるんだ。奴隷商人は番号で呼ぶから、なザック73って呼ばれてた。買われたときに、新しい主人が名前を付けるか、もしくはその主人の奴隷としてまた番号が振り直されるかする。なので今の名前はない……ありません。あれ、そういえばおじさんはこの辺りの人じゃないんですか」

「ため口で良いって言ったろう。俺の生まれた国ではそもそも奴隷なんていなかったからな。知らなかったとはいえ無神経だった、すまん」

「いえ、良いんですけど……良いけど。でも名前なんて付けちゃうと余計な愛着が湧くんじゃないの? 僕をいつか……その、殺すときに」

「え、なんで俺がわざわざお前を殺さなきゃいけないんだ」

「だって肥え太らせて食べるんだろ? まだ痩せてて不味そうだって……」

「食うって、そういう意味じゃねえよ!」

「他にどういう意味があるの?」

 ピュアでつぶらな瞳でまっすぐ見つめられながらそんなことを言われたら……くそっ、新しく禁断の扉を開いてしまいそうだぜ。なんだかんだ言って俺の成人を待って事に及んだおやっさんの我慢強さに今更ながら尊敬する。

「まあ……大人になればそのうち分かるさ。それよりお前の名前だ、俺が付けていいのか」

「村にいたときの名前はもう呼ばれたくないし、番号はもっと嫌だし。おじさんさえそれでいいなら」

 名付けって苦手なんだよなあ。おやっさんの発案で社用車に名前を付けて可愛がれ、それで丁寧に乗れってときにも、ダサいだの呼びづらいだの散々貶されたっけ。

「なあ、煙草吸ってもいいか」

 日本とは違うが、子供の前だから一言断っておく。

「なにそれ」

「煙の出る嗜好品……なんていうかな。俺の趣味だ」

「よく分からないけど、どうぞ?」

「じゃあ遠慮なく」

 取説を読みながら無意識に吸い付けていたから、いまさら聞いたところでアレだが。一本咥えて火をつける。

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