4 大罪編 ~Demon didn't start the Fire ~
間隔が随分空いてすみません…
「大変、どうしましょう!!」
私、美少女リィンは美少女なので、美しさに惹きつけられてトラブルもよく舞い込む。
とはいえこれは久々に絶体絶命。
私と友人を魔女だと貶めた犯人を捜す途中で、ついに嗅ぎまわっていることがばれて囲まれてしまった。
このまま処刑場に送り返されて、即日火刑になってしまうの……!?
「と、そんなことにはさせないから。ねえ、バトラー。悪魔の貴方が魔法を使えるようになるまでどれくらいかかるんだっけ?」
『はい、私が今から全力で魔力を溜めたとして、逃走に使えるほどの幻覚を見せられるまであと2時間です』
「私の姿だけを消すことは?」
『それも2時間です。頑張れば1秒ほどは消せるかもですが、何分悪魔が姿を消すのと、人間を透明にするのでは少し話が違っていて……それならばむしろ、炎の幻覚を起こす方が簡単なくらいで』
「おい、何を一人でぶつぶつ言っている!!」
私は今、後ろ手を縄で占められ、留置所に向けて歩かされている。
周囲には刑務官の男たちが取り囲み、逃げる隙はない。
こうやっては運ばれている以上、すぐに殺されることはないだろうけど、流れ自体は最悪だ。
私は一度監獄に入ったけど、あそこの管理人たちが囚人にどんなことをしているか、知っている。
魔女と認めなければ拷問、認めても更に他の魔女の情報を履かなければ拷問。
そして反抗しても、従順でも、特に理由がなくとも拷問。
そうやって身心を弱らせて、ひどい姿を魔女裁判にて民衆の前に晒し、こう言うのだ。
『見ろ、醜悪な顔を。これこそが魔女の真なる形相である』
それが、私の友達だったローザの最期だった。
私がそうならなかったのは、単に神父が人避けをしたところでその逆鱗に触れたことで、拷問する暇もないほど早く処刑となったからに過ぎない。
でも今回はどうなるか。せめて裁判のために口だけは動かせると良いけれど、私という美貌を一度破壊してみたという背徳者も尋問官には多いだろう。
だから
「バトラー、根回しをしてくれ」
□□□
廃城を改装した、石造りの牢獄。
鎖につながれた私は、椅子に座らされた。
天窓の小さな光しかない暗がりで、前に座ったのは強面の尋問官。
見た目通りの荒っぽい口調が、私を問いただす。
「お前は、リィンだ。間違いないか」
「はい」
バシッ
頬を叩かれた。
「ふざけるな! 処刑された人間がここにいるわけないだろう! 本当の名前を言え!」
「……ですから、私はあの時逃げた」
バシッ
またぶたれる。
「良いか、教会の火刑にミスはない。今まで誰も火刑から逃れたという記録はなく、これからもないんだ……さあ、本当の名前を言え!」
(そういうことか……)
私は何度もぶたれ、殴られ、床に落ちたところを蹴られながら理解する。
こうやって都合のいい事実を作り上げるのが彼らの方法なのかと。
でも、それも仕方ないのかもしれない。
魔女だの魔法だのよく分からないものに裁きを下そうとしているから、こんな良くない方法でしか未知なるものの存在と罪を立証できないのだ。
しかし、ああ。
なんとも恍惚とした表情で私を殴りつけてくれる。
醜いなどとはあえて思わない。
私と比べたら、この世界で大抵のものは醜いのだ。仕方のないこと。
だからかつての私は一度、自分の姿に散々悩まされたのだ。
□□□
子供の頃、女の子に間違われることが多かった。
それで虐める子供には、逆に蹴り飛ばして追っ払えていたけど、大人のほうは別だった。
ただ私が私でいるだけで、「もっと男らしくいなさい」と注意してくる。
それでいて初めて私を見るような人に「女の子がそんなことをしてはいけません」とひどく叱りつけられたこともあった。
叱られると、頭が真っ白になって、何か自分が間違っていて、正さなくちゃと思って、でも何をしたって怒られる。
私を見る何人かの大人の声が他の友達と違っていて、身体を嫌に障ってきて、なぜかは分からないけど背筋が冷たくなった。
女の子からは、何度も私のほうが可愛いとかむかつくとか、聞こえる声で陰口を叩かれる。
それを大人に訴えたのに、笑うばかりで何もしてくれない。
嫌な視線が私のほうへ向く。
傲慢な目線。憤怒の目線。淫欲な目線。嫉妬の目線。怠惰な視線。
七つの大罪なんていうけれど、誰も私を罪から守ってくれない。
まるで私が罪を抱え込んでいるみたい。
そのせいか、最後の食欲すら私から奪われて、いっぱい食べては吐いて、泣いて、吐いて、ようやく少しは皆と似た姿になれてきた。
けれど、ある日。
時間の感覚が遠のいて、朝かも夜かも分からなくなって出歩いたとき、森の奥でその魔女の姿をみた。
いや、あれは女性ではなかった。
