1 悪魔編〜A scaffold is falling down, my fair lady〜
リィンは最後まで笑っていた。
自分が魔女として、こうして火刑台に案内されることがどうしても面白かった。
魔女(witch)、魔女(witch)か。
それはただの言葉遊びだが。
今この最期を迎える時ですら、誰も真実に気づいてはいない。
私が男だということを。
唯一知っているのは、私を尋問したあの判事のみだろう。
卑しさの塊のような老齢の男は、独房に囚われた私の前に現れると、無罪を与えようと持ちかけてきた。
見返りに皮の張り付いた指で私の金髪を撫で、薄汚い目で私のシミひとつない肌を堪能しようとしていた。
けれど、生憎と奴が服を引きちぎって見たのは、私が男だという証拠だった。
そして私が男であることは、つまるところ裁判の根底にあった、「深夜に裸の乙女が悪魔と踊っていた」という証言を崩すものである。
判事は、真実より名誉を取った。
このまま外へ出せば、誤った逮捕を行ったどころか、自身の淫乱が私にバラされると。
結局のところ、疑われた時点で、私の運命は決まっていたのだ。
(まあ、それでも判事は欲情してきたので、仕方なく奴の股間を蹴り上げて、一生立たなくしてやった)。
私は日頃よく鏡を見ていた。
腰まで伸びた滑らかな金髪。
曲線美の宿る胴や手足の凹凸。
何より、この顔つきは中性的で、自分の気分と化粧によって、男にも女にもなれた。
両親は私を10歳まで愛して他界したが、私を天使のようだと褒め、私も自分が天使なのだと自惚れたりもした。
結局は処刑の一因となってしまったこの容姿だが、この美貌のせいであれば、満足して受け入れられた。
(そういえば、昔誰かが魔女の契約について教えてくれたな)
あれはそう、3ヶ月前に魔女として処刑された1つ年上の薬屋の下働きだった。
美容に効く薬草について私はよく尋ねにいっていたが、そこで彼女はこう漏らした。
「魔法陣だとか儀式だとかいうけどね、実際悪魔を呼ぶのにそう難しいことはないのよ。小石を一つ蹴り上げるくらい簡単に、彼らと会うことはできるの」
だったら、私も会えるのだろうか。
今、この火刑台への階段にも、丁度小石が落ちている。
掃除をさぼったせいなのか、罪人の道を綺麗にする必要はないのか。
だから、最後にその石に足先で触れて処刑人にでもぶつけてやろうかと思って……やっぱりやめた。
美しい私が、そんな美しくないことをするべきではない。
「ごめんなさい。でも、私の足が汚れなくてよかった」
誰もが私を魔女と罵る広場で、何も言わないでくれるのはこの石くらいだ。
そんな言葉をつぶやいて、台の上へと経ったとき、それは起こった。
最初は地鳴りである。
ゴゴゴと音がして、町全体が揺れた。
皆何事かとあたりを見渡し、座り込んだに倒れないようお互いの腕を掴んだりしていた。
次に起きたのは、青い火である。
本来私が縛りつけられるはずの火刑台が、燃えたかと思うとみるみるうちに溶けてしまった。
最後にあったのは、泣き声である。
震えた甲高い声が空中から聞こえて、皆の顔が真っ青になる。
そうして、全ての怪異が消え去って皆の正気が戻った頃、私の姿はそこにはなかった。
◇◆◇
「まあ、なんてことでしょう。貴方は私の王子様よ」
そんなことを言ってみたのは、廃村の教会。
窓は割れて光が差し込み、屋根は崩れかけ。床には老いたキツネの死骸が転がっている。
私の媚びに、相手は全く反応せず、ゴソゴソと部屋の隅にある茶色い麻袋に顔を突っ込んでいた。
何者だかは知らないけれど、処刑されかけた私は、気づいたら目の前の男に抱えられてここにいた。
多分、男だ。袋に顔突っ込んでいて顔分からないけれど。
さっき一瞬見えた黒髪はオールバック、大きな襟付のマントも、その下の黒服も、リボンからボタンまで真っ黒。
薄く見える模様は、何か植物を模しているようだけど、花も葉も随分と歪で禍々しい。
一方で黒いズボンは、肌に直接ペンキを塗ったみたいに、シワ一つなくピッチリとしている。
