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本日2話目です。

 おじさんが力任せに藪を掻き分けて道なき道を進むのを、後ろから黙ってついていくと、崖に空いた洞穴が現れた。昼までも中は真っ暗で、たいまつの用意もなさそうなのに迷いなく入っていく。

 外からの明かりが差さなくなるあたりで、突然おじさんが手に持っている木の棒の先端が明るく光った。いくつかの分かれ道をついていくと、煙の充満した池のある暖かい部屋に着いた。

「おっちゃんは魔法使い様なの?」

 光の魔法だと思う。悪魔みたいなのに、神聖な魔法が使えるのか。

「魔法使いってのがどういうものだか知らねえが、俺は魔法を使う訓練をしているだけだ」

「素質が無いと、誰でも使えるわけじゃないんだよ」

 現に僕の村では何人かしか使えなかったし、使っているのを見ても、せいぜいが日常生活をちょっと便利にする、会ってもなくても一緒くらいの魔法ばかりだった。

「まあその辺の話は後でゆっくりしようぜ。服を脱げ」

 おじさんは来ていた見慣れない服をぽんぽんと脱ぎ捨て、あっという間に裸になった。全身にがっしりとした筋肉がついている。

 言われるがまま、上着とズボンを脱いで下着だけになる。

「どうした、シャツも脱いじまえ」

「……どうしても脱がなくちゃ、ダメ?」

「脱がないでどうやって体を洗うんだ」

 少し迷ったが、碌に濡れ布巾で拭くことも出来ず、垢のこびりついた体を洗える欲求には勝てなかった。

「あんまり見ないで……恥ずかしいから」

 シャツを脱いで露わになった僕の上半身をおじさんが見て、また怖い顔になった。

「恥ずかしいって……そりゃ悪かったな。理不尽な目に色々我慢して耐えてきた勲章だと、俺は思うがな」

「奴隷の証として彫られた胸の紋を間近に見て、不愉快に思わない人がいるわけないよな」

 小さくそう呟いた。

「聞こえなかった、もう一回言ってくれるか」

「何でも無いよ」

 どこかピントの外れた励ましにむかついた。やっぱり、見ず知らずの他人に奴隷の証や背中の傷跡を見られるくらいなら、体を洗うのは諦めた方が良かったかもしれない。

「なら、そこへ俺に背中を向けてしゃがめ。目はつぶってろよ」

 指で示されたのは、池から溢れた水が流れているところだった。流れる水に足を浸すと、水が温かくて少し驚いた。後ろを向いてしゃがみ、目をつぶると、待っていたかのように木桶で池の水を汲んで頭からぶっかけられる。

 この水も冷たくない。池自体が温かい水で満たされているようだった。

 だから冷たいのを警戒して気張っていたのが緩んだところで、何か冷たいものが少しだけ頭に掛けられたときは安心しきっていてビックリした。おじさんの太くてごつい指が、僕の髪をかき回す。強い力で指が時々絡んだところに引っかかるのが痛い。

 何度か大量の温かい水をかぶせられ、冷たい水を掛けられて髪をかき回す作業が繰り返されると、白い泡が髪から生まれてくるようになった。垂れ落ちてくる泡で遊んでいると、また大量に、念入りに泡を落とすようにお湯を掛けられる。泡が流されていくのがもったいなくてつまらなかった。

 今度は首から下を、薄い赤色をした冷たい水を取ったおじさんの手でこすられる。少しずつ肌の色が黒くなくなっていく。一度頭と同じようにこすりつけられた何かを流すように温かい水を掛けられると、2回目に薄赤色の水でこすられたところから泡が出てきた。どうやらこの冷たい水が、石鹸のようなものらしいとやっと気がついた。

「これで良し。先にゆっくり浸かってな。ちょっとお前の体には深いかもしれん」

 怖いけど満足そうに笑って、笑い顔さえ凶悪なおじさんが言った。

「この白い池の中に入るの?」

「おうよ、風呂に入るのは初めてか」

 これが風呂というのか。

「……貴族の屋敷では、わざわざ沸かしたお湯を張った桶に入るって聞いたことはあるけど」

 村長から話だけは聞いたことがある。

「それみたいなもんだ。だがこれは俺が沸かしたわけじゃなく、地面から出てきた温かい水が勝手に池に溜まったもんだ。水を温めた風呂より、気持ちいいんだぜ」

「ふーん」

 地面から出てきた水、というと、温かい井戸みたいなものなのかな。

 少し深いと言われたこともあり、掃除のために井戸に入るときのようにゆっくりと足の先から白く濁った池に入っていく。どれくらい深いか分からないのが凄く怖かった。

 ……そうか。井戸に入れるというのは、一番簡単に自分の手を使わずに人を殺す方法だ。

 やっぱり、悪魔は人間の子供を食べるんだな。そりゃ、人間だって掘り起こしたジャガイモは、ついている泥を落としてから料理する。きっと悪魔も同じなのだ。

 久しぶりに全身が綺麗になってちょっと嬉しかったのに。

 池の底を気にせず、体を支えていた手を離して体を丸め、静かに池へ飛び込んだ。

 息を止めて我慢するがそう長くは続かない。一度噎せて鼻の中に水が入ってくると苦しくて咳き込むが、せめて死ぬときくらいは自分の意思で死にたかったから、頑張って我慢する。

 急に水が揺れたが、浮き上がらないように強く両腕を掴みながら苦しみに耐えていると、脇を捕まれて引っ張り上げられた。

 顔が水の外に出ると、体が勝手に空気を求めて咳き込む。

「何やってんだ」

「僕を食うにも汚いままじゃ不味いから、体を洗ったんじゃないの?」

 だっておじさんは悪魔だよね。悪魔にとって人間は天敵であり、御馳走のはずだ。

「誰がてめえみたいな食うとこもねえヒョロガリを食うかってんだ」

 やっぱりおじさんは悪魔で、人間を食べるんだ。

「風呂に入れって言ったんだ、てめえをてめえで料理の下ごしらえしろなんて言った覚えはねえぞ」

 おじさんにとって僕はまだ不味くて食べ頃ではないらしい。

「ほんとに……俺は生きてていいの?」

 それでも、商人の奴隷から、悪魔の家畜に、替わっただけだとしても。

「当たり前だろ」

 その言葉が嘘でも。

 怖い顔なのに悲しそうなおじさんを見てしまったら、信じてもいいんじゃないかと思えてきてしまう。

 頭の中で、期待するとそれだけ後が辛くなるんだぞと言う自分と、もしかしたら真っ当に生きていけるのかもしれないと期待する自分が言い合いをしている。

 もう何が何だか分からない。後から思い返すとちょっと……いや、かなり恥ずかしく、見ず知らずのおじさんの前で大泣きしてしまった。

次回からは主人公の語りに戻ります。

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