7 魔女編 ~seven beautiful sins ~
「どういうつもりだ?」
プライドは声を上げた。
私たちが悪魔バトラーによって移動した先は、荒れ果てた教会だった。
誰もいないこの場所で、私は大きく背伸びし、そのまま立ち去ろうとする。
「どうって何が?」
「私は……私は、罪人だ。何か罪を与えるつもりじゃないのか」
「罪って言われてもねえ。私は、別に本物の判事じゃないし。裁かれたければ、街に戻れば?」
「お前は、私に罰を与えないのか!? お前の友人を処刑し、罪を擦り付けたことも許すと?」
「私の友人が死んだのは、魔女だったせいだから、貴方が何かしなくても元々起こりうることだった。それに私は、ああやって公然の前で貴方の罪を暴いて、私の無罪を証明できた。だから、とっても満足してるんだけど」
「そんなわけだろ!! ではなぜ私をここに逃がした!! 罪人を裁くつもりはないのか!!」」
「そう言われてもなぁ~、私自身が悪魔と契約しちゃってるから、教会からすれば罪があるようなものだけど、罰は受けたくないし。貴方も、火あぶりなんかにされたくはないでしょ?」
あの場に残っていれば、私は聖女のようにもてはやされたかもしれない。
けれど民衆が冷静になった場合、いづれまた魔女かもと疑い出す者もいるだろう。
どちらにせよ、あんなに派手な演出をしてしまったからには、あの街で平凡な生活は送れそうにないから、こうやって立ち去ろうとしてるわけだ。
「人を殺したといっても、女性の裸を覗き見するグリドも悪いよね。しかも彼、何度も湖に足を運んでたってことは、貴方のことを何度も覗いてるわけだしさ。あとあの性欲強い神父が死んだのは、私としては別に構わないよ。生きてたら、ああやって私が裁判の真似事するのを邪魔して、今みたいな結果にできなかったかもだし」
何か言おうとしたプライドだが、しばらく考え込んでこう呟いた。
「……そうか、貴様は教会とは程遠い思想を持っているのだな」
何か納得されてしまった。
とはいえ、そんな人外相手の目をされても困るので、私はもう少し歩み寄る。
確かに私は、教会の教えに合わない生き方をしてきた。だから思想は違って当然。
美しくあることが正義だし、逆に言えば私がどこまでも清らかで美しくあることを邪魔しなければ、罪や罰なんて関係ない。
「そもそも、貴方の言う罪ってなに? 私は、貴方によって冤罪を着せられて腹が立ったから、仕返しに貴方の正体を暴いた。これで貴方は築き上げてきた職や立場を失い、あの街にはもう戻れない。これから生きるのに、とっても苦労する。これってもう十分、罪ではなくて?」
「いいや違う。殺人は、処刑をもってしか裁けない」
「そ、その通りです」
詰まった声の方向を見ると、無花果の悪魔が立っていた。
プライドが小さな悲鳴を上げた。そんな女の子っぽい声出せたんだ。
「そいつは、わ、私のご主人様を、ローザ様を死に追いやったのです。それを報いねば!」
「でも、ローザが死んだのは彼女が自ら魔女になったせいでしょ。裁くというなら、まずは彼女を魔女にした無花果の悪魔、貴方が裁かれなくちゃ。貴方と契約しなければ彼女は死なずに済んだのかもしれないし」
「そんなことはありません!!」
どもることなく、悪魔が叫んだ。
頭の果実から汁が次々とあふれ出している。
「私、私はあの方のことを思ってお仕えしました。ですから、決して、決して!!」
「そう、じゃあプライドと話して、彼女が納得するなら貴方が罰を与えると良いんじゃない?」
「!? む、無理です、無理です!!」
悪魔は震えあがった。
あまりに震えるので、周囲に汁が飛び散った。
「あぁ…そう。じゃあこういうのはどう? 貴方は自分でプライドを罰する方法が思いつくまで、彼女の側に付きまとうと契約を結べばいい。彼女は罰を求めてるし、丁度良いんじゃない?」
「で、ですが……」
「ちょっと待て、この匂い。お前もしかして、あのローザが作っていた魔法薬と、何か関係があるのか?」
プライドが口を挟んだ。
あ、気づいたのか。
「え、ええ。私がローザ様に魔法薬の知識を教えたのです。出来栄えはローザ様自身の腕によるものでしたが」