葬式用にしては派手で、舞台の役者にしては地味な見た目。
雑踏の中にいたら、目を引くけれど次の瞬間は気にしない、そんな印象。
そしてようやく、男は振り向いた。
「なんてことをしてくれたのでしょう……」
「はい? 何か言いまして?」
「私、美女が苦しむ背徳的な姿を見れると聞きまして、貴方の町まで遥々脚を運んで、一カ月前から待っていたのです。そしたら、そこに現れたのが貴方だったのですよ」
「はぁ」
「すると囚われの貴方の元へ判事がこっそり赴いたじゃありませんか。ここでどんな叫びが聞けるのか待ち望んでいたら、貴方はなんとまあ男じゃありませんか」
「まさかあのとき、覗いてたのですか」
「しかも、なんです? 小石を小突いて出たあの台詞、世が世なら戦争が起きていましたよ」
どんな世の中だよ。
そして男は、ガバっと頭を袋に突っ込んだまま起き上がった。
「あの台詞を聞いた瞬間、耳に響いたのです。己の性癖が破壊される音を。ときめきが全身を駆けずり回り、己が今まで気づいてきた感覚を吹き飛ばしてしまいました。ああ、なんということを!! なんということを!!」
「だから、何が言いたいのです……?」
「ですから!! 我は許しましょう!! 我は……貴方たちがDemonだのfairyだの呼びますけれども……そんな我と貴方とを!! 純潔の乙女でない貴方であっても、契約を交わすことを!!」
「はぁ……契約、ですか?」
つまり、彼は悪魔で私と契約を望んでいると?
私に惚れてしまったということは当然だから理解したけれど、まだ頭が追いついていない。
「ええ、そうです。貴方の手となり足となり、貴方の僕となりましょう。この契約書に名を記して頂ければ、魔術により割と大抵のことはできるようになり、世界は割かし貴方の思うがままとなるのです!!」
なんとまあ、私は美貌で悪魔を虜にしてしまったのか。
しかしなんでもできるのではなく、割かしというあたり、この悪魔は商売下手だ。
「因みに、契約の条件は? 私は寿命や命とか、何かを捧げるのかしら」
「貴方の寿命の半分、と普通はいいたいところですが、寿命はさっきの処刑で終わるはずだったのでもう読めなくなっちゃいましたし……私は貴方の肉体含めて気に入ったので取らずに自然体でいて欲しいですし……なので、貴方の影になりたいと」
「影、ですか」
「ええ、貴方の影の座を貰って、私は貴方のお側にいます。そして貴方をずっと愛でさせて頂きたいのです」
「変態……あっ、すいません」
「いいえ、変態でなければ貴方に惚れませんでしたから、むしろ誉め言葉ですとも」
変態だ……
だが、さっき少し引っかかる言葉があった。
「ねえ貴方、先ほど『一カ月前』から私を見張っていたと仰いましたよね。それはどういう意味でしょう」
「簡単なことです。貴方を妬む者が、貴方を貶めようと企んでいるのを知ったので、私はやってきたのです」
「つまり、貴方は私を魔女と密告した者を知ってるの?」
「いえ、私は四六時中貴方の側にいたので知りませんが……」
今後こいつに敬語を使うのはやめよう。
「……ですが、知り合いの悪魔がそう言っていたので。確かローザなる少女に仕えていた悪魔です。彼女もまた、同じ密告者により、私が来る前に処されたそうですが、ご存じで?」
「……ローザ?」
ローザとは、私と友達であり、処刑されてしまった薬屋の少女だ。
彼女、本当に悪魔と契約する魔女だったのか。
それより今、悪魔は密告者といっていた。
つまりそれって……彼女も私もその密告者により、こんな目に合わされていたのか。
そこで私は、ふと提案を口に出していた。
「もし……もし私が、その密告者を炙りだして、復讐したいと言ったら、貴方は協力してくれる?」
「もちろん、契約さえしていただければ、公は貴方の下僕として、割となんでも致しましょう」
そうして、私はこの変態と手を結んだ。
しかし皮肉なものね。
無罪の私が魔女裁判にかけられたことで、悪魔と契約して魔女となるなんて。
◇◆◇
悪魔は自らを執事と名乗った。
