5 地獄編 ~Bring me the two most precious things in the fire~
長く空きましたが、更新です。
「プライドさん、グリドを殺したのは貴方ですよね」
「……魔女め、陳腐な推理で裁判官気取りか」
プライドと私は柵一つを隔てて、視線をぶつかり合わせた。
「屁理屈が過ぎる。が、まずなぜ俺が怪しいと踏んだ」
「そうですね……まずは」
ここで、私の処刑を見に来た時の、貴方の視線が怪しかったからだ、などと言っても説得力がない。
それがきっかけではあるけど、もっと分かりやすく。
「貴方、確か最近になって無花果を買い集めていましたよね。果物屋さん、彼はいったいいつから無花果を買い始めるようになりました?」
「え、ええとそうだな……確か一カ月くらい前、そうだ、あんたの言っている薬屋の魔女が捕まり始めたころからだ」
背後の集団の中にいた果物屋が答えた。
「その無花果、実は魔女ローザもまた薬の原料として用いていたのです。そして彼女が死に、代わりにプライドが集めるようになった。これは不思議ですね」
「ローザが薬の原料に使っていた? どこにそんな証拠が」
プライドは淡々と返す。
そう、そんな証拠など、まさか悪魔が証言したのだと真実を言ったところで、民衆を説得はさせられない。
何よりここは魔女裁判の場。真実を暴くために、時に嘘すら作り出された場所。
だから私も嘘を交えて、真実を話す。
今この場所には、街の殆どの住民が集まっている。
それは教会の人たちとて例外ではない。
だから、警備が手薄な今を見計らって、悪魔たちにはある場所へ侵入してもらった。
私は手元から薬瓶を取り出した。
「これは教会が押収したものの一つ、ローザの作った魔法薬です。効果は美貌を手に入れるだとか……まあ、それは置いといて、果物屋の主人、この薬の匂いを嗅いでいただけません?」
瓶を開けて彼に差し出すと、主人は嫌そうな顔をしながら恐る恐る匂いを嗅いだ。
「確かに、こりゃあ無花果だ。それもそこらの果汁酒なんか目じゃねえ。とんでもなく濃厚な無花果の匂いがする」
「バカな……」
プライドは表情を崩さない。
しかしその拳を静かに握り込んだのを私は見逃さなかった。
「教会内にはもういくつかありますので、これは確かに魔法薬という保証になるでしょう。それを管理していたのは亡くなった神父ですから、プライドさんは知らなかったとしても無理ないことですが」
嘘である。
確かに教会内にはローザの家にあった私物が魔女の道具として押収されていた。
とはいえ、薬の中身は殆どなく、空き瓶が転がっているのみだった。
そこで私は無花果の悪魔から果汁を搾り取り、偽薬を作り上げたのだ。
「魔女ローザは無花果を材料に魔法薬を作っていた。そして彼女が密告され刑死した後、
今度は無大量に花果を買い込むようになった男が現れた。どうでしょうプライドさん、何か匂うとは思いませんか?」
「関係ない、少しは考えろ。殺人現場に林檎が落ちていれば、今朝林檎を買っただけの男は全員犯人か? ただ一つの繋がりだけで犯人とするとは、裁判官を気取る似非ぶりが際立つだけだ」
「ではこう考えてみましょう。ローザが捕まり、魔法薬が押収された後に、彼女の薬を手に入れた男はその効能に魅力された。とはいえ、薬は量に限りがあり、それを作れる魔女はこの世にいない。そこで男はこう思いついた」
もし魔女が他にいるとすれば、そいつから魔法薬を奪うか、作り方を教えて貰えないか。
「そこで目をつけたのが、魔女ローザと親しい関係にあり、魔女と噂されるような存在。
―――つまり私ですね」
美貌を前に人から羨望と嫉妬を集めていた私は、裏での噂が絶えなかった。
そこには私を魔女とする噂もあっただろう。魔法薬を求める男は、それを信じることにした。
「そこで私を犯罪者として牢屋に閉じ込め、主人のいない部屋で犯人は魔法薬を探しまくった。ここで魔女の証拠でもあれば、私を恐喝して魔法薬を作らせる交渉もできたでしょう。しかし私は、ご存知の通り魔女ではないですから、犯人は何も得ることなく、荒らした痕跡ごと消すために私の部屋に火を放った」
お陰で集めた化粧品が炭になってしまった。
油に溶かして顔に塗ったりしたら少し美容効果が復活したりしてくれないものか。
しかし民衆から疑問の声があがる。
「しかしねぇ、いくら魔法薬が欲しいとはいえ、そんな噂程度の話を信じて殺人なんて犯すかね?」
「彼女はまあ魔女だったとしても、前に処刑された魔女と同じ薬を作ってるかなんてわからないしな……」
「どうだ、魔女。民衆に言い返してみろ」
プライドは挑発し、魔女などと呼んで民衆の心から私を引き離そうとする。
「ええ、だからこれはあくまで次いでなのです。ある目的の次いでにできたから、やったにすぎない。しかし先に話しておいたほうが、説明するのに楽だと思い、紹介したのです」
