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2 業火編~Where there's smoke, play with fire ~

前回までのあらすじ: 魔女裁判にかけられた美少女(男)のリィンは、復讐するべく悪魔バトラーと手を組み密告者を探しにでた。容疑者は三人、魔女らは再び街へ歩き出す。



 この世に謎があるとして。

 それは紐解かれる瞬間を素直に待っていてくれない。

 謎の上に謎は積み重なり、時間が手がかりを消し、気づけば誰もたどり着けない深層へと落ちていく。

 彼女の死も人々から薄れて、「魔女(witch)は何方(which)か」なんて言葉遊びにされて、終わりだ。


 だから私は暴かなくてはならない。

 この身の美しさが罪なのは許せても、私の美しさが汚されるのは許せない。

 目の前で自分と友を追い詰めた罪人を見逃し、隠れて過ごす醜さは、私には似合わない。

 だから私は悪魔を引き連れて、この町に舞い戻ったのだ。



「誰も貴方の正体に気付きませんね。流石の変装に御座います」


「変装じゃない。これもまた、私という偽りなき美の在り方の一つよ!」


 姿の見えない悪魔バトラーの言葉を、私は修正する。


 美少女たる私が魔女裁判で有罪となり、火あぶりにかけられた翌日。

 私は透明な悪魔と共に街を歩いてみてるけど、誰も私の正体に気付いてないようだ。

 それも当然だろう。今の私は、昨日と違って外見で言うと中性的。

 長髪を短く見えるよう編み込んで、余りも方に触れない程度に垂らす。

 恰好は肩にレースを羽織り、下に細めのズボンを履く。

 顔も骨や筋肉を際立たせるため、影を多めにつけ、眉や目元をキリっととさせる。

 小柄な体型を誤魔化すために、服の下にゴツゴツとした膨らみをつけ、身長を厚底靴で更に高くする。

 それでいて生来の美しさを損なうことはない。

 そんな技術を駆使して1時間余り、完成したのがこの「白馬の王子様」とでもいうべき恰好である。


「凛々しい中にもどこか乙女のように柔和な雰囲気があり……白百合の騎士とでも、宝に浸かる凛々しさとでも言いましょうか。ただ唯一無二の美貌と称える他ありません」


「お世辞はいい、バトラー。さて……私は次になにをすべきかな」


 私は別に犯人捜しが得意なわけではない。

 自分が目立つことは得意なのだが、わざわざ隠れる人のことなど気にしたこともなかった。


「まず思いつくのは、実際に調査したグラトニーの捜査記録を見ることだけど……」


「なるほど、では早速用意いたしましょう」


 そういうと悪魔の声は遠ざかり、そして戻ってきた。


「ご主人様、故グラトニー氏の記録によれば、第一通報者は匿名。ただし信用に足る人物とのこと。深夜に訪問があり、『裸の乙女が湖で悪魔と踊っている』という情報が寄せられたそうです。そこで悪魔払いの神父でもあるグラトニーは、翌朝ブライドという名前の調査官1名を連れて湖に向かったところ、湖に浮かぶ遺体を発見したそうです」


 遺体を引き上げて身元を確認したところ、グリドという青年だと判明した。

 その全身には刺し傷があり、服は切り刻まれすぎて原型をとどめていなかった。

 現場には血の散乱した跡と、真っ赤になった女用の服、それに凶器であろうナイフ。

 更に調査を進めると、昨晩遅くに、湖のほうへ外を出歩く足音を聞いた住人が複数いた。

 更にしばらく経ってから、足早に湖から帰ってくる人影を見たと話す者もいた。

 いはく、その姿は「三つ編みの女」らしき人影であったという。


「三つ編みの女……ホントに記録に書いてあった?」


「ええ、曲がりくねった字ながらはっきりと」


 また死んだ薬屋の少女の面影を思い出す。

 ひとまず時間が惜しいとばかりに、私は街を歩き進んだ。

 では、疑われるべき人の元へ行かねば。



 □□□


 赤髪をざんばらに伸ばし、クマのできた垂れ目は、こちらを睨んでいた。

 彼女こそが第一の容疑者。酒場の給仕女であり、死んだグリドの恋人。

 名前をエヴィという。



「リィンって魔女…? 死んで済々したわ。だってアイツ、いつもグリドを(たぶら)かすんだもの」


 ひくついた声でそう語ったのは、町外れの薄暗い地下酒場。

 もしかつて愛嬌のある看板娘だったエヴィを知っていれば、病的にやつれたその姿に驚くだろう。

 それくらい彼女はグリドとの愛の虜になり、しして嫉妬の化身へと変わってしまった。


「グリドが殺されたのも、あの魔女が湖に引き摺り込んだからでしょう? だから火炙りを逃れて姿をくらましたとき、アタシは喜んだわ。だって自分の手でアイツに復讐できるチャンスが回ってきたってことじゃない、ヒヒヒ」


