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 4回目の藪漕ぎで、だいぶ道の跡が付きつつある森を抜けて洞窟の温泉まで戻ってくると、泣き止んだ少年が目を丸くしている。

 汚れた顔に残る涙の跡が痛々しい。

「おっちゃんは魔法使い様なの?」

 光の魔法が珍しいらしい。

「魔法使いってのがどういうものだか知らねえが、俺は魔法を使う訓練をしているだけだ」

「素質が無いと、誰でも使えるわけじゃないんだよ」

 そうなのか。

「まあその辺の話は後でゆっくりしようぜ。服を脱げ」

 温泉に入るのに、服を着たままじゃ気持ちが良くない。せっかくならば堪能すべきだ。

 小学生か、中学に入るくらいの歳だろうか。少年の体格に合う大きさの服は当然持っていないが、俺のでも捲れば着られないこともないだろう。リュックからまだ着ていない作業服と下着を出して、俺の分と合わせて2着を濡れない地面に置いておく。

 俺が素っ裸になるのを、上半身の肌着以外は脱いで待っていた少年が見ていた。

「どうした、シャツも脱いじまえ」

「……どうしても脱がなくちゃ、ダメ?」

「脱がないでどうやって体を洗うんだ」

 そういうと、迷いを断ち切るようにシャツを脱いだ。

 胸から腹にかけて黒々とした記号のような入れ墨と、そして背中一面に鞭らしき傷が露わになった。

「あんまり見ないで……恥ずかしいから」

「恥ずかしいって……そりゃ悪かったな。理不尽な目に色々我慢して耐えてきた勲章だと、俺は思うがな」

 励ますように声をかけたら、少年はムニャムニャと何かを呟いた。

「聞こえなかった、もう一回言ってくれるか」

「何でも無いよ」

 その様子に、今以上に頑固だった誰かさんのガキの頃を思い出して俺はため息をついた。

「なら、そこへ俺に背中を向けてしゃがめ。目はつぶってろよ」

 溢れた温泉の流れを指で指し示す。今度は素直に従った。

 木桶を作り出し、汲んだ温泉を何回か頭からかぶせると、ボディーソープを手に取ってから待った紙を少しずつ梳くように洗ってやる。シャンプーも出しておけば良かったかもしれない。

 髪の絡まりに俺の指が引っかかるたび、反射的に出てしまう堪えられなかった呻きを聞くのが忍びなかった。1回では当然流れ落ちることもなく、4回目でやっと泡が立つようになった。綺麗になったが、代わりに泉の成分とボディーソープのせいで髪がキシキシしてしまった。

 続いて首から下も丹念に洗ってやる。こちらも1回目は泡が溶けて消えてしまい、濯いで2回目でやっと垢が落ちた。

「これで良し。先にゆっくり浸かってな。ちょっとお前の体には深いかもしれん」

「この白い池の中に入るの?」

「おうよ、風呂に入るのは初めてか」

「……貴族の屋敷では、わざわざ沸かしたお湯を張った桶に入るって聞いたことはあるけど」

「それみたいなもんだ。だがこれは俺が沸かしたわけじゃなく、地面から出てきた温かい水が勝手に池に溜まったもんだ。水を温めた風呂より、気持ちいいんだぜ」

「ふーん」

 恐る恐る、つま先からゆっくりと白濁した温かい池に体を入れていく。風呂に入った経験も無く、濁っているせいで明るくても池の底が見えないから怖いのだろう。

 おっかなびっくり湯船に足を付け、体を沈めていく少年を横目に見ながら俺も体を洗う。

 少しだけ、目を離したのがいけなかった。

「おい、待て。頭まで浸かるな。溺れて死ぬぞ」

 ふと気がついたら頭の先だけ出してぶくぶくと気泡が浮き上がって……いや、今止まった。

 俺は体に石鹸をつけたまま、慌てて池に飛び込んで少年を引っ張り上げた。

「何やってんだ」

 ゲホゲホと咳き込みながら、少年は言った。

「僕を食うにも汚いままじゃ不味いから、体を洗ったんじゃないの?」

「誰がてめえみたいな食うとこもねえヒョロガリを食うかってんだ」

 食うにしろ、俺は年上の方が良いし、年下にしたってもうちょっと全身に筋肉の付いた……いや、そうじゃない。

「風呂に入れって言ったんだ、てめえをてめえで料理の下ごしらえしろなんて言った覚えはねえぞ」

「ほんとに……僕は生きてていいの?」

「当たり前だろ」

 これは、何というか。自分を見ているようで辛い。

 面倒なことになっちまったが、俺がおやっさんにかけた世話を考えれば巡り巡ってきたって事だろうか。

 溜まっていた堰が切れたがごとく、本格的に泣き出した少年を放っておけなくて、俺は自分の体を洗うのを諦めた。

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