身体は見る間に筋肉が浮き上がり、大柄な男となった。
かと思えば腰の曲がった老婆に、立つのもやっとな赤ん坊に、少女に、青年に、そして2つの性のどちらでもある存在や、どちらでもない存在に変化していた。
それは私と目が合うと、驚くこともなく笑って見せた。
紫色の髪。
後で知ったのは、それが薬屋のローザであるということだった。
「貴方もやってみる? 外見が変わると思考も変わって、世界すら変わって見える。とても楽しいわよ。あ、でももう効果が切れてしまうわ…」
月の光が彼女に当たり、そして少女の姿となった。
真実を照らす月の光の前では、魔法というのは弱まるらしい。
「貴方がリィンね。初めまして」
「初めまして……」
何とか声を出したが、私は相手が何者なのか分からなかった。
それでいて、一つ納得を得ていた。
ああ、きっと私のことを様々な視線で見てくる人たちは、今私が目の前の魔女を見ているのと同じように見えていたんだ。
不思議な存在で怖いし、それでいて自分よりも自由な姿になれて羨ましい。
けれどそれを魔女という罪を背負った相手に向けてると信じたくないから、誤魔化してしまうんだ。
「私の変化をみて、そんなにキラキラした感情を向けるなんて、貴方とっても良い美意識を持っているわね。なのにどうしてそんなに、みすぼらしい恰好をしているの?」
「……」
「いい? 外見に囚われてはいけないけれど、でも自分を大事にしないような姿を見せてはダメ。だってそれだと、自分だけじゃなく、周囲を不幸にしてしまうわ」
不思議な気分だった。
他の大人のように叱るわけではなく、優しい口調で側に寄り添ってくれている。
「自分が大事と思える姿を目指しなさい。そして自分を誇るの。どんな罪深いと周囲に言われても、そうすれば貴方は人間にとって一番大事な、自分を愛するということができるんだから」
そういって少女は、私の頭を撫でてくれた。
私は月光の下ではっきりとその顔を見て思い出した。
薬屋で下働きをさせられている彼女は、目が殆ど見えなかった。
「それに」
ローザは言った。
少し照れくさそうに頬を掻いて。
「私となら見た目を気にしなくていいから……良い友達になれそうじゃない?」
□□□
尋問の時点で大きく頭を打ち、私は気絶していた。
全身が常に痛くて、目を覚ましたのもそのせいだろう。
「さっさと起きろ!」
どこかで声がした。
ああ、あの尋問官の声だ。
ということはまだ尋問の途中だったか。
あちこちが腫れて、折角の私という美貌が台無しになっているのに、まだやろうというのか。
そして気配で察する。
ああ、もう一度殴ろうとしているな。
でも私は動くこともできず……
「おい、尋問官。神父が呼んでいるぞ」
別の声がして、尋問官は振り返った。
と同時に鈍い音がして、バタリと私の側に倒れ伏す。
なんだと、腫れた瞼をゆっくり開くと。
「リ、リィン様! 大丈夫でしょうか!!」
無花果の悪魔が立っていた。
そうだ、私はバトラーに頼んで読んでいたのだ。
ぼんやりとした頭をはたらかせていると、顔に生暖かいものが塗られる。
「これ、は?」
「ロ、ローザ様の用意した薬です。どんな怪我でもたちまち、とは行きませんが劇的に治せるものです」
「……彼女の残した薬は全部没収されたと思っていたけど」
「で、ですからこれは私が預かっていたものです。もしもリィン様に何かあったときに使うよう、私が預かっておりました!」
「……そう」
確かに、痛みが体の外に逃げていく。
眼は開きやすくなり、曲がった鼻から漏れた血も収まってきた。
イチジクの悪魔の肩を借りて、私は椅子に座りなおす。
椅子はうぐぅ!?と悲鳴を上げたが、しばらく意識を失っているだろうから気にしない。
「それで、私はこれからどうなるか知ってる?」
「じ、実は既に火刑の準備が進んでいまして……裁判を省略し、日暮れ前に刑が取り行われるものかと。この尋問もただの時間稼ぎでしかなかったようです」
「脱出は?」
「み、見張りが多くて……私のような悪魔にはこれで精いっぱいです、申し訳ありません!」
「いいえ、貴方はよく頑張ってくれました。あとはこの椅子を時間になるまで適当なところに縛り付けて放っておいて。そうすれば私も、最後の時間まで気持ちを落ち着かせられるから」
火刑は当然公開の場で行われる。
時間帯からして、大勢の前で私を灰にしようという算段だろう。
そして、処刑をみるべく、容疑者たちが再び一堂に会する機会でもある。
最後に犯人の顔を拝むいい機会だ。
「貴方のお陰で、一番気がかりなことも解決しそうだしね」
「な、なんでしょうそれは」
「大舞台に立つのなら、私という主役が傷だらけで、みすぼらしくては困るということよ」
□□□