 怖いなぁ、私より彼女の方がよほど魔女では。

 それに私はグリドと直接関わったことはない。

 私の美貌が勝手に誰かを魅了したり嫉妬させることはしょっちゅうだけどさ、ここまで被害妄想を持たれたのは初めてだ。


 嫉妬のエヴィ。

 彼女が私の火炙りを見物したとき、多くの民衆の中において、その顔は明確に尋常でない嫉妬と恨みに一際歪んでいた。

 自分の全てである恋人を(かどわ)かした人間を許さない、その嫉妬で瞳がギロリと輝いていた。


「それで君の知っているグリドの情報を教えてくれんないか。私もリィンを追っていてね、調査の参考になるかもしれない」


 そう言いながら銀貨の詰まった袋を捧げると、彼女は首を振った。


「お金は要らない。それよりね、もしアイツが捕まったら教えて頂戴。私が直に裁きを下したいから。それが話す条件よ…」


 グリドはいわゆる好青年だった。

 エヴィと付き合ってからは、他の女性と浮気の噂などもなく、変わった様子もなかった。

 しかし彼女に黙って夜の数十分、出かけることが多くなる。

 エヴィが問い詰めると、色々な理由を付けてはぐらかされたため、不審に思い跡をつけた。


「でも途中で見失って…そのとき見たの、髪を三つ編みにして束ねた女を!! 顔は暗くて分からなかったけど、小さなランタンを持って小走りに湖のほうへ駆け抜けていったわ」


(また三つ編みの女が出たな…)


「誰も出歩くかないはずの深夜に、偶然2人が出歩くなんて考えられない。だから近づいてグリドのことを知っているか問い詰めようとしたんだけど…勘づかれて逃げられたわ。でも翌日、彼を散々問い詰めたの…あの女と関係あるんじゃないかって」


 妄想被害の大きそうなエヴィの推測はともかく、確かに事件の直前まで姿を見せながら、素性の分からない三つ編みの女は怪しい。


「因みにその女の特徴は? 髪の色とかは」


「暗くて分かるわけないでしょ。でも、長くて刺繍いっぱいのスカートを履いていて、身長は高めに見えたけどね」


「なるほど、それで問い詰めたグリドの反応はどうだった…?」


 返答より速く、バンッとテーブルが揺れた。

 エヴィの握り拳である。

 表情は嫉妬に歯軋りする顔。

 どうやら、私はまたやらかしたらしい。


「グリドは何も言わずに逃げていったわよ!! そこから最後まで会わずじまい!! 許せない、恋人である私に隠し事だなんて!! 何より、あんなに紳士だった彼を狂わせた淫婦が許せない!! どこにいても見つけてこの手で髪の一本まで剥ぎ取ってやる!!」


 まさに怒涛の金切り声。

 流石の私も向かいの席でここまで叫ばれてば、たじろいでしまう。

 更に彼女は息継ぎもせず、言葉を重ねていく。


「ああ、あのリィンって女よ!! あの三つ編みが誰なのか、街中を調べ上げたけど、誰にも似た姿はなかった!! 背格好の似た人なら貴族から老婆まで徹底的に追ったけど、全員違ったの!! だけどリィンが魔女っていうなら話は別、あいつがグリドを誑かすために魔法で姿を変えて近づいたに違いない!!  あの自分が美人だと誇るような自惚れ屋め、だったらその顔にナイフで傷をつけまくってやる!!」


「あの、そろそろ私は退散を…」


「私の話を聞きにきたんじゃないの!? それとも貴方リィンと通じてるのかしら? 話を聞くなら最後まで聞きなさいよ!!」


 獣のように髪を振り乱し、口を唸らせ、私をグルグルとした目で睨みながら狂言を吐き続けるエヴィ。

 これでは逃られない。逃げたら追われるし、最悪正体がバレて殺されるかもしれない。


(バトラー、どうにして!!)


 私はテーブルの下に隠した手で必死に救助のサインを送る。


(了解しました)


 その直後、私の横の机の肉料理がブワッと燃え上がった。

 油をかまどに放り込んだような勢いで炎は天井まで伸び、店内はパニックを迎える。

 その炎は私とエヴィの間を荒波が押し寄せるかのごとく割って入り、視界を完全に遮ってしまった。

 流石のエヴィも、炎の向こうで驚きの声を上げた。


(今です)


 ハッとする。私の席から店の出口までの道は、都合のいいことに炎の壁が上手く避けてくれていた。

 私は他の客に紛れて店内を飛び出し、どこまでも遠くへ走って行った。


「見たか、店が燃えるほどの火が部屋一杯に!! ってあれ、なんともないな…」


 私の背後でそんな声が聞こえた。

 そういえばあの悪魔、幻を見せるのが得意とか言っていたな。

 少なくとも、ただの変態でなかったことは確からしい。


 これで容疑者3人のうち1人に接触はできた。

 残るはあと2人。


「ところであんな派手な演出をしなくても、他に方法はあったんじゃないの?」


 私はバトラーを呼び出し、問い詰めた。

 彼はちっちっと指を振る。


「揺れる火の色が映る我が主、とても映えておりました。やはり美女と炎の組み合わせはよく合います」



 その日、私は笑顔のまま、人生で一番見事な飛び蹴りをバトラーに繰り出した。

 やはり悪魔と契約するというのは、一筋縄ではいかないらしい。





あれこれ書き直していたら、悪い癖が出て年を跨ぎかけていたため急いで投稿しました。

3話目以降も年内に投稿していきたいと思います。

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