「そうか。私も使わせて貰ったが、あれはやはり悪魔の力なければ作れないものだったか」
「な、なんと!? 初耳です。一体、いつお使いに?」
「裁判前に、魔女自身が私に手渡してきた。『私にできるのは、未来への布石を打つことだけなのです』と言って、使い方を教えてくれた」
「ほ、他に何か仰っていませんでしたか!?」
「あとは、『私、美しいものが好きなのです。それがいつか、更に輝いて欲しい。私が死んだ後にも』と、言っていたな。他は魔女裁判の調書作りに関することだけだったが」
「……………そういうことでしたか」
無花果の悪魔は、何か納得した様子で、震えることをやめた。
そして落ち着いた声でこう言った。
「プライド様。私と契約して頂けないでしょうか。ローザ様の意志を引き継ぎ、私は貴方の望むものを与えましょう。貴方の罪と引き換えに」
「私に、悪魔と契約しろというのか」
「その通りでございます」
この短時間で多くの驚きを得たプライドは、混乱せざるを得ない。
だが、それまで培った男としての冷静さが、ここ役に立った。
「良いだろう。それで私の罪を贖う術が見つかるというのなら」
「契約、完了です。では早速」
パチリと悪魔が指を鳴らすと、プライドの身体が変化する。
骨格が変わり、髪は長く生えそろい、顔にうっすらと化粧がかかる、
10分としないうちに、背の高く鋭い目をしていたプライドは、ぶかぶかのコートを羽織った少女に生まれ変わっていた。
「もとの姿ではいづれ知り合いと会ったときに面倒と思い、少々弄らせてもらいましたが……ロ、ローザ様。貴方の仰る通りでした、彼女は逸材です!」
「さすがは熟練の魔女ですね、こうなる未来まで読んでいたとは」
バトラーもまた感心していた。
確かに今のプライドは、何が起きたかもわからず、ただきょとんとしている姿すら愛くるしいい。
けれどただ、見た目が良いだけでは、宝の持ち腐れだ。
「ふふ、可哀想にプライド。悪魔に女の子にされてしまうだなんて。これは今から、衣装や化粧、それに美しい所作を一杯覚えないと。とっても大変そう」
「なんだか分からないが……リィン、お前に感謝する」
「礼だなんて、いずれ返して貰うから安心なさい」
そういって、私は建物の外に出た。
長い復讐劇が終わりを迎え、ようやく肩の力を抜くことが出来る。
そこへすっとバトラーが近づいてきた。
「リィン様、流石でございます」
「何のこと?」
「確かに、社会における罪と罰、それはリィン様にとって関心がない。けれどもっと重要な欲望をお隠しになられている。あの裁判にしても、すべての真実を明らかにするのではなく、都合の良い事実と人間たちの気持ちを掴むためのものに過ぎなかった」
「……」
確かに私は、多くを話さなかった。
「ご主人様、貴方が一番望んでいたことは」
「バトラー、私は常に、自分がどうすれば一番美しくあれるのかを考えるの。罰とはいえ、人に傷をつける美しさなんて、私には必要ない。そんなの天使に任せればいいじゃない」
誰よりも、美に貪欲(gluttony))で、自らに恋焦(luxusiria)がれ、それを誇(pride)り、汚されれば憤怒(wrath)し、邪魔者を妬(envy)み、それでいて更に美しくあろうと欲張(greed)りながら、己の美以外には罪人を罰することすら怠惰(sloth)な態度をとる。
「なんて背徳的な大罪の上に存在する美。なのに、その姿は清々しいほど美しい。リィン様、私は貴方様の一生を側でお仕えさせて頂きたく思います」
「なに改まってるの? そんなの当然のことでしょう。そんなことよりこれからのことを考えましょう」
日が沈み、夜となって星々が煌めきだす。
住む家を失い、街には戻れず。
金もなければ、手元にあるのは僅かな衣服のみ。
けどまあ、なんとかなるでしょう。
この美貌があれば大抵のことは何とかなるし、悪魔という忠実な僕だっている。
不安なことがあっても、こう励ませば怖くない。
その言葉は、かつての親友が近くにいるような気持ちにさせてくれるのだから。
「そう、だって私は、魔女なんだから」
これにて完結です。
長い連載となりましたが、お読み頂きありがとうございました!