「ではこれより、魔女リィンの有罪を受け、火刑に処す!」
民衆は沸き立っていた。
一度は消え失せた魔女を再び捕らえ、あの日見れなかった処刑の様子がようやく目に焼き付けられる。
あるいは、もう一度魔女が魔法により逃げ出すかもというハプニングが見られるのではないか。
街の殆どの人間が広場を埋め尽くし、くみ上げられた巻木と、用意された十字架を前にこれから起こることに誰もが想像をはためかせ興奮していた。
「最後に言い残すことはないか」
「では、一言」
壇上に上がった罪人は、囚われていたとは思えぬほど淑やかな仕草で、そして強い眼差しで眼下の人々に向かって口を開く。
「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。私という美も最後の見納めです、是非目に焼き付けてください。それと……」
罪人は目を閉じた。
「私は無罪を訴えます。そして神は、罪なき者を救う御方。ですから……そう、最後まで神のに真実を祈って下さい。その願いが聞き届けられれば、きっと私も奇跡を授かるでしょう」
そういって両手を組むポーズは、まさに聖女のようであった。
一部の人々は、もしかして本当に無罪なのではと不安を覚えた。
が、既に処刑は執り行われる。
真実がなんであろうと、救う手段はないのだ。
両手を開き、閉じた両足はひとくくりにされ、十字架は火刑台の上に運ばれる。
その下に組まれた木々に松明で火をともせば、罪人はゆっくりと炙られていく。
まずは木材のススで全身が黒くなり、煙を吸い込んでいくどかむせる。
揺れる炎により汗が出ないほど水分が蒸発し、眼が萎んでいく。
最初は叫んでいても、喉と肺がやられて過呼吸の音だけになる。
息が苦しくなり口が開かれると、柔らかな舌はただれて飛び出す。
それくらいになると表皮は乾燥、縮小して、筋肉や骨がむき出しとなる。
そうして段々と全身が黒く黒くなり、真っ黒なシルエットになったところで、火は止められる。
それを民衆は知っていた。
だからそれが見たくて集まっている。
そうして燃える瞬間、それが魔女なのかどうかは関係なくなる。
ただ人が黒い塊になる変化に、惹きつけられるのだ。
火刑台に松明が投げられる。
煙が登り、その身は罪を裁く業火に焼かれる。
そうして罪人は目を閉じた。
「私は、そんな変化に美意識の欠片も感じないのだが」
あまりに醜く、見るに堪えないものを前にして。
突如火刑台から炎が吹きあがった。。
すぐ横にいた刑務官たちは、驚く。
何もしていないのに炎が勢いよく、まるで地底から噴き出すマグマのように天まで昇る。
目を潰すほど激しい灯り。耳元のすぐ側まで聞こえるごうごうと燃える音。
民衆は悲鳴を上げて、我先にとその場から逃げ去ろうとした。
「燃える、燃えるぞ!」
「早く行け、早く俺を通せ!」
「なんで止まってるのよ、早く逃がしてよ!」
広場に密集しすぎた人だかりは、混乱によって秩序を失った。
だれかが倒れればその背を踏み、なんとか通りの道へ逃げようとする。
だが
「壁だ、壁がある!」
「なんで通れないんだ!?」
奥に道は続いているはずなのに、一歩先へ行くと、見えない壁のようなものがあって通れない。
それでも広場から人が押し寄せるため、圧迫した状態となった。
『皆さん、落ち着いてください!』
混乱した中で、耳がキーンとなるほど大きな声がした。
一瞬、人々の動きが止まり、そして声の方向を振り向く。
だがあり得ない。
その声は、火柱の中から聞こえていた。
「落ち着きなさい、貴方たちに罪がないのなら、神は罰を与えることなどない。ならばこれはどういうことか」
火柱の中黒い人影がゆらめく。
「神は奇跡をお与えになった!! この中にいる罪人を逃がさぬよう、この場にいる皆々の前で裁くべしと、啓示しているのだ!!」
夕闇で周囲は黒くなり、火の輝きは一層強くなる。
「だから私はここにいる!! 神は私に、奇跡を賜え給うた!!」
悪魔の作り出した幻想の炎は、処刑台の背後にある教会にまで伸び、人々の目の前は一面火の海となった。
その中で声を上げ、たたずむ罪人の姿は、危険なほどに美しかった。
その背後には火刑台の十字架。
彼女は二度も刑にかけられながら、生き延びた。
一度は魔法、だが二度も続けばそれは神の所業。
祈りと共に十字架に架けられ、火を浴びても無傷な人間。
人々は、生涯決して忘れることのできないこの光景を、ただ目に焼き付けることしかできなかった。
これは魔女か。聖女か。
彼らはその二つの区別がつかなかった。
ただできることといえば。
「では、これから裁判を始めましょう? グリドを殺した魔女を、炙りだすために」
目の前で笑う美しき乙女の
次の言葉を待つのみだった。
次は来週中に投稿できたらと思っています…