そして「割と大抵のこと」ができるというのは、謙遜ではなかった。
「じゃあ、私を密告した犯人を教えて」
「無理です」
「じゃあ、ローザを密告した人を探せ」
「手がかりがありませんので……時間がかかりますよ」
「じゃあバトラー、お前は何ができるんだ」
「人間に仕えることが多いからですね、行う家事雑事は、そこらの人間が100年かけても辿り着けないほど完璧に行えます」
「他には」
「幻術が得意でございます。大火事も洪水も、城からドラゴンまでなんでも出してみせます。触れないですけど」
「他には」
「……恐らくリィン様が、人の心を覗く、あるいは謎を暴く魔術をお望みなのは分かっております。ですが私には、不得手というか専門外でして」
一体どの口が「割りかしなんでもできる」と言ってたのだろうか。
契約において悪魔は嘘が言えないとか、そういう設定ないのか? ないんだろうな。 なんなら悪気もなさそうである。
「……」
「……人の心は覗けませんが、今の貴方が『使えないな』と思ってらっしゃる程度のことは分かります」
「……バトラー、私はね、密告者に目星はついてるんだ。あの火あぶりの場所にいた人の中に犯人はいる」
「さすがです、ご主人」
「そのために、お前の使えない能力を役立てさせてもらうぞ」
「光栄にございます!!」
煽てるのだけは威勢がいいなと、私は嘆息した。
「じゃあまずは服を取ってきなさい。この処刑直前のボロ服はそろそろ飽きてきた」
30分後。
着替えを終えて、私たちは作戦を立てていた。
今の私は、青リボンで長髪を後ろで編み込み、肩にかかる程度に垂らした姿。
悪魔に私の家から服を持ってこさせ、大きめな水色のシャツに透明なレースの肩掛けをしている。
それでいて、白い男向けのズボンに身を包めば、可憐さがありながら美しくも美しい美少年の出来上がりだ。
よりメリハリをつけようと黒い手袋とブーツ、首元には赤いペンダントでアクセントをつけた。
これから捜査に乗り出すため、女性らしい姿よりは、動きやすく凛々しさを出す恰好が好ましい。
「刑台に挙がったとき、明らかに邪心を含んだ表情を浮かべていた者がいたの、覚えてる?」
「いいえ、私はあのとき、ご主人の可憐さで発狂しましたため、前後の記憶がございません」
「最低だね、下僕」
「お褒めに預かり興奮寸前に御座います」
最低だ。
とはいえ、目星はつく。
少なくとも三カ月前からあの町にいて、私と薬屋の彼女を2人を知る人物。
そのうち一方は本当に魔女だったけれど、バレないよう活動していたのを暴くとは、そこそこ顔見知りなはずだ。
ついで、密告したからには、最後の処刑まで見ようとしていたはずだ。
私が火刑台に上がったとき、見知った顔は確かに多くあった。
人々は大抵、魔女を恐れ、生きながら焼かれる罰に慄き、けれど目が離せずにその光景を見つめていた。
けれどその中で4人だけ、明らかに別の感情を浮かべて私を見ているものがいた。
彼/彼女らを問い詰めて、悪魔の力を借りれば真相はすぐに分かるはず。
「絶対的な自信ですね」
「自信がなくて美人は務まらないものだ」
「肝に銘じておきます」
「でも4人を当たる前に、貴方の知り合いの悪魔とは話せるのか? さっきローザの悪魔が、私の密告者について話してたと言ってたろう」
「もちろんですとも。今、その悪魔は森の奥にいます。会いに行くのならご案内しましょうか」
「違うだろ。森に入って私の肌がかぶれたらどうする。向こうをこちらへ連れてきなさい」
「ああ、確かに!! では、すぐに連れてまいります!!」
全く、人に仕えるのに慣れてはいないのだろうかと、リィンは嘆息した。
でもこれで、悪魔が犯人の正体を知っていれば全て解決である。
やがてやってきたのは、白服の上をツタや葉で覆い、頭が赤黒く丸い無花果の実の形をした男である。
「よよよ……」
来た途端、悪魔は泣き始めた。
果汁が白服に垂れて、甘い匂いをするシミを作る。
「貴方がローザと契約した悪魔か。それで、どうして魔女裁判にかけられたんだ?」
