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名前つけが苦手なので、基本的にエピソードタイトルは連番です。
玄関をくぐって迎えの車へ向かうと、車の前で若い奴が待っていた。
「飯田則行兄貴、おつとめ、ご苦労様でございました」
腰を折った無駄に綺麗な姿勢での最敬礼で出迎えられる。
「フルネームを呼びながら、勝手に俺を前科者にするんじゃねえよ」
そう、俺は退院したのであって、出所したわけではない。
迎えに来た車だって、磨き抜かれた黒塗りのセダンではなく、土埃で汚れた銀色のバンだ。
「病院も、少年院も、刑務所も、狭い部屋に閉じ込められて復帰に備えてこちょこちょ作業して不味い飯が出てくるのは一緒っすよ」
奉仕労働と脳梗塞のリハビリを同一視する新入りの後輩をにらみつけた。
「だから兄貴も2週間以内に退院させろって無茶なことを言ったんすよね」
3台向こうに止まった車から幸せそうな新郎が、お腹を大きくした女性が降りてくるのを手伝っていたのに、後輩が無駄に腹から大声を出して俺を出迎えたせいで、一瞬で顔を引きつらせたのが目の端に見えた。
「ほら、余所の方が怖がってんじゃねえか」
「ただでさえ人相の悪い兄貴がガン付けるからじゃないっすか」
それは否定できない。
「……分かった、車を出してくれ」
どこへ行っても、数人は殺していそうだと言われるのにはもう慣れた。
「このまますぐ帰るっすか?」
「コンビニに寄ってくれ」
毎日の現場へ向かうときにも使うこの車に乗ったらもう我慢できない。
だが、それを知ってか知らずか、赤信号で止まったと同時に、運転席に座る後輩はどうしても許せない行動を取った。
「おい」
「なんすか……ひっ」
ちょびひげを生やし、サングラスを掛け、着崩した作業着の胸元から彫り物が見えている明らかにスジ者の後輩が、俺を見て本気で悲鳴を上げやがった。
「着くまでお前も我慢しろ、先輩命令だ」
「我慢って……煙草すか」
「その名を口にするのも許さん」
「……兄貴、本当に今まで人を殺したことはないんすよね? マジで目つきが怖いんすけど」
「いいぜ病院と刑務所が似たようなもんか試してきてやっても」
「意味が分からないっす」
「これ以上俺を不機嫌にしたら殺す」
中2で吸い始めてからの20年で初めて、2週間も禁煙している。脳梗塞を起こして救急搬送され、入院中は全面禁煙の病院内から出られず、しかし退院して自由に吸える環境に出られたのだ。
「兄貴と違って俺は頭悪いんすから、そう言ってくれなきゃ分からないっすよ。ヤニ切れでイラついているんなら、俺の1本いるっすか?」
「お前のは電子タバコだっただろ、いらねえ。少なくとも、ちゃんと火をつけて本物の煙がもくもく出る奴じゃねえと吸った気になんねえ」
たまに浮気をしてもすぐに戻る、人生の半分以上を共に過ごしたあの銘柄の、あの煙を吸いたくて堪らない。
「うっす」
その後、コンビニで念願のハイライト2箱を買い、包装を震える手でもどかしく切って、火を点けて一口吸った。
あの瞬間の、あの感動的なうまさは、一生忘れられないと思った。
プロローグの数話は10分おきに何話か連投します。