「……」
プライドはまた黙って、獲物を遠くから見張る狼のような目で私を見据える。
私のボロが出るまで、理屈に矛盾が生じるのを見逃さないようにしているのだろう。
そして隙を見せた途端、その破綻を一気に追求し、トドメをさすつもりだ。
「では、本題に入りましょう。皆さんも気にする通り、なぜグリドという青年は殺されたのか。自ら深夜に何度も魔女のいるという湖に向かい、そして殺された。そんな噂話が立てば、皆さんの中には、魔女に誑かされたと考える人もいるでしょう。そこにいる、エヴィのように」
「グゥウ!!」
唸り声で返答が返ってきた。
「ですが、こうも考えられませんか。グリドは深夜に魔女とでくわした。そして魔女はグリドの顔見知りだった。魔女は、己の正体を隠すためにやむなく彼を殺した。そして彼が殺された理由を、他の誰かに被せるため、元々魔女という噂のあった私になすりつけた」
「おい、どういうことだ?」
ここだ。
プライドという獣がこちらの話の腰を折る前に、一気に確信をつく。
「簡単なことだったんですよ。グリドは夜、湖であることをしているプライドと出くわしたのです。そのとき彼の秘密を知ってしまい、殺されてしまった。プライドはその時、思いついたのです、この男の死を利用して、魔女と疑われている私を拘束すれば、その部屋から魔法薬を見つけ出すことができるのではないかと」
「……回りくどい、漠然とした話だ」
プライドが口を開いた。
「なぜ、俺をそこまで犯人に仕立て上げる。湖に出るという魔女はお前だった、お前が姿を見られたからプライドを殺した。この単純な話と、俺を犯人に仕立て上げようと無理くり練り上げた法螺話、どちらが現実的かは誰でもわかるだろう」
きっと次の瞬間に、プライドはこう言ってくる。
湖で目撃されたのは裸の女性だ。
俺が犯人なわけがない。なぜならば俺は男性。疑うなら女を第一に疑うべきだろう。
ここで、「確かに」などと言った途端、話の主導権を奪われる。
民衆に、「そうかも」と思わせてしまえば、真実から遠ざかる。
だから誰もが知っている情報で、心を引き寄せる。
「もっと簡単な話がありますよ。皆さんも、湖で裸の女性がいたという話を知っているでしょう。それがきっと魔女だというのは直感で理解されているです」
視点を変えるのは今だ。
今迄は民衆の常識を利用して、それに沿って話を進めてきた。
けれど、ここからは私だけにしか辿り着けない領域だ。
こうして美しくあるために、女性のように振舞っていた私。
魔女を友人に持ち、そして魔女裁判で失った私。
悪魔と契約し、すべての事件の真相を追い求めてきた私。
私だからこそ、この傲慢な魔女の嘘を暴けるのだ。
「ですから、こう考えれば楽ですよね。貴方が、その裸の女性その人だったと」
「……何?」
この時を、悪魔たちは待っていた。
後ろに燃え盛る炎は、ただの目くらましではない。
これだけ周囲の炎が強ければ、小さな煙は気づかれないものだ。
パチパチ
そのときプライドはハッと気づく。
己の服から煙が出ていることに。
「なに!!」
慌てて叩いて消火しようとするが、間に合わない。
幸い燃えているのは分厚い服の端。急いでコートを脱ぎ捨てることで、火傷をせずに済む。
だから誰もがそうするように、プライドはボタンを外し、その場に服を脱ぎ捨てた。
「プライドさん、貴方は今までずっと服で全身を包んでいましたよね。指先すら、どんなに暑くとも手袋をしていらした。それってきっと、こういうことだったからなんですよね」
今、彼は薄手のシャツ姿。
コートが厚く、また炎を前にしたせいで掻いた汗で、布が肌に沁みついている。
だからこそ、その輪郭がはっきりとわかる。
彼の身体はコートに比べて回り小さい。
襟で隠されていた首元には、喉仏がない。
腰は骨盤から上の凹みを、コルセット状に巻かれた詰め物で誤魔化し、逆三角形の体格に見せている。
何より、膨らみを抑えるために、胸には矯正用の下着の筋が透かしで見えている。
「簡単な話でしょう。今まで女性であることを隠し、男性として生きてきた人がいた。しかしそれがグリドに見抜かれ、あの晩彼を殺す動機に至ったのです」
「貴様……」
「ねえ、ミスター・プライド?」
魔女、魔女。
魔法を使うとか、女性だとか、悪魔と契約したとか。
そんなことはどうでも良い。
ただ、私たちに罪を負わせた相手を追求できるのならば。
私は魔法を使うし、女性のように振舞うし、悪魔とだって契約してやる。
炎によって2つの罪人がそろった。
真実を求めし女でない魔女と、真実を偽りし魔女でない女。
この舞台が、ようやく整った。
そう魔女による、罪を裁く舞台が。
「魔女裁判を始めましょうか」
サブタイトルは幸福の王子の名文の改変です。元々の意味は「この街の中で最も希少な2つの物を持って来い」です。
次回は土日の間に更新できそうです。