「あ、あの娘は悪くないのです、あんなに草木に興味を示し、私に純粋な心で薬学を教わる方はいませんでした。だから私も、ローザの生きる間は彼女の成長を見守ろうと……」
「貴方の気持ちはどうでもいいから、早く話して」
「……ロ、ローザから聞いてた通り、顔に似合わず我の強い方ですね、ぐすん。ええっとですね、話は三カ月前にさかのぼります」
無花果頭の悪魔が話したのはこうだ。
ある日の夕方、家に帰ると部屋が荒らされ、薬のレシピが盗まれていた。
数日後、教会の者が来て捕まった。
「い、以上です」
「なんにも知らなかったわけね……」
感情を隠さないリィンはあからさまにがっかりしたし、それを見て無花果はさらに汁をこぼす。
果汁ジュースが何杯分も作れそうだが、こうもダラダラと垂らされると気色悪いと、内心で思った。
「で、なんで私とローザが同じ人間により密告させられたと分かった?」
「わ、わたし、見ての通り植物の、おもに薬草魔術に通じていまして、窓辺や植木鉢の草木がそう話しているのが聞こえたんです。具体的に密告者が誰かは、目も耳もない植物たちなので、名前や姿を尋ねても分からなかったんですけれども」
バトラーが付け加える。
「それでこの無花果は犯人探しをしてました。私が街へ来たのも彼の手伝いです。ですが、1ヶ月経っても何も分からず、森で引きこもっていたのをこうして連れてきました」
「だ、だから私はこうして、めそめそと彼女の死と己の無力さを泣き続けているのです、しくしく」
悪魔の狡猾なイメージが全くない泣きっ面である。
なら、代わりに私が捜査するしかないようだ。
「今わかっているのは。ローザの部屋が荒らされて魔法薬が盗まれ、そのまま告発されたということか……因みに盗まれた薬の効能はなんだったの?」
「え、えと、ですね……そうだ、肌艶がよくなる薬でしたよ。材料に私の汁が必要なので、ローザ以外は作れませんでしたが」
「ちょっと待って。私彼女から肌に良いって薬を貰ったことがあるんだけど」
「あ、それですね。効果はどうでしたかブシャア!?」
思いっきりビンタを食らい、汁を捲きながら倒れる無花果の悪魔。
それを見ていいなあと指をくわえて羨ましがる変態の悪魔。
知りたくなかった事実に、理不尽とは思いつつ衝動を抑えられなかったリィン。
30分後、ようやく落ち着いたリィンは、自分の捕まったときの話をし始める。
「その日は特に何事もなかったはずなんだけど、突然街中で捕まえられて檻に入れられたんだ」
そして尋問官が言ってきたのは『男を誘惑した罪』だった。
なんでもグリドという男が、恋人ーと会わなくなり、デートの約束の日に会いに来ないで失踪してしまった。
その捜査をしてる途中、前日の深夜、私が湖に向かって一人で歩き、踊っていたという情報があった。
そこで湖に捜査の者が向かうと、グリドが溺死体となって見つかっていたという。
「そうして一番怪しい私が、捕らえられたわけ」
「因みに、リィン様がその日湖に行かず家で熟睡していたことは、この丸一カ月見張っていたバトラーが証言できます。悪魔なので法廷に出られませんが」
「でも人にこの美しい裸体を視線で汚されたくないと、浴場に行かず湖でよく水浴びしてはいた。ここ1ヶ月は冷え込んできたから、やめてたけどね」
お陰で私が男とバレなかったわけだけど、今回の容疑者として真っ先に上がった原因でもある。
人のいない時間帯にこっそり赴いていたのも、疑いを強めてしまったらしい。
「つ、つまり、あなた以外に誰か二人が湖にいて、その翌日に行方不明だった男が見つかったと」
「そういうこと。さてバトラー、その日私以外で深夜に出歩いていたり、湖へ向かったりした人間とか分からない?」
バトラーは私のことを付け回して街にいたのだから、夜に不審な人物が出歩いたりしていれば分かるはず。
悪魔は少し考えて答えた。
「さあ、私興味に熱中するあまり、他のことが見えなく「期待したのが愚の骨頂ね。なにか痕跡が残ってないか、直接湖に行くこととしましょう」
