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3 堕落編~Beautful, or not beautiful.That is the question~

かなり遅くなりましたが……

「とんでもない目にあったので、装いを変えることにした」


 昨晩は囚人服、先ほどは男装、そして今は服の派手さをとことん抑えた村娘のスタイルだ。

 白黒のカチューシャに、褪せた生成りに近いサンドカラーに水色の縞が走るワンピース。

 めくった袖元は白く、まるで主人にお使いを頼まれた召使い。

 趣味ではないけれど顔にも働いたあとの汚れをつければ、初心な下働きの乙女が完成だ。


「これは何とも灰被サンドリヨンる姫でございましょう。普段の美貌を知っていても、同じ顔とは信じられません。先ほどのエヴィという女も、すれ違った貴方にさえ気づきますまい」


「女は顔を十個は使い分けるものと知りなさい。それが魔女なら、百面相もお手の物ということよ」


 さて、私がこの地味な恰好にはちゃんと理由がある。

 すうっと息を吸い、片手に編みカゴを持って、私は商店街へと入っていった。

 周囲には昼時に食事をしにきた労働者や女中が多く、貴族のようにこぎれいな服を着た人間はどこにもいない。

 がやがやと歩く人に声をかける商人、値切りをせまる筋肉質な男、井戸の横で雑談をする母親たちと、街は活気に満ちている。

 ここには今の恰好が最も溶け込みやすい。


 私が人ごみの中を進んでいくと、ぽっかりと空いた空間に出くわす。

 あそこは確か果物屋だが、その縁には女性が店の壁や柱にピッタリくっつき、その男性をうっとりと眺めていた。

 あれが目当ての男性なのは、遠目からでも分かった。


 険しくも冷めた目つき。

 きつく締まった口元に、獅子のようにうねりたなびく金髪のオールバック。

 肌はきめ細かく、無駄な筋肉のないすらりとした手足は、黒い制服に包まれていた。

 私はそっと隣に立ち、リンゴやモモを一つ一つ手に取って確かめる。

 男は私に目もくれず、イチジクを撫でまわしていたが、やがて


「店主、後で一箱自宅まで届けてくれないか」


「へい!! いつもと同じですね」


「ああ」


 まさかのイチジクを箱買いか。

 驚くと同時に、あのイチジクの悪魔が彼を容易に発見し、私の元まで居場所を報告しに来たのもうなずける。


「あの、刑務官のブライドさんですよね? そんなにイチジクがお好きなんですか」


 コマドリを真似た高めの声で、彼に尋ねてみた。

 すると、不機嫌なイヌの唸り声のような響きで返答が返ってきた。


「イチジクは神の国に最も近い果実。だから食っている」


「そうなんですね。じゃあ私も一つ貰おうかな~」


 向こうはこちらを見向きもしない。

 私は端っこのまだ青い一つを手に取りつつ、「ところで~」と言葉をつづけた。


「ブライドさんって魔女を捕まえていますよね。彼女たちについてどう思います?」


「魔女は悪。それだけだ」


「でも、同じ町で連続して魔女が2人も出てるじゃないですか。夜中に湖で不思議な少女が出歩いてたという噂も聞きますし、なんだか街の中で怖いことが起こるような気がして」


「私には関係ない」


 ぐうっ、取り付く島もない奴だ。

 厚い生地の制服に隙間のないブーツと手袋のせいで、近づくものを寄せ付けないという意地がこれでもかと伝わってくる。

 それでも、こいつは事件にかかわる尋問官だ。

 証拠を偽造したり、記録を改変できる人物という点でいえば、まず疑いのかかるはず。


(それに、私が処刑される日……)