「あ、あの、では私は……」
泣き止み始めた無花果の悪魔が手を上げる。
「私が湖に行ってる間、貴方は貴方のなすべきことをなさい。ローザのために、貴方ができることを。例えば、グリドと関係の深い人間を調べるとかね」
「お、おおお!!承知しました、承知しましたとも!! うおおおおん!!」
ローザのために、という言葉が響いたらしく今度は感極まって泣き始めた。
悪魔は感情の起伏が激しいものばかりらしい。
◇◆◇
バトラーと私は湖についた。
歩けば10分とかからず一周できる小さな湖。
街からは少し遠いのと周囲が未開拓なため、水を飲みに来る鹿か遊びにくる子供くらいしか来ない場所である。
「だから、私がこの湖に向かっているといった密告者自体、かなり怪しい。よほどの目的があって、この湖に来ていたはずだから」
「なるほど、名推理ですご主人様」
岸辺をしばらく歩くと、草が踏み荒らされた場所がある。
更には固まった血痕もいくつか飛び散っている。
特に赤黒い染みが地面を這い、湖まで続いている。
(誰かがここで人を殺して、引きずって水の中で捨てたということか)
おまけに、二つの異なる靴跡が血痕の上にはっきりと残っていた。
恐らく血が乾く前についたもので、激しくステップを踏んでいる。
「つまり、ここには二人の人間がいて、血が飛び散る中で激しく動いたということ」
「ではもしや、悪魔と裸の乙女が踊っていたというのは」
「多分、二人組が取っ組み合いをしてる姿がそうみえたんじゃない。一人は死んだグリド、もう一人は殺害犯と考えるのが自然かな」
暗い夜に遠目からでは顔や性別まではっきりとは分からないから、グリドと犯人を悪魔と女に例えたのかもしれない。
これだけ引きずった跡にすら血が残る量ならば、当然返り血も浴びて服に付いていたはずだ。
けれど私を犯人として捕らえたときに、そんなことは言われなかった。
もしかしたら、まだ犯人が返り血のついた服を隠し持っているかもしれない。
(でも『裸の乙女』という証言なのは、どう判断すべきかな)
密告なんてでっち上げや妄想混じりなのが大半とはいえ。
わざわざ裸と明言されるからには、その光景を見たものには何か確信があったのかもしれない。
グリドを殺した後に身体についた血を湖で落としたのだとしても、「悪魔と裸で踊っていた」姿には見えないだろうし…
まあ今は、情報を集めるのが先だ。
「よし、次は町へ戻って調査しよう」
「了解しました。ですが、ご主人が今戻られますと、街は大騒ぎになるのでは?」
「フフ、大丈夫だ。私には秘策があって……うん?」
そして立ち去るとき、ふと違和感があって地面を見つめた。
生い茂る草の中で、ひとつ変わった色があり、私はそっとしゃがんで手に取った。
「紫色の髪……?」
よぎったのは、薬屋のローザ。
あの子も紫色の髪をよく三つ編みにしていた。
でも、最初の頃は結ぶのが下手で、だから私がよく結っては教えていたのだ。
そんな彼女はもう……
「どうしました、リィン様?」
「あ、いやなんでもない。行こう」
私は立ち上がった。
感傷に浸るのは後でもできる。
今は、犯人が逃げてしまう前に捕まえて、私とローザの復讐を果たさないと。
さて。
私たちが街に入る直前、無花果の悪魔が再び姿を現した。
顔はないけれど、なんだか慌てている様子である。
「リ、リィン様、大変です! いいニュースと良くも悪いニュースがあります」
「良いニュースはなに?」
「し、死んだグリドの恋人という女を追跡したところ、証拠となりそうなものが見つかりました!」
「おぉ! 彼女は4人いるうちの容疑者だったんだ。いい仕事をしてくれた。もう一つのニュースは?」
「貴方を女と間違えて尋問した判事、確かグラトニーという名前ですよね? 殺された姿が発見されました」
私は手を口に当てて、ちょっと考えた。
そしてこう言った。
「容疑者が4人から3人になった」
本当は週末に2話投稿予定でしたが、遅くなりました。
全3話を予定しております。数日〜1週間以内に次話を投稿予定です。