 このブライドの目には明らかに、激しい憎悪の目が燃えていた。

 ただの犯罪者に対する侮蔑や怒りではない。

 この娘風情が、よくもやってくれたなというかのように、眉を吊り上がらせ口角をきつく締めた形相。

 今の無表情からは考えられず、また見物客からは私と炎を挟んで後ろにいたために見れなかったため、私だけが知る表情だ。


 因みに、その横にいたのは、私を汚そうとして返り討ちにあった神父グラトニー。

 彼は私の処刑される姿に嫌らしさの悪魔みたいな表情をしており、あれもまた醜かったな。

 もう殺されてしまったとはいえ、二度と会いたくない存在であった。


「お客さん、まだお金を貰ってない売り物ですから。そんなに握らないでください!」


「え、ああすみません!! 今払いますから」


 気付けば手に持ったイチジクが破裂寸前まで歪んでいた。

 危ない危ない、弾けたら顔に果汁が飛び散り汚れるところだった。

 この手袋もぐちゃぐちゃになるところだった。


「……イチジクが嫌いなら、そこに戻せ。どうせ俺が買って帰る」


「あら、お優しいのね。ところで最後に聞きたいのだけど、いい?」


「なんだ」


「私、この前亡くなったグリドさんの友達と知り合いなんだけど、彼ってどういう人だったの?」


「刑務官に私情はない。だが」


 一拍おいて、彼は言った。


「人の言うほど、彼は優れた人間ではなかった」




 ブライドは立ち去り、そして私は周囲の女性に睨まれ、どこの娘だと囁かれる中でそそくさと姿をくらませたのだった。


「彼は、ダメ。口の堅い人に喋らせる技術なんて私にはないし、何か知ってても厳重に隠してそう」


「ではご主人様、最後の相手の元へ伺うので?」


「その前にちゃんと仕事はしたの、下僕」


「はい、こちらに」


 悪魔が頭を下げて取り出したのは、一冊の手帳。

 それは先ほどブライドがポケットに仕舞っていたものを、この悪魔が奪って来たのだ。

 あの人通りの中とはいえ、ブライド含め周囲の目線は少し傲慢だが美しい私のほうへ向いていたのだから、盗むのは容易だった。

 私はそれをペラペラとめくる。

 綺麗だが面白味のない筆跡。

 一番新しい頁から遡り、自分の知っている言葉はないか探す。

 あった、私の名前。横の日付は火刑の執行時間か。

 その前には私が魔女という証拠を集めるべく行った、周辺の聞き込みの時間や調査の場所が記されている。

 へえ、薬屋にも聞き込みに入っているのか。

 調査のために、私の家へ頻繁に訪れているらしいが……


「そういえば、私の元々住んでいた部屋はどうなったか知ってる?」


「えぇ、私が貴方様を救い、お召し物を取りに行った翌日に出火してなくなりました。犯人は魔女の残香が嫌だったと」


 なんてことだ。

 あそこには希少な化粧材が残っていたというのに。


「いえ、それがですね。私が入った後には、化粧類は何も残っていませんでしたよ。押収されたか、あるいは誰かが持ち去ったのでは」


「なら、いっか。教会にあるなら取り戻すし、美しくあろうとする者が使おうとしたのなら、それは褒めるべきことだ」


「美に対する寛大な言葉、流石にて。ところで、いつ取り戻しに行かれるので?」


「今からだよ。丁度3人目は、教会へ行く途中にある薬屋にいるはずなんだ」


「薬屋というと、亡くなられたローザ様の同僚というわけですか」


「そうそう、そこの主人で名前はウラス。でも彼女とは顔を何度も合わせてるから、ただの変装じゃ見抜かれてしまうかも」



 だから、まずはこっそり忍び込む。

 ローザの部屋は二階にあるが、裏通りの壁をうまくよじ登り、小柄な人がギリギリ入れる小さな窓から内部に侵入できる。

 窓の格子には内側から鍵をかける穴があるけれど、上手く金属の小さな棒でガチャガチャすると簡単に開錠できるようになっていて、私は何度もそこから出入りしては美容薬を貰っていた。

 なんでそんな回りくどいことをするのかといえば、表から堂々と魔法の薬をしきりに貰いにいくのは憚られるのもあるが、同時に私は女主人にひどく嫌われているせいでもあった。



 女主人ウラス。

 彼女は30代前後の、女性にしては大柄な人だ。

 人当たりは悪くないのだが、最初彼女を始めて見ると、大抵はその左目から頬にある痣が気になってしまう。

 本人にその痣は生まれつきか何かの事故か尋ねると、途端に機嫌を悪くするから誰も答えない。

 それくらい本人は見た目について言われることが大嫌いであり、そして逆に美しさを誇る私は天敵とみなされていた。


「『そんなに痣を気にせずとも、むしろチャームポイントではないかしら』と言って以来、顔を合わせるととんでもない怒りの形相を向けられるようになっちゃった。処刑場で私を見ていたときも、私が死ぬ喜びよりも、私が死を前にしてさえ美しいことに怒っているような顔だったし」


「そこに一粒の悪意も後悔もないのが、とてもご主人らしいかと」


 そんなことを言いながら、私は慣れた動作で薬屋の裏から内部へするりと入った。

 さて、部屋の様子はどうだろう。

 ローザのいた以前のままか、もう誰か別の人が入ったか。

 そう思っていたけれど……



「荒らされているな……」



 内部はあらゆる家具をひっくり返した跡があった。

 シーツは部屋の隅で皺をよせ、机の引き出しは床に散乱し、床は薬瓶の割れた破片がそのままだ。

 一度魔女と疑われて、調査の手が入り、その後ウラスが怒って暴れ散らし、魔女の部屋なぞ住みたくないと放置された……そんな予想がついた。


「それにしても、薬棚から薬品が殆ど消えている」


 よくみる塗り薬や包帯といったものを除き、素材となる植物の葉すら残ってない。

 徹底的に教会へ押収されたんだろうか。

 そう思って床をみると、薬品の破片の上に長い髪の緑毛が落ちているのに気づいた。

 女主人のウラスは青色なので、彼女のものではない。

 むしろ元の部屋の持ち主であるローザと同じ髪の色だ。


(散乱した破片の上にあるということは、部屋が荒らされた後、誰かが入ったわけだ)


 本人はとっくに亡くなっているから、彼女なわけはない。

 じゃあ、誰が一体。親族とかだろうか。


「……ご主人様」


「なに、バトラー」


「今から大変言いにくいことを言います」


「なんでしょう」



「部屋の扉の向こう、そして侵入した窓の下に、人がいます。どうやら囲まれたようです」



「……まあ」



 やはり、捜査なんて慣れないことはするものじゃない。

 でも囲まれたからなんだというのだ。

 私は笑顔のまま悪魔に命令する


「バトラー、なら私を前みたく逃がしなさい。処刑台から一瞬で移動させられたのだもの、今回も簡単よね」


「恐れながら」


「フフ……なに?」


「悪魔が魔法を使うには魔力が必要でして」


「ええ」


「私、割と大抵のことは魔力があればできるのですが……魔力が尽きない限り」


 自分でも顔が真っ青になるのが分かった。

 私を処刑台から逃がし、エンヴィーの前で幻覚をみせるなど、確かに魔法を使わせはしたが。

 バトラー自体は透明となっているため声しか聞こえないが、申し訳なさそうに言う。


「あと2時間、私は自分の姿を消す魔法しか使えません」


「確保――!!」



 扉が開き、外から刑務官が押し寄せる。

 こうして私は、再び教会へ囚われの身となりかけ



(いや、まだだ逆転の手は残ってる……)




 ピンチのときこそ、人は閃く。

 私は今、最後の賭けを思いついたのだった。









他の執筆作業が落ち着き始めたので、次話も早めに投稿いたします。

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